27 / 49
大奥暗殺帳編
大奥暗殺帳 九
しおりを挟む「今回に限りなぜ処罰されたのじゃ」
月光院は不審に思うのも当然であった。
ご代参帰りの芝居見物がそれほどの重罪に値するのか。黙認が慣わしとなっているはずの息抜きをなぜ公の沙汰にまでしたのか。
江島、宮路、梅山は月光院の側近としてなくてはならない存在である。
お御年寄の江島は身分からすれば老中に匹敵する重職にも関わらず月光院に合わせもせずに処分の申し渡しを行った。
あまりにも理不尽であるし性急過ぎる。
さらに不審に思ったのは江島を取り調べている役人の中に稲生次郎左衛門正武の名があったことである。
「稲生ですって?」
「友里は稲生殿を知っているのか?」
月光院の問いに友里は江島がまだ大奥に入る前にあった出来事を話す。
「稲生次郎右衛門正武。その弟である文次郎正祥(まさただ)という方と旦那様は山村座でお見合いをされたのですが、芝居小屋につくやいなや白井平右衛門さま〔江島の義兄〕が稲生様の奥様と喧嘩を始めてしまい、旦那様もきっぱりお見合いをお断りしてまい、縁談話はさんざんな結果になってすべてお流れとなってしまったんですよ」
友里の報告に月光院はため息をつく。
「それ以来稲生家と気まずくなったという訳じゃな。稲生が執拗に江島を拷問にかけて白状させようとしたのは江島と生島新五郎の間に不義の事実があったかどうかという点だそうじゃ。
そんな事はないと江島はきっぱり否定したらしいが、目付たちは承知しないのは証拠があるからで、それは双方で交換した帯だそうだ」
「帯!」
「江島は新五郎の、新五郎は江島の帯をそれぞれ所持しているというではないか」
それを聞いて友里は衝撃を受けた。
「それもお静が仕掛けた罠です。そもそも旦那様は生島新五郎よりもお良さんと感慨深く話しておられました。幼馴染の妹さんであったからです。帯の交換もお良さんに何か心づくしをしたかったのです」
「そうか。。江島は世間に疎い。役者は物の取り替えには慣れっこになっている。お互い何気ないつもりだったのであろう。しかし後日問題にされた時に帯というのはまずかったのう。初めから無実を承知で罪状をでっち上げようとしていたのであれば誰の証言も通らぬし、帯は証拠として使われてしまう」
「そんな。。」
友里が怒りに拳を握りしめる。
「誰が江島を罠に貶めたのだろうか。。当日芝居見物をしていて門限に遅れたという事の一点をもって江島たちを大奥から追放するなどと、こんな事は表の一存だけでは出来ぬ。大奥の中に協力者がいなければ。協力者。。まさか天英院が」
月光院の脳裏に天英院が浮かんだが、果たして本当に天英院の仕組んだ事なのであろうか。
江島や女中たちは山村座で二階の座敷を借り切って酒を片手に役者たちと騒ぎ、あまりの見苦しさに随行していた小人目付が注意したが聞き入れず、おまけに門限に遅れ江島は無理矢理平河御門を開けさせたとあり、風紀の乱れ甚だしく、芝居小屋での座敷代金、弁当代金は商人たちへの賄賂であったと言うのだから、友里は呆れて言葉が出なかった。
そんな話がどうして出来上がっているのか月光院は不思議であった。
江島を始めとする女中たちには一切の申し開きが許されず、全て最初から仕組まれていたのは明白であった。
一番引っかかったのは大奥の御用達商人になりたかったら江島を籠絡する事。そのいい機会が御参内日の正月十二日だと教えた者がいるらしい。
それが月光院付きでありながら杏葉牡丹の印籠を持っていたお静という女中だという事だ。
友里はお静が何者なのか推測していた。
「お静は杏葉牡丹の紋章が入った印籠を見せびらかすように腰にぶら下げていました」
「杏葉牡丹じゃと!その印籠は近衛家の紋章ではないか」
近衛家は天英院の生家であった。
