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7「芥川繭子 単独 2」
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2016年、4月13日。
-- 昨年出したアルバム『P.O.N.R』を引っ提げてのツアーはどうでしたか?海外での本数の方が多かったですよね。
「日本だと演れる箱が限られてたりとか、私達みたいなバンドが気兼ねなくプレイできるイベントもそんなにないっていうのが理由として大きいね」
-- 確かに、日本では欧米に比べてメタルに対する器がまだまだ小さいですよね。
「大きくなる気がしないよ、もう(笑)」
-- そんな事仰らずに!
「イベント側が気を使うんだろね。私達みたいなのがたくさんいればそれに越した事はないんだけど、現状そうじゃないし。あのバンドとドーンハンマーを呼べば集客期待できるけど、お互い面白い顔しないんだろうな、とか」
-- 実際、そうなんですか?
「あると思うよ」
-- ワンマンとイベントだと、バンドとしてはどちらが演りやすい?
「環境の話? なら、同じかな。持ち時間の違いだけだね。あとは自分とこのPAチーム引き連れてるバンドがそんなに多くないから、日本だと嫌な顔される時あって。そういう所でもやりたくない」
-- 大所帯になるもんね。
「うちだけの問題じゃなくてね。より良い音作りを目指した時にこちらの意見を通そうにもうまく伝わらないとか手間がかかるとか。イベントだと尚更そこは融通利かないし、箱側も拘りとかあるんだろうしね」
-- 海外だと自由がきくイメージ?
「自分達の事は自分達でやるっていうのが基本だし、音響なんかはこっちからアドバイスすると喜ぶよ、なるほど、そっちで行こうって親指立てられるし」
-- 音周りの環境含め、日本よりも海外の方がプレイしやすいわけですね。
「しがらみがないからね(笑)。箱側も、お客さん側もさ。本番にしたって私達の事を知ってるから盛り上がるというより、その場の出来で楽しんでくれてるのが分かるし、向こうの方がダイレクトでそういう実感はあるね」
-- アルバムはちゃんと評価されていますか?
「良いんじゃいかな。言葉でどうだってのは聞いたことないけどね。でもライブ終わったあとは必ず売り上げ伸びるし」
-- 自分ではどう?
「え?」
-- 2nd以降アルバム制作を続けてきて、これまでと何が違う?なぜ今自分達が受け入れられているんだと思う?
「んー?アルバムの出来で受け入れられてるとは思ってないよ。音源としては常に最高のものを作ってると思うけど、イメージとしてはプレイリストを先行発表している感覚だもん」
-- どういうこと?
「これからこういう曲をライブでやりますよー、予習しといてねー、ワクワクしとけよー?みたいな」
-- ああ、なるほど。神波さんもそのような事仰ってますね。作品を上梓するというよりも。
「うん、今年か来年はこれでいくから、よろしく!みたいな」
-- まずライブありきだと。ライブをやる上でのマテリアルがアルバムであって、演目を先に渡しているという事なのか。斬新な発想だね。
「そうかな。この作品どうですか、というスタンスで作る楽曲になんの魅力も感じないけどな」
-- え、いやいや。アーティストは皆アルバムは自分の子供だ、くらいに思っているものじゃないでしょうか。
「どういう意味(笑)、ちょっと分からないな。だから格好良い曲作ってさ。4分でイケる曲作って。世界中を4人でブチかましたいの。それだけだもん」
-- あ、あー、思い出した。ちょっといいかな。止めるね。
ここで池脇竜二から聞いた例の「音圧ジャンキー」についての話を聞いてみた。
繭子はすんなり認めたし、発言内容に偽りもなかった。
普通に手を叩きながら笑って、「そうそう、そうだよ、変でしょ」と言った。
ただ話を膨らませるとどんどん下品になっていく可能性があり、割愛する。
-- 曲を作るにあたって、あるいはアルバムで曲順をつけるにあたって一番悩む所はどこですか?
「私の話?バンドとして?」
-- 答えやすいほうで。
「そうだなー。曲を作るには、翔太郎さんか大成さんのメロディありきなのね。骨格が決まっていて、そこに肉付けしていく作業だから、基本はずーっと楽しい。曲作りで悩むとしたらそれは翔太郎さんなり大成さんじゃないかな。あとは歌詞を乗せる時に、似たようなフレーズの使いまわしになってないかチェックする地味な作業が嫌だって竜二さんが嘆いてるくらいかな」
-- 繭子に対する注文で困難だったことはない?
「ええ、なにかあったかな?出来ない事をやれと言われた記憶はなくて、こういうテンポで叩けるか聞かれて、何パターンか用意して、皆で選ぶ、みたいなのが多いから」
-- 要は全ての要求に難なく答えられる、という。
「やっとそうなってきたね」
-- 曲順などもスパっと決まる方ですか?
「そうだね。セオリーみたいのあるじゃない。割とそこはオーソドックスかもしれない。キラー曲、速い曲、ミドルの曲、主役、ミドルの曲、速い、速い、超速い、みたいな流れが一番聞きやすいかなー」
-- これまでのアルバムでミドルテンポの曲ってあったっけ?
「イントロを除けば、BPMだけで言えばないよ。ないけど疾走感とか体感と手数は比例しないからね」
-- 確かにそうですね。では、今回のアルバムから新たに挑戦した事などありましたら。
「ピアノ入れたんだ、ゲスト共演。『URGA』さんに来てもらって。本当は3曲くらい入れたかったんだけど、スケジュール合わなくて2曲になったんだよね。ただシンフォニックメタルみたいにはしたくないって言って、だいぶ翔太郎さんとはぶつかってたけど」
-- URGA(ウルガ)さんと言えば、圧倒的な歌唱力で主にヨーロッパなど海外でも活躍されているあのURGAさんですよね? ピアノで弾き語りされているのは知ってますが、他のアーティストと共作で書き下ろしたりもされるんですね。実は、アルバムのクレジットを見てそこはちょっとビックリしてました。ピアノでの参加ですか、豪華だなあ。
「ピアノもキーボードもオルガンもフルートもバイオリンも出来る人だけどね。凄いよね。今回はピアノとアレンジ。本当はコーラスも入れて欲しかったなぁ。女性だと日本のポップシンガーで一番声量あるんじゃないかなー」
-- それもそうですが、よく伊澄さんと揉める根性ありますね、そんな風には見えないおっとりさんタイプだと思ってた。
「実際会うまでは私もそう思ってたよ。でもなかなかに跳ねっ返りというか、天真爛漫なとこもあるけど、ちゃんと自己主張できる人。感性が豊かで、大きくて、めちゃくちゃ頭の良い人」
-- へー!
