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9「役者たち 2」
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2016年、4月20日。
会議室の椅子に座る芥川繭子、そしてその隣には関誠。
夢のようなツーショットである。
彼女とは出会ってまだ2時間も経っていない。
思い通りに時間を作れないという関誠に初対面で失礼だとは思いながら、
事務所の了承を得られない場合は表に出さないと約束した上で、
夜遅い時間ではあるが少しの間だけインタビューを撮影させていただいた。
芥川繭子(以下、M)×関誠(以下、SM)
-- あー、あー。
スタジオよりも狭いために声が大きめに入る。
-- 繭子緊張してる?
本来は関誠単独でインタビューをする予定だったが、昔の話をされると思った繭子が付いてきた。こちらとしては願ってもない。
М「いやー、してない。…(関誠をチラリと見て)してるー」
-- (笑)。
SM「その握ってるドラムスティックは何? 武器?」
M「持ってると落ち着くから(笑)」
-- 映像も記録として残しますけど、後日あなたの事務所の方へは弊社から承諾の交渉をさせていただきます。もし万が一問題があるようでしたら、絶対に表には出しません。
SM「分かりました」
-- ちなみにですが、記事への掲載許可が下りた場合、本文内でのお名前はどのように希望されますか? 常にフルネームか、苗字か、お名前か。
SM「『誠』でお願いします、敬称略で」
-- 畏まりました。でははじめに、誠さん。あなたは伊澄さん達と古くからの付き合いがあるようですが、具体的にはどの時代になりますか。
SM「時代?」
-- えっと、知り合った当時のバンドとの御関係をお伺いしたのですが、… 繭子笑わないの。
SM「え? ああ、関係? …特に、…ない」
-- ええ?
SM「いやー、あまり、バンドやり始めてからの事詳しく聞いてないんですよね」
-- 意外ですね。普段伊澄さんとは音楽の話はされませんか?
SM「しないー、ですねー」
-- それすら思い出しながらなんですね(笑)。
SM「もちろんする時もあるんですけどね。でも私から話題を振ることは、ほとんどないので」
-- なるほど。ですが伊澄さんと知り合った時、当時彼は既にバンドマンだったわけで…。
SM「いや、違いますよ」
-- え!? …という事はお知り合いになられたのって随分前じゃないですか!?
M「誠さん、違う違う。…あれ?どうなんだっけ?」
-- どっち?(笑) 彼らはデビュー20周年なので、その前となると誠さんの年齢詐称疑惑が出てきますが(笑)。
SM「あ、そうなんだ。あれ、そうだっけ」
-- もしやバンドに全然興味がない、とかですか?
SM「そんな事ないですよ。皆大好きですし」
-- どのアルバムがお気に入りですか?
SM「えっとねー。どのっていうかねー…」
口ごもりながら、関誠は眉間に皺を寄せて両ひざに手を置いて、俯く。
-- ほとんど聞いたことないとか?
SM「いやいや、それはないですけど、うーん」
M「あんまり困らせちゃだめだよ、誠さん」
-- え、何?
M「いや、なんかまともに答えないから」
SM「だってさー。時枝さんてバンドの事めっちゃ好きそうだしめっちゃ詳しそうだし。バンドの事聞かれてもなーって」
-- やはり、あまり興味がおありではないんですね。全然気にしないでください。それはそれで、ニュートラルな意見が聞けて貴重なので。
SM「そう?じゃあ言うけどさ、私基本的にうるさい音楽ダメなんですよ」
-- 言っちゃった(笑)。
M「あはは!」
-- もうそこから既に、ダメなんですね。
SM「バンドメンバーっていう捉え方をした事がないし、そういう聞かれ方をすると、途端に印象がぼやけるイメージですね。本当に出会った当初は、そもそも音楽やってるのも知らなかったんですよ。人となりは結構詳しいと思うんだけど、バンドマンとしての顔は今でもよく分かってない事の方が多いかなぁ」
-- 10年以上前にお知り合いになったという事は、繭子と同様まだ学生の頃だったりしますか?
SM「そうですね。ただあんまりそこは広げない方がいいかもしれないです」
-- 分かりました。その方がよさそうですね。
SM「あ、でも変な話じゃないですよ!カメラこれ?伊澄翔太郎はロリコンではありません」
カメラに向かって、ドアップとピース。
広くはない会議室内に大きな笑い声が響き渡る。俄然楽しくなってきた。
-- まあでもここだけの話、伊澄さんがロリコンでもなんでも、お相手として誠さんがいる以上関係ないんですけどね。そこらへんは個人のアレなので。
SM「公にしてるかどうかも私知らないんですよ。それと、やっぱりイメージって大事なのかなと」
-- そこはどうなんですかね。
M「他所の取材で話してるかって事? 4人で受けた場で聞いたことは無いかな」
-- そうなんだ。ではそこらへん上手く編集しときます。
M「うん」
SM「で、その後二十歳ぐらいの時には今の事務所に入ってモデルのお仕事やらせてもらっているので、実際翔太郎がその頃表立ってどういう活動をしてたかっていう事情も分からないですね。こっちも一杯一杯だったし、プライベートでも色々あったじゃないですか」
-- と、仰いいますと。
誠がチラリと繭子を見やる。
SМ「個人的にはア、…キラさんの事とか、(繭子に目で了承を得ながら)他にも、色々と」
М「うん、平気、もう言った(笑)」
SМ「わお、そうか」
-- なるほど、その時期なんですね。
SM「知り合ったのはもっと前なんですけど、ちょうど駆け出しの新人モデルで忙しくしてる時に、色々あって」
-- 善明アキラさんがお亡くなりになって、そして繭子の加入ですね。10年前だから、12、3年程前に、伊澄さんとお知り合いになられた計算でしょうか。となると、そうですね、既にバンドはありましたね。
誠は天井を仰ぎ見、指折り数えている。
SM「14、違う。今年31でしょ。16になる年だから15、15年前ですね」
-- あまり記念日などは気になさらないタイプとお見受けしましたが(笑)、じゅ、え、15年ですか!?
SM「もうバレた!」
-- (笑)、私も似たような所があります。
SM「あはは。そうですね、年数もそうですけど、記念日とか気にした事ないですね。一応誕生日ぐらいは覚えてますけど、言ってそのぐらいしか頭にないです」
M「あはは!」
-- あ!そうか、私バンド20周年て池脇さん達のクロウバーも混みで計算してるからおかしくなるのか。伊澄さんと善明さんが合流してからは15年くらいなのかな?
M「あ、そうだよそうだよ。なんか変だと思ったんだよ(笑)」
-- 面目ない(笑)。という事は本当に、伊澄さんと誠さんが出会った時、彼はまだバンドマンではなかったわけですねえ。疑ってすみませんでした。
SM「いえいえ、はっきり覚えてないのは私も人のこと言えないんで、平気です」
-- では、そんな誠さんから見て、繭子の加入はどう映りましたか?
聞かれて誠は、繭子をじっと見つめる。
どういう感情なのだろう。口元には薄く微笑みが浮かんでいるようにも見える。
しかしその両目は真剣だった。見つめられて数秒、繭子が顎を引いた。
M「なによ」
SM「最初は、舐めてんのかなーって思った」
-- うおっと!
SM「っはは。最初だけね、それを聞いた瞬間は、そう思ったよ。賛成か反対でいったら反対だったんで。アキラさんの後任だって聞いた時に、他の男共も何考えてんだって腹立ったし」
-- その事は当時伊澄さんや、繭子には?
SM「言った言った、超言いました。でも翔太郎はああいう人だし、『決まった事だから』って。そもそもバンドにそんな興味ないのにそこだけ食ってかかるのも変だって自分でも思ってるから、翔太郎にはそこまで、あんまり言えてないですけど。けど繭子本人をさんざん止めた」
-- それは、音楽的な話ですか? つまり圧倒的な経験不足や年齢的な問題として?
SM「いやいや、そういうのは分からないけど、単純に釣り合わないから。その時既に繭子の事も当然知ってたけど、それまではバンドのファンで自分もドラム叩いてるっていうピュアなギャルだったわけで」
M「ギャルじゃないよ」
SM「ギャルだよ? まあまあまあ。可愛いJK囲ってわちゃわちゃしてるのが楽しいっていうそれだけだったの、私にしてみれば。けど当人達にはどうやらそれだけじゃない思惑があったみたいで。変な意味じゃないですよ? なんだろう、それこそ分かる人には分かる実力とか、そういう話?ただ常識的に考えて、当時既に30とかの兄ちゃん達に混じって、女子高生がドラムやります、入ります、って頭おかしいじゃん」
-- 言い方はきついですが、とても真っ当な意見だと思います。
SM「ですよね?そこをね、もうちょっと冷静に考えて欲しかったの」
-- 繭子はその時どう思った?
M「今こうやって聞くと卑猥な想像されがちな状況だったんだなって理解はできるよね。ただ、私たちの事を当時から知っている人にしか分かってもらえないのを承知で言うけど、皆、私以外の人達がとても大人だったから。それは今思い返してもそうだったと断言できるの。例えば、一回もエッチな話をしなかったとか。私の高校生活の話を聞いてこなかったとか。コイバナもしなかったし、なんなら友達の話とかも聞かれなかった気がする。自分から進んで情報を小出しにしてはいくんだけど、多分意識しないと絶対踏むような地雷を一度も踏まれなかったから、本当に気を使われてたか、そもそもガキの私に興味がなかったかだよね」
-- 女子高生に手を出す程女に困っていなかったと?
SM「っはは。そこは人柄ってことにしとこっか」
-- は!失礼しました。
M「(笑)、うん、でも本当にそうよ。人柄だと思う。それにね、反対されるのはもちろん分かってたんだよね。だからその時というか、今もなんだけど、あの時泣いて泣いてしたのって、冷静じゃなかったからというより、怖かったからっていうのもあるの」
-- 怖い…。
M「ここからいなくならくちゃいけない恐怖、このバンドでドラムを叩けない恐怖。そういう意味で取り乱したんだと思う。気持ちとしては、もう120%決まっていて、自分の人生は自分で決めさせてって思ってたから。否定される事が凄く怖かった。だけど邪魔しないでって思う反面、最初から覚悟してたことだし、それは周りの優しさからくる反対だってのも頭で理解してるから、余計にさ」
-- 誠さんは、繭子のそういう思いはご存知だったんですか?