「はい。お静という女は近衛家か天英院様、もしくは天英院様派の女中たちと何からの関わりを持っているという可能性がごさいます」
「お静。。私は身辺調査をしているものとばかり思い、何の疑いもなく奉公を許可してしまったが、もう少し注意を払うべきだった」
だが今となっては後悔してもどうにもならなかった。
「お静は何者かに送り込まれた間者かもしれぬ」
「間者でごさいますか?」
「江島を始めとする私の派閥に罠を仕掛けて嵌めたのよ。中でも江島に的を絞り、失脚を企んだのじゃ。宮路、梅山といった側近まで連座の罪に落として一掃すれば私は孤立無縁となるからのう」
「でも本当に天英院様が。。」
友里も側近たちはともかく天英院本人がそこまで月光院を陥れようとしているとは思えなかった。
天英院は表向きだけにせよ月光院には穏やかに接していたし、月光院は常に天英院を立てて自分は一歩引いていた。
少なくとも二人はそこまで険悪な間柄ではないと友里は見ていた。
「もしや、天英院様をも罠に陥れようとしている別の人間がいるのでは。。」
「あり得ない話ではないな」
「月光院様、私は天英院様にこの事を申し伝えて参ります」
友里の言葉に月光院は驚いた。
「そのような事して天英院の怒りを買ったらお前まで大奥に居られなくなるのだぞ」
「だからと言って旦那様を見殺しに出来ません。どの道私たちもこの大奥から出されるのは時間の問題でございます。ならばお叱りを覚悟で天英院様に直訴致します」
友里の決意に月光院も手を握って「友里、よろしく頼むぞ」と頭を下げた。
月光院は自ら動いて江島を助けたかったが間部詮房から固く禁じられていた。
ここで迂闊に動いては月光院を貶めようとしている連中に絶好の口実を与えてしまうと言われていたからである。
月光院は不本意ながら友里に頼むしか出来なかった
江島は三日三晩一睡もさせない拷問をうけたが、それでも頑として口を割らなかった。 「ありもせぬものをあるとは、いかようにされようとも言えませぬ」
男ですら耐えかねて強制自白するほどの拷問にも江島は最後まで口を割らなかった。
「江島のやつ。自ら盾になり月光院を守ったか」
稲生下野守もそのしぶとさに根負けした。
⭐︎⭐︎⭐︎
「そなたは確か江島付きの女中であったな」
「はい。友里と申します」
「江島の女中が妾に何の用じゃ?まさか軽減の嘆願じゃあるまいな?」
「天英院様、この度の江島様の一件に杏葉牡丹の印籠を持つ者が絡んでいたという事をご存じでしょうか?」
「なんじゃと?それはまことか?」
この友里の言葉にさすがの天英院も驚きを隠せなかった。
「近衛家の紋章を持つ者とは何奴じゃ?」
「お静と申す女中にございます。この者、月光院様に付きながら杏葉牡丹の印籠を所持しておりました。もしも天英院様のご身内でないのなら、その印籠をどこで手に入れたのでしょう?」
「印籠はお父様以外に持ち歩く者は少ない。よもやお父様の印籠が盗まれたのではあるまいな」
天英院の父、近衛基煕はこの少し前まで江戸に長く滞在していたため、本人も気が付かないうちに盗まれたとしても不思議ではなかった。
「その者は事あるごとに杏葉牡丹の印籠をわざと見せびらかすようにしておりました。私も幾度となく見ております。ご無礼とお叱りを覚悟で申し上げますが、江島様を落とし込んだのは天英院様ではございませんか?」
友里の言葉に天英院は声を荒げる。
「妾が何故に江島を落とし込まなければならぬのじゃ!確かに月光院も江島も鬱陶しい存在である事は間違いない。じゃがのう、そこまでして二人を落とし込めようなどとは思わぬ。やるならば堂々と月光院、江島に啖呵を切ってやるだけじゃ」
確かに。。友里はそう思った。
天英院様は一位様〔女性で最高位である従一位という位からそう呼ばれていた〕で同二位の月光院よりも上にあたる。