「でも揉めるっていうか、初めは音周りの話だけでほとんど客演扱いだったのが、もうちょっとちゃんと絡みたいっていう話になって。最終的には翔太郎さんと二人でツアーに出たい!って言い出して」
-- あははは!それは凄い人だわ!そういう人なんだね。
「自分の仕事に対する拘りが2人とも強いから、もうそこはどうでもいいよって竜二さんが呆れるレベルで討論してた。傍て見てるだけだったけど、あれは新しい世界が見えたなー。こないだも遊びに来てたよ?トッキー来てた日」
-- ああああ、そういえば織江さんがそのような話をされてた気がする。
「そうそう。今度紹介したげよーか?」
-- うちの雑誌に出てくれるかな?
「あー、それは出ないね。メタル専門誌に出るような人じゃないよ。自分の見せ方にも拘りのある人だから安請け合いはしないと思う。でも話すと面白いよ、いい刺激になると思う。あの人こそ天才」
-- なんか繭子の周りには天才がごろごろしてるな。
「私だけ違うよきっと」
-- またまた。
「ほんとほんと、めっちゃくちゃ練習したもん。頭爆発するくらい色々考えたし」
-- 10代で芸能界デビューって今は珍しくもなんともないけど、10代でドーンハンマー加入って、何度聞いても信じられない話だと思う。
「まあ、ねえ」
-- 繭子は私に敬語やめろって言うのに、あなた自身はメンバーに対して今でも敬語でしょ?タメ口聞いてみたりとかしないの?
「いやー、ないない、縦社会なので」
-- あー。それはこないだも見ててそう思った。全然チヤホヤされてないんだなって、ちょっとショックでした。
「ショック? なんでショック?」
-- こんなに可愛いのに。
「うん、それはちょっと置いとこーか」
-- また悪い癖が出た(笑)。ちゃんと聞いて行こうと思います。それでは、一番繭子の中で変わった事は何かな、加入前と加入後で。
「それは一杯あるなぁ。何もかも変わったよ。性格も、生活も、プレイスタイルも」
-- 性格?
「まだ高校在籍中に出会ってるでしょ。でしょって(笑)。だから、甘えがあったよね、周りに対する。でもそこはもうドラムセットに座った瞬間、誰に何言われることもなく自分でスイッチ入れ替えた。全ては自分の責任なんだぞーって」
-- 凄いね、そんな18歳の頃の繭子に出会いたかったな。
「あはは。私は自分で望んでそこに座ったじゃない。反対されても押し切ったじゃない。そんな私があの3人の背中を見て、ねえねえなんて甘えた声出せるわけがないよ」
-- そうかぁ。凄いなー、でも。生活っていうのは? 夜遊びとか?
「うん。あとは隠れてちょこちょこ吸ってた煙草はスパッと辞めた」
-- 18歳の頃の話だけど?
「うん。まあ、でもそういうもんだよ」
-- うわー、見たかったなー、制服で煙草吸う繭子。
「昔の写真残ってるけど今よりケバくて不評だった、メンバーには。この頃覚えてますかー?って聞いたことがあって。皆、今の方が若いなって」
-- 男のロリコン嗜好は本当に困ったもんだ。
「好きかどうかは置いといて、今がノーメイクだからそう見えるんじゃないかな、健康的な生活してるし。当時はバッチリメイクで夜中も遊んでたしね。ちょっと荒れた学校だったのもあって結構無茶してたな。教室にベランダ付いててさ、そこでモデル立ちして煙草銜えてる写真一杯残ってんの。学校だよ?笑えないよね」
後日お借りした写真を一枚掲載する。
『芥川繭子、15歳、ブレザーの制服&赤いマフラー、煙草片手に凛と立つイケナイ写真』
今よりも少しだけ丸みのある輪郭。溜息が出る程のアヤシイ魅力に目が離せなくなる。
-- それなのに中身は真面目なドラマーだったんだもんなー、既に。人はやっぱ見かけでは分からないね。ちなみにプレイスタイルの変化というのは、上達や成長とはまた違った意味で?
「派手なプレイが好きだったんだよね。全力でガンガン叩いて吼えたてるような、暴れるようなドラム?若かったし、放出したいエネルギーが充満してたんだろうね(笑)」
-- どういう風に変わったと思う?
「放水車とレーザービームみたいな。手で叩くドラムとスティックで的確にヒットさせるドラムくらい違う。大太鼓のバチで叩くイメージと、しなるムチを振るうように叩くイメージと。色んな意味で正反対になったな」
-- 最小限の動きで最大の音を出すみたいな?
「そうそうそう!それそれ、上手い事言う。なんだあいつ、スゲー音出してるわりに動き地味だなって思われる方が良いかな」
-- 理想とするドラマーはいる?
「ティム・ヤング」
-- 渋いっ!『Divine Heresy』の?
「お、流石だね」
-- 専門誌だからね(笑)。でも確かになんか分かるな。彼もめちゃくちゃキック速いよね。
「キックも速いし手数も多いし、それでいて姿勢がブレないのが私の目指すスタイルと一緒かな」
-- なるほどなるほど。ただこうして今になると、自分の目指すスタイルや自分の今の立ち位置なんかが明確に見えてると思うんだけど、加入した時はどうだった?
