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予想のつかない出来事 前編
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人は時として予測の出来ない事態に遭遇する。
私生活で事件、事故に巻き込まれるのもそうだし、仕事でのトラブルもそうだ。
それを事前に確認出来なかったのかと責め立てられたところで不可抗力である。
今回はそんな予測不能のトラブルから起きた事件だった。
恩田愛菜(おんだまな)。会社員で歳は二十三歳。女性。
愛菜は会社の経理部に提出する書類の期日が本日までと迫っていた。
最後のチェックを済ませて上長に承認印をもらおうとしたところ、予定外の出張で不在であった。
このままでは承認印がもらえなく期限に間に合わないために経理部に交渉に行くが、そこで先輩の西田浩二に散々な嫌味を言われる。
「そんなのは部長のスケジュールをあらかじめ確認しておかなかったお前が悪い」
「そう言われても、急な出張で誰にも連絡がなかったですし、私は忙しくて不在なのも知らなかったんです」
「自分のミスだろ。承認印をもらわなくてはならない人の予定くらい確認しておけ」
書類提出期限の猶予は三日あったはずだが、それも彼の気分で変えられてしまうようだ。
「まだ締め切り後も三日間は猶予があるはずですけど」
「何が猶予だ。俺が締め切りと言ったらもう締め切りだ。その書類は未提出として処理するからな。もちろんお前の責任でな」
部長は本来ならこの日出張の予定はなかった。
急なお客様からのクレーム対応のために急遽出張したのだ。
よほど相手の怒りが酷かったのか急いで出かけたらしく、社員共有の予定表にもその件は記載されていなかった。
つまり部長が急遽出張したのを知っているのはクレーム対応に追われている出張先の支店の人間だけだったのだ。
そんなのは愛菜でなくても確認したところでわかるはずがなかった。
西田はそれを知ってか知らずか愛菜にネチネチと嫌味を繰り返した挙句に書類の受け取りを無視した。
経理に関わる書類なので、当然処理されなければ必要経費が落とされない。
その結果、営業の接待費用が落とされずに、その月に予定していた営業の取引や打ち合わせは全てキャンセルとなってしまった。
損害費用はおそらく数百万円か下手すると一千万円を超えるであろう。
愛菜は営業部に謝罪周りをする羽目になった。
幸い愛菜の会社は女性の営業が多く働く職場で、営業の人たちはみんな気にするなと言ってくれて多少気は晴れたが、西田に対する怒りが心の底で黒いモヤのように残っていた。
「そもそも、こんな時のための三日間の猶予があるのに勝手に締め切るなんてね。私たち営業もその煽りを受けたんだから」
愛菜は営業部の友人、駒形映美(こまがたえみ)に誘われて居酒屋で飲みながらそんな話をしていた。
「あの人、私に対して日頃から見下すような態度を取っているのが気になってたんだけど」
「西田は底意地が悪いって前々から評判は良くなかったのよ。愛菜が気にする事はないけど、もしかしたら愛菜を標的にしているのかもね」
「私を標的?どうして?」
「あいつは自分より仕事が出来たり自分より役職が低い人間を見下す性格だからね。愛菜はその両方に当てはまるでしょ」
西田は役職こそ課長であるが、仕事が出来るわけではない。
会社内の人員不足で経理の業務に対応出来るのが西田一人しかいないから課長に上げられただけで、業務能力においては愛菜の方が評価は高かった。
それが気に食わないのか、西田は愛菜に嫌味を言ったり今回のように不可避な状況に無理難題を押し付けて来ていた。
「あまり酷いようなら辞めるもの選択のうちだよ。愛菜はまだ若いんだからうちみたいな会社に我慢していなくてもいいよ」
「うん、そうだね」
翌日、出勤するなり愛菜は突然部長に呼び出された。
何事かと思って行ってみると、部長だけでなく課長も同席していた。
「恩田くん、実は今朝一悶着あってね。君が未提出だった経理部の書類の中に社長の来客接待が入っていたんだよ」
「えっ?」
愛菜それを聞いて驚いた。
「社長が同業会社の社長さんと料亭で食事の予定がご破算になってしまい、たいそう怒っていてね。西田はそれを君が締め切りを守らなくて処理が間に合わなかったような事を言ったらしいんだ。それで我々まで社長に怒られてしまったよ」
「そんな。。猶予があったのに西田さんが勝手に締め切って書類を受け取らなかっただけです」
