霊媒巫女の奇妙な日常

葉月麗雄

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丸投げ女 後編

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包丁を持って殺人を企てた加納美沙希。
狙われていた日和いずみの危機一髪の状況に稀が助けに入った。

「誰だお前は?」

「恨み晴らし屋、神宮寺稀」

「お前が神宮寺稀か?私に呪いなんかかけやがって。恨み晴らし屋っていうなら金さえ払えば仕事をするんだろ。だったら私が依頼してやる。そこにいる日和いずみを殺せ。首の骨を折るなり車に轢かせるなり病死でもいい。やり方はお前に任せる」

「お断りしますわ。私は殺しの依頼は引き受けませんの」

「日和の依頼は受けても私の依頼は受けられないっての?もう面倒だ。こうなればお前も日和と二人まとめて始末してやる」

「面白い人ですこと。仕事は他人に丸投げするのに殺人は自分でやるのね」

「何い?」

「あなたはサボり癖より、嫌な事から逃げる逃げ癖がついてしまったのですわ。私ならこんな足のつく事は絶対自分ではやりませんわ。自分がやろうと思った事は率先してやるけど、やりたくない事からは逃げる癖があなたには染み付いてしまったんてすね」

「うるさい。私の邪魔をする奴はみんな殺してやる」

「邪魔って?私も日和さんも邪魔なんてしてないんですけど」

そう言った時、美沙希の怨念が背後から出てくるのが稀の目に見えた。

〔これは面倒なことになりそうですね〕

通常なら積もり積もった怨念が霊体となって現れるのだが、美沙希の場合自分の思い通りにならない怒りが突然変異を起こしたものであった。

「怨念から出る霊体の処理は本当は聖菜さんのお仕事。私は専門外なんですが、聖菜さんを呼んでくる時間はなさそうですし仕方ありませんね」

「ぶっ殺してやる!」

美沙希の霊体が霊剣を稀に振りかざすが、その一撃を紫色に光る聖剣で弾き返す。

「紫式部。聖菜さんの神楽に匹敵する聖剣ですわ」

聖菜の霊体を斬る聖剣と同様の剣を稀も所有していた。
恐山で修行中に手に入れたものである。
美沙希の霊体が二度、三度と霊剣で斬りかかるが、稀は巧みにその攻撃をかわす。
彼女には剣術の経験は全く無い。
学生時代の運動神経は良くもなく悪くもないといったところだった。

だが、動体視力と驚異的な視野の広さに加え判断力がずば抜けて良かった。
身体も柔軟で頭でイメージした通りの動きが即座に出来るという特技があった。
こんな子が学生時代、聖菜に出会うまで友達もいなくて一人で過ごしていたなどと言っても今となっては誰も信じないだろう。

元々持っていた能力が修行によって開花したと言える。
稀は剣を横に構えると左手で剣の峰をなぞるような動きを見せる。

「紫方陣(しほうじん)」

稀が呪文を唱えると丸の足元に五芒星の結界か描かれて飛びかかってくる美沙希の霊体を閉じ込めた。

「成敗致します」

稀が紫式部で袈裟斬りに斬りつけると美沙希の霊体は真っ二つに斬り裂かれて霧の如く四散して消えていった。
霊体が斬られて消滅すると美沙希は呆然とした表情でその場にへたり込む。

「何?今のは。。」

目の前で起きた出来事が信じられないと言った様子であった。

「あなたの怨念が霊体となって現れたものですわ。それを断ち切ったのでもう大丈夫です」

もっとも、と言いかけて稀は口をつぐんだ。
この人物は逃げ癖とサボり癖が心の底まで染み付いている。
自分の思い通りにならない事が起きた時には再び霊体が現れる可能性が十分に考えられるが、そこまで稀の知った事ではないし、面倒見るつもりもない。

「あなたにこんな事言っても無駄でしょうけど、これからは真面目に働くのですね」

「どうせ会社をクビになって他の会社に勤めたら一からやり直し。でもね、私は真面目に仕事なんて真っ平ごめんよ。次の職場でも上司にゴマ擦って媚を売って仕事をせずに金を貰うさ」

「その情熱が仕事に向けられればさぞやり手になるでしょうけどね」

いずみが皮肉を言っても美沙希は気にする様子もない。

「二度と日和さんに近寄らないと約束して下さいますか?もし次に日和さんに危害を加えようとしたら、この前の比ではない強力な呪いをかけますよ」

「ふん。こちらからお断りだよ、そんな面倒くさい女」

稀にひと睨みされ美沙希は怯えたように捨て台詞を吐いて立ち去って行った。

いずみは稀に頭を下げてお礼を言う。

「助けてくれてありがとうございます」

「アフターケアですわ。お客様の安全を守るのも私の仕事ですの。これで彼女はもう日和さんに近寄って来ないと思いますわ」

「色々とご面倒をおかけしました。今回の件で私も呪いの怖さを改めて思い知りました。今後はやたらに呪いの依頼をしないようにします」

「そうして下さると幸いですわ。呪いは一歩間違えれば己に災いが跳ね返る危険な儀式でもあります。よほど辛抱耐えかねた時以外は極力避けて下さいね」

そう言ってにこりと笑う稀。
丸投げ女の一件はこうして幕を閉じた。



「そう。和花(のどか)が悪霊を退治したのね」

稀が悪霊を退治した一件は式神猫の那由多を通じて聖菜の耳に届いていた。

「彼女の能力はボクの目から見ても今の聖菜を上回っていると思うよ。もしかしたら美里と同じくらいかも。元々持っていた才能に加えて相当な修行を積んだんだろうね」

那由多の言葉を聞いて聖菜は否定しなかった。

「那由の言う通り、今の時点での能力は和花の方が上なのかも知れない。あの子、恐山で修行したと言ってたわね。私は本格的な修行はした事ないし、おじいちゃんから教わった事しか出来ない。その差だと思うわ」

「聖菜も本格的に修行すれば今の何倍もの力を使えるようになるよ」

「その力が何かの役に立つならいいけど」

聖菜はこれ以上自分の能力値を上げる事には消極的であった。
今のままでも十分悪霊には対応できる。
あえてこれ以上無駄な能力を身につける必要はない。
そう思いつつもふと考えた。

「和花は何のために修行してそれだけの力を身につけたのかしら?」

神宮寺稀こと佐々木和花。
彼女の考えを聖菜はまだ読めないでいた。
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