「アキラさんの存在が大きすぎると感じた。必死に覚えて、皆と一緒にプレイするでしょ?一応形にはなるの」
-- なるの!?
「う、うん。え、私をなんだと思ってたの?ドラム叩けないのに頭下げたわけじゃないよ?アイドルの追っかけじゃないんだから」
-- 知ってるよ、知ってるけどそんなすぐに師匠と同じ曲叩けるの?
「叩くだけならね。ただダメ、まあついていくのが精一杯だし、ドタバタしてるし、うおー!ゴールはどこだー!遥か彼方だー!って頭抱えて」
-- そっかあ。何か当時のエピソードで記憶に残っている印象深い事とかある?
「そんなのありすぎるよ!」
-- じゃ、池脇さんとのエピソード。
「うーん、…一番迷惑かけた人かもしれない。竜二さんてね、ああ見えて物凄く後ろの音を聞いてる人なんだよ。翔太郎さんと大成さんがいつものように弾いていても、私がタイミングをコンマ何秒遅らせるせいで、もういつもの声量に届かないの」
-- 結構ナイーブ?
「そういう問題じゃないの。自分が一番気持ちいい瞬間を他人がズラすとイラっと来るでしょう?それがもう、全く歌えないっていうレベルじゃなくて、歌いながらアレ、なんか今違うな、変だったなって思う瞬間が連続するって考えてみてよ」
-- 相当気持ち悪いね。
「そう。最初はそんな事ばっかりだった。けど練習中は何も言わないのよやっぱり。それが申し訳なくて、怖くって。いつだったかさ、何度もそういうズレが続いて気持ちがずっと置いてけぼりになるような練習しか出来ない日があって、謝りに行った事があるの」
-- 池脇さんに?
「正確には皆にだけどね。でも竜二さんが私に言ったのがね。俺も練習してるんだから、そんな事は全く気にしなくていい。最初っから出来たのがアキラで、そのアキラを超えれるように今俺達は練習してんだから、間違えれば間違えた回数分だけ、あいつより上手くなれる日が近づいてると思ってりゃいい、って」
-- 泣ける…。やばい。
「でしょー、実際泣いたし。わんわん泣いたし」
-- その時神波さんはなんて?
「想定内だから平気って。全然上手い方だと思うよって」
-- 人柄が出てるなあ。伊澄さんは?
「私を見るなり『お、下手クソが来た』って」
-- あはは、ああ、でも逆に、それはそれで。
「そう。皆優しいんだ」
-- でも池脇さんの器の大きさはやっぱバンマスって感じ。じゃあ、神波さんとのエピソードは?
「もう本当色々あるんだけど、そういう初期の事で言えば、ドラムでさ。最初はずっと自分が満足できる叩き方が出来なくて、何度やってもアキラさんの出す音に届かないんだけど、私が今みたいな叩き方する切っ掛けをくれたのが、大成さんなの」
-- へえー! 意外!
「皆と合わせてる時じゃなくて、個人的に反復練習をずっと端っこでやってたのを見てて。ちょっとやらせてっていきなり、大成さんが。え!?ってなって。一瞬、嫌だって思ったの。他人にここ座られるの嫌だって。でもよく考えたらこの人達は別だったと思い返して、交代して」
-- 大成さんてドラムも叩けるの?
「叩けないの。でも当時はそれ知らないし。でね、スネアを上からスターン、スターン、って強くゆっくり叩くの。それ自体は素人の動きなんだよ。でも何回か叩いて、ドパーン、アキラのはこれだろ? でー、お前はー、パーン、こういう音出すじゃない?全部この音でやれる?って」
-- え、音?
「そう。それって私が思いっきり腕のしなりや手首のスナップを使って出す、大きくてクリティカルな音に似てたの。でもって凄くタイトで、散らばらないクリアな音なの」
-- つまり?
「最初は狙ってやってないのよ、マグレ当たりみたいな私の良い音を耳で拾ってて、この音が欲しいんだよって教えてくれたの。もう何か、答えと言うか、光が見えたんだよね」
-- ほえー。凄い話だなあ。でも音に拘りの強い神波さんらしいなー。凄い耳してるね。
「あはは、はい!先生!って言っちゃったもん。でもね、実を言うと、アキラさんの背中を追いながら、全く同じ道を辿って行くんだっていう秘めた思いを諦めた瞬間でもあるし、だから、うん、強く思い出に残ってるな。なんか大袈裟な言い方だけど、今、青春のページをめくったぞって思った」
-- そうだよね。それがまたアキラさん本人じゃなくて、アキラさんの仲間っていうのがなんか泣けるんだよね。
「うん。他の人なら絶対に聞く耳持たないアドバイスなんだけど。自分でもどこかで分かってたんだよね。アキラさんと同じようには叩けないって。だけど自分はそこに行かなきゃいけない。行きたいって思ってたから余計辛かったし」
-- いい話だなー。なんか想像すると本当に泣けて来ちゃうな。
「目が。目が赤い(笑)」
-- ごめん。じゃあ、最後、伊澄さん。
「さっきそのー、調律してくれるって話をしたけども。やっぱり素人に毛が生えたような18歳の私の耳にもさ、この人ほんと、どんだけ上手いんだよってのは分かったのね」
-- もう当時から上手いんだ。
「上手かったよ! アキラさんと翔太郎さんを除いて、他の2人は既にメジャーデビューしてるからね、その2人より上手いって何だこの人って。もちろんファーストアルバムはもう何度も聞いてるし上手いのは知ってたけど、改めて生で見て、うわ、ここまでか!って。ただ意外にも努力家というか練習をちゃんとやる人でさ。私と同じで、皆が揃う前からずっと楽器を触ってる人だからよく2人になったの、スタジオ内で。そりゃあ気になるじゃない。でも横目で、ギロギロギロギロ鳴らしてる音と指捌き見ちゃうと、ほんっと溜息出るし、こっちの手が止まっちゃうの。するとギター弾く手を止めて、見てる暇あったら叩けってボソリと」
-- 怖い。
「怖いの。あ、はい、っつってトコトコやり出すでしょ。そしたら翔太郎さんもギロギロ引き出すの。本当にしばらく気づかなかったんだけど、こっちの叩く音に合わせて弾いてくれてたの。あの翔太郎さんが」
-- 付き合ってくれてたのか。
「そんなの申し訳ないじゃない。本当に上手いから全然違和感ないし、そもそも合わせられてるっていう事自体しばらく気づかなかったぐらいだから。すみません、私が合わせるようにしますって謝ったの」
-- うん。したら?