本気で旦那様を御年寄の座から廃したいのであれば、堂々と月光院様と旦那様に直接言ってくるであろう。
しかし、友里がこの一年見ている限りでも二人の間にはそこまで険悪な雰囲気は感じられなかった。
江島も天英院のお付きである上臈御年寄の錦小路らとはやりあっても天英院には一歩引いていたからだ。
そして天英院も江島の実力は認めていたし一目置いていた。
どう考えても天英院が二人を罠に嵌めて陥れるとは思えなかった。
下につく者たちが勝手に動いてみて見ぬふりをしている可能性もあるが。
「左様でございましたか。数々のご無礼申し上げございませんでした。ですが何者かが天英院様をも落とし込めようとしている可能性がございます。お気をつけ下さいませ」
「わかった。その件は妾の方でも確認してみよう。友里と申したな。よくぞ知らせてくれた」
友里は平伏すると天英院の元から立ち去った。
「これでいいのかわからないけど、天英院様が旦那様や月光院様を陥れようとしたのでない事だけははっきりとわかった」
「錦小路。この一件にどうやら我らに罪を着せようとしている輩がおるようじゃ」
「由々しき事態にございます」
「取り急ぎ、妾は稲生次郎左衛門に江島の軽減を申し入れてくる。お前はこの大奥内で不穏な動きをしているものがおらぬか調べよ」
「江島を助けるのでございますか?」
「あれは確かに気に食わぬが妾とて実力は認めている。裏で何がうごめいているかはかわらぬが、無実の罪の人間を永流罪にまでするのは行き過ぎというものじゃ。錦小路、妾は何か間違っておるかのう?」
「いえ、仰せの通りにございます」
このすぐ後、月光院付きの女中は江島をはじめとして七十人近くが追放され、月光院は両手両足をもぎ取られた状態となった。
友里もこの時に大奥から追放されてしまったのだ。
罪状などない、ただ江島付きの女中という理由だけであった。
「私は江島を見捨てる事など出来ぬ」
月光院が我慢に限界が来て強引に稲生下野守の元は行こうとしたところ間部詮房は声を荒げた。
「慎まれよ月光院様。あなたは上様のご母堂であらせられるのですぞ」
そのひと言に月光院は崩れ落ちた。
「何という不条理じゃ。。こんな事が許されて良いものなのか」
月光院はあまりの憤りとショックからしばらく床に伏せってしまった。
月光院は不審に思うのも当然であった。
ご代参帰りの芝居見物がそれほどの重罪に値するのか。黙認が慣わしとなっているはずの息抜きをなぜ公の沙汰にまでしたのか。
江島、宮路、梅山は月光院の側近としてなくてはならない存在である。
お御年寄の江島は身分からすれば老中に匹敵する重職にも関わらず月光院に合わせもせずに処分の申し渡しを行った。
あまりにも理不尽であるし性急過ぎる。
さらに不審に思ったのは江島を取り調べている役人の中に稲生次郎左衛門正武の名があったことである。
「稲生ですって?」
「友里は稲生殿を知っているのか?」
月光院の問いに友里は江島がまだ大奥に入る前にあった出来事を話す。
「稲生次郎右衛門正武。その弟である文次郎正祥(まさただ)という方と旦那様は山村座でお見合いをされたのですが、芝居小屋につくやいなや白井平右衛門さま〔江島の義兄〕が稲生様の奥様と喧嘩を始めてしまい、旦那様もきっぱりお見合いをお断りしてまい、縁談話はさんざんな結果になってすべてお流れとなってしまったんですよ」
友里の報告に月光院はため息をつく。
「それ以来稲生家と気まずくなったという訳じゃな。稲生が執拗に江島を拷問にかけて白状させようとしたのは江島と生島新五郎の間に不義の事実があったかどうかという点だそうじゃ。
そんな事はないと江島はきっぱり否定したらしいが、目付たちは承知しないのは証拠があるからで、それは双方で交換した帯だそうだ」
「帯!」
「江島は新五郎の、新五郎は江島の帯をそれぞれ所持しているというではないか」
