さくらの剣

葉月麗雄

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大奥暗殺帳編

大奥暗殺帳 六

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「宮守、久しいの」

「これは、天英院様に錦小路様。このような場に来られるとは」

突然部屋に姿を現した天英院と錦小路に宮守は恭しく平伏する。
天英院はゆっくりと前に進み、宮守を見下ろすように目の前に立つ。

「そなたの狙い、すでに明白じゃ。妾は鷹司信子《たかつかさのぶこ》様とは遠縁に当たるが、彼女の悲劇も今となっては過去の事。仇を討とうとするなど愚の骨頂じゃ」

「何のお話しをなされているのか、私にはとんと理解が出来ませぬが」

「知らぬと申すならそれで良い。だが、これだけは言っておく。妾は吉宗公の味方じゃ。そして月光院にも危害は加えさせぬ。よく覚えておくと良い。おそらくどこぞで聞いているであろう三日月党の面々もな」

天英院はそれだけ言うと錦小路と共に宮守の部屋から退出した。
宮守は二人の前では辛うじて保っていた平静を姿が見えなくなったと同時に鬼の形相と怒りで崩した。

「あのババア。。今さらだと。復讐劇はこれからよ。孝子様の縁者でありながら徳川になびいた罪を思い知らせてくれるわ」


「無表情のようで僅かだが目に殺気があったな」

「はい。やはりあの女、鷹司孝子様に関連する者に相違ございません」

「愚かな。。孝子様は確かに不遇であらせられたが、もう過去の事。吉宗公にも今の大奥にも関係ない事じゃ。これは何が何でも阻止せねばならぬな」

天英院は錦小路に目配せすると、すでに申し合わせていたように錦小路は動き出した。

「やはり昔、江島が調べた通りであったか。。そうなると月光院もすでに宮守の素性は知っているという事じゃな」

「おそらくは。。」

錦小路はその日のうちに天英院の命を受けて密かに将軍吉宗へ連絡を取っていた。
天英院様と月光院の命を狙う者が御年寄宮守と三日月党の可能性ありという事。
加えて今回の一件には三代将軍家光の正室であった鷹司信子が絡んでいる事を吉宗の側近で御側御用取の加納久通に伝え、直ちに吉宗へと伝えられた。


その翌日、天英院の元に驚きの報告がもたらされた。

「高島が自害したじゃと?」

「はい。書き置きに月光院の命を狙った事を悔いている文が見つかりました」

錦小路の報告に天英院は苦い表情を浮かべた。

「。。宮守め。自害に見せかけてトカゲの尻尾切りをしおったな」

「しかし証拠がごさいません」

「先日、桜に渡した三日月型の紋章の入った手裏剣。あれが三日月党の物であると仮定すれば、宮守が浮かび上がってこよう。まずはその報告を待つとしようぞ」

「はい」

「それに吉宗公なら錦小路の報告を受けてすぐに手を打つであろう。宮守に関して一番詳しく知る者の元へ使いを出すに相違ない」

「宮守を一番よく知る人物。。まさか?」

「そのまさかよ」

天英院はそう言って笑う。

⭐︎⭐︎⭐︎

吉宗は報告を聞くなりすぐに源心と左近の二人を呼び寄せた。
まず桜から預かっていた三日月の紋章の入った手裏剣を源心に手渡した。

「源心。お前はこれより小田原に行き、この手裏剣と三日月党の関連を調べよ。今、大奥に潜入していると思われる三日月党の素性もわかればなお良し」

「はっ!早速」

「左近、お前は信州高遠《しんしゅうたかとお》に行ってもらいたい」

「信州高遠。。でございますか?」

左近はその意味をすぐに読み取った。

「すでに余が何を言おうとしたか理解したようだな。これより余が高遠藩主内藤頼卿《たかとおはんしゅないとうよりのり》に一筆したためる。それを持ち高遠で江島に謁見して宮守に関する詳しい情報を聞き出して来い」

左近は思わず息を飲んだ。

「私が。。江島様と」

「なかなかに手強い相手だが、彼奴にとって月光院は絶対的な存在。月光院の危機となれば必ず力になってくれよう」

「承知致しました。大役必ずや果たして参ります」

吉宗の命により、源心と左近はそれぞれ小田原と信州に向けて出発した。

⭐︎⭐︎⭐︎

信州高遠に到着した左近は早速、内藤屋敷を訪れ、吉宗からの手紙を領主内藤頼卿に手渡す。

「御使者殿。上様からのご依頼、確かに承りました。江島殿との謁見、許可致しましょう」

「ありがとうございます」


左近は案内役の役人に連れられて江島が「軟禁」されている屋敷へ到着した。
囲み屋敷と呼ばれるその建物は塀には二重の忍び返しがつけられ、屋敷全体に鉄格子が打ちつけられて玄関に入ればすぐに番人詰所と呼ばれる十畳ほどの部屋があり、常に監視人がいる。
桜や泉凪ならともかく、普通の女性が中から外に出る事はほぼ不可能であった。

屋敷内に通された左近は、番人詰所の奥にある僅か八畳一間の小さな部屋に座る一人の女性の姿が目に映った。

〔これが。。江島様〕

江島は左近が部屋に入って来るのに気がつくと、庭に向けていた身体を左近の方に向け座り直す。
一人だけ付くことを許可されている女中が左近に座布団が用意してくれた。

江島が大奥からこの信州高遠に流罪となり十年が経つ。
この年に四十四歳になる江島から感じる雰囲気は大奥時代の御年寄の威厳を失ってはいなかった。
ピンと伸びた背筋にキリッとした目は年齢よりも若く見えた。

左近は胸が張り裂けるかと思うほど緊張していた。
戦いでも将軍である吉宗に仕える時にもここまで緊張する事はない左近であるが、相手は伝説の大奥御年寄。

紀州にいた頃よりその名を耳にし、自分とはかけ離れた場所にいると思っていた人物が今まさに目の前にいるのだ。
左近は江島の前に座り、平伏すると声が震えたり上ずったりしないよう努めて冷静に話し始めた。
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