「ふざけるんじゃない、と」
-- 来た。そうくると思った。
「うん(笑)。『俺がお前に合わせるしかないだろう。お前俺に合わせられんのか』って。いや全く仰る通りでございます、と。単純なリフひたすら反復してるだけなんだけど、翔太郎さんに合わせられないの。てか合わなくなるの、コンマ何秒なんだけど」
-- もう驚かないよ、そうなんだろうね。
「うん。でね、そっからしばらくの間、練習の1時間くらい前かな。それくらいにはスタジオに入る習慣だったんだけど、翔太郎さんも来て、ずっと私に合わせて音を、出し続けてくれたの。…あーダメだこの話はちょっと私が泣けてくる」
-- うん。何でかな、伊澄さんてそういう人な気がする。
「…強制じゃないんだよ。私がやり始めると、あとから絶対追いかけてくれるの。やれとも言わないし、やらないのかとも聞かない。一週間とか、一ヶ月とかじゃないよ。何年も、私の音を拾いながら、何も言わずに、ただひたすら弾き続けてくれた。その甲斐あって。うん。そのおかげで私は正確に叩く、安定して強力な音を叩き続けることの大切さを知ったし、この人以外の、翔太郎さん以外のギタリストの後ろでは絶対叩かないって、自分と約束したんだよね。あの日に私がどういう叩き方をして、どういう顔で泣いて笑って、どれだけはしゃいで、今の私になっていったかを全部見ててくれた人だから。どれだけ有難くて、どれだけ助けてもらったか分からない」
-- うん。
「変な意味じゃないよ」
指先で涙をなぞりながら繭子は笑う。
-- うん、うん。分かるよ。
「私が今叩いているドラムは彼らの為、アキラさんの為、そして自分の為に叩くドラムだから。それ以外には叩きたくないんだ」
-- その特訓はいつ終わったの?今も続いてるの?
「もうお前は俺に合わせられるはずだから、あとは自分でやれって」
-- 卒業証書だ。
「そう言ってもらったのが、3、4年前」
-- 長っ!
「そうだよー」
-- 今の話聞いて思ったのがさ、もし伊澄さんがURGAさんと2人でツアーに出たらさ、話題にはなるけど、なんか嫌だね。
「あはは!なんで?」
-- なんか取られた感じしない?
「しないよー。私のものじゃないし。もっと言えばバンドのものでもないし、翔太郎さんがやりたいと思うなら、それはやるべきだと思うよ」
-- はっはーん。これ断ってるな、さては。
「まあ、そうね。けど断ってなくても、ほんと、別に嫉妬とかないよ、変な風に書かないでよ!」
-- 分かってる。繭子自身がそういう人じゃないってのはもう分かったから。ちょっと揶揄ってみただけ。
「ホントかなぁ」
-- そんな繭子から見て、このバンドの魅力を敢えて、言葉にしてもらうと。
「今更ぁ?えー、なんだろー、魅力、うーん。そんなの分からない」
-- へえあ? え?
「なんつー声出すの。だって、自分達が格好良いと思う事をひたすら追求してるだけだよ。受け入れられる確証なんてないわけで。けど自分達を信じて前を向くしかなくって。その先にようやく世界が見えた、さあ行こうかって思ってる私達が、自分らの魅力はですねーなんて言えるはずないじゃない」
-- いや、でもほら、セールスポイントとか。
「なんかトッキーが考えて上手いこと書いてよ」
-- まあそりゃ、そっち方面はプロですから、書くけども。もうー、なんか、そういうトコも格好良いなーちくしょう。
「あははは。よろしくー」
-- 今日は長い時間ありがとうございました。またお話させてください。
「あ、終わり?はーい。ちょっと疲れたね。今度は皆で喋ろうよ、きっと楽しい」
-- はい、よろしくお願いします。ありがとうごいざいました。
「あとね、皆の事は苗字じゃなくて名前で呼ぶ方が自然だよ」
-- そうなんだ、教えてくれてありがとう。そうする。
「ありがとねー、お疲れさまー」
-- お疲れさまでした。
本当は終わりになどしたくなかったが、涙をぬぐった繭子の微笑みと溜息に明らかな疲労が見てとれたので、慌てたのが正直な所だ。
私がこの取材において最も厳しく自分に禁じているのが、彼らの邪魔になる事だ。突然終わったかのように見えるのはその為で、まだ時間はたっぷりあると、自分に言い聞かせた。
こうして4人のインタビューを一通り終えてみて、全くもって一筋縄でな行かない人達だと再認識させられた。
彼らに纏わる逸話は枚挙に暇がないし、ある程度の予習復習を済ませた上で臨んだはずが、新たな驚きと感動が交互に押し寄せて来て、私はずっとその波の上でプカプカ浮いているだけだった。
今回4人のインタビューが掲載される号は、おそらく永遠にメタル界で語り継がれる伝説の号になると、興奮が抑えきれずに編集部で騒いでいた事を思い出す。
読者諸君の反応が今から楽しみだ、取材はまだまだ始まったばかり、彼らのこれからに乞うご期待!そんな決まり文句をカタカタとキーボードで打ち込んでは、鼻息を荒く目を輝かせていた。
-- 昨年出したアルバム『P.O.N.R』を引っ提げてのツアーはどうでしたか?海外での本数の方が多かったですよね。
「日本だと演れる箱が限られてたりとか、私達みたいなバンドが気兼ねなくプレイできるイベントもそんなにないっていうのが理由として大きいね」
-- 確かに、日本では欧米に比べてメタルに対する器がまだまだ小さいですよね。
「大きくなる気がしないよ、もう(笑)」
-- そんな事仰らずに!