SM「後からですね、私は。その、繭子が皆に懇願したっていう場にはいなかったので。その後になってからも色々あって。あの時の繭子はなんだろう、突っついたらすぐ泣いてたし。触れたら泣いてたし。声かけるだけで怯えてたし」
-- えええー。そうなんだ。
M「嫌だー。あんまそこは思い出したくないんだなー」
SM「じゃあ止めようか。でも泣いて、感情的になって、突発的にそう言ってごねてるわけじゃないっていうのが分かるようになってから、私もだんだん尊重してあげなくちゃいけないって思うようになったけど、私は今でも、繭子はバンド辞めたっていいと思ってるよ」
-- 今でもですか。今彼女は世界的にも認められた凄腕ドラマーですが。
SM「それは関係ないと思いますね。繭子は繭子だもん。幸せになれるなら、そうなる道を進んだら良い。嫌になったら、いつドラム辞めたっていい。ドラムを叩いてるからこの子が必要なわけじゃないからね。私はそう思うかな」
M「…」
-- 伊澄さんが止めても?
SM「うん。そん時は翔太郎と喧嘩してでも、繭子を抜けさせる。勝てないけどね?」
M「(笑)」
-- 繭子はやめたいと思ったことある?
M「ないよ」
-- こないだ聞いたばかりだったね。
M「うん、ない。ないけど、本当に誠さんには感謝してる。だけどバンドはやめない」
SM「この議論を戦わせて10年だよ。いつかこの子をモデルにしたいと思い続けて10年」
-- 今でもその思いは消えないわけですね。
SM「はい」
-- とても、お優しい方なんだなと、そう思います。
SM「私? へー。ただ我儘言ってるだけだと自覚してるけどな」
照れたように笑う誠をじっと見つめて、真剣な顔で繭子は言う。
M「そんな事ないよ。本当に辛い時とか、しんどい時、最後の最後、誠さんなら絶対受け止めてくれるって信じてるから、私はやめないっていう答えを選べるんだと思ってるよ」
SM「うーおっとー。危なーい。泣いちゃーう」
そう言った誠の笑顔が崩れた。素敵な友情だと心から思う。
やはり、関誠のような至極真っ当な良識を持ち合わせた人間が一人いるだけで、危ういバランスで成り立っているバンド内の人間関係が、大きく逸脱せずに保たれている部分もきっとあると思うのだ。
これは一般論ではなく、私個人の意見である。
バンドマンとはジャンル問わず夢追い人だと思う。確かにその姿は輝いて見える。しかし思い描く理想や己の姿を追いかける事にのめり込む一方で、人として大切な何かを失っていく人間を多く見て来た。日常レベルで言えば、時間にルーズ、女にだらしがない、働かずに恋人に養ってもらう、など男としての甲斐性を感じない人も多い。もっと言えば、どこかで繋がってしまった法の外で、薬物に溺れ毒される人間だっている。
夢か破滅か。そんな天国と地獄が両方待ち受けている世界で、3人の男と1人の女が、ひたすら脇目も振らず目標に向かって爆走できている理由の一つとして、関誠や伊藤織江のような、距離を保って彼らを支えられる常識人の存在があると私は常々思っていた。
関誠も、伊藤織江も私の理想である。きっと彼女達はバンドを愛しているし、メンバーを人として愛している。しかし彼らの夢に乗っかって一緒に溺れる事はないだろう。バンドのマネージャーとして、彼らを世界に送り出す役割を担う自分の人生を楽しみ、世界屈指のギタープレーヤーである男の恋人でありながら、自分のモデル人生を精一杯生きている。そういう人達は強い。対等に物事を考え、対等に発言できるからだ。そんな彼女たちが繭子の側にいることの心強さを思うと、繭子贔屓の私としては嬉しくて仕方がない。
-- あー、好きだー。
自然に漏れ出た溜息に、2人はぎょっとした顔で私を見た。
M「怖いよ」
明るい笑い声を響かせる関誠。
-- 失礼しました!ですがこれは私が昔から思ってきた事なんですけど、やっぱりバンドには絶対、誠さんのような人がついていないと駄目になると思うんですよ。
M「織江さんとかね」
-- そうそう。自分の人生の舵取りすら出来ないレベルで前のめりになる人達って、結構いるからさ。実際ここまで極端な人達には出会ったことないけど、やっぱりそういう影には、彼女達のような存在がいないと、ダメなんだよね。
M「めっちゃ分かるそれ。本当にそれは言いたい。感謝してます」
ドラムスティックを太ももの上に置いて、ペコリと頭を下げる繭子。
SM「えー、何の話だか全然ピンとこない。なんか有難がられてる?」
-- はい。
SM「おお、そっかそか。良いってことよ」
M「絶対分かってない顔だね」
SM「うん、全然。なんのこと?」
-- いえ、いいんです。忘れて下さい。
SM「ええー!あ、肉まんの話?さっきの肉まんどこ行った?肉まん食べます?」
手を叩いて繭子が笑う。
このたった一晩の会話で、私は完全に関誠という女性に惚れ込んでしまった。
天才・伊澄翔太郎の側にいられる女性はこういう人でないといけない。私はそう思う。
2016年、4月某日。雑談。
3人の男達を前にしてまともに話せる自信がまだない私は、ある一つのテーマをお伝えし、
そこから様々に話を膨らませてもらった。私は聞き役に徹する。
池脇竜二(R)、伊澄翔太郎(S)、神波大成(T)。
-- お疲れの所ありがとうございます。Мステ見ましたよ。「どうだー!見たかー!これがドーンハンマーだおりゃー!」って編集部で絶叫してました。と同時にとても意外だったので今回お時間いをいただいたのですが、ずばり皆さんにとってのメジャーとインディーズに対する考え方をお伺いしたいなと。
R「エムステなあ、意外だろうなあ。それはあれか。テレビ出演なんかのメディア露出も含めてってこと?」
-- 仰る通りです。
R「こいつらテレビ出るんだーって?」
-- うふふふ、そんな恐ろしい言葉遣いはしません。
S「今俺らってメジャーなの?インディーズなの?」
-- レコード会社がビクターですからね、大手メジャーです(笑)。個人事務所である事と流通はあまり関係ありませんからね。気分的にはインディーズなんですか?
S「あんま気にした事ないなと思って。だからテレビもそうだけど、どんなメディアであれ織江がそこらへん頑張ってくれてるんだと思うよ。多分黙ってても大きく扱ってくれるようなバンドじゃないと思うし」
R「地道な広報活動をね、してくれていると聞いておりますよ」
S「こんなおっさんのチンピラバンドのためにね」
R「自分で言う?」
S「謙虚な面もありますよと、伝えておかないとね。テレビ出て天狗になってると思われちゃうから」
R「お前がそんな事気にするわけねえだろ!」
T「バレバレだよなあ(笑)」
S「っはは。気にするしないじゃなくて、普通に新譜出してもCMで流れるとかないわけだろ?それがぽっとテレビに出て1曲演奏したらガッと音源売れたりするわけだよ。あー、見られてるなって思うよそこは。あと普通に織江の頑張りにも相応のお返しをしないとってのもあるし」
R「まあな。…ちょっと、笑うけどな」
S「やってる事は変わらないしな?」
R「変わらねえし、人の目に触れるか触れないかだけでこんだけ違うんだな、って、今更だけど。それはテレビだけじゃなくて向こう(海外)でライブやってても、やったらちゃんと反応あったわけだしな。それが普通っちゃー普通なんだけど、人目に触れるか触れないかだけの差なんだって考えっとさ、なんだかなあって」
-- 口を挟むのは差し出がましいですが、普通、ライブやったから、テレビ出たからって言うだけですぐセールスに結びついたりはしませんよ。今の時代、特に。
S「…」
T「…」
R「褒めてる?」
-- もちろん!
