85 / 178
第二章 魔法使いの追憶
2‐29
しおりを挟む
部屋を追いだされた二人は、その扉の外で手持無沙汰にしていたヨウコを連れて人気のない中庭にやって来ていた。
アーデルハイトの案内で訪れたのその場所は学内でも外れの方にあり、特に整備もされていない芝生が伸びっぱなしになっている。
恐らくはエトランゼであるために居心地が悪そうにしているヨウコに気を遣って、アーデルハイトはわざわざこの場所を選んでくれたのだろう。
「それじゃあ、わたしは一度戻るわ。何処かの誰かさんに朝早くに叩き起こされたんだもの。もう一眠りしたいわ」
カナタが何かを言う前に、不機嫌そうにアーデルハイトはその場から立ち去っていく。
「あの、お友達はよかったんですか?」
「あはは……。ちょっと今日は朝早く起こしちゃったんで、機嫌悪かったみたいです」
改めてヨウコの顔を見ると苦労しているのか、美人ではあるものの所々皺が刻まれ、くたびれた様子が見える。
「シノ君の足、治るといいですね。生まれつきですか?」
「エトランゼの排斥活動の時に武器を持って追い立てられた人波に潰されて。ちょっと前までは歩くこともできなかったんですよ」
ヘルフリートが王位についてから、金も力もないエトランゼは途方に暮れるしかなかった。力による迫害を受けて、住む場所を追われていった。
元々強いギフトを持っていなければまともに生きていくことも難しいエトランゼにとって、それがどれほどの痛みになったのか、想像もできない。
「でも、ブルーノさんが助けてくれました。エトランゼ街を見回って、身体が不自由になってしまった人にずっと手を差し伸べていたらしいです」
「……凄い、ですね」
「本人は研究のために弱者を利用しているだけで、褒められた行為ではないって言っていましたけど、彼のおかげで助かった人もいるし、シノも歩けるようになりました」
そこで一度、会話が途切れた。
中庭を囲う建物の各所からは、生徒達の声や教師が授業をする声が途切れ途切れにここまで聞こえてくる。
その中にあって、カナタとヨウコは間違いなく異邦人だった。魔法を学ぶことはない、ギフトを持ったエトランゼ。
「カナタさんは、強いギフトをお持ちなのですね」
「……はい。全然、自慢できることじゃないですけど」
そんなものは所詮、人から貰ったものだ。
全然誇れるものではない。それも、今のブルーノ教授の話を聞いた後ならばなおさら。
「羨ましいです。そのギフトが。わたしのギフトは弱くて、何の役にも立たなくて、苦労ばかりしてきました」
掛ける言葉もない。その苦労はカナタもよく判るが、今ここでそれを言ったところで決して納得はしてくれないだろう。
それに、カナタにはギフトはなかったがヨハンがいた。最初に彼と出会えていなかったら、カナタもどうなっていたかは判らない。
「でも、シノ君はお母さんのことを想いやれる、優しい子だと思います」
そんなものはただの欺瞞で、誤魔化しに過ぎないが。
それでも、カナタはそう口にするしかなかった。
「右も左も判らない世界で、シノ君を生んで真っ直ぐに育ててあげたことは、ギフトなんかの何倍も凄いと思いますよ」
それは本心からの言葉だが、きっとヨウコが望むものではない。
彼女はどうしようもないものを求めているのだから。
「そう、ですね」
「足が治ったら、あの子と一緒に遊んでもいいですか? ボク、もうすぐここを離れちゃいますけど、きっと会いに来ますから」
「ええ、お願いします。きっとあの子も喜びます」
そう言って、ヨウコは不器用ながらも微笑んでくれた。
ようやく彼女から笑顔を引きだすことができたと、カナタは小さな満足感を得る。
シノはきっと足が治り、ヨウコと慎ましやかな暮らしをするだろう。もし機会があればイシュトナルに来てもらうのもいいかも知れない。
そのためにカナタができることは何でもするつもりだった。こういうのも、何かの縁というやつなのだから。
アーデルハイトの案内で訪れたのその場所は学内でも外れの方にあり、特に整備もされていない芝生が伸びっぱなしになっている。
恐らくはエトランゼであるために居心地が悪そうにしているヨウコに気を遣って、アーデルハイトはわざわざこの場所を選んでくれたのだろう。
「それじゃあ、わたしは一度戻るわ。何処かの誰かさんに朝早くに叩き起こされたんだもの。もう一眠りしたいわ」
カナタが何かを言う前に、不機嫌そうにアーデルハイトはその場から立ち去っていく。
「あの、お友達はよかったんですか?」
「あはは……。ちょっと今日は朝早く起こしちゃったんで、機嫌悪かったみたいです」
改めてヨウコの顔を見ると苦労しているのか、美人ではあるものの所々皺が刻まれ、くたびれた様子が見える。
「シノ君の足、治るといいですね。生まれつきですか?」
「エトランゼの排斥活動の時に武器を持って追い立てられた人波に潰されて。ちょっと前までは歩くこともできなかったんですよ」
ヘルフリートが王位についてから、金も力もないエトランゼは途方に暮れるしかなかった。力による迫害を受けて、住む場所を追われていった。