「イベント側が気を使うんだろね。私達みたいなのがたくさんいればそれに越した事はないんだけど、現状そうじゃないし。あのバンドとドーンハンマーを呼べば集客期待できるけど、お互い面白い顔しないんだろうな、とか」
-- 実際、そうなんですか?
「あると思うよ」
-- ワンマンとイベントだと、バンドとしてはどちらが演りやすい?
「環境の話? なら、同じかな。持ち時間の違いだけだね。あとは自分とこのPAチーム引き連れてるバンドがそんなに多くないから、日本だと嫌な顔される時あって。そういう所でもやりたくない」
-- 大所帯になるもんね。
「うちだけの問題じゃなくてね。より良い音作りを目指した時にこちらの意見を通そうにもうまく伝わらないとか手間がかかるとか。イベントだと尚更そこは融通利かないし、箱側も拘りとかあるんだろうしね」
-- 海外だと自由がきくイメージ?
「自分達の事は自分達でやるっていうのが基本だし、音響なんかはこっちからアドバイスすると喜ぶよ、なるほど、そっちで行こうって親指立てられるし」
-- 音周りの環境含め、日本よりも海外の方がプレイしやすいわけですね。
「しがらみがないからね(笑)。箱側も、お客さん側もさ。本番にしたって私達の事を知ってるから盛り上がるというより、その場の出来で楽しんでくれてるのが分かるし、向こうの方がダイレクトでそういう実感はあるね」
-- アルバムはちゃんと評価されていますか?
「良いんじゃいかな。言葉でどうだってのは聞いたことないけどね。でもライブ終わったあとは必ず売り上げ伸びるし」
-- 自分ではどう?
「え?」
-- 2nd以降アルバム制作を続けてきて、これまでと何が違う?なぜ今自分達が受け入れられているんだと思う?
「んー?アルバムの出来で受け入れられてるとは思ってないよ。音源としては常に最高のものを作ってると思うけど、イメージとしてはプレイリストを先行発表している感覚だもん」
-- どういうこと?
「これからこういう曲をライブでやりますよー、予習しといてねー、ワクワクしとけよー?みたいな」
-- ああ、なるほど。神波さんもそのような事仰ってますね。作品を上梓するというよりも。
「うん、今年か来年はこれでいくから、よろしく!みたいな」
-- まずライブありきだと。ライブをやる上でのマテリアルがアルバムであって、演目を先に渡しているという事なのか。斬新な発想だね。
「そうかな。この作品どうですか、というスタンスで作る楽曲になんの魅力も感じないけどな」
-- え、いやいや。アーティストは皆アルバムは自分の子供だ、くらいに思っているものじゃないでしょうか。
「どういう意味(笑)、ちょっと分からないな。だから格好良い曲作ってさ。4分でイケる曲作って。世界中を4人でブチかましたいの。それだけだもん」
-- あ、あー、思い出した。ちょっといいかな。止めるね。
ここで池脇竜二から聞いた例の「音圧ジャンキー」についての話を聞いてみた。
繭子はすんなり認めたし、発言内容に偽りもなかった。
普通に手を叩きながら笑って、「そうそう、そうだよ、変でしょ」と言った。
ただ話を膨らませるとどんどん下品になっていく可能性があり、割愛する。
-- 曲を作るにあたって、あるいはアルバムで曲順をつけるにあたって一番悩む所はどこですか?
「私の話?バンドとして?」
-- 答えやすいほうで。
「そうだなー。曲を作るには、翔太郎さんか大成さんのメロディありきなのね。骨格が決まっていて、そこに肉付けしていく作業だから、基本はずーっと楽しい。曲作りで悩むとしたらそれは翔太郎さんなり大成さんじゃないかな。あとは歌詞を乗せる時に、似たようなフレーズの使いまわしになってないかチェックする地味な作業が嫌だって竜二さんが嘆いてるくらいかな」
-- 繭子に対する注文で困難だったことはない?
「ええ、なにかあったかな?出来ない事をやれと言われた記憶はなくて、こういうテンポで叩けるか聞かれて、何パターンか用意して、皆で選ぶ、みたいなのが多いから」
-- 要は全ての要求に難なく答えられる、という。
「やっとそうなってきたね」
-- 曲順などもスパっと決まる方ですか?
「そうだね。セオリーみたいのあるじゃない。割とそこはオーソドックスかもしれない。キラー曲、速い曲、ミドルの曲、主役、ミドルの曲、速い、速い、超速い、みたいな流れが一番聞きやすいかなー」
-- これまでのアルバムでミドルテンポの曲ってあったっけ?
「イントロを除けば、BPMだけで言えばないよ。ないけど疾走感とか体感と手数は比例しないからね」
-- 確かにそうですね。では、今回のアルバムから新たに挑戦した事などありましたら。
「ピアノ入れたんだ、ゲスト共演。『URGA』さんに来てもらって。本当は3曲くらい入れたかったんだけど、スケジュール合わなくて2曲になったんだよね。ただシンフォニックメタルみたいにはしたくないって言って、だいぶ翔太郎さんとはぶつかってたけど」
-- URGA(ウルガ)さんと言えば、圧倒的な歌唱力で主にヨーロッパなど海外でも活躍されているあのURGAさんですよね? ピアノで弾き語りされているのは知ってますが、他のアーティストと共作で書き下ろしたりもされるんですね。実は、アルバムのクレジットを見てそこはちょっとビックリしてました。ピアノでの参加ですか、豪華だなあ。
「ピアノもキーボードもオルガンもフルートもバイオリンも出来る人だけどね。凄いよね。今回はピアノとアレンジ。本当はコーラスも入れて欲しかったなぁ。女性だと日本のポップシンガーで一番声量あるんじゃないかなー」
-- それもそうですが、よく伊澄さんと揉める根性ありますね、そんな風には見えないおっとりさんタイプだと思ってた。
「実際会うまでは私もそう思ってたよ。でもなかなかに跳ねっ返りというか、天真爛漫なとこもあるけど、ちゃんと自己主張できる人。感性が豊かで、大きくて、めちゃくちゃ頭の良い人」
-- へー!
