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血の花が咲く 後編
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「お花は入りませんか?」
街中で男にそう呼びかける女。
「花?花なんかどこにもねえじゃんか」
そう言ったところで男は気がついたように顔をほころばせる。
「なるほど、花ってのはお前さんの身体ってわけか」
見ればかなりの美人でスタイルもいい。
「で、いくらで売ってくれるんだ」
「あなたのお気に召す値段でいいですよ。ここじゃなんですから、こちらへ」
女はそう言うと男を人気のないビルの谷間の暗闇へと連れて行った。
聖菜は大通りを歩き、アパートで感じたのと同じ気配を探していた。
「那由、見つかりそう?」
「うんにゃ。隠れるのが上手い奴ならそう簡単に尻尾は出さないだろうからね。こりゃ砂漠の中から一粒の砂金を探すようなもんだな」
「せめて砂場の中からくらいならまだいいんだけど」
そんな事を言っている時、那由多のアンテナが何かを捉えた。
「聖菜、その砂金が見つかったよ。運がいいな」
「さすが那由。標的は今、どこにいるの?」
「百二十メートルほど先の路地を右に入ったところ。まずい、誰かやられてる」
那由多の言葉に聖菜は走り出した。
「助けてくれ。。助けて。。」
「助けて?あなたは買ったんでしょう。私の花を。ならばきちんと咲かせるのが筋ってものよ」
「狂ってる」
男は無論、最初は女だと思って油断していたが、この女がとんでもない狂人だと知って逃げようとしたが、あり得ない力にまったく抵抗出来ず、足を切られて動けなくなっていた。
「さあ、花を見せて」
桐子から離脱した幽体は冷笑を浮かべて男の右腕を包丁で切った。
男が悲鳴とも叫びとも言える声を上げると迷惑そうな表情をする。
「うるさいわね。先に声を出なくさせといたほうがいいかしら」
桐子は男の首を切りつけた。
その時、聖菜が路地にたどり着いた。
「遅かったか」
首を切られて男はすでにこと切れていた。
辺りには鮮血が飛び散っている。
「何?あなたは誰?」
刃物で人を切り刻んで遊んでいる桐子に聖菜が近づいて行く。
「あんたこそ何者?何でこんな事してるの」
「花を見ている」
その言葉の意味を聖菜が理解するのにはしばらく時間を要した。
「花とは地面に飛び散った血の事か」
聖菜の問いに桐子は答えず、地面に飛び散る血を見てため息をつく。
「綺麗じゃないわね。もっと綺麗な花が見たい」
「趣味の悪いお花見はここまでだ」
「今、取り込み中なんだから邪魔しないでくれる」
桐子は聖菜を睨みつける。
包丁を持つ手も服もスカートも返り血を浴びて赤く染まっている。
「それとも、あなたが綺麗な花を咲かせてくれるの?」
聖菜を見るその目は冷淡というより悦の感情か、微笑んでいるようであった。
「こいつを浄化するのは少しばかり骨が折れそうね」
聖菜は神楽と呼ばれる刀を持っている。
これは霊体を斬るための刀で刀祢家に代々伝わるものだった。
刀自体に打ち込みがないので普通に見れば装飾刀か模造刀にしか見えないのだが、霊力のある者が持てば悪霊を斬り裂く強力な剣となる。
包丁で襲いかかって来る桐子を神楽で斬りつける。
桐子は包丁で受け止めようとするが、長さが違いすぎて受け止めきれずに左腕を斬られた。
「い。。たい。。」
私は腕を切られた痛みを初めて感じた。
さっきの男に胸を刺された時にも痛みは感じたかったのに。
あの刀で切られると霊体も痛みを感じるらしい。
「ふふふ」
桐子は切られたのに笑い出した。
「綺麗な血の花が咲いた」
自分の腕の傷から流れ出る血を見て狂気の笑みを浮かべる。
「あなたが血の花を咲かせるところが見たい」
桐子は裏通りの暗闇に姿を隠すように聖菜の前から姿を消した。