それを聞いて友里は衝撃を受けた。
「それもお静が仕掛けた罠です。そもそも旦那様は生島新五郎よりもお良さんと感慨深く話しておられました。幼馴染の妹さんであったからです。帯の交換もお良さんに何か心づくしをしたかったのです」
「そうか。。江島は世間に疎い。役者は物の取り替えには慣れっこになっている。お互い何気ないつもりだったのであろう。しかし後日問題にされた時に帯というのはまずかったのう。初めから無実を承知で罪状をでっち上げようとしていたのであれば誰の証言も通らぬし、帯は証拠として使われてしまう」
「そんな。。」
友里が怒りに拳を握りしめる。
「誰が江島を罠に貶めたのだろうか。。当日芝居見物をしていて門限に遅れたという事の一点をもって江島たちを大奥から追放するなどと、こんな事は表の一存だけでは出来ぬ。大奥の中に協力者がいなければ。協力者。。まさか天英院が」
月光院の脳裏に天英院が浮かんだが、果たして本当に天英院の仕組んだ事なのであろうか。
江島や女中たちは山村座で二階の座敷を借り切って酒を片手に役者たちと騒ぎ、あまりの見苦しさに随行していた小人目付が注意したが聞き入れず、おまけに門限に遅れ江島は無理矢理平河御門を開けさせたとあり、風紀の乱れ甚だしく、芝居小屋での座敷代金、弁当代金は商人たちへの賄賂であったと言うのだから、友里は呆れて言葉が出なかった。
そんな話がどうして出来上がっているのか月光院は不思議であった。
江島を始めとする女中たちには一切の申し開きが許されず、全て最初から仕組まれていたのは明白であった。
一番引っかかったのは大奥の御用達商人になりたかったら江島を籠絡する事。そのいい機会が御参内日の正月十二日だと教えた者がいるらしい。
それが月光院付きでありながら杏葉牡丹の印籠を持っていたお静という女中だという事だ。
友里はお静が何者なのか推測していた。
「お静は杏葉牡丹の紋章が入った印籠を見せびらかすように腰にぶら下げていました」
「杏葉牡丹じゃと!その印籠は近衛家の紋章ではないか」
近衛家は天英院の生家であった。
「はい。お静という女は近衛家か天英院様、もしくは天英院様派の女中たちと何からの関わりを持っているという可能性がごさいます」
「お静。。私は身辺調査をしているものとばかり思い、何の疑いもなく奉公を許可してしまったが、もう少し注意を払うべきだった」
だが今となっては後悔してもどうにもならなかった。
「お静は何者かに送り込まれた間者かもしれぬ」
「間者でごさいますか?」
「江島を始めとする私の派閥に罠を仕掛けて嵌めたのよ。中でも江島に的を絞り、失脚を企んだのじゃ。宮路、梅山といった側近まで連座の罪に落として一掃すれば私は孤立無縁となるからのう」
「でも本当に天英院様が。。」
友里も側近たちはともかく天英院本人がそこまで月光院を陥れようとしているとは思えなかった。
天英院は表向きだけにせよ月光院には穏やかに接していたし、月光院は常に天英院を立てて自分は一歩引いていた。
少なくとも二人はそこまで険悪な間柄ではないと友里は見ていた。
「もしや、天英院様をも罠に陥れようとしている別の人間がいるのでは。。」
「あり得ない話ではないな」
「月光院様、私は天英院様にこの事を申し伝えて参ります」
友里の言葉に月光院は驚いた。
「そのような事して天英院の怒りを買ったらお前まで大奥に居られなくなるのだぞ」
「だからと言って旦那様を見殺しに出来ません。どの道私たちもこの大奥から出されるのは時間の問題でございます。ならばお叱りを覚悟で天英院様に直訴致します」
友里の決意に月光院も手を握って「友里、よろしく頼むぞ」と頭を下げた。
月光院は自ら動いて江島を助けたかったが間部詮房から固く禁じられていた。