「でも揉めるっていうか、初めは音周りの話だけでほとんど客演扱いだったのが、もうちょっとちゃんと絡みたいっていう話になって。最終的には翔太郎さんと二人でツアーに出たい!って言い出して」
-- あははは!それは凄い人だわ!そういう人なんだね。
「自分の仕事に対する拘りが2人とも強いから、もうそこはどうでもいいよって竜二さんが呆れるレベルで討論してた。傍て見てるだけだったけど、あれは新しい世界が見えたなー。こないだも遊びに来てたよ?トッキー来てた日」
-- ああああ、そういえば織江さんがそのような話をされてた気がする。
「そうそう。今度紹介したげよーか?」
-- うちの雑誌に出てくれるかな?
「あー、それは出ないね。メタル専門誌に出るような人じゃないよ。自分の見せ方にも拘りのある人だから安請け合いはしないと思う。でも話すと面白いよ、いい刺激になると思う。あの人こそ天才」
-- なんか繭子の周りには天才がごろごろしてるな。
「私だけ違うよきっと」
-- またまた。
「ほんとほんと、めっちゃくちゃ練習したもん。頭爆発するくらい色々考えたし」
-- 10代で芸能界デビューって今は珍しくもなんともないけど、10代でドーンハンマー加入って、何度聞いても信じられない話だと思う。
「まあ、ねえ」
-- 繭子は私に敬語やめろって言うのに、あなた自身はメンバーに対して今でも敬語でしょ?タメ口聞いてみたりとかしないの?
「いやー、ないない、縦社会なので」
-- あー。それはこないだも見ててそう思った。全然チヤホヤされてないんだなって、ちょっとショックでした。
「ショック? なんでショック?」
-- こんなに可愛いのに。
「うん、それはちょっと置いとこーか」
-- また悪い癖が出た(笑)。ちゃんと聞いて行こうと思います。それでは、一番繭子の中で変わった事は何かな、加入前と加入後で。
「それは一杯あるなぁ。何もかも変わったよ。性格も、生活も、プレイスタイルも」
-- 性格?
「まだ高校在籍中に出会ってるでしょ。でしょって(笑)。だから、甘えがあったよね、周りに対する。でもそこはもうドラムセットに座った瞬間、誰に何言われることもなく自分でスイッチ入れ替えた。全ては自分の責任なんだぞーって」
-- 凄いね、そんな18歳の頃の繭子に出会いたかったな。
「あはは。私は自分で望んでそこに座ったじゃない。反対されても押し切ったじゃない。そんな私があの3人の背中を見て、ねえねえなんて甘えた声出せるわけがないよ」
-- そうかぁ。凄いなー、でも。生活っていうのは? 夜遊びとか?
「うん。あとは隠れてちょこちょこ吸ってた煙草はスパッと辞めた」
-- 18歳の頃の話だけど?
「うん。まあ、でもそういうもんだよ」
-- うわー、見たかったなー、制服で煙草吸う繭子。
「昔の写真残ってるけど今よりケバくて不評だった、メンバーには。この頃覚えてますかー?って聞いたことがあって。皆、今の方が若いなって」
-- 男のロリコン嗜好は本当に困ったもんだ。
「好きかどうかは置いといて、今がノーメイクだからそう見えるんじゃないかな、健康的な生活してるし。当時はバッチリメイクで夜中も遊んでたしね。ちょっと荒れた学校だったのもあって結構無茶してたな。教室にベランダ付いててさ、そこでモデル立ちして煙草銜えてる写真一杯残ってんの。学校だよ?笑えないよね」
後日お借りした写真を一枚掲載する。
『芥川繭子、15歳、ブレザーの制服&赤いマフラー、煙草片手に凛と立つイケナイ写真』
今よりも少しだけ丸みのある輪郭。溜息が出る程のアヤシイ魅力に目が離せなくなる。
-- それなのに中身は真面目なドラマーだったんだもんなー、既に。人はやっぱ見かけでは分からないね。ちなみにプレイスタイルの変化というのは、上達や成長とはまた違った意味で?
「派手なプレイが好きだったんだよね。全力でガンガン叩いて吼えたてるような、暴れるようなドラム?若かったし、放出したいエネルギーが充満してたんだろうね(笑)」
-- どういう風に変わったと思う?
「放水車とレーザービームみたいな。手で叩くドラムとスティックで的確にヒットさせるドラムくらい違う。大太鼓のバチで叩くイメージと、しなるムチを振るうように叩くイメージと。色んな意味で正反対になったな」
-- 最小限の動きで最大の音を出すみたいな?
「そうそうそう!それそれ、上手い事言う。なんだあいつ、スゲー音出してるわりに動き地味だなって思われる方が良いかな」
-- 理想とするドラマーはいる?
「ティム・ヤング」
-- 渋いっ!『Divine Heresy』の?
「お、流石だね」
-- 専門誌だからね(笑)。でも確かになんか分かるな。彼もめちゃくちゃキック速いよね。
「キックも速いし手数も多いし、それでいて姿勢がブレないのが私の目指すスタイルと一緒かな」
-- なるほどなるほど。ただこうして今になると、自分の目指すスタイルや自分の今の立ち位置なんかが明確に見えてると思うんだけど、加入した時はどうだった?
