上 下
4 / 55
第一章

4.ところで王子が来たようです

しおりを挟む
「……?」

 まだしばらく夢想に浸っていたかったが、嵐に隠れて屋敷に誰かが侵入するのを感知し、メイベルは部屋の入り口を見遣った。

 背後を警戒したが、ほかに気配はない。

 侵入者の気配は三つだった。

 一つは初めて読み取るのかまったく不明で、一つは既出だが気配の正体を暴けず、一つは見知ったもの。となれば、メイベルには心当たりがあった。

 忍び足でやってくるのは相手の悪癖だ。特技ともいう。
 気配は近くまで来ると、一つだけになってメイベルが居る部屋の前に佇まった。

「入ってもいいだろうか」

 メイベルはずぶ濡れの絨毯を一瞥し、その一瞬の間で魔法を出した。メイベル自身と、部屋に滲み込んだ雨水が浮き上がり、窓の外へと追い出される。

 と同時に窓が閉まった。

 ランプの火がともる。薄暗くも、部屋がわずかばかり明るくなった。

 そうして最低限、客人を迎え入れられるようにすると、メイベルは姿勢を改め目を伏せた。

「どうぞ」

 扉が開かれ、気配が中に入ってくる。

「……楽にしてくれ」

 気持ち沈んだ声だった。
 メイベルは顔を上げ、相手を見遣る。

「お久しゅうございます。王子殿下」

 廊下は明かるかった。光を背に、王子は立っている。

 メイベルも満月の光を背にしているので、お互い逆光で表情が見えづらいことだろう。部屋のランプは要らなかったかもしれない。

 彼はアヴァルランド王国、王位継承順位第二位に居た。やんごとなき御身分の御方である。

 年はメイベルの一つ上で十八才。ダークグリーンの黒髪に、輝く金色の瞳をしている。名を、オズワルド。オズワルド・アーサー・オーガスタスと言う。

 メイベルの、元婚約者である。

「ご帰還にはまだ早かったように思うのですが、もしや、わたくしのことがあったからでしょうか」
「……ああ」

 相手は不本意そうな声で答えた。たぶん、顔を顰めている。

「婚約が解消されたと聞いて、どういうことかと」

 そうだろう、とメイベルは内心で頷いた。

 婚約破棄の時、オズワルドは王都に居なかった。本人の立場がどうあれ、大神官なら理由さえあれば婚約を解消可能だ。

 メイベルは、婚約破棄された時のことを思い出して笑ってしまった。

「ふふ。理由はもちろん、お聞きになっているんでしょう?」
「信じられない話だったな。……だが、俺には反証できる材料がない」

 オズワルドのそれは、本心を窺えない淡々とした声音だった。メイベルは微笑する。

「王子は敏くていらっしゃいます」

 今度こそ、王子が顔を歪めたのが分かった。

「……今は二人だけだ」
「御冗談を。バーナードが控えていないはずがありません。もう一人のお方は? こちらは初めての気配です」

「召し上げたばかりの騎士だ。後で紹介する」

「いいえ、御遠慮申し上げます。わたくしは悪女と噂されておりますのに、どうして王子の護衛とお会いできましょう。わたくし、実家からも勘当された身ですので。このうらぶれた屋敷に一人でいては、寂しくて寂しくて、縋ってしまいましょう」

 メイベルはこれでもかと言うので、オズワルドは苦笑した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

聖獣の卵を保護するため、騎士団長と契約結婚いたします。仮の妻なのに、なぜか大切にされすぎていて、溺愛されていると勘違いしてしまいそうです

石河 翠
恋愛
騎士団の食堂で働くエリカは、自宅の庭で聖獣の卵を発見する。 聖獣が大好きなエリカは保護を希望するが、領主に卵を預けるようにと言われてしまった。卵の保護主は、魔力や財力、社会的な地位が重要視されるというのだ。 やけになったエリカは場末の酒場で酔っ払ったあげく、通りすがりの騎士団長に契約結婚してほしいと唐突に泣きつく。すると意外にもその場で承諾されてしまった。 女っ気のない堅物な騎士団長だったはずが、妻となったエリカへの態度は甘く優しいもので、彼女は思わずときめいてしまい……。 素直でまっすぐ一生懸命なヒロインと、実はヒロインにずっと片思いしていた真面目な騎士団長の恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID749781)をお借りしております。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

溺愛の始まりは魔眼でした。騎士団事務員の貧乏令嬢、片想いの騎士団長と婚約?!

恋愛
 男爵令嬢ミナは実家が貧乏で騎士団の事務員と騎士団寮の炊事洗濯を掛け持ちして働いていた。ミナは騎士団長オレンに片想いしている。バレないようにしつつ長年真面目に働きオレンの信頼も得、休憩のお茶まで一緒にするようになった。  ある日、謎の香料を口にしてミナは魔法が宿る眼、魔眼に目覚める。魔眼のスキルは、筋肉のステータスが見え、良い筋肉が目の前にあると相手の服が破けてしまうものだった。ミナは無類の筋肉好きで、筋肉が近くで見られる騎士団は彼女にとっては天職だ。魔眼のせいでクビにされるわけにはいかない。なのにオレンの服をびりびりに破いてしまい魔眼のスキルを話さなければいけない状況になった。  全てを話すと、オレンはミナと協力して魔眼を治そうと提案する。対処法で筋肉を見たり触ったりすることから始まった。ミナが長い間封印していた絵描きの趣味も魔眼対策で復活し、よりオレンとの時間が増えていく。片想いがバレないようにするも何故か魔眼がバレてからオレンが好意的で距離も近くなり甘やかされてばかりでミナは戸惑う。別の日には我慢しすぎて自分の服を魔眼で破り真っ裸になった所をオレンに見られ彼は責任を取るとまで言いだして?! ※結構ふざけたラブコメです。 恋愛が苦手な女性シリーズ、前作と同じ世界線で描かれた2作品目です(続きものではなく単品で読めます)。今回は無自覚系恋愛苦手女性。 ヒロインによる一人称視点。全56話、一話あたり概ね1000~2000字程度で公開。 前々作「訳あり女装夫は契約結婚した副業男装妻の推し」前作「身体強化魔法で拳交える外交令嬢の拗らせ恋愛~隣国の悪役令嬢を妻にと連れてきた王子に本来の婚約者がいないとでも?~」と同じ時代・世界です。 ※小説家になろう、ノベルアップ+にも投稿しています。※R15は保険です。

処理中です...