「私も急遽の出張でやむを得ないだろうと西田に厳重注意しておいたが、楽しみにしていた接待を取り消しにされた社長の君に対する心象はかなり悪くなっているようだ。
私は君の実力を評価しているが、この状況ではどこまで庇いきれるかわからない。今のうちに他の会社を探しておいた方がいいかも知れないな」
部長も課長もこれは西田の仕業だとわかってくれたが問題は社長だ。
社長は私を解雇にする可能性が高いと言われて、どうして私がという気持ちが沸々と沸いて来た。
これじゃ私が悪者で西田に追い出されたみたいじゃない。
愛菜の心の闇はどんどん膨れ上がり、今までの似たような案件も重なり、その膨張は限界に達していた。
そして陰湿な心の闇が形となって愛菜の背後に現れていた。
その夜、愛菜から離脱した霊体は予想もつかない行動に出た。
西田は毎週金曜日の仕事帰りにキャバクラに寄っているという情報は映美から聞いていた。
経理部課長の立場を利用して会社の経費から接待費用で付けてキャバクラで遊んでいるのだ。
愛菜の幽体はキャバクラ帰りの西田を待ち伏せをした。
「西田さん、少しいいですか?」
いきなり目の前にあらわれた愛菜に西田は驚きの表情を見せる。
有無を言わせない態度を不審に思いながらも西田は愛菜に付いて裏通りまで歩いていく。
「西田さん。あなたこの前、部長のスケジュールくらいあらかじめ確認しておけっていいましたね」
「それがどうかしたのか?」
「あなたは私がここで待ち伏せしているのはあらかじめ確認出来たんですか?」
「そんなのお前が勝手に待ち伏せてただけだろう。俺が知ったことか」
「確認出来なかったんですね。では、今夜ここで自分が死ぬ事も確認出来なかったと言う事ですね」
「何を言っているんだ?お前は」
その瞬間、西田の顎が目に見えない鋭利な刃物のようなもので斬り裂かれた。
顎がポトリと地面に落ち大量の血飛沫があがり、西田は言葉にならない悲鳴をあげる。
「今の私の攻撃があらかじめ確認出来ましたか?」
「あう。。あぐあぐ。。」
顎から下がなくなったために言葉を発する事が出来なくなった西田の髪の毛を愛菜は掴み壁に頭を叩きつける。
「ほんの十秒先の自分の未来さえ確認出来ない人間が人の行動を確認しろというのはおかしいですね。もう一度聞きます。あなたは今日ここで自分が死ぬ事をあらかじめ確認してきましたか?」
西田は頭を真っ二つに斬られて即死した。
私生活で事件、事故に巻き込まれるのもそうだし、仕事でのトラブルもそうだ。
それを事前に確認出来なかったのかと責め立てられたところで不可抗力である。
今回はそんな予測不能のトラブルから起きた事件だった。
恩田愛菜(おんだまな)。会社員で歳は二十三歳。女性。
愛菜は会社の経理部に提出する書類の期日が本日までと迫っていた。
最後のチェックを済ませて上長に承認印をもらおうとしたところ、予定外の出張で不在であった。
このままでは承認印がもらえなく期限に間に合わないために経理部に交渉に行くが、そこで先輩の西田浩二に散々な嫌味を言われる。
「そんなのは部長のスケジュールをあらかじめ確認しておかなかったお前が悪い」
「そう言われても、急な出張で誰にも連絡がなかったですし、私は忙しくて不在なのも知らなかったんです」
「自分のミスだろ。承認印をもらわなくてはならない人の予定くらい確認しておけ」
書類提出期限の猶予は三日あったはずだが、それも彼の気分で変えられてしまうようだ。
「まだ締め切り後も三日間は猶予があるはずですけど」
「何が猶予だ。俺が締め切りと言ったらもう締め切りだ。その書類は未提出として処理するからな。もちろんお前の責任でな」
部長は本来ならこの日出張の予定はなかった。
急なお客様からのクレーム対応のために急遽出張したのだ。
よほど相手の怒りが酷かったのか急いで出かけたらしく、社員共有の予定表にもその件は記載されていなかった。
つまり部長が急遽出張したのを知っているのはクレーム対応に追われている出張先の支店の人間だけだったのだ。
そんなのは愛菜でなくても確認したところでわかるはずがなかった。
西田はそれを知ってか知らずか愛菜にネチネチと嫌味を繰り返した挙句に書類の受け取りを無視した。
経理に関わる書類なので、当然処理されなければ必要経費が落とされない。
その結果、営業の接待費用が落とされずに、その月に予定していた営業の取引や打ち合わせは全てキャンセルとなってしまった。
損害費用はおそらく数百万円か下手すると一千万円を超えるであろう。
愛菜は営業部に謝罪周りをする羽目になった。