⭐︎⭐︎⭐︎
「夜叉、食い止めて」
「了解です」
式神・夜叉は素早く空中を飛び、先にいる殺人鬼の霊に剣を抜く。
「式神か。あいつには暗闇が通用しないようね」
桐子は夜叉に切り掛かるが、式神の夜叉には包丁による攻撃など通じない。
切っても切れないし当然血も出ない。
人間相手には通じる桐子の常人離れしたパワーも式神相手には通じなかった。
そこに聖菜が追いつき、夜叉は元の式札に戻った。
「やっぱりあなたの血が見たいわ」
「私の血を見る前にお前は消え失せる」
桐子は聖菜に襲いかかるが、上半身をたくみに動かして攻撃をかわしていく。
力ずくで押さえ込もうとしても聖菜はそれを警戒して距離を置いている。
聖菜は桐子の持つ包丁を剣を一閃させて弾き飛ばすと剣を真上に掲げて空中に四縦五横の格子を描く。
空中に糸状の格子が現れると桐子はその網に捕らえられて身動きが取れなくなった。
この糸上の格子は人間ならかからないし、体を素通りするが、霊体は蜘蛛の糸に絡め取られた虫のように身動きが取れなくなる。
「往生せよ」
聖菜の神楽が一閃されると桐子はただひと言呟いた。
「綺麗。。」
私は自分の舞い散る血飛沫を見て最後にそう思った。
私の身体は胴体から真っ二つに斬られて少しずつ霧のように蒸発して消えていった。
まるでスローモーションを見ているようにゆっくりと。
痛みも何も感じない。
ただ意識が遠のいていく感覚だった。
「終わったわね」
それから間もなく警察からの発表で、死んだ男が連続殺人事件の犯人と断定された。
部屋からは十人を上回る遺体が発見されたという。
しかし、犯人である男が何故腕を折られ首を切られてアパートの前の道路で死んでいたのかは捜査中という事だが、龍二が言った通り自分で首を切り、二階から飛び降りて自殺した際に腕と足が折れたという事でどうやら決着が付きそうだ。
猟奇的殺人事件として連日報道されたこの事件は幕を閉じた。
目を覚ました私は自分が生きている事を知る。
どうやらここは病院のようだ。
私はアパートで男に包丁で胸を刺されて意識を失い、発見されたときまだ息があったという事で救急搬送されて、今ここにいるらしい。
あの女の子に斬られて死んだはずなのに。
あれは何だったんだろう。
もう一人の私が体から抜け出してあんな風に。。
いや、もう考えるのはやめよう。
これから警察の事情聴取が入るだろうし、少し忙しくなる。
今のうちに休んでおこう。
桐子はゆっくりと目を閉じた。
テレビのニュースでは今回の猟奇事件が朝から何度も繰り返し流れていた。
唯一の生存者となったのは藤村桐子二十四歳。
犯人に胸を刺されて意識を失ったが命に別状はなく、警察が回復次第、事情聴取を行うという事だった。
「藤村桐子。彼女の自傷行為は自分の心を守ったり、外傷をつける事で虚無の心を痛みで誤魔化す事から始まったけれど、その痛みがいつからか感じられなくなったのね。
痛覚神経が麻痺してしまったのか、傷つける事になれてしまったのか。
それで自分ではなく、他人が傷ついて血を流すのを見る欲求が心の中に芽生えて彼女の願望が幽体離脱して暴走した。
まあ、幽体は消えたし今後同じ事が繰り返される事はないでしょう。
悪霊なんかより人間が心の底で考えている事の方がよっぽどもわからないし見えないから怖いと思うけど」
トーストにサラダ、コーヒーという軽い朝食をとりながら聖菜はそう思うのだった。
「そろそろ零と麻里奈が来る頃だな」
稲葉零と四位麻里奈。
一年半ほど前のある事件がきっかけで友人関係となり、今は同じ大学の後輩でもある二人はすぐ近所に住んでいて、毎朝一緒に大学に通っている。
商売柄友人のほとんどいない聖菜にとって数少ない友人であり、この二人といる間が普通の女子大生刀祢聖菜としていられる時であった。
「聖菜さん」
「おはよう。零、麻里奈。さ、行こうか」