「アキラさんの存在が大きすぎると感じた。必死に覚えて、皆と一緒にプレイするでしょ?一応形にはなるの」
-- なるの!?
「う、うん。え、私をなんだと思ってたの?ドラム叩けないのに頭下げたわけじゃないよ?アイドルの追っかけじゃないんだから」
-- 知ってるよ、知ってるけどそんなすぐに師匠と同じ曲叩けるの?
「叩くだけならね。ただダメ、まあついていくのが精一杯だし、ドタバタしてるし、うおー!ゴールはどこだー!遥か彼方だー!って頭抱えて」
-- そっかあ。何か当時のエピソードで記憶に残っている印象深い事とかある?
「そんなのありすぎるよ!」
-- じゃ、池脇さんとのエピソード。
「うーん、…一番迷惑かけた人かもしれない。竜二さんてね、ああ見えて物凄く後ろの音を聞いてる人なんだよ。翔太郎さんと大成さんがいつものように弾いていても、私がタイミングをコンマ何秒遅らせるせいで、もういつもの声量に届かないの」
-- 結構ナイーブ?
「そういう問題じゃないの。自分が一番気持ちいい瞬間を他人がズラすとイラっと来るでしょう?それがもう、全く歌えないっていうレベルじゃなくて、歌いながらアレ、なんか今違うな、変だったなって思う瞬間が連続するって考えてみてよ」
-- 相当気持ち悪いね。
「そう。最初はそんな事ばっかりだった。けど練習中は何も言わないのよやっぱり。それが申し訳なくて、怖くって。いつだったかさ、何度もそういうズレが続いて気持ちがずっと置いてけぼりになるような練習しか出来ない日があって、謝りに行った事があるの」
-- 池脇さんに?
「正確には皆にだけどね。でも竜二さんが私に言ったのがね。俺も練習してるんだから、そんな事は全く気にしなくていい。最初っから出来たのがアキラで、そのアキラを超えれるように今俺達は練習してんだから、間違えれば間違えた回数分だけ、あいつより上手くなれる日が近づいてると思ってりゃいい、って」
-- 泣ける…。やばい。
「でしょー、実際泣いたし。わんわん泣いたし」
-- その時神波さんはなんて?
「想定内だから平気って。全然上手い方だと思うよって」
-- 人柄が出てるなあ。伊澄さんは?
「私を見るなり『お、下手クソが来た』って」
-- あはは、ああ、でも逆に、それはそれで。
「そう。皆優しいんだ」
-- でも池脇さんの器の大きさはやっぱバンマスって感じ。じゃあ、神波さんとのエピソードは?
「もう本当色々あるんだけど、そういう初期の事で言えば、ドラムでさ。最初はずっと自分が満足できる叩き方が出来なくて、何度やってもアキラさんの出す音に届かないんだけど、私が今みたいな叩き方する切っ掛けをくれたのが、大成さんなの」
-- へえー! 意外!
「皆と合わせてる時じゃなくて、個人的に反復練習をずっと端っこでやってたのを見てて。ちょっとやらせてっていきなり、大成さんが。え!?ってなって。一瞬、嫌だって思ったの。他人にここ座られるの嫌だって。でもよく考えたらこの人達は別だったと思い返して、交代して」
-- 大成さんてドラムも叩けるの?
「叩けないの。でも当時はそれ知らないし。でね、スネアを上からスターン、スターン、って強くゆっくり叩くの。それ自体は素人の動きなんだよ。でも何回か叩いて、ドパーン、アキラのはこれだろ? でー、お前はー、パーン、こういう音出すじゃない?全部この音でやれる?って」
-- え、音?
「そう。それって私が思いっきり腕のしなりや手首のスナップを使って出す、大きくてクリティカルな音に似てたの。でもって凄くタイトで、散らばらないクリアな音なの」
-- つまり?
「最初は狙ってやってないのよ、マグレ当たりみたいな私の良い音を耳で拾ってて、この音が欲しいんだよって教えてくれたの。もう何か、答えと言うか、光が見えたんだよね」
-- ほえー。凄い話だなあ。でも音に拘りの強い神波さんらしいなー。凄い耳してるね。
「あはは、はい!先生!って言っちゃったもん。でもね、実を言うと、アキラさんの背中を追いながら、全く同じ道を辿って行くんだっていう秘めた思いを諦めた瞬間でもあるし、だから、うん、強く思い出に残ってるな。なんか大袈裟な言い方だけど、今、青春のページをめくったぞって思った」
-- そうだよね。それがまたアキラさん本人じゃなくて、アキラさんの仲間っていうのがなんか泣けるんだよね。
「うん。他の人なら絶対に聞く耳持たないアドバイスなんだけど。自分でもどこかで分かってたんだよね。アキラさんと同じようには叩けないって。だけど自分はそこに行かなきゃいけない。行きたいって思ってたから余計辛かったし」
-- いい話だなー。なんか想像すると本当に泣けて来ちゃうな。
「目が。目が赤い(笑)」
-- ごめん。じゃあ、最後、伊澄さん。
「さっきそのー、調律してくれるって話をしたけども。やっぱり素人に毛が生えたような18歳の私の耳にもさ、この人ほんと、どんだけ上手いんだよってのは分かったのね」
-- もう当時から上手いんだ。
「上手かったよ! アキラさんと翔太郎さんを除いて、他の2人は既にメジャーデビューしてるからね、その2人より上手いって何だこの人って。もちろんファーストアルバムはもう何度も聞いてるし上手いのは知ってたけど、改めて生で見て、うわ、ここまでか!って。ただ意外にも努力家というか練習をちゃんとやる人でさ。私と同じで、皆が揃う前からずっと楽器を触ってる人だからよく2人になったの、スタジオ内で。そりゃあ気になるじゃない。でも横目で、ギロギロギロギロ鳴らしてる音と指捌き見ちゃうと、ほんっと溜息出るし、こっちの手が止まっちゃうの。するとギター弾く手を止めて、見てる暇あったら叩けってボソリと」
-- 怖い。
「怖いの。あ、はい、っつってトコトコやり出すでしょ。そしたら翔太郎さんもギロギロ引き出すの。本当にしばらく気づかなかったんだけど、こっちの叩く音に合わせて弾いてくれてたの。あの翔太郎さんが」
-- 付き合ってくれてたのか。
「そんなの申し訳ないじゃない。本当に上手いから全然違和感ないし、そもそも合わせられてるっていう事自体しばらく気づかなかったぐらいだから。すみません、私が合わせるようにしますって謝ったの」
-- うん。したら?
