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第三章 名無しのエトランゼ

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 戦いの前に講堂で集まった短い時間で、既に今回の作戦は全て伝え終えてある。

 その上で今ヨハンがすべきことは、『その時』が来るまでこうして街の中央広場で敵の攻勢から持ち堪えることだけだ。

 住民の避難を終えた街は兵達の刃がうち交わされる音と、怒号と悲鳴に満ち溢れている。

 南門から突入してきた敵部隊をエトランゼ隊が支え、東門はディッカーの部下であった兵達が必死で攻撃を受け止め続けている。

 現状敵の包囲が薄いのは北門だが、そこから街の外に脱出したところでその先にあるのはソーズウェル。突破は不可能だろう。

 唯一動きを見せていないのは西門だが、敵もこちらが予想外に抵抗したときに備えて、予備兵力として確保しているのだろう。

 迫りくる盾と槍で武装した重装歩兵が、形ばかりのバリケードを破壊して、その防御力を生かして無理矢理に突破を図ってくる。

 それを屋根の上に潜ませた弓兵の掃射で動きを止め、民家の中や路地裏に隠れたエトランゼ達がギフトを用いて迎撃。

 最初こそそれによって押し留めることに成功したものの、敵の数は圧倒的に多い。戦力を順次投入されるだけでジリ貧状態に陥って来ていた。


「ヨハン様! 東側が敵に突破されました! 軽装兵の部隊ですが、一塊になってこちらに突撃してきています!」

「ヴェスターの隊を迎撃に! 手薄になる個所には俺が出る!」


 兵士を連れだって広場を出る。

 少し広場を離れれば最早戦場で、立ち並ぶ民家や商店の間には敵味方の兵が血を流して倒れている。

 盾を構えて、狭い道を通らせまいと防ぐ味方の後ろ側から、ヘヴィバレルを構えて敵陣へとその銃口を向ける。


「道を開けろ! 一気に敵を蹴散らす!」


 ヨハンの言葉で、兵士が一斉に退く。

 それを好機と見た敵軍が前進すると、そこに対して引き金を引く。

 豪快な発射音と共にヘヴィバレルから弾丸が発射される。

 両手で保持しなければならないほどに巨大な銃身から放たれた弾丸は空中で炸裂して、そこから金属の小さな玉を敵陣に浴びせかける。

 小さな、とは言ってもその口径は通常の散弾よりも遥かに大きい。圧倒的な加速から放たれたそれは、敵の分厚い鎧兜すら余裕で貫通する威力を見せた。


「ぐああぁ!」

「なんだ!?」


 次々と悲鳴が上がるそこ場所に、容赦なく二発三発と打ち込んでいく。

 敵兵はその火力の前に成すすべなく崩れ、倒れた味方に邪魔されて進軍が遅れ始めた。


「装填の時間を!」

「はっ!」


 ヨハンが次の弾丸を込めるまでの間を、味方の兵達が身を盾にして時間を稼いだ。

 敵もこれ以上やらせるわけにはいかないと、決死の覚悟でそれを突破するべく突撃してくる。

 薄っぺらい兵士の壁一枚を抜けばいいだけだと、死を覚悟したお互いの兵士達は無我夢中で武器を振り、命を削りあっていた。

 そこに次弾を装填したヨハンのヘヴィバレルが、二度目の砲火を放った。


「ここはこのまま時間を稼ぐ! その間に負傷者の救護しつつ後退!」


 雨は激しさを増し、少し先すらも見えなくなっている。

 そこに関しては、天運がヨハンに味方していた。そのおかげで敵の進軍は、ほんの僅かではあるが遅れ、厄介な弓兵が市街戦であることも含めてあまり役に立たなくなっていたからだ。

 一方こちらの弓兵に関しては、高台と取ってそこから撃つだけで牽制としての役割は充分に果たしている。


「エトランゼ殿!」

「どうした?」


 駆けこんできたのは、西側を見張らせておいた伝令だった。


「西側の軍が動きだしました! 一気にこちらを押し潰すようです!」

「……そうか」


 ぐっと、目に入ろうとする雨水を拭う。

 ヨハンの持つヘヴィバレルの火力に恐れをなしたのか、それとも西側から攻める部隊とより濃密な連携を取るためか、敵の部隊は波が引くように姿を消し始めていた。


「残った兵を中央広場に集めろ! 手筈通りに行くぞ」


 まずは成功。ヨハンの苦し紛れの作戦も、最初の耐えるところが上手く行かなければそこで全て終わっていた。

 それが何とか成功したことで安堵の息を吐くが、まだ状況は全く変わっていない。本当に力を尽くさなければならないのはこれからだった。

 ヨハンは先程から頭の中に何度も響くルー・シンの言葉を振り払うように、次の行動に備えて思考を切り替える。
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