(一同、笑)
T「色んな可能性あるバンドが消えてってるんだろうね」
R「そうだよなあ。メジャー・インディー論争なんて大昔からあるけど、結局はそこだけだもんな。バンド側はほんと、ただ死に物狂いでやるだけだよ」
S「俺はよく分からないけど、お前ら一度はがっつりメジャーな事務所に入ってデビューしたんだから、今とどう違うとか比べられるんじゃないの?」
R「違いなんかねえけどな。やってる事はほんと同じ。曲作って、レコーディングして、演奏して。ただあれ、そこに俺達以外の、肩書だけで不透明な人間の意見が聞こえてくることは、あったな」
S「それよく聞くわー。注文入るんだろ? あと2曲バラードが欲しい、とか」
R「いや笑ってるけどほんとそうよ。けどそういう注文を、面倒臭いととるか、求められているととるかで、モチベーション変わってくるんだろうな」
S「お前らはどうだったんだよ」
R「面倒くさかった」
(一同、笑)
R「あとやっぱり時間には厳しいよな。まあ仕事なんだから当たり前なんだけど」
S「それは何、締め切りみたいな事?」
R「そう。毎日じゃねえけど、スケジュールが俺らみたいのでもちゃんとあって。こういう段取りで進んでいくから、この日までに何曲作っておいてね、ていう期日はあったな」
S「へー。で、それを守らないと」
R「いや、守ってた守ってた。曲作りに苦労はなかったし。まあ今程じゃねえにしろストックが結構あったからな。そこは別に、っつーかあれだぞお前、別に俺らクビになってねえからな? 自分らで辞めますっつったんだからな?」
S「へー」
R「へーじゃない」
T「俺らの曲ってどのぐらい聞いてた?」
S「クロウバー? え、普通に全部聞いてたよ。あれ、言ってなかった?」
T「お前具体的な感想言わないもん。どうだった?」
S「曲も歌も良かったけど、売れるとは全然思わなかったかな」
-- (笑)
R「なんで?」
S「え、お前ら本気で売れ線狙ってたのか? あれはなんか、逆行してんなーって思うよ普通。これからの時代にハードロックは売れねーだろうと思って冷静に聞いてたよ。好きは好きだったけどな。でも一昔前のビーイングみたいな、ブームの後押しみたいなのがねえと、火はつかねえだろうなー、これはって」
T「なるほどね。一応俺達の中じゃあ売れ線狙って作ったほうだけどな(笑)」
R「期待されてたのも知ってたし」
-- 当時の業界で言えば売れた方だと思います。
R「世辞はいらねえ(笑)」
-- いえいえ、本当です。
S「曲は良いんだよだから。そもそもハードロックがどうなんだって事だから」
T「それはもう俺達の根幹に関わるだろ!やめろお前!(笑)」
S「あはは!」
R「ま、勉強にはなったけどな。この世界を理解するには十分な時間を貰ったと思う」
T「うん。確かにね、貴重な時間だった」
S「もっと売れるべきだったけど、日本ではあれぐらいが限界だよな」
R「このままいくか、それこそ売れ線諦めてやりたい放題やるのとどっちがいいと思う?っていう話をして」
S「いつ?」
R「まだ事務所にいたころ」
S「へえー、それはなかなか勇気要るよな」
T「その頃はまだ技術的にもそこまで完成してたわけじゃないし、速い曲もあったけど、パワーバラードみたいな方が得意だったんだよ。けど本当にやりたいのは今みたいな曲だったわけ。ジレンマってほどでもないけど、迷ってたのは迷ってたな」
S「でも環境的には恵まれてたんじゃないの?」
R「どういう意味で?」
S「曲作り。イメージを具体的な形にする上ではそれこそ必要以上の物が揃ってたんじゃないかと思って。機材やら場所やら」
R「いやー、実際そこまで俺は色気出せなかったな」
S「大成は天国だったろ? 色んな高価な機材に囲まれて」
T「いや、うーん。だって自分で全部いじれるわけじゃないからね」
S「あああ、そりゃそうだわ」
T「どっちが良いって言えば断然今よ。断然今」
R「あの頃一緒にデビューしてたらなんか変わってたかな」
S「俺?あー、いや。結局、大成と同じ事で悩んで、じゃあ勝手にやろうか、ってなってたんじゃないかな。何度も言うようだけど曲が悪いとかじゃなかったしな。思うに」
T「ジャンルが悪い」
(一同、笑)
S「その通り! ただ俺がその時からいたとして、いきなりデスラッシュだったかっていうとそれも違うじゃない。そもそも竜二がこういうのやりてえって言い出しっぺなんだし」
R「そうだな」
S「デスラッシュなんてもっと売れるわけねえしな(笑)。事務所辞めたって聞いた時も、あー、こいつら日本で売れる夢捨てたなって思った。実際世界へ行くって聞いた時も、でしょうねって思ったもん。日本ではお前らの居場所なんて地方の狭い箱(ライブハウス)しかないって思ってたから」
R「戦略的なビジョンとか考えは一切なかったけどな。思いつきで、最高の閃きだって思ってはいたけど」
S「そう、だからこそな。今ここへ来てのテレビ出演とかね、さっき言ったビーイング的な、変な波が来てると思って、笑える」
R「急に変な波来てるもんな」
S「これも織江の努力の結晶なのかな」
T「それもあるし、タイラー(TINY RULERs)のせいもあるんじゃない?」
S「なんで?」
T「え?向こうバリバリのメジャーだぞ。俺らなんかより全然知名度も人気もあるし、所属してる事務所もでかいし」
(『TINY RULERs』 = タイニールーラー、略してタイラー。小さな支配者。アイドルとメタルの融合をテーマに掲げたダンスメタルユニット。ROA、YUMA、AOのアイドル3人と、4人の若手実力派プレイヤー達が結成したドリームバンドからなる。最後の小文字のsは発音しない)
R「だから?仲良さげに絡んでるように見えるから、とか?」
T「ふふ、トゲあるぞお前。どっかのインタビューで、フロントの3人もそうだし後ろのバンド連中も、うちの名前出したとか聞いた事あるよ」
S「ああ、俺も聞いたそれ。誰が言ってたんだっけそれ。知ってる?」
-- ボーカルのロアです。最近好きなバンドや影響を受けたグループを聞かれて、メタリカさんやドーンハンマーさんですって答えてるブイを見たことがあります。
S「やっぱそうじゃん、後押し来てんじゃん、ほら」
R「それをお前、変な波って言うと可哀そうだろ(笑)」
S「お前が言ったんだろ!」
(一同、笑)
-- ですがTINY RULERsのフロント3人がスタジオへ見学しに来るのは、事実ですものね。Mステでの共演後も、皆さんの関係を知らない視聴者の反応がネットで結構賑いましたよ。
R「『全然おじさんに見えなくてホントに好きです!激しいです!』とか言ってたな」
S「事務所に強制されてんじゃないかって思った」
T「言わされたとして、向こうに何のメリットもないけどね」
-- (笑)、そのような発言も含めて、あちら側の皆さんに対する敬意を持った態度が話題になりました。
S「バックバンドが大袈裟に言いすぎなんだよ」
R「お前が煽るからだろ。『スーパーバンドの皆さんですよね、あ、ドリームバンドでしたか』とかなんとか。あー、出たわー、こいつまた出たわーって焦ったもん」
T「あいつら若いけどちゃんとした音楽学校の講師だったりするからね」
-- 若手有望株の中ではおそらくピカイチの4人ですよ、タイラーのバックバンドは。
S「フフッ」
R「お前、まじで(笑)」
-- 特にドラムの青山くんは海外でも名を知られるようになって来ましたしね。そんな彼らが委縮する程のドーンハンマー何者っていう内容の実況スレが、一夜にして物凄い数立ったそうです。
R「まあまあ、ネットとかそこらへんは知らねえけど」
S「あ、お前今インターネット敵に回したー」
R「敵だらけのお前が言うな。何だよインターネットって。『マクドナルド下さい』か(笑)」
S「ああ?」
-- (笑)
T「でも実際本番で、生で演奏して歌ってってやったの、俺らとタイラーだけなんだろ?」
-- ええーっと。そういう大人の事情は、分かりません。
T「そう考えたらやっぱりインパクトあったと思うよ。出演者の中で抜群に上手かったもんな。お前もちゃんと見てたろ、珍しく」
S「見てて下さいって言うもん向こう。そら見るだろ」
T「っは!」
-- 微笑ましい光景でした、頬杖ついてましたけどね(笑)。
R「こいつな(笑)」
S「あ、あれか。タイラー出るから織江も受けたんかな。そもそもよくMステからオファーなんかあったよな。ってかよくあっちサイドに俺らの事知ってる人間がいたなって、そっちのが驚きだよ」
-- いやいや、何を仰ってるんですか。今ドーンハンマーはかなりキてますよ。Mステ出演のずっと前から、ネットニュースなどにもなってますから。去年の海外ツアーあたりから急速に伸びてます。
S「へー、やっぱインターネットかあ」
-- どういう経緯で、というのも大事かもしれませんが、少なくとも敏感にアンテナ立ててる業界の人間の耳には余裕で届いてるはずです。手ごたえはありましたよね?
R「会場の空気変えてやった感はあったよ、引いてたのか何なのかは分かんねえけど」
-- 圧倒してました。
R「そうかい? なら良かった」
-- 繭子は緊張してませんでしたか?
S「ちょっとしてたかな、珍しく」
T「いやあれはちょっと、緊張っていうか。ナーバス?」
S「どう違うんだよ」
T「やたらカメラで抜かれてる気がするってリハの後気にしてたし」
-- 確かにそうかもしれませんね。
S「へー、そうなんだ。嫌だって?」
-- 自分だけ多いと感じたのかもしれません、実際私もそう思いましたし。
S「でもテレビってそういうのあるから、仕方ない部分もあるよな」
R「それはでも情報操作って程でもないけど、受け手の印象を変えちまうっつーか」
S「作る側からしたら撮りたい絵を撮るだけなんだろうけど、ウチは特に繭子を推してるバンドじゃないしな」
-- 衣装はあえて変えているんですか?
S「変えてるって?」
-- 3人さんと繭子では必ず色使いに変化を持たせてますよね?
R「全員一緒だと面白くないなってのはあるよ。基本俺らは黒しか着ないし、全員そうだとメタリカの丸パクリに見えるってのが一番大きいんじゃねえかな」
-- なるほど。
S「あとは確かに、繭子を軸にしてるバンドじゃないけど、でもどっかで目立って欲しい思いもあるにはあるんだよ」
-- と仰いますと?
S「んー」
T「正当に評価されてないって思ってるからかな?」
S「それだ」
R「あー。うん、それは確かに」
-- うわ。なんか格好良い、3人共格好いいですよ。どうしましょう。
R「太字で掲載しといて」
-- (笑)、はい。
S「なんだろ。まず最初に『女?』っていう入り方されるだろ、しょうがいないけど。でも超ウマイじゃない。すると『超ウマイのに女か』っていう評価なんだよ。そこが俺達は違うだろって思ってて。ただただメタクソ叩ける、格好良いドラマーがいるんだウチにはって。そこをもっとちゃんと分からせたいってのがある。だから今はもう、ひたすら見られたらいいと思うよ、俺なんかは」
T「映像は残るからねえ。いっぱい目立って、いつかそれが世界に届いて、ちゃんと評価されるべきだとは思うよ」
S「こないだのMステ。バンドとしては正直どうだった?」
-- 正直、ですか。何度も録画した映像見返して感じたままを言いますと、なんというか、全開ではなかったのかな、と。
S「おっほう。言うねえ」
R「どういう点で?」
-- テレビ用、というか。
S「なるほどね」
-- 違いましたか。
S「どうだろ。やっぱり、目の前に客がいないと面白くないのは確かだけどな」
T「意識して何かを変えた、抑えたっていうつもりはないよ。でもやっぱ出るんだね、テンションの違いというか。見せる相手がいないとどうにも内に籠るというか」
-- そんな気はしました。スタジオ練習に近いと言いますか。ただ全然、圧倒的に格好良かったですよ。それは間違いないです。ただ去年の、ソニスフィアやヴァッケンを見ているので、それと比べてしまうと。すみません生意気言って。
S「いや、いいんだよいいんだよ、怒ってるわけじゃないんだ。聞きたいから聞いてんだし」
R「やっぱテレビ向きじゃねえよな、俺らはな」
-- 繭子は収録の後どんな様子だったんですか?
S「気持ち悪いー、不完全燃焼だーって(笑)」
-- あああ、やっぱりそうなんだ。…気持ち悪いって(笑)。
R「どこでだろうと、その一発を全力でやれるのがプロなんだろうけどな、本当は」
-- ライブでは、こんなことにはならない?
全員が首を横にふる。
-- 何が違ったのでしょう。客の反応のあるなしでしょうか。
R「んー。特に俺の場合はもっと若い時にテレビに出た事のある人間だし、その頃の記憶とかが強くて。テレビって、演奏する場所だとはハナっから思ってないっつーかね。どうしても、宣伝とか、広告の場だと思ってるから、楽しもうという気にならない」
T「うん」
R「宣伝は必要だと思う。だから出る。依頼があれば出る。けどそこでどこまで自分達の本気を出せるかっていうのは、今後も課題だろうな。ましてや、俺らみたいなバンドの曲と演奏を、どこまでテレビ側が受け入れてくれんのかって話でもあるし」
-- 本来通りの迫力がそのままお茶の間に届く事はないですからね。
T「そこは大きい問題だよね。ここまで技術の向上が進んでも、テレビの前にライブ感を届けることは夢のまた夢なわけで」
R「こういう音楽やってるよ、気に入ったら見に来いっていうアピールしか出来ねえもん」
S「スタジオで完成する音楽ではないもんな。やっぱ音源作って、ライブやるのが一番自然だし。そういう意味ではタイラーはちょっと上を行ってる気がするな」
-- え、そうですか?
S「エンターテイメントとしてはそうじゃないかな。ガチで対バンやってライブ負けする事は絶対にない自信があるけど、例えばテレビとか出ても変わらないテンションでカメラに向かって自己アピール出来るし、単純に、見てて楽しいだろ。歌って踊って。それをちゃんと本人達が分かってて実行出来てる事は素直に凄いと思うよ、あの若さで。そういう意味ではアイドル畑から出て来た事の意味は重要なんだなって思うよ」
-- なるほど。言われてみると、確かに凄いのかもしれません。
S「あとテクニック面で言うと俺達の場合、今更勉強になるステージって世界に行ってもほとんどないんだよ。けど、やっぱり見せ方だけは誰を見ても勉強になるよ。皆色々考えてるよまじで。俺ですらそう思うんだから、一番前に立ってる竜二なんかは絶対そうだと思うわ」
R「うん。ユマ可愛いよな」
S「そんな話してねえよ(笑)」
T「お前ロア推しじゃなかった?」
-- 推し(笑)。今度会ったらよろしく伝えておきます。ただ向こうは向こうで、学ぶ事が多すぎて参考にし辛いっていう話もしているようです。
S「なんで?」
T「目指してる所が違うんじゃない?」
-- そうだと思います。やはりメインボーカルのロアで言えば、竜二さんの歌声には衝撃を受けていました。ただ彼女はアイドルでもあるので、同じようなスタイルは選べないし、望まれる事もないだろうなと。しかし彼女なりに、メタルのボーカルの完成系は本当はこれなんだっていう姿を見せつけられた気がして、ちょっと凹んだ、と。
R「可愛い」
S「あー、なんか前あったな。発声法を色々教えてたら、木山(TINY RULERs・プロデューサー)からクレーム入ったんだろ。やめてくれてって」
R「クレームっつーか。まあ、そうね。…クレーム!? そう聞くと腹立つな。どうなんだろうな。『弦月』みたいな、イントロ後に声出しで曲が加速していく場面なんかで、今ひとつ音のテンションに張り合えてない、(声が)届いているか不安になる時があるって言ってたからさ。女の子の場合喉潰さないように声量上げるにはどうしたらいいですかって聞かれて、教えてやっただけなんだけど」
S「実際声量上がったの?」
R「もともと声量はある方なんだよ。ちょっと細い音域があるからそこだけ注意して。そしたら木山から電話あって、キャラ変わっちゃうんでやめてください!って」
S「あははは!」
R「あくまでアイドルらしさを残したいみたい」
S「その方があの子にとってもいいだろうね。どう転んだって竜二みたいな歌い方続けられるわけないしな」
R「なんかさ、切ねーなーと思うんだよ。今あんだけ頑張ってんのに、5年後10年後にはもしかしたらもういないかもしれないんだぜ。そのくらいフロントのアイドル3人の魅力とか、頑張りに左右されるエンターテイメントだと思うんだよな」
-- 皆さんが他のアーティストの事を語る姿は、とても貴重ですよね。
S「才能あるって認めてるからじゃない。興味ないバンドの事なんてどうでもいいからな」
-- それは木山さんの力量をですか。
S「全然違う。歌って踊って演奏してる奴ら以外の事はよく分からないし」
R「本人らの努力なくして今の人気は掴めてないよな。木山が凄いのはあの3人とバックバンドを同時に揃えられた事が一番なんじゃねえかな。若いのに礼儀正しいし、そもそもメタル好きに悪い奴はいねえ」
S「なわけあるか」
-- (笑)、皆さんはご自身のバンドを見て、客観的に、正当な評価を得ていると思いますか。それとも自分達が思っている姿とズレが生じていたりはしませんか。
S「さっきも言ったけど、繭子に関しては思ってる以上にズレてるかな」
R「なんなんだろうな。そんなに珍しい?女のドラム。そんなに重要な事かい?」
-- ええーっと。敢えて言わせていただきますが、ルックスが大きく関わっていると思います。
R「何が?」
-- いや、可愛いので。
私の言葉に男達の目が点になった。
沈黙。
お互い顔を見合わせる。
T「え。…それはダメなことか?」
-- 違います違います!ドラマーとしての実力と同じぐらい彼女のルックスに注目される事が多い点が、おそらく正当な評価を妨げているのではないかという私個人の推測です。
S「もっとブサイクなら、ちゃんと評価されたってこと?」
-- ブサイクとなるとまた話がややこしいのですが。
R「言ってる事は分かるけどよ、そんなにか?」
S「フフ」
R「いや、えっと。ドラムの巧さをとりあえず横に置いといてって言うほど、あいつのルックスってインパクトあるのか?」
-- ありますね。それはおそらく彼女が10代の、それこそ子供みたいな頃から知っている親目線での発言ですよ。
R「っへー!いや可愛くねえなんて思ってないんだけど、それが却って正当な評価を妨げるって馬鹿みたいだな。例えば歌が上手くてルックス抜群な奴なんか世界中ゴロゴロいるだろ。けど可愛すぎるから歌の方はいまいちピンとこねえなんて普通言われないぞ?」
-- やはりドラムという事も大きいのでしょうね。ギャルバンですら、女性だというだけで音楽の正当な評価をされにくいですし、あなた方のような男臭い音やビジュアルの中に、あれだけ人目を惹く『花』がドラムセットに座っていれば、「お?」となるのは世界共通の反応だと思います。それは俗に言う嬢メタル(ボーカルが女性のメタルバンド)の場合でも同じ事が言えます。
R「んー、まー、そうかー。時枝さんがそう言うなら、そうなんだろうなー」
S「うーん。さっきもあれだけど、まあそういう面も含めてもっと前に出してみるのもアリだなとは思ってんだよ。女であることはもう変えようがないし、今更隠すでもないし。例えば俺たちのバンドが、あー、あの芥川繭子っていう可愛い子が叩いてるメタルバンドね、っていう評価になるとしたら、それは俺らの実力がその程度なんだと思うしかないよな」
-- まあ、そんな事には今更なりようがないですけどね。
S「わかんないだろそれは。そこがどうこうじゃなくて、あいつがもっと普通にドラマーとして見てもらうには、どんな形であれ一回ちゃんと注目を浴びてもらう必要があるんだろうなーとは、思ったてたよ」
R「今までそんなこと言わなかったじゃねえか」
S「あいつが極端にそれを嫌がるんだよ。言えないって」
R「…あー」
S「直接俺の口からではないけど、そういう話をした事はあるからさ」
他の2人は理解できたようだが、私は確信が持てず敢えて聞いてみた。
-- 関誠さんですか?
S「ああ。一回ちゃんと『触らせろ』って前々から言い続けてるみたいだけど、聞く耳持たないみたい」
-- 触るというのは、モデルみたいにしたいという事でしょうか。
S「いやいや。人前に出る仕事なんだからちゃんと格好つけなさいって事。今の、赤っぽい茶色の髪にしたのも誠だしな。髪の色一つ変えるにも大分抵抗したし、そういうトコほんと頑固。面倒くさい奴なんだよ」
-- 今ふと思ったんですけどね。皆さんのうち誰でも、誰かが『やれ』と言ったらやると思いますよ。
S「何をだよ」
-- 格好つけることも大事だぞ、誠さんのプロデュースを受けろ、と。
3人は顔を見合わせる。ええ?という表情だ。信じがたい事だが、どうやら考えた事もなかったらしい。こと練習やバンド関連では鬼畜のような厳しさを発揮する反面、それ以外ではとことん優しい人達なのだ。
R「時枝さんは、どう思う?この件について」
-- 今まで皆さんの中で、繭子がどれほど伸び伸びと自由に生きて来たか分かった気がします(笑)。それはさておき、翔太郎さんの仰る通りだと思いました。やはり彼女は一度、一人のドラマーとして認めさせるために、世間の注目を浴びるべき存在だと思います。
R「世間ねえ」
-- 翔太郎さん程でなくとも、繭子だって名前とスキルが一致した評価を受けるに値するプレイヤーだと思うんですよね。私にすれば皆さん全員そうなんですけど。
R「どういう事?」
-- 先程翔太郎さんが仰ったように、例えば今繭子って、『ドーンハンマーのドラムってスゲー格好いいけど、どういう奴が叩いてんの?』っていう興味を持たれても、彼女の姿を見た瞬間、『ワオ、なんて可愛いんだ』に変わっちゃう事が多い気がするんです。実際私もそうでした。ただもう、今はそんな段階は通り過ぎるべきです。メタル界に芥川繭子という凄腕の美人ドラマーがいるっていう周知の事実が既に出来上がっていないと、本当はおかしいんです。実際、翔太郎さんはもうそうなっているので。
R「なるほどな。認知される前に、尻込みしちまってる部分はあったかもしれねえな」
-- 繭子自身は、そうでしょうね。ルックスや性別を取り沙汰される事を嫌うでしょうし。
R「加入当時にだいぶやられたからなあ」
S「でもここから更にワンランク上に行く為には、もう一度超えてもらわないけといけないのかもな」
T「世界に行くなら仕方ないよな、向こうにしてみれば初見みたいなもんだしね」
伊澄は両手を上に上げて体を伸ばす。そして自分の顔を両手で覆う。
S「ああああ、正直言いたくない」
R「あははは!」
-- 本当に皆さんお優しいですよね。
T「そういう問題じゃないよきっと」
S「言いたくないよー」
-- あはは。私が代わりに提案してみましょうか?