元々強いギフトを持っていなければまともに生きていくことも難しいエトランゼにとって、それがどれほどの痛みになったのか、想像もできない。
「でも、ブルーノさんが助けてくれました。エトランゼ街を見回って、身体が不自由になってしまった人にずっと手を差し伸べていたらしいです」
「……凄い、ですね」
「本人は研究のために弱者を利用しているだけで、褒められた行為ではないって言っていましたけど、彼のおかげで助かった人もいるし、シノも歩けるようになりました」
そこで一度、会話が途切れた。
中庭を囲う建物の各所からは、生徒達の声や教師が授業をする声が途切れ途切れにここまで聞こえてくる。
その中にあって、カナタとヨウコは間違いなく異邦人だった。魔法を学ぶことはない、ギフトを持ったエトランゼ。
「カナタさんは、強いギフトをお持ちなのですね」
「……はい。全然、自慢できることじゃないですけど」
そんなものは所詮、人から貰ったものだ。
全然誇れるものではない。それも、今のブルーノ教授の話を聞いた後ならばなおさら。
「羨ましいです。そのギフトが。わたしのギフトは弱くて、何の役にも立たなくて、苦労ばかりしてきました」
掛ける言葉もない。その苦労はカナタもよく判るが、今ここでそれを言ったところで決して納得はしてくれないだろう。
それに、カナタにはギフトはなかったがヨハンがいた。最初に彼と出会えていなかったら、カナタもどうなっていたかは判らない。
「でも、シノ君はお母さんのことを想いやれる、優しい子だと思います」
そんなものはただの欺瞞で、誤魔化しに過ぎないが。
それでも、カナタはそう口にするしかなかった。
「右も左も判らない世界で、シノ君を生んで真っ直ぐに育ててあげたことは、ギフトなんかの何倍も凄いと思いますよ」
それは本心からの言葉だが、きっとヨウコが望むものではない。
彼女はどうしようもないものを求めているのだから。
「そう、ですね」
「足が治ったら、あの子と一緒に遊んでもいいですか? ボク、もうすぐここを離れちゃいますけど、きっと会いに来ますから」
「ええ、お願いします。きっとあの子も喜びます」
そう言って、ヨウコは不器用ながらも微笑んでくれた。
ようやく彼女から笑顔を引きだすことができたと、カナタは小さな満足感を得る。
シノはきっと足が治り、ヨウコと慎ましやかな暮らしをするだろう。もし機会があればイシュトナルに来てもらうのもいいかも知れない。
そのためにカナタができることは何でもするつもりだった。こういうのも、何かの縁というやつなのだから。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
転生したら神だった。どうすんの?
埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの?
人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。
旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉
Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」
華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。
彼女の名はサブリーナ。
エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。
そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。
然もである。
公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。
一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。
趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。
そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。
「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。
ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。
拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
婚約破棄を目撃したら国家運営が破綻しました
ダイスケ
ファンタジー
「もう遅い」テンプレが流行っているので書いてみました。
王子の婚約破棄と醜聞を目撃した魔術師ビギナは王国から追放されてしまいます。
しかし王国首脳陣も本人も自覚はなかったのですが、彼女は王国の国家運営を左右する存在であったのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる