さくらの剣

葉月麗雄

文字の大きさ
上 下
33 / 49
激闘編

三日月党との激闘 五

しおりを挟む
激闘から一夜が明けた。
あれから次の襲撃はなかったものの、桜と泉凪たちは激闘の後も一晩中油断せず夜回りをした事もあり、疲労はピークに達していた。

「桜、泉凪。二人とも少し休んだ方がいい」

左近がそう言っても二人はなかなか休もうとしない。

「私たちが休んでいる間にも三日月党は襲ってくるかも知れない」

「だからと言って不眠不休でいたら体調だって崩れる。万全の状態で戦えるようにしておくのも私たち御庭番の仕事でしょ」

左近にたしなめられ、桜はようやく泉凪と仮眠を取る事にした。
腹部に傷を負った源心はしばらく戦いは無理であろう。
ここは無傷の自分が頑張るしかないと左近は心中そう決意していた。

いざ、仮眠を取るとなるとこれまでにない激戦のためか思っていた以上に身体に疲労が溜まっていると感じる桜と泉凪だった。
二人は床に入ると泥のように眠ってしまった。

桜たちを休ませた左近は月光院に謁見し、江島に会いに行った事と江島から託された仏像を月光院に手渡した。

「これを江島が。。」

月光院は仏像を手に取ると握り締めるように持ち、少しだけ悲しい表情を浮かべたが、すぐに元の表情に戻ると左近に礼を述べた。

「左近、ありがとう。江島が元気で暮らしていると聞いて少しだけ胸のつかえが取れたような気がする。彼女は私をさぞ恨んでいると思うていた。私の身代わりに流罪にされたようなものだからのう。。

正直言うと恨み言をどれだけ言われても仕方ないと覚悟していた。それなのに今だに私に忠義を持ってくれているとは、感謝してもしきれぬ」

「月光院様、江島様はおそらく生涯月光院様に対する忠義が揺らぐ事はないでしょう。少なくとも私にはそう思えました」

「私は江島に甘え過ぎていた。彼女といると本当に心が落ち着くし、まるで姉のようじゃった。今でも本当に感謝している。江島に出会えて良かったと」

年齢は江島が四歳年上であったので、月光院にとっては主従の関係なく姉のように思っていたのかも知れない。
月光院も江島も江戸っ子気質でサバサバした性格で、それが女同士の陰湿なやり合いをしている大奥の中で二人が気の合った理由の一つでもあった。

江島は御年寄になってからも直接指揮しなければならない事が起こらない限りは常に月光院に一日中付いて話し相手をしたり、二人で一緒に経を読んだり、月光院が懐妊してからは肩や足を揉んだり背中をさするなどしていた。
二人はどこに行くのにも常に一緒であった。
江島は元来がマメな性格なのもあったが、それだけ月光院と気が合ったのであろう。
それだけに江島のいなくなった後の月光院の孤独感は左近にも想像に余りある。

「せめて私の感謝の気持ちを江島に伝える事が出来たらのう。。」

月光院は遠くを見るような眼差しでそう思いを打ち明けるのであった。

⭐︎⭐︎⭐︎

桜と泉凪は一刻半〔およそ三時間〕眠っていたが、左近に起こされて目が覚めた。

「少しは回復した?」

「姉さん、ありがとう。三日月党は?」

「今のところ襲ってくる気配はないよ。六人衆も二人だけになって慎重になっているのかもね」

「左近さん、ありがとうございました。桜、私は月光院様の元へ行くよ」

泉凪はそう言うとひと足先に部屋を出て行った。
泉凪は月光院付きの別式。
月光院を守る気持ちは誰よりも強かったし、桜たちにもそれはわかっていた。

「今夜も引き続き危ないって事は泉凪もわかってるんだろう。残っている三日月党はおそらく昨日戦った連中よりもさらに手強い事が予想されるからね。姉さん、私は天英院様をお守りする。姉さんは大奥にいる他の人たちを守ってあげて」

「桜たちばかりに戦わせる訳にはいかないよ。私も戦う」

「残るは敵は首領を含めても三人。ならば戦うのは私と泉凪で何とかする。姉さんには私たちに万一の事がない限り戦いには参加しないで守り付いていてほしい」

「万一って。。桜と泉凪がやられるような相手なら私でも歯が立たないよ」

「万一って言ったのは本当に最悪の事を考えた時、私たちは絶対負けない。必ずこの大奥と天英院様、月光院様たちを守る。姉さんが後ろに控えてくれているから安心して戦えるって事だよ」