R「なんて?」
-- 今から考えますけど。でも皆さんの思いを聞けば、突っぱねる事はしないと思いますよ。
S「…ちょっと呼んでみる?」
R「今!? 今!? ちょっと怖えよ」
-- 嘘でしょう(笑)。
T「織江呼ぶ?」
S「あ、それいいわ。誠も呼んで」
R「そうそうそう、最後に、最後に繭子呼ぼうや」
-- あははは! もう私、今行ってきますね。
S「いや、だから待てって!」
(一同、笑)
会議室の椅子に座る芥川繭子、そしてその隣には関誠。
夢のようなツーショットである。
彼女とは出会ってまだ2時間も経っていない。
思い通りに時間を作れないという関誠に初対面で失礼だとは思いながら、
事務所の了承を得られない場合は表に出さないと約束した上で、
夜遅い時間ではあるが少しの間だけインタビューを撮影させていただいた。
芥川繭子(以下、M)×関誠(以下、SM)
-- あー、あー。
スタジオよりも狭いために声が大きめに入る。
-- 繭子緊張してる?
本来は関誠単独でインタビューをする予定だったが、昔の話をされると思った繭子が付いてきた。こちらとしては願ってもない。
М「いやー、してない。…(関誠をチラリと見て)してるー」
-- (笑)。
SM「その握ってるドラムスティックは何? 武器?」
M「持ってると落ち着くから(笑)」
-- 映像も記録として残しますけど、後日あなたの事務所の方へは弊社から承諾の交渉をさせていただきます。もし万が一問題があるようでしたら、絶対に表には出しません。
SM「分かりました」
-- ちなみにですが、記事への掲載許可が下りた場合、本文内でのお名前はどのように希望されますか? 常にフルネームか、苗字か、お名前か。
SM「『誠』でお願いします、敬称略で」
-- 畏まりました。でははじめに、誠さん。あなたは伊澄さん達と古くからの付き合いがあるようですが、具体的にはどの時代になりますか。
SM「時代?」
-- えっと、知り合った当時のバンドとの御関係をお伺いしたのですが、… 繭子笑わないの。
SM「え? ああ、関係? …特に、…ない」
-- ええ?
SM「いやー、あまり、バンドやり始めてからの事詳しく聞いてないんですよね」
-- 意外ですね。普段伊澄さんとは音楽の話はされませんか?
SM「しないー、ですねー」
-- それすら思い出しながらなんですね(笑)。
SM「もちろんする時もあるんですけどね。でも私から話題を振ることは、ほとんどないので」
-- なるほど。ですが伊澄さんと知り合った時、当時彼は既にバンドマンだったわけで…。
SM「いや、違いますよ」
-- え!? …という事はお知り合いになられたのって随分前じゃないですか!?
M「誠さん、違う違う。…あれ?どうなんだっけ?」
-- どっち?(笑) 彼らはデビュー20周年なので、その前となると誠さんの年齢詐称疑惑が出てきますが(笑)。
SM「あ、そうなんだ。あれ、そうだっけ」
-- もしやバンドに全然興味がない、とかですか?
SM「そんな事ないですよ。皆大好きですし」
-- どのアルバムがお気に入りですか?
SM「えっとねー。どのっていうかねー…」
口ごもりながら、関誠は眉間に皺を寄せて両ひざに手を置いて、俯く。
-- ほとんど聞いたことないとか?
SM「いやいや、それはないですけど、うーん」
M「あんまり困らせちゃだめだよ、誠さん」
-- え、何?
M「いや、なんかまともに答えないから」
SM「だってさー。時枝さんてバンドの事めっちゃ好きそうだしめっちゃ詳しそうだし。バンドの事聞かれてもなーって」
-- やはり、あまり興味がおありではないんですね。全然気にしないでください。それはそれで、ニュートラルな意見が聞けて貴重なので。
SM「そう?じゃあ言うけどさ、私基本的にうるさい音楽ダメなんですよ」
-- 言っちゃった(笑)。
M「あはは!」
-- もうそこから既に、ダメなんですね。
SM「バンドメンバーっていう捉え方をした事がないし、そういう聞かれ方をすると、途端に印象がぼやけるイメージですね。本当に出会った当初は、そもそも音楽やってるのも知らなかったんですよ。人となりは結構詳しいと思うんだけど、バンドマンとしての顔は今でもよく分かってない事の方が多いかなぁ」
-- 10年以上前にお知り合いになったという事は、繭子と同様まだ学生の頃だったりしますか?
SM「そうですね。ただあんまりそこは広げない方がいいかもしれないです」
-- 分かりました。その方がよさそうですね。
SM「あ、でも変な話じゃないですよ!カメラこれ?伊澄翔太郎はロリコンではありません」
カメラに向かって、ドアップとピース。
広くはない会議室内に大きな笑い声が響き渡る。俄然楽しくなってきた。
-- まあでもここだけの話、伊澄さんがロリコンでもなんでも、お相手として誠さんがいる以上関係ないんですけどね。そこらへんは個人のアレなので。
SM「公にしてるかどうかも私知らないんですよ。それと、やっぱりイメージって大事なのかなと」
-- そこはどうなんですかね。
M「他所の取材で話してるかって事? 4人で受けた場で聞いたことは無いかな」
-- そうなんだ。ではそこらへん上手く編集しときます。
M「うん」
SM「で、その後二十歳ぐらいの時には今の事務所に入ってモデルのお仕事やらせてもらっているので、実際翔太郎がその頃表立ってどういう活動をしてたかっていう事情も分からないですね。こっちも一杯一杯だったし、プライベートでも色々あったじゃないですか」
-- と、仰いいますと。
誠がチラリと繭子を見やる。
SМ「個人的にはア、…キラさんの事とか、(繭子に目で了承を得ながら)他にも、色々と」
М「うん、平気、もう言った(笑)」
SМ「わお、そうか」
-- なるほど、その時期なんですね。
SM「知り合ったのはもっと前なんですけど、ちょうど駆け出しの新人モデルで忙しくしてる時に、色々あって」
-- 善明アキラさんがお亡くなりになって、そして繭子の加入ですね。10年前だから、12、3年程前に、伊澄さんとお知り合いになられた計算でしょうか。となると、そうですね、既にバンドはありましたね。
誠は天井を仰ぎ見、指折り数えている。
SM「14、違う。今年31でしょ。16になる年だから15、15年前ですね」
-- あまり記念日などは気になさらないタイプとお見受けしましたが(笑)、じゅ、え、15年ですか!?
SM「もうバレた!」
-- (笑)、私も似たような所があります。
SM「あはは。そうですね、年数もそうですけど、記念日とか気にした事ないですね。一応誕生日ぐらいは覚えてますけど、言ってそのぐらいしか頭にないです」
M「あはは!」
-- あ!そうか、私バンド20周年て池脇さん達のクロウバーも混みで計算してるからおかしくなるのか。伊澄さんと善明さんが合流してからは15年くらいなのかな?
M「あ、そうだよそうだよ。なんか変だと思ったんだよ(笑)」
-- 面目ない(笑)。という事は本当に、伊澄さんと誠さんが出会った時、彼はまだバンドマンではなかったわけですねえ。疑ってすみませんでした。
SM「いえいえ、はっきり覚えてないのは私も人のこと言えないんで、平気です」
-- では、そんな誠さんから見て、繭子の加入はどう映りましたか?
聞かれて誠は、繭子をじっと見つめる。
どういう感情なのだろう。口元には薄く微笑みが浮かんでいるようにも見える。
しかしその両目は真剣だった。見つめられて数秒、繭子が顎を引いた。
M「なによ」
SM「最初は、舐めてんのかなーって思った」
-- うおっと!
SM「っはは。最初だけね、それを聞いた瞬間は、そう思ったよ。賛成か反対でいったら反対だったんで。アキラさんの後任だって聞いた時に、他の男共も何考えてんだって腹立ったし」
-- その事は当時伊澄さんや、繭子には?
SM「言った言った、超言いました。でも翔太郎はああいう人だし、『決まった事だから』って。そもそもバンドにそんな興味ないのにそこだけ食ってかかるのも変だって自分でも思ってるから、翔太郎にはそこまで、あんまり言えてないですけど。けど繭子本人をさんざん止めた」
-- それは、音楽的な話ですか? つまり圧倒的な経験不足や年齢的な問題として?
SM「いやいや、そういうのは分からないけど、単純に釣り合わないから。その時既に繭子の事も当然知ってたけど、それまではバンドのファンで自分もドラム叩いてるっていうピュアなギャルだったわけで」
M「ギャルじゃないよ」
SM「ギャルだよ? まあまあまあ。可愛いJK囲ってわちゃわちゃしてるのが楽しいっていうそれだけだったの、私にしてみれば。けど当人達にはどうやらそれだけじゃない思惑があったみたいで。変な意味じゃないですよ? なんだろう、それこそ分かる人には分かる実力とか、そういう話?ただ常識的に考えて、当時既に30とかの兄ちゃん達に混じって、女子高生がドラムやります、入ります、って頭おかしいじゃん」
-- 言い方はきついですが、とても真っ当な意見だと思います。
SM「ですよね?そこをね、もうちょっと冷静に考えて欲しかったの」
-- 繭子はその時どう思った?
M「今こうやって聞くと卑猥な想像されがちな状況だったんだなって理解はできるよね。ただ、私たちの事を当時から知っている人にしか分かってもらえないのを承知で言うけど、皆、私以外の人達がとても大人だったから。それは今思い返してもそうだったと断言できるの。例えば、一回もエッチな話をしなかったとか。私の高校生活の話を聞いてこなかったとか。コイバナもしなかったし、なんなら友達の話とかも聞かれなかった気がする。自分から進んで情報を小出しにしてはいくんだけど、多分意識しないと絶対踏むような地雷を一度も踏まれなかったから、本当に気を使われてたか、そもそもガキの私に興味がなかったかだよね」
-- 女子高生に手を出す程女に困っていなかったと?
SM「っはは。そこは人柄ってことにしとこっか」
-- は!失礼しました。
M「(笑)、うん、でも本当にそうよ。人柄だと思う。それにね、反対されるのはもちろん分かってたんだよね。だからその時というか、今もなんだけど、あの時泣いて泣いてしたのって、冷静じゃなかったからというより、怖かったからっていうのもあるの」
-- 怖い…。
M「ここからいなくならくちゃいけない恐怖、このバンドでドラムを叩けない恐怖。そういう意味で取り乱したんだと思う。気持ちとしては、もう120%決まっていて、自分の人生は自分で決めさせてって思ってたから。否定される事が凄く怖かった。だけど邪魔しないでって思う反面、最初から覚悟してたことだし、それは周りの優しさからくる反対だってのも頭で理解してるから、余計にさ」
-- 誠さんは、繭子のそういう思いはご存知だったんですか?