後輩二人の呼ぶ声が聞こえて聖菜は冷徹な巫女から普通の学生へと切り替わり、大学へと足を運ぶのだった。
街中で男にそう呼びかける女。
「花?花なんかどこにもねえじゃんか」
そう言ったところで男は気がついたように顔をほころばせる。
「なるほど、花ってのはお前さんの身体ってわけか」
見ればかなりの美人でスタイルもいい。
「で、いくらで売ってくれるんだ」
「あなたのお気に召す値段でいいですよ。ここじゃなんですから、こちらへ」
女はそう言うと男を人気のないビルの谷間の暗闇へと連れて行った。
聖菜は大通りを歩き、アパートで感じたのと同じ気配を探していた。
「那由、見つかりそう?」
「うんにゃ。隠れるのが上手い奴ならそう簡単に尻尾は出さないだろうからね。こりゃ砂漠の中から一粒の砂金を探すようなもんだな」
「せめて砂場の中からくらいならまだいいんだけど」
そんな事を言っている時、那由多のアンテナが何かを捉えた。
「聖菜、その砂金が見つかったよ。運がいいな」
「さすが那由。標的は今、どこにいるの?」
「百二十メートルほど先の路地を右に入ったところ。まずい、誰かやられてる」
那由多の言葉に聖菜は走り出した。
「助けてくれ。。助けて。。」
「助けて?あなたは買ったんでしょう。私の花を。ならばきちんと咲かせるのが筋ってものよ」
「狂ってる」
男は無論、最初は女だと思って油断していたが、この女がとんでもない狂人だと知って逃げようとしたが、あり得ない力にまったく抵抗出来ず、足を切られて動けなくなっていた。
「さあ、花を見せて」
桐子から離脱した幽体は冷笑を浮かべて男の右腕を包丁で切った。
男が悲鳴とも叫びとも言える声を上げると迷惑そうな表情をする。
「うるさいわね。先に声を出なくさせといたほうがいいかしら」
桐子は男の首を切りつけた。
その時、聖菜が路地にたどり着いた。
「遅かったか」
首を切られて男はすでにこと切れていた。
辺りには鮮血が飛び散っている。
「何?あなたは誰?」
刃物で人を切り刻んで遊んでいる桐子に聖菜が近づいて行く。
「あんたこそ何者?何でこんな事してるの」
「花を見ている」
その言葉の意味を聖菜が理解するのにはしばらく時間を要した。
「花とは地面に飛び散った血の事か」
聖菜の問いに桐子は答えず、地面に飛び散る血を見てため息をつく。
「綺麗じゃないわね。もっと綺麗な花が見たい」
「趣味の悪いお花見はここまでだ」
「今、取り込み中なんだから邪魔しないでくれる」
桐子は聖菜を睨みつける。
包丁を持つ手も服もスカートも返り血を浴びて赤く染まっている。
「それとも、あなたが綺麗な花を咲かせてくれるの?」
聖菜を見るその目は冷淡というより悦の感情か、微笑んでいるようであった。
「こいつを浄化するのは少しばかり骨が折れそうね」
聖菜は神楽と呼ばれる刀を持っている。
これは霊体を斬るための刀で刀祢家に代々伝わるものだった。
刀自体に打ち込みがないので普通に見れば装飾刀か模造刀にしか見えないのだが、霊力のある者が持てば悪霊を斬り裂く強力な剣となる。
包丁で襲いかかって来る桐子を神楽で斬りつける。
桐子は包丁で受け止めようとするが、長さが違いすぎて受け止めきれずに左腕を斬られた。
「い。。たい。。」
私は腕を切られた痛みを初めて感じた。
さっきの男に胸を刺された時にも痛みは感じたかったのに。
あの刀で切られると霊体も痛みを感じるらしい。
「ふふふ」
桐子は切られたのに笑い出した。
「綺麗な血の花が咲いた」
自分の腕の傷から流れ出る血を見て狂気の笑みを浮かべる。
「あなたが血の花を咲かせるところが見たい」
桐子は裏通りの暗闇に姿を隠すように聖菜の前から姿を消した。
⭐︎⭐︎⭐︎
「夜叉、食い止めて」
「了解です」
式神・夜叉は素早く空中を飛び、先にいる殺人鬼の霊に剣を抜く。
「式神か。あいつには暗闇が通用しないようね」