幸い愛菜の会社は女性の営業が多く働く職場で、営業の人たちはみんな気にするなと言ってくれて多少気は晴れたが、西田に対する怒りが心の底で黒いモヤのように残っていた。
「そもそも、こんな時のための三日間の猶予があるのに勝手に締め切るなんてね。私たち営業もその煽りを受けたんだから」
愛菜は営業部の友人、駒形映美(こまがたえみ)に誘われて居酒屋で飲みながらそんな話をしていた。
「あの人、私に対して日頃から見下すような態度を取っているのが気になってたんだけど」
「西田は底意地が悪いって前々から評判は良くなかったのよ。愛菜が気にする事はないけど、もしかしたら愛菜を標的にしているのかもね」
「私を標的?どうして?」
「あいつは自分より仕事が出来たり自分より役職が低い人間を見下す性格だからね。愛菜はその両方に当てはまるでしょ」
西田は役職こそ課長であるが、仕事が出来るわけではない。
会社内の人員不足で経理の業務に対応出来るのが西田一人しかいないから課長に上げられただけで、業務能力においては愛菜の方が評価は高かった。
それが気に食わないのか、西田は愛菜に嫌味を言ったり今回のように不可避な状況に無理難題を押し付けて来ていた。
「あまり酷いようなら辞めるもの選択のうちだよ。愛菜はまだ若いんだからうちみたいな会社に我慢していなくてもいいよ」
「うん、そうだね」
翌日、出勤するなり愛菜は突然部長に呼び出された。
何事かと思って行ってみると、部長だけでなく課長も同席していた。
「恩田くん、実は今朝一悶着あってね。君が未提出だった経理部の書類の中に社長の来客接待が入っていたんだよ」
「えっ?」
愛菜それを聞いて驚いた。
「社長が同業会社の社長さんと料亭で食事の予定がご破算になってしまい、たいそう怒っていてね。西田はそれを君が締め切りを守らなくて処理が間に合わなかったような事を言ったらしいんだ。それで我々まで社長に怒られてしまったよ」
「そんな。。猶予があったのに西田さんが勝手に締め切って書類を受け取らなかっただけです」
「私も急遽の出張でやむを得ないだろうと西田に厳重注意しておいたが、楽しみにしていた接待を取り消しにされた社長の君に対する心象はかなり悪くなっているようだ。
私は君の実力を評価しているが、この状況ではどこまで庇いきれるかわからない。今のうちに他の会社を探しておいた方がいいかも知れないな」
部長も課長もこれは西田の仕業だとわかってくれたが問題は社長だ。
社長は私を解雇にする可能性が高いと言われて、どうして私がという気持ちが沸々と沸いて来た。
これじゃ私が悪者で西田に追い出されたみたいじゃない。
愛菜の心の闇はどんどん膨れ上がり、今までの似たような案件も重なり、その膨張は限界に達していた。
そして陰湿な心の闇が形となって愛菜の背後に現れていた。
その夜、愛菜から離脱した霊体は予想もつかない行動に出た。
西田は毎週金曜日の仕事帰りにキャバクラに寄っているという情報は映美から聞いていた。
経理部課長の立場を利用して会社の経費から接待費用で付けてキャバクラで遊んでいるのだ。
愛菜の幽体はキャバクラ帰りの西田を待ち伏せをした。
「西田さん、少しいいですか?」
いきなり目の前にあらわれた愛菜に西田は驚きの表情を見せる。
有無を言わせない態度を不審に思いながらも西田は愛菜に付いて裏通りまで歩いていく。
「西田さん。あなたこの前、部長のスケジュールくらいあらかじめ確認しておけっていいましたね」
「それがどうかしたのか?」
「あなたは私がここで待ち伏せしているのはあらかじめ確認出来たんですか?」
「そんなのお前が勝手に待ち伏せてただけだろう。俺が知ったことか」
「確認出来なかったんですね。では、今夜ここで自分が死ぬ事も確認出来なかったと言う事ですね」
「何を言っているんだ?お前は」
その瞬間、西田の顎が目に見えない鋭利な刃物のようなもので斬り裂かれた。
顎がポトリと地面に落ち大量の血飛沫があがり、西田は言葉にならない悲鳴をあげる。
「今の私の攻撃があらかじめ確認出来ましたか?」
「あう。。あぐあぐ。。」
顎から下がなくなったために言葉を発する事が出来なくなった西田の髪の毛を愛菜は掴み壁に頭を叩きつける。
「ほんの十秒先の自分の未来さえ確認出来ない人間が人の行動を確認しろというのはおかしいですね。もう一度聞きます。あなたは今日ここで自分が死ぬ事をあらかじめ確認してきましたか?」
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