SM「後からですね、私は。その、繭子が皆に懇願したっていう場にはいなかったので。その後になってからも色々あって。あの時の繭子はなんだろう、突っついたらすぐ泣いてたし。触れたら泣いてたし。声かけるだけで怯えてたし」
-- えええー。そうなんだ。
M「嫌だー。あんまそこは思い出したくないんだなー」
SM「じゃあ止めようか。でも泣いて、感情的になって、突発的にそう言ってごねてるわけじゃないっていうのが分かるようになってから、私もだんだん尊重してあげなくちゃいけないって思うようになったけど、私は今でも、繭子はバンド辞めたっていいと思ってるよ」
-- 今でもですか。今彼女は世界的にも認められた凄腕ドラマーですが。
SM「それは関係ないと思いますね。繭子は繭子だもん。幸せになれるなら、そうなる道を進んだら良い。嫌になったら、いつドラム辞めたっていい。ドラムを叩いてるからこの子が必要なわけじゃないからね。私はそう思うかな」
M「…」
-- 伊澄さんが止めても?
SM「うん。そん時は翔太郎と喧嘩してでも、繭子を抜けさせる。勝てないけどね?」
M「(笑)」
-- 繭子はやめたいと思ったことある?
M「ないよ」
-- こないだ聞いたばかりだったね。
M「うん、ない。ないけど、本当に誠さんには感謝してる。だけどバンドはやめない」
SM「この議論を戦わせて10年だよ。いつかこの子をモデルにしたいと思い続けて10年」
-- 今でもその思いは消えないわけですね。
SM「はい」
-- とても、お優しい方なんだなと、そう思います。
SM「私? へー。ただ我儘言ってるだけだと自覚してるけどな」
照れたように笑う誠をじっと見つめて、真剣な顔で繭子は言う。
M「そんな事ないよ。本当に辛い時とか、しんどい時、最後の最後、誠さんなら絶対受け止めてくれるって信じてるから、私はやめないっていう答えを選べるんだと思ってるよ」
SM「うーおっとー。危なーい。泣いちゃーう」
そう言った誠の笑顔が崩れた。素敵な友情だと心から思う。
やはり、関誠のような至極真っ当な良識を持ち合わせた人間が一人いるだけで、危ういバランスで成り立っているバンド内の人間関係が、大きく逸脱せずに保たれている部分もきっとあると思うのだ。
これは一般論ではなく、私個人の意見である。
バンドマンとはジャンル問わず夢追い人だと思う。確かにその姿は輝いて見える。しかし思い描く理想や己の姿を追いかける事にのめり込む一方で、人として大切な何かを失っていく人間を多く見て来た。日常レベルで言えば、時間にルーズ、女にだらしがない、働かずに恋人に養ってもらう、など男としての甲斐性を感じない人も多い。もっと言えば、どこかで繋がってしまった法の外で、薬物に溺れ毒される人間だっている。
夢か破滅か。そんな天国と地獄が両方待ち受けている世界で、3人の男と1人の女が、ひたすら脇目も振らず目標に向かって爆走できている理由の一つとして、関誠や伊藤織江のような、距離を保って彼らを支えられる常識人の存在があると私は常々思っていた。
関誠も、伊藤織江も私の理想である。きっと彼女達はバンドを愛しているし、メンバーを人として愛している。しかし彼らの夢に乗っかって一緒に溺れる事はないだろう。バンドのマネージャーとして、彼らを世界に送り出す役割を担う自分の人生を楽しみ、世界屈指のギタープレーヤーである男の恋人でありながら、自分のモデル人生を精一杯生きている。そういう人達は強い。対等に物事を考え、対等に発言できるからだ。そんな彼女たちが繭子の側にいることの心強さを思うと、繭子贔屓の私としては嬉しくて仕方がない。
-- あー、好きだー。
自然に漏れ出た溜息に、2人はぎょっとした顔で私を見た。
M「怖いよ」
明るい笑い声を響かせる関誠。
-- 失礼しました!ですがこれは私が昔から思ってきた事なんですけど、やっぱりバンドには絶対、誠さんのような人がついていないと駄目になると思うんですよ。
M「織江さんとかね」
-- そうそう。自分の人生の舵取りすら出来ないレベルで前のめりになる人達って、結構いるからさ。実際ここまで極端な人達には出会ったことないけど、やっぱりそういう影には、彼女達のような存在がいないと、ダメなんだよね。
M「めっちゃ分かるそれ。本当にそれは言いたい。感謝してます」
ドラムスティックを太ももの上に置いて、ペコリと頭を下げる繭子。
SM「えー、何の話だか全然ピンとこない。なんか有難がられてる?」
-- はい。
SM「おお、そっかそか。良いってことよ」
M「絶対分かってない顔だね」
SM「うん、全然。なんのこと?」
-- いえ、いいんです。忘れて下さい。
SM「ええー!あ、肉まんの話?さっきの肉まんどこ行った?肉まん食べます?」
手を叩いて繭子が笑う。
このたった一晩の会話で、私は完全に関誠という女性に惚れ込んでしまった。
天才・伊澄翔太郎の側にいられる女性はこういう人でないといけない。私はそう思う。
2016年、4月某日。雑談。
3人の男達を前にしてまともに話せる自信がまだない私は、ある一つのテーマをお伝えし、
そこから様々に話を膨らませてもらった。私は聞き役に徹する。
池脇竜二(R)、伊澄翔太郎(S)、神波大成(T)。
-- お疲れの所ありがとうございます。Мステ見ましたよ。「どうだー!見たかー!これがドーンハンマーだおりゃー!」って編集部で絶叫してました。と同時にとても意外だったので今回お時間いをいただいたのですが、ずばり皆さんにとってのメジャーとインディーズに対する考え方をお伺いしたいなと。
R「エムステなあ、意外だろうなあ。それはあれか。テレビ出演なんかのメディア露出も含めてってこと?」
-- 仰る通りです。
R「こいつらテレビ出るんだーって?」
-- うふふふ、そんな恐ろしい言葉遣いはしません。
S「今俺らってメジャーなの?インディーズなの?」
-- レコード会社がビクターですからね、大手メジャーです(笑)。個人事務所である事と流通はあまり関係ありませんからね。気分的にはインディーズなんですか?
S「あんま気にした事ないなと思って。だからテレビもそうだけど、どんなメディアであれ織江がそこらへん頑張ってくれてるんだと思うよ。多分黙ってても大きく扱ってくれるようなバンドじゃないと思うし」
R「地道な広報活動をね、してくれていると聞いておりますよ」
S「こんなおっさんのチンピラバンドのためにね」
R「自分で言う?」
S「謙虚な面もありますよと、伝えておかないとね。テレビ出て天狗になってると思われちゃうから」
R「お前がそんな事気にするわけねえだろ!」
T「バレバレだよなあ(笑)」
S「っはは。気にするしないじゃなくて、普通に新譜出してもCMで流れるとかないわけだろ?それがぽっとテレビに出て1曲演奏したらガッと音源売れたりするわけだよ。あー、見られてるなって思うよそこは。あと普通に織江の頑張りにも相応のお返しをしないとってのもあるし」
R「まあな。…ちょっと、笑うけどな」
S「やってる事は変わらないしな?」
R「変わらねえし、人の目に触れるか触れないかだけでこんだけ違うんだな、って、今更だけど。それはテレビだけじゃなくて向こう(海外)でライブやってても、やったらちゃんと反応あったわけだしな。それが普通っちゃー普通なんだけど、人目に触れるか触れないかだけの差なんだって考えっとさ、なんだかなあって」
-- 口を挟むのは差し出がましいですが、普通、ライブやったから、テレビ出たからって言うだけですぐセールスに結びついたりはしませんよ。今の時代、特に。
S「…」
T「…」
R「褒めてる?」
-- もちろん!