桐子は夜叉に切り掛かるが、式神の夜叉には包丁による攻撃など通じない。
切っても切れないし当然血も出ない。
人間相手には通じる桐子の常人離れしたパワーも式神相手には通じなかった。
そこに聖菜が追いつき、夜叉は元の式札に戻った。
「やっぱりあなたの血が見たいわ」
「私の血を見る前にお前は消え失せる」
桐子は聖菜に襲いかかるが、上半身をたくみに動かして攻撃をかわしていく。
力ずくで押さえ込もうとしても聖菜はそれを警戒して距離を置いている。
聖菜は桐子の持つ包丁を剣を一閃させて弾き飛ばすと剣を真上に掲げて空中に四縦五横の格子を描く。
空中に糸状の格子が現れると桐子はその網に捕らえられて身動きが取れなくなった。
この糸上の格子は人間ならかからないし、体を素通りするが、霊体は蜘蛛の糸に絡め取られた虫のように身動きが取れなくなる。
「往生せよ」
聖菜の神楽が一閃されると桐子はただひと言呟いた。
「綺麗。。」
私は自分の舞い散る血飛沫を見て最後にそう思った。
私の身体は胴体から真っ二つに斬られて少しずつ霧のように蒸発して消えていった。
まるでスローモーションを見ているようにゆっくりと。
痛みも何も感じない。
ただ意識が遠のいていく感覚だった。
「終わったわね」
それから間もなく警察からの発表で、死んだ男が連続殺人事件の犯人と断定された。
部屋からは十人を上回る遺体が発見されたという。
しかし、犯人である男が何故腕を折られ首を切られてアパートの前の道路で死んでいたのかは捜査中という事だが、龍二が言った通り自分で首を切り、二階から飛び降りて自殺した際に腕と足が折れたという事でどうやら決着が付きそうだ。
猟奇的殺人事件として連日報道されたこの事件は幕を閉じた。
目を覚ました私は自分が生きている事を知る。
どうやらここは病院のようだ。
私はアパートで男に包丁で胸を刺されて意識を失い、発見されたときまだ息があったという事で救急搬送されて、今ここにいるらしい。
あの女の子に斬られて死んだはずなのに。
あれは何だったんだろう。
もう一人の私が体から抜け出してあんな風に。。
いや、もう考えるのはやめよう。
これから警察の事情聴取が入るだろうし、少し忙しくなる。
今のうちに休んでおこう。
桐子はゆっくりと目を閉じた。
テレビのニュースでは今回の猟奇事件が朝から何度も繰り返し流れていた。
唯一の生存者となったのは藤村桐子二十四歳。
犯人に胸を刺されて意識を失ったが命に別状はなく、警察が回復次第、事情聴取を行うという事だった。
「藤村桐子。彼女の自傷行為は自分の心を守ったり、外傷をつける事で虚無の心を痛みで誤魔化す事から始まったけれど、その痛みがいつからか感じられなくなったのね。
痛覚神経が麻痺してしまったのか、傷つける事になれてしまったのか。
それで自分ではなく、他人が傷ついて血を流すのを見る欲求が心の中に芽生えて彼女の願望が幽体離脱して暴走した。
まあ、幽体は消えたし今後同じ事が繰り返される事はないでしょう。
悪霊なんかより人間が心の底で考えている事の方がよっぽどもわからないし見えないから怖いと思うけど」
トーストにサラダ、コーヒーという軽い朝食をとりながら聖菜はそう思うのだった。
「そろそろ零と麻里奈が来る頃だな」
稲葉零と四位麻里奈。
一年半ほど前のある事件がきっかけで友人関係となり、今は同じ大学の後輩でもある二人はすぐ近所に住んでいて、毎朝一緒に大学に通っている。
商売柄友人のほとんどいない聖菜にとって数少ない友人であり、この二人といる間が普通の女子大生刀祢聖菜としていられる時であった。
「聖菜さん」
「おはよう。零、麻里奈。さ、行こうか」
後輩二人の呼ぶ声が聞こえて聖菜は冷徹な巫女から普通の学生へと切り替わり、大学へと足を運ぶのだった。
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