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第四章 空と大地の交差
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目の前に立つ男に対して、怒りと言う感情がそれほどあったわけではない。
しかしそれでも、ヨハンは先程のサアヤの気遣いをありがたく思う。
浅黒い肌にくせ毛、大柄な体格だがその顔立ちはまだ少年のような幼さがあるそのエトランゼの名はカルロ。
彼から聞かされたカナタが行方不明になったことの顛末は、ヨハンが想像していた以上のものだった。
「……ヨハンさん。そんな怖い顔で睨まないでください」
落ち着くようにと、サアヤの手が背中に触れる。
そんなつもりはなかったのだが、自然と表情も強張っていたようだ。
今、ヨハン達はイシュトナル要塞内の空き部屋を一つ使って、出頭してきた男カルロと話をしている。
殺風景な部屋には簡素な椅子が二つ置いてあるが、ヨハンにしてもカルロにしてもそれを無視して立ったまま話をしていた。
「続きを」
ヨハンが促すと、カルロはびくりと身体を竦ませながらも話を続ける。
「それで、おれ達は英雄って呼ばれてるカナタ……さんの力を借りたくて」
「カナタの力を利用するつもりだったのか。……よりにもよって、エトランゼの反乱に」
やはり、無意識に怒りを込めた声が出ていたようだ。
カルロの顔面は蒼白で、今にも踵を返してこの場から逃げ出してしまいそうだった。勿論、ここが要塞内である以上ギフトを以てしても簡単に逃げられはしないが。
彼の話を纏めると、カルロ達――とは言っても彼はそのパーティの末端で、中心となっていた男達は身を潜めたようだが――はエトランゼによる国家の設立を目的とした地下組織の一員で、その為に冒険者家業を行いながら有能なエトランゼをスカウトしているらしい。
当然、彼等は英雄と呼ばれたカナタにも声を掛けたが、返事は色よいものではなかった。
逆上したリーダーはダンジョン内部だと言うのにカナタを激しく罵倒し、連携に隙ができたタイミングで魔物に襲われたのだと言う。
「カナタさんは、おれ達が酷いことを言って、下手をしたら無理矢理連れていこうとしたのに、魔物の攻撃からみんなを庇って、ダンジョン内部を流れてた川に落ちて」
ヨハンが顔を上げると、即座にサアヤは手に持っていたダンジョンの地図を手渡してくる。
確かにカルロの言う通り、ダンジョン内部には地底河川が幾つも流れていた。それどころか場所によって地底湖と呼んでいいほどの広さの水源まで存在している。
――この規模から察するに、人が落ちて流されたとしたら恐らく助かることはないだろう。
「あの、おれ、おれ……」
「……冒険者同士の揉め事に、イシュトナルは干渉しない。お前達がやったことが罪に問われることはない。だからこそ聞かせてくれ。お前はどうして、ここに来た?」
「そ、それは……」
その答えはカルロ自身にもよく判っていない様子だった。
「でも、おれ達酷いこと言って、それでもカナタさんはおれ達を庇って……。他のパーティのみんなは自分達は悪くないとか、余計な手間が省けたとか言ってたけど、おれは、なんかそれは違うって……」
「そうか。サアヤ、ゼクスを呼んですぐに調査隊を組織させてくれ」
「ゼクスさんですか? ダンジョンを調査するなら違う人達の方がいいんじゃないですか?」
「それはこっちで冒険者を募る。ゼクスにはフィノイ河周辺の街や集落で情報を集めさせるんだ。ダンジョン内部の地下河川はフィノイ河に流れ込んでいる可能性が高い」
「……判りました」
ヨハンの仮説はあくまでも希望的観測に過ぎない。それでも、生きているとすれば地下河川を流されてフィノイ河に合流している可能性が一番高いだろう。
もし今でもカナタの身体がダンジョンにある場合、生存は絶望的だ。
だから、生きていると仮定して最も可能性が高いものを選んだ。それでも、奇跡のような確立ではあるが。
「貴重な情報を感謝する。報酬は出せないが、今後何かあったら頼ってくれ」
「は、はいぃ!」
情けない返事をして、カルロはそそくさと部屋を後にする。
彼が出ていったのを見計らってから、サアヤは不思議そうな顔でヨハンを見上げた。
「制裁はしなくてよかったんですか?」
それは彼女らしからぬ問いだと、ヨハンは思った。それだけカルロの言葉に、腹を立てた部分があったのだろう。
「末端を潰しても意味はない。それにしばらくは監視を付けさせてもらうさ」
「エトランゼの国家ですか……」
それは以前、サアヤが所属していたエトランゼの組織も夢見たものだ。
そのリーダーであるヨシツグは理想を抱いたまま、それを叶えるための手段を選ばなかった。
そして今もなお、夢想したまま世界を騒がせようとする者達が現れる。
「何にせよ、今は構っている暇はない」
「でも、カナタちゃんを探すのにゼクスさん達を使うのって、職権乱用ですよね?」
「言い訳は考えておくさ。……反対か?」
そう尋ねると、サアヤは悪戯っぽくくすりと笑った。