(一同、笑)
T「色んな可能性あるバンドが消えてってるんだろうね」
R「そうだよなあ。メジャー・インディー論争なんて大昔からあるけど、結局はそこだけだもんな。バンド側はほんと、ただ死に物狂いでやるだけだよ」
S「俺はよく分からないけど、お前ら一度はがっつりメジャーな事務所に入ってデビューしたんだから、今とどう違うとか比べられるんじゃないの?」
R「違いなんかねえけどな。やってる事はほんと同じ。曲作って、レコーディングして、演奏して。ただあれ、そこに俺達以外の、肩書だけで不透明な人間の意見が聞こえてくることは、あったな」
S「それよく聞くわー。注文入るんだろ? あと2曲バラードが欲しい、とか」
R「いや笑ってるけどほんとそうよ。けどそういう注文を、面倒臭いととるか、求められているととるかで、モチベーション変わってくるんだろうな」
S「お前らはどうだったんだよ」
R「面倒くさかった」
(一同、笑)
R「あとやっぱり時間には厳しいよな。まあ仕事なんだから当たり前なんだけど」
S「それは何、締め切りみたいな事?」
R「そう。毎日じゃねえけど、スケジュールが俺らみたいのでもちゃんとあって。こういう段取りで進んでいくから、この日までに何曲作っておいてね、ていう期日はあったな」
S「へー。で、それを守らないと」
R「いや、守ってた守ってた。曲作りに苦労はなかったし。まあ今程じゃねえにしろストックが結構あったからな。そこは別に、っつーかあれだぞお前、別に俺らクビになってねえからな? 自分らで辞めますっつったんだからな?」
S「へー」
R「へーじゃない」
T「俺らの曲ってどのぐらい聞いてた?」
S「クロウバー? え、普通に全部聞いてたよ。あれ、言ってなかった?」
T「お前具体的な感想言わないもん。どうだった?」
S「曲も歌も良かったけど、売れるとは全然思わなかったかな」
-- (笑)
R「なんで?」
S「え、お前ら本気で売れ線狙ってたのか? あれはなんか、逆行してんなーって思うよ普通。これからの時代にハードロックは売れねーだろうと思って冷静に聞いてたよ。好きは好きだったけどな。でも一昔前のビーイングみたいな、ブームの後押しみたいなのがねえと、火はつかねえだろうなー、これはって」
T「なるほどね。一応俺達の中じゃあ売れ線狙って作ったほうだけどな(笑)」
R「期待されてたのも知ってたし」
-- 当時の業界で言えば売れた方だと思います。
R「世辞はいらねえ(笑)」
-- いえいえ、本当です。
S「曲は良いんだよだから。そもそもハードロックがどうなんだって事だから」
T「それはもう俺達の根幹に関わるだろ!やめろお前!(笑)」
S「あはは!」
R「ま、勉強にはなったけどな。この世界を理解するには十分な時間を貰ったと思う」
T「うん。確かにね、貴重な時間だった」
S「もっと売れるべきだったけど、日本ではあれぐらいが限界だよな」
R「このままいくか、それこそ売れ線諦めてやりたい放題やるのとどっちがいいと思う?っていう話をして」
S「いつ?」
R「まだ事務所にいたころ」
S「へえー、それはなかなか勇気要るよな」
T「その頃はまだ技術的にもそこまで完成してたわけじゃないし、速い曲もあったけど、パワーバラードみたいな方が得意だったんだよ。けど本当にやりたいのは今みたいな曲だったわけ。ジレンマってほどでもないけど、迷ってたのは迷ってたな」
S「でも環境的には恵まれてたんじゃないの?」
R「どういう意味で?」
S「曲作り。イメージを具体的な形にする上ではそれこそ必要以上の物が揃ってたんじゃないかと思って。機材やら場所やら」
R「いやー、実際そこまで俺は色気出せなかったな」
S「大成は天国だったろ? 色んな高価な機材に囲まれて」
T「いや、うーん。だって自分で全部いじれるわけじゃないからね」
S「あああ、そりゃそうだわ」
T「どっちが良いって言えば断然今よ。断然今」
R「あの頃一緒にデビューしてたらなんか変わってたかな」
S「俺?あー、いや。結局、大成と同じ事で悩んで、じゃあ勝手にやろうか、ってなってたんじゃないかな。何度も言うようだけど曲が悪いとかじゃなかったしな。思うに」
T「ジャンルが悪い」
(一同、笑)
S「その通り! ただ俺がその時からいたとして、いきなりデスラッシュだったかっていうとそれも違うじゃない。そもそも竜二がこういうのやりてえって言い出しっぺなんだし」
R「そうだな」
S「デスラッシュなんてもっと売れるわけねえしな(笑)。事務所辞めたって聞いた時も、あー、こいつら日本で売れる夢捨てたなって思った。実際世界へ行くって聞いた時も、でしょうねって思ったもん。日本ではお前らの居場所なんて地方の狭い箱(ライブハウス)しかないって思ってたから」
R「戦略的なビジョンとか考えは一切なかったけどな。思いつきで、最高の閃きだって思ってはいたけど」
S「そう、だからこそな。今ここへ来てのテレビ出演とかね、さっき言ったビーイング的な、変な波が来てると思って、笑える」
R「急に変な波来てるもんな」
S「これも織江の努力の結晶なのかな」
T「それもあるし、タイラー(TINY RULERs)のせいもあるんじゃない?」
S「なんで?」
T「え?向こうバリバリのメジャーだぞ。俺らなんかより全然知名度も人気もあるし、所属してる事務所もでかいし」
(『TINY RULERs』 = タイニールーラー、略してタイラー。小さな支配者。アイドルとメタルの融合をテーマに掲げたダンスメタルユニット。ROA、YUMA、AOのアイドル3人と、4人の若手実力派プレイヤー達が結成したドリームバンドからなる。最後の小文字のsは発音しない)
R「だから?仲良さげに絡んでるように見えるから、とか?」
T「ふふ、トゲあるぞお前。どっかのインタビューで、フロントの3人もそうだし後ろのバンド連中も、うちの名前出したとか聞いた事あるよ」
S「ああ、俺も聞いたそれ。誰が言ってたんだっけそれ。知ってる?」
-- ボーカルのロアです。最近好きなバンドや影響を受けたグループを聞かれて、メタリカさんやドーンハンマーさんですって答えてるブイを見たことがあります。
S「やっぱそうじゃん、後押し来てんじゃん、ほら」
R「それをお前、変な波って言うと可哀そうだろ(笑)」
S「お前が言ったんだろ!」
(一同、笑)
-- ですがTINY RULERsのフロント3人がスタジオへ見学しに来るのは、事実ですものね。Mステでの共演後も、皆さんの関係を知らない視聴者の反応がネットで結構賑いましたよ。
R「『全然おじさんに見えなくてホントに好きです!激しいです!』とか言ってたな」
S「事務所に強制されてんじゃないかって思った」
T「言わされたとして、向こうに何のメリットもないけどね」
-- (笑)、そのような発言も含めて、あちら側の皆さんに対する敬意を持った態度が話題になりました。
S「バックバンドが大袈裟に言いすぎなんだよ」
R「お前が煽るからだろ。『スーパーバンドの皆さんですよね、あ、ドリームバンドでしたか』とかなんとか。あー、出たわー、こいつまた出たわーって焦ったもん」
T「あいつら若いけどちゃんとした音楽学校の講師だったりするからね」
-- 若手有望株の中ではおそらくピカイチの4人ですよ、タイラーのバックバンドは。
S「フフッ」
R「お前、まじで(笑)」
-- 特にドラムの青山くんは海外でも名を知られるようになって来ましたしね。そんな彼らが委縮する程のドーンハンマー何者っていう内容の実況スレが、一夜にして物凄い数立ったそうです。
R「まあまあ、ネットとかそこらへんは知らねえけど」
S「あ、お前今インターネット敵に回したー」
R「敵だらけのお前が言うな。何だよインターネットって。『マクドナルド下さい』か(笑)」
S「ああ?」
-- (笑)
T「でも実際本番で、生で演奏して歌ってってやったの、俺らとタイラーだけなんだろ?」
-- ええーっと。そういう大人の事情は、分かりません。
T「そう考えたらやっぱりインパクトあったと思うよ。出演者の中で抜群に上手かったもんな。お前もちゃんと見てたろ、珍しく」
S「見てて下さいって言うもん向こう。そら見るだろ」
T「っは!」
-- 微笑ましい光景でした、頬杖ついてましたけどね(笑)。
R「こいつな(笑)」
S「あ、あれか。タイラー出るから織江も受けたんかな。そもそもよくMステからオファーなんかあったよな。ってかよくあっちサイドに俺らの事知ってる人間がいたなって、そっちのが驚きだよ」
-- いやいや、何を仰ってるんですか。今ドーンハンマーはかなりキてますよ。Mステ出演のずっと前から、ネットニュースなどにもなってますから。去年の海外ツアーあたりから急速に伸びてます。
S「へー、やっぱインターネットかあ」
-- どういう経緯で、というのも大事かもしれませんが、少なくとも敏感にアンテナ立ててる業界の人間の耳には余裕で届いてるはずです。手ごたえはありましたよね?
R「会場の空気変えてやった感はあったよ、引いてたのか何なのかは分かんねえけど」
-- 圧倒してました。
R「そうかい? なら良かった」
-- 繭子は緊張してませんでしたか?
S「ちょっとしてたかな、珍しく」
T「いやあれはちょっと、緊張っていうか。ナーバス?」
S「どう違うんだよ」
T「やたらカメラで抜かれてる気がするってリハの後気にしてたし」
-- 確かにそうかもしれませんね。
S「へー、そうなんだ。嫌だって?」
-- 自分だけ多いと感じたのかもしれません、実際私もそう思いましたし。
S「でもテレビってそういうのあるから、仕方ない部分もあるよな」
R「それはでも情報操作って程でもないけど、受け手の印象を変えちまうっつーか」
S「作る側からしたら撮りたい絵を撮るだけなんだろうけど、ウチは特に繭子を推してるバンドじゃないしな」
-- 衣装はあえて変えているんですか?
S「変えてるって?」
-- 3人さんと繭子では必ず色使いに変化を持たせてますよね?
R「全員一緒だと面白くないなってのはあるよ。基本俺らは黒しか着ないし、全員そうだとメタリカの丸パクリに見えるってのが一番大きいんじゃねえかな」
-- なるほど。
S「あとは確かに、繭子を軸にしてるバンドじゃないけど、でもどっかで目立って欲しい思いもあるにはあるんだよ」
-- と仰いますと?
S「んー」
T「正当に評価されてないって思ってるからかな?」
S「それだ」
R「あー。うん、それは確かに」
-- うわ。なんか格好良い、3人共格好いいですよ。どうしましょう。
R「太字で掲載しといて」
-- (笑)、はい。
S「なんだろ。まず最初に『女?』っていう入り方されるだろ、しょうがいないけど。でも超ウマイじゃない。すると『超ウマイのに女か』っていう評価なんだよ。そこが俺達は違うだろって思ってて。ただただメタクソ叩ける、格好良いドラマーがいるんだウチにはって。そこをもっとちゃんと分からせたいってのがある。だから今はもう、ひたすら見られたらいいと思うよ、俺なんかは」
T「映像は残るからねえ。いっぱい目立って、いつかそれが世界に届いて、ちゃんと評価されるべきだとは思うよ」
S「こないだのMステ。バンドとしては正直どうだった?」
-- 正直、ですか。何度も録画した映像見返して感じたままを言いますと、なんというか、全開ではなかったのかな、と。
S「おっほう。言うねえ」
R「どういう点で?」
-- テレビ用、というか。
S「なるほどね」
-- 違いましたか。
S「どうだろ。やっぱり、目の前に客がいないと面白くないのは確かだけどな」
T「意識して何かを変えた、抑えたっていうつもりはないよ。でもやっぱ出るんだね、テンションの違いというか。見せる相手がいないとどうにも内に籠るというか」
-- そんな気はしました。スタジオ練習に近いと言いますか。ただ全然、圧倒的に格好良かったですよ。それは間違いないです。ただ去年の、ソニスフィアやヴァッケンを見ているので、それと比べてしまうと。すみません生意気言って。
S「いや、いいんだよいいんだよ、怒ってるわけじゃないんだ。聞きたいから聞いてんだし」
R「やっぱテレビ向きじゃねえよな、俺らはな」
-- 繭子は収録の後どんな様子だったんですか?
S「気持ち悪いー、不完全燃焼だーって(笑)」
-- あああ、やっぱりそうなんだ。…気持ち悪いって(笑)。
R「どこでだろうと、その一発を全力でやれるのがプロなんだろうけどな、本当は」
-- ライブでは、こんなことにはならない?
全員が首を横にふる。
-- 何が違ったのでしょう。客の反応のあるなしでしょうか。
R「んー。特に俺の場合はもっと若い時にテレビに出た事のある人間だし、その頃の記憶とかが強くて。テレビって、演奏する場所だとはハナっから思ってないっつーかね。どうしても、宣伝とか、広告の場だと思ってるから、楽しもうという気にならない」
T「うん」
R「宣伝は必要だと思う。だから出る。依頼があれば出る。けどそこでどこまで自分達の本気を出せるかっていうのは、今後も課題だろうな。ましてや、俺らみたいなバンドの曲と演奏を、どこまでテレビ側が受け入れてくれんのかって話でもあるし」
-- 本来通りの迫力がそのままお茶の間に届く事はないですからね。
T「そこは大きい問題だよね。ここまで技術の向上が進んでも、テレビの前にライブ感を届けることは夢のまた夢なわけで」
R「こういう音楽やってるよ、気に入ったら見に来いっていうアピールしか出来ねえもん」
S「スタジオで完成する音楽ではないもんな。やっぱ音源作って、ライブやるのが一番自然だし。そういう意味ではタイラーはちょっと上を行ってる気がするな」
-- え、そうですか?