「良かった。。足手まといって思われてたら落ち込むところだった」

「そんな事思わないって。じゃあ私も見廻りに出るよ」

そう言って部屋を出て行く桜の後ろ姿を見て左近は嫌な予感がしていた。

「なんだろう。。桜が負けるとは思えないのに何か嫌な感じがする。私の思い過ごしならいいんだけど」

⭐︎⭐︎⭐︎

そして夜の闇が訪れる。
昨夜は満月の月明かりに照らされたが、今夜の月は雲に隠れていた。
広い大奥の中は昼間ですら陽の光が差し込まない部屋や廊下が至るところにあり、夜になるとそこはなお暗く感じ、一層不気味さを増す。
大奥の廊下を見廻りしていた桜はふと立ち止まる。

「来る。。」

桜は殺気を感じた。
暗闇から歩み寄る気配。
いや、歩み寄るなどという優しいものではない。
ジリジリと肌が痺れるような尋常ならぬ殺気に桜は三日月党だと察知する。
最もこの大奥において桜にこれだけの殺気を放つ相手はそれ以外にないであろうが。

目の前に現れた黒い影は身長は桜よりやや低く、身体は華奢に見える。
影は桜に向かって走り寄ると左脚から蹴りを繰り出す。

〔左回し蹴り。。ならば避ける〕

桜は吹雪の左回し蹴りを顔を背けて避けた。
が、次の瞬間避けたはずの蹴りが再び左側から飛んでくる。

〔な。。〕

桜は咄嗟に蹴りの威力を相殺させるために右へ飛んだ。
左回し蹴りと見せかけてのかけ蹴りである。

「く。。」

「よくかわしたな。我が名は三日月党六人衆吹雪」
〔女性?〕
桜が初めて出会う同性の敵であった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

フリードリヒ二世の手紙

平井敦史
歴史・時代
 神聖ローマ皇帝フリードリヒ二世。 「王座上の最初の近代人」、あるいは「世界の驚異」。  国際色豊かなシチリアで育ち、イスラムの文明に憧憬を抱く彼は、異教徒の言葉であるアラビア語をも習得していた。  そして、エジプトアイユーブ朝スルタン・アル=カーミルとも親しく文を交わし、ついにはイスラム教徒からキリスト教徒へのエルサレムの譲渡――無血十字軍という歴史上の奇跡の花を咲かせる。  しかし、美しき花は無残に手折られ、エルサレムは再びイスラム教徒の手に。そしてそれをきっかけに、第七回十字軍がエジプトに戦火を巻き起こす。  憎悪の連鎖の結末やいかに。  フリードリヒ二世がメインですが、彼と文通相手、およびその周辺の人間たちの群像劇です。そして最後は美味しいところをかっさらっていく奴が……(笑)。  ファ ンタジー要素なし。転 生もチ ートもありません。 「小説家になろう」様の公式企画「秋の歴史2022」向けに執筆・投稿した作品ですが、より多くの方に読んでいただきたく、この度「アルファポリス」様にも投稿させていただくことにしました。  よろしくお願いします。 「カクヨム」様にも掲載しています。

腐れ外道の城

詠野ごりら
歴史・時代
戦国時代初期、険しい山脈に囲まれた国。樋野(ひの)でも狭い土地をめぐって争いがはじまっていた。 黒田三郎兵衛は反乱者、井藤十兵衛の鎮圧に向かっていた。

北武の寅 <幕末さいたま志士伝>

海野 次朗
歴史・時代
 タイトルは『北武の寅』(ほくぶのとら)と読みます。  幕末の埼玉人にスポットをあてた作品です。主人公は熊谷北郊出身の吉田寅之助という青年です。他に渋沢栄一(尾高兄弟含む)、根岸友山、清水卯三郎、斎藤健次郎などが登場します。さらにベルギー系フランス人のモンブランやフランスお政、五代才助(友厚)、松木弘安(寺島宗則)、伊藤俊輔(博文)なども登場します。  根岸友山が出る関係から新選組や清河八郎の話もあります。また、渋沢栄一やモンブランが出る関係からパリ万博などパリを舞台とした場面が何回かあります。  前作の『伊藤とサトウ』と違って今作は史実重視というよりも、より「小説」に近い形になっているはずです。ただしキャラクターや時代背景はかなり重複しております。『伊藤とサトウ』でやれなかった事件を深掘りしているつもりですので、その点はご了承ください。 (※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

吼えよ! 権六

林 本丸
歴史・時代
時の関白豊臣秀吉を嫌う茶々姫はあるとき秀吉のいやがらせのため自身の養父・故柴田勝家の過去を探ることを思い立つ。主人公の木下半介は、茶々の命を受け、嫌々ながら柴田勝家の過去を探るのだが、その時々で秀吉からの妨害に見舞われる。はたして半介は茶々の命を完遂できるのか? やがて柴田勝家の過去を探る旅の過程でこれに関わる人々の気持ちも変化して……。

鈍亀の軌跡

高鉢 健太
歴史・時代
日本の潜水艦の歴史を変えた軌跡をたどるお話。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

処理中です...