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第二章 魔法使いの追憶
2‐11
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「あー」
スプリングがよく効いた、大きなベッドの上を右にごろごろ。
「うー」
落ちる寸前まで行って、身体の四分の一を宙に投げ出してから反転して更にごろごろ。
左端からごろごろ。
中央で一時停止。
右に行くと見せかけて左にごろごろ。
その間も「あー」だの「うー」だの言う声は収まることはない。
カナタの頭の中にあることは二つ。
一つは、研究資料を盗まれてしまったブルーノ教授。きっと大事なものだったのだろうし、困っているはずだ。
もう一つはアーデルハイトのこと。
昨日知り合ったばかりのカナタに取って関係のないことと言われてしまえばそれまでだが、学校はちゃんと行った方がいい。そして友達を作ってしっかりと卒業すべきだ。
その意見には賛否あるだろうが、少なくともカナタは勝手にそう考えている。
そしてそれが判っているからこそ、余計なお節介を焼くわけにもいかず、微妙なもやもやが胸の中に溜まっていき、カナタをベッドの上でごろごろさせるという奇行に駆り立てる。
決して大変だった今日までの日々を忘れるために、もう今後滅多なことでは横になれない高級ベッドの上で全身全霊で寛いでいるわけではない。多分。
「あー」
ごろごろ。
「うー」
ごろごろ。
目が回るがなかなかに楽しい。癖になる。
考えても埒が明かないことを無理して頭の中に留めていたカナタは、慣れないことをしたせいで重大なミスを一つ犯していた。
「うぇー」
「……何をしてる?」
「うええっ!?」
びくりと身体が半ば勝手に飛び上がり、ベッドの上でぺたりと座り込む姿勢に変わる。
声がした扉の方を見れば、何とも微妙な表情でヨハンが立っていた。
「ヨ、ヨハンさん! ノックしてよ!」
「ドアは開きっぱなしだったんだが」
窓も扉も全開にしていると、二階にあるだけあって風が心地よかったのでそうしていた。
「でもドア叩くとかはできたよね」
「そんなことをする前に、お前が奇行を見せつけてたんだろうが。ついでに言えば、世話役のメイドも微妙な表情で通り過ぎていたぞ」
本当は笑いを堪えていたのだが、それを伝えないのはヨハンの優しさだろう。
「……で、何か用?」
「お前の友達が来ている」
「……友達?」
アーデルハイトかとも思ったが、まだ彼女とはそんな深い関係ではない。少なくとも昨日話した限りで、アーデルハイトが友達を名乗ってカナタの元を訪れることはありえなさそうだった。
うーんと腕を組んで考えるが、答えが出るよりも早くヨハンがそれを教えてくれた。
「確か……アツキ、だったか?」
「えぇ……」
無意識に、露骨に嫌そうな声が出た。むしろ彼は今捕まっているはずではないだろうか。
「……俺がどうこう言うことじゃないが、友達は選んだ方がいいんじゃないか?」
ここで全力で否定することもできないのが、お人好しの哀しいサガである。
「んー、まぁ……うん。取り敢えず会ってくる」
ふらふらと立ち上がって、ヨハンの横を通り抜けていく。
「カナタ」
「ん?」
「危険なことをするなとは言わないが、せめて明日以降にしろ」
「頑張る」
まったく頑張るつもりのない「頑張る」だった。アツキが来ている以上荒事になる可能性は充分にあるし、それが盗まれた資料の手掛かりとなるのならカナタは避けるつもりもない。
ヨハンも返事からそれは理解しているのだろう。深い溜息を一つ。
「……俺の部屋のテーブルの上に、幾つか魔法道具がある。護身用に持って行け」
「さっすがヨハンさん!」
手を握って上下にぶんぶん。お礼を意を表してから全力で駆け出して行く。何にせよ、退屈よりは全然マシだ。
それを見送ってから、きっとまた何か面倒事を巻き起こすであろう自称弟子を思いヨハンが深い溜息をついたのは当然、聞こえない振りをした。
スプリングがよく効いた、大きなベッドの上を右にごろごろ。
「うー」
落ちる寸前まで行って、身体の四分の一を宙に投げ出してから反転して更にごろごろ。
左端からごろごろ。
中央で一時停止。
右に行くと見せかけて左にごろごろ。
その間も「あー」だの「うー」だの言う声は収まることはない。
カナタの頭の中にあることは二つ。
一つは、研究資料を盗まれてしまったブルーノ教授。きっと大事なものだったのだろうし、困っているはずだ。
もう一つはアーデルハイトのこと。
昨日知り合ったばかりのカナタに取って関係のないことと言われてしまえばそれまでだが、学校はちゃんと行った方がいい。そして友達を作ってしっかりと卒業すべきだ。
その意見には賛否あるだろうが、少なくともカナタは勝手にそう考えている。
そしてそれが判っているからこそ、余計なお節介を焼くわけにもいかず、微妙なもやもやが胸の中に溜まっていき、カナタをベッドの上でごろごろさせるという奇行に駆り立てる。
決して大変だった今日までの日々を忘れるために、もう今後滅多なことでは横になれない高級ベッドの上で全身全霊で寛いでいるわけではない。多分。
「あー」
ごろごろ。
「うー」
ごろごろ。
目が回るがなかなかに楽しい。癖になる。
考えても埒が明かないことを無理して頭の中に留めていたカナタは、慣れないことをしたせいで重大なミスを一つ犯していた。
「うぇー」
「……何をしてる?」
「うええっ!?」
びくりと身体が半ば勝手に飛び上がり、ベッドの上でぺたりと座り込む姿勢に変わる。
声がした扉の方を見れば、何とも微妙な表情でヨハンが立っていた。
「ヨ、ヨハンさん! ノックしてよ!」
「ドアは開きっぱなしだったんだが」
窓も扉も全開にしていると、二階にあるだけあって風が心地よかったのでそうしていた。
「でもドア叩くとかはできたよね」
「そんなことをする前に、お前が奇行を見せつけてたんだろうが。ついでに言えば、世話役のメイドも微妙な表情で通り過ぎていたぞ」
本当は笑いを堪えていたのだが、それを伝えないのはヨハンの優しさだろう。
「……で、何か用?」
「お前の友達が来ている」
「……友達?」
アーデルハイトかとも思ったが、まだ彼女とはそんな深い関係ではない。少なくとも昨日話した限りで、アーデルハイトが友達を名乗ってカナタの元を訪れることはありえなさそうだった。
うーんと腕を組んで考えるが、答えが出るよりも早くヨハンがそれを教えてくれた。
「確か……アツキ、だったか?」
「えぇ……」
無意識に、露骨に嫌そうな声が出た。むしろ彼は今捕まっているはずではないだろうか。
「……俺がどうこう言うことじゃないが、友達は選んだ方がいいんじゃないか?」
ここで全力で否定することもできないのが、お人好しの哀しいサガである。
「んー、まぁ……うん。取り敢えず会ってくる」
ふらふらと立ち上がって、ヨハンの横を通り抜けていく。
「カナタ」
「ん?」
「危険なことをするなとは言わないが、せめて明日以降にしろ」
「頑張る」
まったく頑張るつもりのない「頑張る」だった。アツキが来ている以上荒事になる可能性は充分にあるし、それが盗まれた資料の手掛かりとなるのならカナタは避けるつもりもない。
ヨハンも返事からそれは理解しているのだろう。深い溜息を一つ。
「……俺の部屋のテーブルの上に、幾つか魔法道具がある。護身用に持って行け」
「さっすがヨハンさん!」
手を握って上下にぶんぶん。お礼を意を表してから全力で駆け出して行く。何にせよ、退屈よりは全然マシだ。
それを見送ってから、きっとまた何か面倒事を巻き起こすであろう自称弟子を思いヨハンが深い溜息をついたのは当然、聞こえない振りをした。
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