S「エンターテイメントとしてはそうじゃないかな。ガチで対バンやってライブ負けする事は絶対にない自信があるけど、例えばテレビとか出ても変わらないテンションでカメラに向かって自己アピール出来るし、単純に、見てて楽しいだろ。歌って踊って。それをちゃんと本人達が分かってて実行出来てる事は素直に凄いと思うよ、あの若さで。そういう意味ではアイドル畑から出て来た事の意味は重要なんだなって思うよ」
-- なるほど。言われてみると、確かに凄いのかもしれません。
S「あとテクニック面で言うと俺達の場合、今更勉強になるステージって世界に行ってもほとんどないんだよ。けど、やっぱり見せ方だけは誰を見ても勉強になるよ。皆色々考えてるよまじで。俺ですらそう思うんだから、一番前に立ってる竜二なんかは絶対そうだと思うわ」
R「うん。ユマ可愛いよな」
S「そんな話してねえよ(笑)」
T「お前ロア推しじゃなかった?」
-- 推し(笑)。今度会ったらよろしく伝えておきます。ただ向こうは向こうで、学ぶ事が多すぎて参考にし辛いっていう話もしているようです。
S「なんで?」
T「目指してる所が違うんじゃない?」
-- そうだと思います。やはりメインボーカルのロアで言えば、竜二さんの歌声には衝撃を受けていました。ただ彼女はアイドルでもあるので、同じようなスタイルは選べないし、望まれる事もないだろうなと。しかし彼女なりに、メタルのボーカルの完成系は本当はこれなんだっていう姿を見せつけられた気がして、ちょっと凹んだ、と。
R「可愛い」
S「あー、なんか前あったな。発声法を色々教えてたら、木山(TINY RULERs・プロデューサー)からクレーム入ったんだろ。やめてくれてって」
R「クレームっつーか。まあ、そうね。…クレーム!? そう聞くと腹立つな。どうなんだろうな。『弦月』みたいな、イントロ後に声出しで曲が加速していく場面なんかで、今ひとつ音のテンションに張り合えてない、(声が)届いているか不安になる時があるって言ってたからさ。女の子の場合喉潰さないように声量上げるにはどうしたらいいですかって聞かれて、教えてやっただけなんだけど」
S「実際声量上がったの?」
R「もともと声量はある方なんだよ。ちょっと細い音域があるからそこだけ注意して。そしたら木山から電話あって、キャラ変わっちゃうんでやめてください!って」
S「あははは!」
R「あくまでアイドルらしさを残したいみたい」
S「その方があの子にとってもいいだろうね。どう転んだって竜二みたいな歌い方続けられるわけないしな」
R「なんかさ、切ねーなーと思うんだよ。今あんだけ頑張ってんのに、5年後10年後にはもしかしたらもういないかもしれないんだぜ。そのくらいフロントのアイドル3人の魅力とか、頑張りに左右されるエンターテイメントだと思うんだよな」
-- 皆さんが他のアーティストの事を語る姿は、とても貴重ですよね。
S「才能あるって認めてるからじゃない。興味ないバンドの事なんてどうでもいいからな」
-- それは木山さんの力量をですか。
S「全然違う。歌って踊って演奏してる奴ら以外の事はよく分からないし」
R「本人らの努力なくして今の人気は掴めてないよな。木山が凄いのはあの3人とバックバンドを同時に揃えられた事が一番なんじゃねえかな。若いのに礼儀正しいし、そもそもメタル好きに悪い奴はいねえ」
S「なわけあるか」
-- (笑)、皆さんはご自身のバンドを見て、客観的に、正当な評価を得ていると思いますか。それとも自分達が思っている姿とズレが生じていたりはしませんか。
S「さっきも言ったけど、繭子に関しては思ってる以上にズレてるかな」
R「なんなんだろうな。そんなに珍しい?女のドラム。そんなに重要な事かい?」
-- ええーっと。敢えて言わせていただきますが、ルックスが大きく関わっていると思います。
R「何が?」
-- いや、可愛いので。
私の言葉に男達の目が点になった。
沈黙。
お互い顔を見合わせる。
T「え。…それはダメなことか?」
-- 違います違います!ドラマーとしての実力と同じぐらい彼女のルックスに注目される事が多い点が、おそらく正当な評価を妨げているのではないかという私個人の推測です。
S「もっとブサイクなら、ちゃんと評価されたってこと?」
-- ブサイクとなるとまた話がややこしいのですが。
R「言ってる事は分かるけどよ、そんなにか?」
S「フフ」
R「いや、えっと。ドラムの巧さをとりあえず横に置いといてって言うほど、あいつのルックスってインパクトあるのか?」
-- ありますね。それはおそらく彼女が10代の、それこそ子供みたいな頃から知っている親目線での発言ですよ。
R「っへー!いや可愛くねえなんて思ってないんだけど、それが却って正当な評価を妨げるって馬鹿みたいだな。例えば歌が上手くてルックス抜群な奴なんか世界中ゴロゴロいるだろ。けど可愛すぎるから歌の方はいまいちピンとこねえなんて普通言われないぞ?」
-- やはりドラムという事も大きいのでしょうね。ギャルバンですら、女性だというだけで音楽の正当な評価をされにくいですし、あなた方のような男臭い音やビジュアルの中に、あれだけ人目を惹く『花』がドラムセットに座っていれば、「お?」となるのは世界共通の反応だと思います。それは俗に言う嬢メタル(ボーカルが女性のメタルバンド)の場合でも同じ事が言えます。
R「んー、まー、そうかー。時枝さんがそう言うなら、そうなんだろうなー」
S「うーん。さっきもあれだけど、まあそういう面も含めてもっと前に出してみるのもアリだなとは思ってんだよ。女であることはもう変えようがないし、今更隠すでもないし。例えば俺たちのバンドが、あー、あの芥川繭子っていう可愛い子が叩いてるメタルバンドね、っていう評価になるとしたら、それは俺らの実力がその程度なんだと思うしかないよな」
-- まあ、そんな事には今更なりようがないですけどね。
S「わかんないだろそれは。そこがどうこうじゃなくて、あいつがもっと普通にドラマーとして見てもらうには、どんな形であれ一回ちゃんと注目を浴びてもらう必要があるんだろうなーとは、思ったてたよ」
R「今までそんなこと言わなかったじゃねえか」
S「あいつが極端にそれを嫌がるんだよ。言えないって」
R「…あー」
S「直接俺の口からではないけど、そういう話をした事はあるからさ」
他の2人は理解できたようだが、私は確信が持てず敢えて聞いてみた。
-- 関誠さんですか?
S「ああ。一回ちゃんと『触らせろ』って前々から言い続けてるみたいだけど、聞く耳持たないみたい」
-- 触るというのは、モデルみたいにしたいという事でしょうか。
S「いやいや。人前に出る仕事なんだからちゃんと格好つけなさいって事。今の、赤っぽい茶色の髪にしたのも誠だしな。髪の色一つ変えるにも大分抵抗したし、そういうトコほんと頑固。面倒くさい奴なんだよ」
-- 今ふと思ったんですけどね。皆さんのうち誰でも、誰かが『やれ』と言ったらやると思いますよ。
S「何をだよ」
-- 格好つけることも大事だぞ、誠さんのプロデュースを受けろ、と。
3人は顔を見合わせる。ええ?という表情だ。信じがたい事だが、どうやら考えた事もなかったらしい。こと練習やバンド関連では鬼畜のような厳しさを発揮する反面、それ以外ではとことん優しい人達なのだ。
R「時枝さんは、どう思う?この件について」
-- 今まで皆さんの中で、繭子がどれほど伸び伸びと自由に生きて来たか分かった気がします(笑)。それはさておき、翔太郎さんの仰る通りだと思いました。やはり彼女は一度、一人のドラマーとして認めさせるために、世間の注目を浴びるべき存在だと思います。
R「世間ねえ」
-- 翔太郎さん程でなくとも、繭子だって名前とスキルが一致した評価を受けるに値するプレイヤーだと思うんですよね。私にすれば皆さん全員そうなんですけど。
R「どういう事?」
-- 先程翔太郎さんが仰ったように、例えば今繭子って、『ドーンハンマーのドラムってスゲー格好いいけど、どういう奴が叩いてんの?』っていう興味を持たれても、彼女の姿を見た瞬間、『ワオ、なんて可愛いんだ』に変わっちゃう事が多い気がするんです。実際私もそうでした。ただもう、今はそんな段階は通り過ぎるべきです。メタル界に芥川繭子という凄腕の美人ドラマーがいるっていう周知の事実が既に出来上がっていないと、本当はおかしいんです。実際、翔太郎さんはもうそうなっているので。
R「なるほどな。認知される前に、尻込みしちまってる部分はあったかもしれねえな」
-- 繭子自身は、そうでしょうね。ルックスや性別を取り沙汰される事を嫌うでしょうし。
R「加入当時にだいぶやられたからなあ」
S「でもここから更にワンランク上に行く為には、もう一度超えてもらわないけといけないのかもな」
T「世界に行くなら仕方ないよな、向こうにしてみれば初見みたいなもんだしね」
伊澄は両手を上に上げて体を伸ばす。そして自分の顔を両手で覆う。
S「ああああ、正直言いたくない」
R「あははは!」
-- 本当に皆さんお優しいですよね。
T「そういう問題じゃないよきっと」
S「言いたくないよー」
-- あはは。私が代わりに提案してみましょうか?
R「なんて?」
-- 今から考えますけど。でも皆さんの思いを聞けば、突っぱねる事はしないと思いますよ。
S「…ちょっと呼んでみる?」
R「今!? 今!? ちょっと怖えよ」
-- 嘘でしょう(笑)。
T「織江呼ぶ?」
S「あ、それいいわ。誠も呼んで」
R「そうそうそう、最後に、最後に繭子呼ぼうや」
-- あははは! もう私、今行ってきますね。
S「いや、だから待てって!」
(一同、笑)
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