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第一章 エトランゼ

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「弓兵、一斉射!」


 その場を預かる百人隊長の号令が響き、一斉に弓兵部隊の矢が放たれる。森ではあるが、木の密集度はそれほど高くはない。弓矢でも牽制程度ならば役に立つと判断しての斉射だった。


「重装兵、進め!」


 分厚い鎧を身に纏った兵士達が、盾を構えて前進する。

 砦の包囲は完了している。後は数に任せてここにいるエトランゼを仕留めれば、彼の任務は完了する。

 彼等がここに来たのにはしっかりとした理由がある。民へ課せられた税の分の作物を横から掠め取り、あまつさえ勢力を築こうとするエトランゼの一団をイシュトナル要塞の長は許しはしなかった。

 ただでさえ、王権交代でエトランゼに対する風当たりが強くなることが予想されているのだ。難民を吸収し、手が付けられなくなる前に対処する必要がある。


「ギフトを持っているからといって怯えるな! 所詮は戦い方を知らぬ素人の集まりだ! 数で押しつぶせば混乱し、潰走する!」


 伊達に百人隊長を任せられてはいない。エトランゼとの交戦経験は何度もある。

彼等はどれも個人の能力は驚異的だが、野盗以上の戦術を取って来た者達はいない。

 一人が倒れれば混乱し、それが広がればたちまち恐慌状態に陥る。つまるところ、エトランゼとの戦いはどのようにして機先を制するかにかかっていると言っても過言ではない。

 だからこそ一斉掃射、そして重装歩兵による囲い込みだった。

 事実、前面に展開していたエトランゼ達は、弓矢が当たれば痛みに苦しみ、ギフトを使う暇もない。


「ギフトを持っているだけの人間だ! 斬れば倒れる、首を刎ねれば死ぬ!」


 百人隊長の言葉は正しい。エイスナハルの教義をどう解釈しようと、エトランゼは人間だ。

 だが、彼にとって最大の誤算がここにあった。

 それはある意味では幸運だったのかも知れない。もし「それ」に出会っていれば、彼はここまで生き残ることもなく、百人隊長という出世を迎えることもなかった。

 その幸運が、今日で終わっただけの話だ。


「オルタリア軍! 俺の仲間を傷つけさせはしないぞ!」


 重装歩兵の前に立ちはだかる男が一人。

 鎧を身に纏い、盾と剣を構えた偉丈夫は、そう叫ぶと持っていた剣を一閃する。

 驚くべきことが起こった。

 堅牢を誇るはずの重装兵が、一撃で鎧ごと身体を切り裂かれて倒れたのだ。

 それも、一人ではない。

 剣の先から伸びる光の刃に切り裂かれて、一度に十人が倒れる。

 彼が更に剣を振るえば、もう十人。

 一瞬にして二十人を失った前線は一瞬にして壊滅状態になった。


「弓兵! 奴に射撃を集中!」

「させるかああぁぁぁぁ!」


 今度は盾が光を放つ。

 盾が広がるように光の壁が広がって、広域を包み込む。

 その護りは固く、矢の一本どころか、重装兵の突撃すら容易く防ぎきるものだった。


「ちぃ! 魔法兵を出せ!」


 命令に従い後ろから歩み出てきた、イシュトナル要塞の虎の子と呼んでも過言ではない魔法兵が魔法による砲撃を放つも、火炎も稲妻も光の壁の前に無力化されてしまった。


「今度はこっちの番だ! みんな行くぞぉ!」


 号令に従い、彼を先頭に進軍が始まる。


「俺の《ソーラー》のギフトには勝てない! 太陽の光に呑まれて消えろ!」


 剣の一振りが、太陽の光を纏って一度に多数の兵を葬り去る。


「ヨシツグ! アタシの分も残しといてよ!」


 木々の間をまるで猿か何かのように飛んできた影に、その場の誰もが反応することができなかった。

 まずは弓兵が一人。その周囲が一度に三人。

 そして影が消え、今度は魔法兵が餌食となる。

 喉元や心臓に確実に短剣を突き刺して相手を葬るその姿は、とてもではないが人の目で捉えられるものではない。

 そして百人隊長は知る。


 自分が今まで、救われていたという事実に。

 何のことはない。強力な、規格外とも呼べる力のギフトに出会うことがなかっただけの話だ。

 彼等がこの世界に来たときに手に入れた力は、この世界あまねく広がる魔法を容易く凌駕する。

 果たしてどれほどの力を持つ、何年を研鑽に費やした魔導師こそが彼の持つ陽光に至れるだろうか。

 魔導師ではない彼にその答えは出すことはできない。何よりも。

 振り下ろされた光の刃が、既に逃れられない距離でその脳天を捉えていた。
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