「いいえ、大賛成です」
ヨハンの傍にはカナタがいる。
そんな光景をもう一度みたいと思っているのは、サアヤとて同じだった。
しかしそれでも、ヨハンは先程のサアヤの気遣いをありがたく思う。
浅黒い肌にくせ毛、大柄な体格だがその顔立ちはまだ少年のような幼さがあるそのエトランゼの名はカルロ。
彼から聞かされたカナタが行方不明になったことの顛末は、ヨハンが想像していた以上のものだった。
「……ヨハンさん。そんな怖い顔で睨まないでください」
落ち着くようにと、サアヤの手が背中に触れる。
そんなつもりはなかったのだが、自然と表情も強張っていたようだ。
今、ヨハン達はイシュトナル要塞内の空き部屋を一つ使って、出頭してきた男カルロと話をしている。
殺風景な部屋には簡素な椅子が二つ置いてあるが、ヨハンにしてもカルロにしてもそれを無視して立ったまま話をしていた。
「続きを」
ヨハンが促すと、カルロはびくりと身体を竦ませながらも話を続ける。
「それで、おれ達は英雄って呼ばれてるカナタ……さんの力を借りたくて」
「カナタの力を利用するつもりだったのか。……よりにもよって、エトランゼの反乱に」
やはり、無意識に怒りを込めた声が出ていたようだ。
カルロの顔面は蒼白で、今にも踵を返してこの場から逃げ出してしまいそうだった。勿論、ここが要塞内である以上ギフトを以てしても簡単に逃げられはしないが。
彼の話を纏めると、カルロ達――とは言っても彼はそのパーティの末端で、中心となっていた男達は身を潜めたようだが――はエトランゼによる国家の設立を目的とした地下組織の一員で、その為に冒険者家業を行いながら有能なエトランゼをスカウトしているらしい。
当然、彼等は英雄と呼ばれたカナタにも声を掛けたが、返事は色よいものではなかった。
逆上したリーダーはダンジョン内部だと言うのにカナタを激しく罵倒し、連携に隙ができたタイミングで魔物に襲われたのだと言う。
「カナタさんは、おれ達が酷いことを言って、下手をしたら無理矢理連れていこうとしたのに、魔物の攻撃からみんなを庇って、ダンジョン内部を流れてた川に落ちて」
ヨハンが顔を上げると、即座にサアヤは手に持っていたダンジョンの地図を手渡してくる。
確かにカルロの言う通り、ダンジョン内部には地底河川が幾つも流れていた。それどころか場所によって地底湖と呼んでいいほどの広さの水源まで存在している。
――この規模から察するに、人が落ちて流されたとしたら恐らく助かることはないだろう。
「あの、おれ、おれ……」
「……冒険者同士の揉め事に、イシュトナルは干渉しない。お前達がやったことが罪に問われることはない。だからこそ聞かせてくれ。お前はどうして、ここに来た?」
「そ、それは……」
その答えはカルロ自身にもよく判っていない様子だった。
「でも、おれ達酷いこと言って、それでもカナタさんはおれ達を庇って……。他のパーティのみんなは自分達は悪くないとか、余計な手間が省けたとか言ってたけど、おれは、なんかそれは違うって……」
「そうか。サアヤ、ゼクスを呼んですぐに調査隊を組織させてくれ」
「ゼクスさんですか? ダンジョンを調査するなら違う人達の方がいいんじゃないですか?」
「それはこっちで冒険者を募る。ゼクスにはフィノイ河周辺の街や集落で情報を集めさせるんだ。ダンジョン内部の地下河川はフィノイ河に流れ込んでいる可能性が高い」
「……判りました」
ヨハンの仮説はあくまでも希望的観測に過ぎない。それでも、生きているとすれば地下河川を流されてフィノイ河に合流している可能性が一番高いだろう。
もし今でもカナタの身体がダンジョンにある場合、生存は絶望的だ。
だから、生きていると仮定して最も可能性が高いものを選んだ。それでも、奇跡のような確立ではあるが。
「貴重な情報を感謝する。報酬は出せないが、今後何かあったら頼ってくれ」
「は、はいぃ!」
情けない返事をして、カルロはそそくさと部屋を後にする。
彼が出ていったのを見計らってから、サアヤは不思議そうな顔でヨハンを見上げた。
「制裁はしなくてよかったんですか?」
それは彼女らしからぬ問いだと、ヨハンは思った。それだけカルロの言葉に、腹を立てた部分があったのだろう。
「末端を潰しても意味はない。それにしばらくは監視を付けさせてもらうさ」
「エトランゼの国家ですか……」
それは以前、サアヤが所属していたエトランゼの組織も夢見たものだ。
そのリーダーであるヨシツグは理想を抱いたまま、それを叶えるための手段を選ばなかった。
そして今もなお、夢想したまま世界を騒がせようとする者達が現れる。
「何にせよ、今は構っている暇はない」
「でも、カナタちゃんを探すのにゼクスさん達を使うのって、職権乱用ですよね?」
「言い訳は考えておくさ。……反対か?」
そう尋ねると、サアヤは悪戯っぽくくすりと笑った。
「いいえ、大賛成です」
ヨハンの傍にはカナタがいる。
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