ここで迂闊に動いては月光院を貶めようとしている連中に絶好の口実を与えてしまうと言われていたからである。
月光院は不本意ながら友里に頼むしか出来なかった
江島は三日三晩一睡もさせない拷問をうけたが、それでも頑として口を割らなかった。 「ありもせぬものをあるとは、いかようにされようとも言えませぬ」
男ですら耐えかねて強制自白するほどの拷問にも江島は最後まで口を割らなかった。
「江島のやつ。自ら盾になり月光院を守ったか」
稲生下野守もそのしぶとさに根負けした。
⭐︎⭐︎⭐︎
「そなたは確か江島付きの女中であったな」
「はい。友里と申します」
「江島の女中が妾に何の用じゃ?まさか軽減の嘆願じゃあるまいな?」
「天英院様、この度の江島様の一件に杏葉牡丹の印籠を持つ者が絡んでいたという事をご存じでしょうか?」
「なんじゃと?それはまことか?」
この友里の言葉にさすがの天英院も驚きを隠せなかった。
「近衛家の紋章を持つ者とは何奴じゃ?」
「お静と申す女中にございます。この者、月光院様に付きながら杏葉牡丹の印籠を所持しておりました。もしも天英院様のご身内でないのなら、その印籠をどこで手に入れたのでしょう?」
「印籠はお父様以外に持ち歩く者は少ない。よもやお父様の印籠が盗まれたのではあるまいな」
天英院の父、近衛基煕はこの少し前まで江戸に長く滞在していたため、本人も気が付かないうちに盗まれたとしても不思議ではなかった。
「その者は事あるごとに杏葉牡丹の印籠をわざと見せびらかすようにしておりました。私も幾度となく見ております。ご無礼とお叱りを覚悟で申し上げますが、江島様を落とし込んだのは天英院様ではございませんか?」
友里の言葉に天英院は声を荒げる。
「妾が何故に江島を落とし込まなければならぬのじゃ!確かに月光院も江島も鬱陶しい存在である事は間違いない。じゃがのう、そこまでして二人を落とし込めようなどとは思わぬ。やるならば堂々と月光院、江島に啖呵を切ってやるだけじゃ」
確かに。。友里はそう思った。
天英院様は一位様〔女性で最高位である従一位という位からそう呼ばれていた〕で同二位の月光院よりも上にあたる。
本気で旦那様を御年寄の座から廃したいのであれば、堂々と月光院様と旦那様に直接言ってくるであろう。
しかし、友里がこの一年見ている限りでも二人の間にはそこまで険悪な雰囲気は感じられなかった。
江島も天英院のお付きである上臈御年寄の錦小路らとはやりあっても天英院には一歩引いていたからだ。
そして天英院も江島の実力は認めていたし一目置いていた。
どう考えても天英院が二人を罠に嵌めて陥れるとは思えなかった。
下につく者たちが勝手に動いてみて見ぬふりをしている可能性もあるが。
「左様でございましたか。数々のご無礼申し上げございませんでした。ですが何者かが天英院様をも落とし込めようとしている可能性がございます。お気をつけ下さいませ」
「わかった。その件は妾の方でも確認してみよう。友里と申したな。よくぞ知らせてくれた」
友里は平伏すると天英院の元から立ち去った。
「これでいいのかわからないけど、天英院様が旦那様や月光院様を陥れようとしたのでない事だけははっきりとわかった」
「錦小路。この一件にどうやら我らに罪を着せようとしている輩がおるようじゃ」
「由々しき事態にございます」
「取り急ぎ、妾は稲生次郎左衛門に江島の軽減を申し入れてくる。お前はこの大奥内で不穏な動きをしているものがおらぬか調べよ」
「江島を助けるのでございますか?」
「あれは確かに気に食わぬが妾とて実力は認めている。裏で何がうごめいているかはかわらぬが、無実の罪の人間を永流罪にまでするのは行き過ぎというものじゃ。錦小路、妾は何か間違っておるかのう?」
「いえ、仰せの通りにございます」
このすぐ後、月光院付きの女中は江島をはじめとして七十人近くが追放され、月光院は両手両足をもぎ取られた状態となった。