「ふざけるんじゃない、と」
-- 来た。そうくると思った。
「うん(笑)。『俺がお前に合わせるしかないだろう。お前俺に合わせられんのか』って。いや全く仰る通りでございます、と。単純なリフひたすら反復してるだけなんだけど、翔太郎さんに合わせられないの。てか合わなくなるの、コンマ何秒なんだけど」
-- もう驚かないよ、そうなんだろうね。
「うん。でね、そっからしばらくの間、練習の1時間くらい前かな。それくらいにはスタジオに入る習慣だったんだけど、翔太郎さんも来て、ずっと私に合わせて音を、出し続けてくれたの。…あーダメだこの話はちょっと私が泣けてくる」
-- うん。何でかな、伊澄さんてそういう人な気がする。
「…強制じゃないんだよ。私がやり始めると、あとから絶対追いかけてくれるの。やれとも言わないし、やらないのかとも聞かない。一週間とか、一ヶ月とかじゃないよ。何年も、私の音を拾いながら、何も言わずに、ただひたすら弾き続けてくれた。その甲斐あって。うん。そのおかげで私は正確に叩く、安定して強力な音を叩き続けることの大切さを知ったし、この人以外の、翔太郎さん以外のギタリストの後ろでは絶対叩かないって、自分と約束したんだよね。あの日に私がどういう叩き方をして、どういう顔で泣いて笑って、どれだけはしゃいで、今の私になっていったかを全部見ててくれた人だから。どれだけ有難くて、どれだけ助けてもらったか分からない」
-- うん。
「変な意味じゃないよ」
指先で涙をなぞりながら繭子は笑う。
-- うん、うん。分かるよ。
「私が今叩いているドラムは彼らの為、アキラさんの為、そして自分の為に叩くドラムだから。それ以外には叩きたくないんだ」
-- その特訓はいつ終わったの?今も続いてるの?
「もうお前は俺に合わせられるはずだから、あとは自分でやれって」
-- 卒業証書だ。
「そう言ってもらったのが、3、4年前」
-- 長っ!
「そうだよー」
-- 今の話聞いて思ったのがさ、もし伊澄さんがURGAさんと2人でツアーに出たらさ、話題にはなるけど、なんか嫌だね。
「あはは!なんで?」
-- なんか取られた感じしない?
「しないよー。私のものじゃないし。もっと言えばバンドのものでもないし、翔太郎さんがやりたいと思うなら、それはやるべきだと思うよ」
-- はっはーん。これ断ってるな、さては。
「まあ、そうね。けど断ってなくても、ほんと、別に嫉妬とかないよ、変な風に書かないでよ!」
-- 分かってる。繭子自身がそういう人じゃないってのはもう分かったから。ちょっと揶揄ってみただけ。
「ホントかなぁ」
-- そんな繭子から見て、このバンドの魅力を敢えて、言葉にしてもらうと。
「今更ぁ?えー、なんだろー、魅力、うーん。そんなの分からない」
-- へえあ? え?
「なんつー声出すの。だって、自分達が格好良いと思う事をひたすら追求してるだけだよ。受け入れられる確証なんてないわけで。けど自分達を信じて前を向くしかなくって。その先にようやく世界が見えた、さあ行こうかって思ってる私達が、自分らの魅力はですねーなんて言えるはずないじゃない」
-- いや、でもほら、セールスポイントとか。
「なんかトッキーが考えて上手いこと書いてよ」
-- まあそりゃ、そっち方面はプロですから、書くけども。もうー、なんか、そういうトコも格好良いなーちくしょう。
「あははは。よろしくー」
-- 今日は長い時間ありがとうございました。またお話させてください。
「あ、終わり?はーい。ちょっと疲れたね。今度は皆で喋ろうよ、きっと楽しい」
-- はい、よろしくお願いします。ありがとうごいざいました。
「あとね、皆の事は苗字じゃなくて名前で呼ぶ方が自然だよ」
-- そうなんだ、教えてくれてありがとう。そうする。
「ありがとねー、お疲れさまー」
-- お疲れさまでした。
本当は終わりになどしたくなかったが、涙をぬぐった繭子の微笑みと溜息に明らかな疲労が見てとれたので、慌てたのが正直な所だ。
私がこの取材において最も厳しく自分に禁じているのが、彼らの邪魔になる事だ。突然終わったかのように見えるのはその為で、まだ時間はたっぷりあると、自分に言い聞かせた。
こうして4人のインタビューを一通り終えてみて、全くもって一筋縄でな行かない人達だと再認識させられた。
彼らに纏わる逸話は枚挙に暇がないし、ある程度の予習復習を済ませた上で臨んだはずが、新たな驚きと感動が交互に押し寄せて来て、私はずっとその波の上でプカプカ浮いているだけだった。
今回4人のインタビューが掲載される号は、おそらく永遠にメタル界で語り継がれる伝説の号になると、興奮が抑えきれずに編集部で騒いでいた事を思い出す。
読者諸君の反応が今から楽しみだ、取材はまだまだ始まったばかり、彼らのこれからに乞うご期待!そんな決まり文句をカタカタとキーボードで打ち込んでは、鼻息を荒く目を輝かせていた。
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