上 下
140 / 178
第四章 空と大地の交差

4‐5

しおりを挟む
 目の前に立つ男に対して、怒りと言う感情がそれほどあったわけではない。

 しかしそれでも、ヨハンは先程のサアヤの気遣いをありがたく思う。

 浅黒い肌にくせ毛、大柄な体格だがその顔立ちはまだ少年のような幼さがあるそのエトランゼの名はカルロ。

 彼から聞かされたカナタが行方不明になったことの顛末は、ヨハンが想像していた以上のものだった。


「……ヨハンさん。そんな怖い顔で睨まないでください」


 落ち着くようにと、サアヤの手が背中に触れる。

 そんなつもりはなかったのだが、自然と表情も強張っていたようだ。

 今、ヨハン達はイシュトナル要塞内の空き部屋を一つ使って、出頭してきた男カルロと話をしている。

 殺風景な部屋には簡素な椅子が二つ置いてあるが、ヨハンにしてもカルロにしてもそれを無視して立ったまま話をしていた。


「続きを」


 ヨハンが促すと、カルロはびくりと身体を竦ませながらも話を続ける。


「それで、おれ達は英雄って呼ばれてるカナタ……さんの力を借りたくて」

「カナタの力を利用するつもりだったのか。……よりにもよって、エトランゼの反乱に」


 やはり、無意識に怒りを込めた声が出ていたようだ。

 カルロの顔面は蒼白で、今にも踵を返してこの場から逃げ出してしまいそうだった。勿論、ここが要塞内である以上ギフトを以てしても簡単に逃げられはしないが。

 彼の話を纏めると、カルロ達――とは言っても彼はそのパーティの末端で、中心となっていた男達は身を潜めたようだが――はエトランゼによる国家の設立を目的とした地下組織の一員で、その為に冒険者家業を行いながら有能なエトランゼをスカウトしているらしい。

 当然、彼等は英雄と呼ばれたカナタにも声を掛けたが、返事は色よいものではなかった。

 逆上したリーダーはダンジョン内部だと言うのにカナタを激しく罵倒し、連携に隙ができたタイミングで魔物に襲われたのだと言う。


「カナタさんは、おれ達が酷いことを言って、下手をしたら無理矢理連れていこうとしたのに、魔物の攻撃からみんなを庇って、ダンジョン内部を流れてた川に落ちて」


 ヨハンが顔を上げると、即座にサアヤは手に持っていたダンジョンの地図を手渡してくる。

 確かにカルロの言う通り、ダンジョン内部には地底河川が幾つも流れていた。それどころか場所によって地底湖と呼んでいいほどの広さの水源まで存在している。

 ――この規模から察するに、人が落ちて流されたとしたら恐らく助かることはないだろう。


「あの、おれ、おれ……」

「……冒険者同士の揉め事に、イシュトナルは干渉しない。お前達がやったことが罪に問われることはない。だからこそ聞かせてくれ。お前はどうして、ここに来た?」

「そ、それは……」


 その答えはカルロ自身にもよく判っていない様子だった。


「でも、おれ達酷いこと言って、それでもカナタさんはおれ達を庇って……。他のパーティのみんなは自分達は悪くないとか、余計な手間が省けたとか言ってたけど、おれは、なんかそれは違うって……」

「そうか。サアヤ、ゼクスを呼んですぐに調査隊を組織させてくれ」

「ゼクスさんですか? ダンジョンを調査するなら違う人達の方がいいんじゃないですか?」

「それはこっちで冒険者を募る。ゼクスにはフィノイ河周辺の街や集落で情報を集めさせるんだ。ダンジョン内部の地下河川はフィノイ河に流れ込んでいる可能性が高い」

「……判りました」


 ヨハンの仮説はあくまでも希望的観測に過ぎない。それでも、生きているとすれば地下河川を流されてフィノイ河に合流している可能性が一番高いだろう。

 もし今でもカナタの身体がダンジョンにある場合、生存は絶望的だ。

 だから、生きていると仮定して最も可能性が高いものを選んだ。それでも、奇跡のような確立ではあるが。


「貴重な情報を感謝する。報酬は出せないが、今後何かあったら頼ってくれ」

「は、はいぃ!」


 情けない返事をして、カルロはそそくさと部屋を後にする。

 彼が出ていったのを見計らってから、サアヤは不思議そうな顔でヨハンを見上げた。


「制裁はしなくてよかったんですか?」


 それは彼女らしからぬ問いだと、ヨハンは思った。それだけカルロの言葉に、腹を立てた部分があったのだろう。


「末端を潰しても意味はない。それにしばらくは監視を付けさせてもらうさ」

「エトランゼの国家ですか……」


 それは以前、サアヤが所属していたエトランゼの組織も夢見たものだ。

 そのリーダーであるヨシツグは理想を抱いたまま、それを叶えるための手段を選ばなかった。

 そして今もなお、夢想したまま世界を騒がせようとする者達が現れる。


「何にせよ、今は構っている暇はない」

「でも、カナタちゃんを探すのにゼクスさん達を使うのって、職権乱用ですよね?」

「言い訳は考えておくさ。……反対か?」


 そう尋ねると、サアヤは悪戯っぽくくすりと笑った。


「いいえ、大賛成です」


 ヨハンの傍にはカナタがいる。

 そんな光景をもう一度みたいと思っているのは、サアヤとて同じだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて

だましだまし
ファンタジー
私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。 敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。 決して追放に備えていた訳では無いのよ?

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

処理中です...