友里もこの時に大奥から追放されてしまったのだ。
罪状などない、ただ江島付きの女中という理由だけであった。
「私は江島を見捨てる事など出来ぬ」
月光院が我慢に限界が来て強引に稲生下野守の元は行こうとしたところ間部詮房は声を荒げた。
「慎まれよ月光院様。あなたは上様のご母堂であらせられるのですぞ」
そのひと言に月光院は崩れ落ちた。
「何という不条理じゃ。。こんな事が許されて良いものなのか」
月光院はあまりの憤りとショックからしばらく床に伏せってしまった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
フリードリヒ二世の手紙
平井敦史
歴史・時代
神聖ローマ皇帝フリードリヒ二世。
「王座上の最初の近代人」、あるいは「世界の驚異」。
国際色豊かなシチリアで育ち、イスラムの文明に憧憬を抱く彼は、異教徒の言葉であるアラビア語をも習得していた。
そして、エジプトアイユーブ朝スルタン・アル=カーミルとも親しく文を交わし、ついにはイスラム教徒からキリスト教徒へのエルサレムの譲渡――無血十字軍という歴史上の奇跡の花を咲かせる。
しかし、美しき花は無残に手折られ、エルサレムは再びイスラム教徒の手に。そしてそれをきっかけに、第七回十字軍がエジプトに戦火を巻き起こす。
憎悪の連鎖の結末やいかに。
フリードリヒ二世がメインですが、彼と文通相手、およびその周辺の人間たちの群像劇です。そして最後は美味しいところをかっさらっていく奴が……(笑)。
ファ ンタジー要素なし。転 生もチ ートもありません。
「小説家になろう」様の公式企画「秋の歴史2022」向けに執筆・投稿した作品ですが、より多くの方に読んでいただきたく、この度「アルファポリス」様にも投稿させていただくことにしました。
よろしくお願いします。
「カクヨム」様にも掲載しています。
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。
吼えよ! 権六
林 本丸
歴史・時代
時の関白豊臣秀吉を嫌う茶々姫はあるとき秀吉のいやがらせのため自身の養父・故柴田勝家の過去を探ることを思い立つ。主人公の木下半介は、茶々の命を受け、嫌々ながら柴田勝家の過去を探るのだが、その時々で秀吉からの妨害に見舞われる。はたして半介は茶々の命を完遂できるのか? やがて柴田勝家の過去を探る旅の過程でこれに関わる人々の気持ちも変化して……。
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
富嶽を駆けよ
有馬桓次郎
歴史・時代
★☆★ 第10回歴史・時代小説大賞〈あの時代の名脇役賞〉受賞作 ★☆★
https://www.alphapolis.co.jp/prize/result/853000200
天保三年。
尾張藩江戸屋敷の奥女中を勤めていた辰は、身長五尺七寸の大女。
嫁入りが決まって奉公も明けていたが、女人禁足の山・富士の山頂に立つという夢のため、養父と衝突しつつもなお深川で一人暮らしを続けている。
許婚の万次郎の口利きで富士講の大先達・小谷三志と面会した辰は、小谷翁の手引きで遂に富士山への登拝を決行する。
しかし人目を避けるために選ばれたその日程は、閉山から一ヶ月が経った長月二十六日。人跡の絶えた富士山は、五合目から上が完全に真冬となっていた。
逆巻く暴風、身を切る寒気、そして高山病……数多の試練を乗り越え、無事に富士山頂へ辿りつくことができた辰であったが──。
江戸後期、史上初の富士山女性登頂者「高山たつ」の挑戦を描く冒険記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる