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第二章 魔法使いの追憶

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 事が起こったのはその翌日。今日の夜こそ麦酒を楽しもうと、それを心の支えにして大量に積まれた書類を片付け終えたヨハンの元に彼女等は訪れた。


「ヨハンさん、大変だよ!」「ヨハン殿、大変だ!」


 同時に声を上げ、イシュトナルの要塞内にある、ヨハンの執務室の扉が開かれて二人の少女が飛び込んでくる。

 片や先日ヨハンの部屋を訪れた小さな英雄カナタ。

 片やこのイシュトナル自治区の主にしてオルタリアの王女であるエレオノーラ。

 年齢の平均からしても小柄な部類に入り、活発そうな印象のカナタと、出るところは出て引っ込むところは引っ込んだ、艶やかな長い黒髪のエレオノーラ。

 対照的な二人は見た目とは裏腹にぴったりと息があった様子で飛び込んできた。

 そしてそれは、ヨハンにとってはこの上なく嫌な予感を彷彿とさせる。


「オルタリアからボク宛に手紙が!」「オルタリアから妾宛に書状が!」


 二人は同時に喋り、それから一度顔を見合わせて、


「小さな英雄、カナタ。貴殿はその力により多くの民や兵を救い、まさに英雄と呼ばれるに相応しい活躍をした。今後ともその力を互いのためにより大きく役立てるべく、一度王都へとお越しいただきたい。ヘルフリート」「我が妹エレオノーラ。王である我の許可なくイシュトナルに勝手な都市を築くなど許されることではない。もし弁明があるのならばその機会を与えよう。オルタリア王都で行われる貴族招集へと参席せよ。ヘルフリート」


 やっぱり同時に言いだした。


「……もし俺に嫌がらせをしているんじゃなければ別々に話せ」


 ヨハンの低い声を聞いて二人とも多少は落ち着きを取り戻したのか、互いに深呼吸をしてから内容を再度説明した。

 それを聞き終えてから、ヨハンはしばし思考する。厳密には思考しようとしたが、この二人の前でそんなことができるはずもない。


「ヨハン殿ぉ! どうすればいい? 恐らく兄は妾の行いを貴族達の間で取り上げ、イシュトナルに何かしらの制裁を下すつもりだ!」

「ヨハンさん、どうしよう! 王都の人ってエレオノーラ様の敵でしょ? ボク行きたくないけど、これって断ったらどうなっちゃうの!?」


 テーブルの向かい側から、二人して左右の袖をぐいぐいと引っ張る。

 ヨハンからすれば遂に来たか、といったところである。予想していた時期とも合致しているし、それほど慌てるような事態ではない。

 しかしまぁ、確かにそうならば二人に話しておくべきだったと、目の前の惨状を見て軽く後悔はした。


「まずカナタ。別にお前を害しようというわけじゃない。向こうからすれば、得体の知れない敵の正体を知りたいだけだ」

「正体が知れたら?」

「場合によっては殺されるかもな」

「そんなのやだよ!」


 ぎゅうと、腕を掴む手に力が籠る。


「大丈夫だ。普段のお前を見せておけば殺されはしない。度を超えて間抜けな姿をな」

「……それはそれで複雑なんだけど」


 一先ずはそれで安心したらしい。


「次にエレオノーラ様。そもそも、俺達はイシュトナルを勝手に占拠している状態なのですから、それが来るのは当然でしょう」

「そ、それは判るが……」

「大方こちらの手で再建と南方を纏めさせておいて、頃合いが来たから一気に収穫しようと、そんな考えです」

「それは卑怯ではないか! そなたや妾が苦労して開拓したこの地を掠め取ろうなど……」

「許可を取っていないのだから仕方ありませんね」

「ヨハン殿はどっちの味方なのだ!?」


 ぶんぶんと腕を振られるのを無視して、話を続ける。


「もっとも国がそう決定していても、民衆達の考えが異なれば話は別です。何しろ、こちらには大量の難民と呼んでも過言ではないエトランゼを養っている」

「……うむ、つまり?」

「それらを盾に、保護を名目として正式にイシュトナル自治区を認めさせる機会と言うわけです。幸いにして姫様は王族。別にここを統治していようとそれほど不自然はありませんからね」

「う、む……。しかし、そう上手く行くのだろうか?」

「難しい話ではありますが、不可能ではないでしょう。詳しくは今は割愛しますが」

「ふむ。ヨハン殿がそう言うのならそうなのだろうな。しかしな」


 ようやく両腕が自由になったが、今度はエレオノーラは顎に指を当てて何か考え込み、カナタは二人の話を理解しようとして頭から湯気を出していた。


「妾はヘルフリート兄様が苦手なのだ。それはどうすればいい?」

「そんなことは知りません。我慢してください」

「そんな薄情な! 頼むヨハン殿、王都まで一緒に付いて来てくれ!」

「嫌です。こちらで仕事もありますし」

「少しは部下に投げても平気だろう?」

「俺は貴方の保護者ではありません」

「……え、違ったのか?」「違ったの?」


 両者の瞳がヨハンを上目使いに見つめる。


「違うに決まっているでしょう。護衛ならカナタもいますし、俺が行く理由は……」

「それは無理! だって向こうは敵の本拠地だし、王都って広いんでしょ? 絶対迷子になって護衛なんかできないもん。自信ある!」


 平らな胸を張るカナタの頭を小突きたい衝動に駆られたのだが、彼女の言っていることはもっともで、反論もできない。


「……仕方ないか」


 確かに、そろそろヨハン抜きでもイシュトナルが動かなくてはいけない時期でもある。最悪王都ならば数日で行き来できるので、不慮の事態にも対応できるだろう。

 何より、ヨハン自身も王都の人の多さ、そこで手に入る物資の数々は魅力的だった。いずれ向こうでやらなければと考えていた仕事も幾つかある。

 そんな事情の重りが片側の天秤に乗せられた結果、ヨハンは王都行きを決意した。


「判りました。俺も行きましょう」

「やったー!」「うむ! それでこそ妾の第一の家臣だ!」


 手放しで喜ぶポンコツ二人を背に、ヨハンは部屋を出ていく。

 もう一つ、あくまでも個人的な理由ではあるが、王都に行きたくない事情があるのだが、それに関しては目を瞑ることにした。


「……あれだけ広くて人の行き来も盛んなら、万に一つも会うこともないだろう」


 その呟きは誰の耳にも入らないまま、イシュトナルの重厚な石造りの廊下に響いて消えていく。
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