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chapter 3 「もしもワタシがイケメンたちのリーダーだったら...」 part 3

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 夕璃が夕璃であった頃、「ノーネーム」のスパムメールを読んだことがある。生徒会長という職務上、それこそうんざりするほどの数をだ。その中には重大な問題にすべき醜聞もあるにはあったが、大半は頓馬というべきものばかりであった。若紫などはそれこそ恰好のターゲットにされていた。不謹慎とは思いつつも、それを笑いのネタにしたこともあったし、そもそも身から出た錆なのだからいいクスリになるだろうとすら思ったこともある。
 しかし、これは違う。
 こちらの「ノーネーム」はダークウェブを通してシステム化され、極めて効率的に人間の抱える闇を晒そうとしていた。悪意はさらに別の悪意にリンクし、巨大な負のネットワークを形成していく。人間というものはこうも汚いものなのかと思う一方で強烈な吸引力があった。目が離せなくなる。心と体が黒い泥の中に落ちていく。

「注意してください。長時間の閲覧は心に悪影響を与える場合があります」

 REAの警告とともにサイトへの接続が一時的に切断される。夕璃はかぶりを振ると息を吐いた。そして、思う。夕璃自分は「ノーネーム」の本質をまるで理解していなかった。
 「ノーネーム」が誰であれ、そこには明確な“悪意”が存在していた。
 
 ―――血のように赤い夕陽が照らす校舎。
 ―――静まり返った廊下の中で響く自分の足音。 

 腸をかき混ぜられるような感情とともに瞼の裏に焼き付いた光景がフラッシュバックする。それは六条夕璃の最後の記憶、その残光。
 …………夕璃自分はあのとき「ノーネーム」の核心に迫っていた。
 そして、“何か”があったのだ。その“何か”と並行世界の入れ替わりに直接の因果関係があるかどうかはわからない。わからない、けれど…………。

クソf**k! 俺たちの庭で好き勝手しやがって。ぶっ殺してやる!」
「まあまあ、落ち着きなよ。ホタル、君らしくないよ」
「…………すまん。つい熱くなった」

 おちゃらけた雰囲気は崩していないものの、意識して道化を演じている―――夕璃にはそう見えた。「白王子ホワイト・プリンス」の意外な一面に「おや?」と思ったときだった。

「とにかくデジタルでできることはホタルとREAちゃんに任せるよ。これからは昔ながらのアナログな方法でやってみようじゃない?」

 そう言って立ち上がるとミカは部屋の隅からホワイドボードのキャスターを引いてきた。もはや雑巾ではビクともしないようなインク痕がそこら中にこびりついたそれは夕璃にはむしろ慣れ親しんだものであった。

「―――『ノーネーム』の事件の主犯と現在考えられる人間は三人。そのうちの一人を昨日僕が調べてみたわけだけど…………」

 老刑事が持っていそうな手帳をポケットから取り出すとミカは調査結果をボードを埋め尽くす勢いで書き出していった。
 
 被疑者A:永井火風花かふか 
 白蘭学院高校三年、特進文系Aに在籍。所属する部活はなく、現在は渋谷のW予備校に通っている。前生徒会においては一年ながら副会長を務めており、次期生徒会長候補筆頭であったが、生徒会選挙で歴史的大敗を喫する。

「―――選挙ではお友達ともどもこれ以上ない負け方をしたけど、永井先輩の人脈は学院だけに限ったら随一といっていいんじゃないかな」
「汚いほうも、な」
「そうだね」

 蛍の言葉にミカは頷く。
 生徒会長に就任してからまるで思い出すことはなかったが、そういえば対抗馬にそんな上級生がいた、気がする。もっとも夕璃の場合は選挙前日に前生徒会の不適切な会計処理が判明してほぼ無投票状態で勝ったのだが。

「それだけの人脈だから学院において彼以上の情報提供者はいないだろう。ましてや白蘭学院みたいな前時代的レベルで閉鎖的な学校では、ね。動機も充分すぎるほどある」
「だが、実行するだけの能力がない」

 かほるが囁くように、けれどよく通る声で指摘した。

「あはは、そうなんだよねー。ここ数日の間、この先輩とお友達が何やら裏でコソコソしているのは間違いないんだけど、どれだけ調べてもその辺の裏がとれなかった。いやー、面目ない!」

 確かに、と思った。とかく夕璃には印象が薄い永井火風花かふかだが、それは偏に能力と実績において特別秀でたものを持ち合わせていなかったからだ。巨大組織においてコミュ力で成功するタイプであり、遺憾ながら自分の父親と同じタイプだったりする。

「じゃあ、次は僕。もっとも事務所が契約している興信所に依頼しただけだけど………」
「キター! 芸能界最凶のもみ消し能力キター!」
「ミカ、うるさいぞ」

 被疑者B:津島夢呂栖めろす
 白蘭学院高校三年、特進理系Bに在籍。小等部から一貫して部活や外部の活動に属した経験はなし。中等部三年から基本的に学院に登校することはなく、担任が持ってくるテストとレポートで単位を特例的に認められている。

「特例措置ねえ。その津島先輩とやらはどんな実績を残していらっしゃりやがるんですかね?」
「議員である父親の秘書活動、だってさ」
「―――ケッ!」

 かほるが肩をすくめると蛍はあからさまに腐った。ユーザーの(理不尽ともいえる)要求と24時間向き合い続けている自分と同格なのが気に入らないのだろう。

「これを言うと蛍はもっと気に入らないと思うけど、彼の“本業”は有名キュレーションサイトの管理人グループの代表だ。年間アクセス数と収入は…………蛍がキレるからやめておこうか。評判の悪いサイトばかりで訴訟もいくつも抱えている。少なくとも彼には『ノーネーム』になれるだけの技術と能力はある」
「動機がない」

 腹の底から忌々しげに蛍は言った。

「中身がどうであれ、そこまで軌道に乗った人間があんな馬鹿な真似をするとはとても思えん」
「じゃあ、実は共犯だったりして」
「津島と永井は水と油。津島が永井をターゲットにすることはあっても一緒になることはない。実際、過去に標的にしたこともあると調査結果にも書いてある」

 かほるはそう言うと調査レポートの束を投げてよこしてきた。つまらなそうな顔の蛍から渡されたそれを読んでみると確かにそういったことが記載されている。
 重い沈黙がしばし生徒会室の中に落ちる。
 夕璃の記憶を今一度思い返してみたが、やはり永井火風花かふかという名前にも津島夢呂栖めろすという名前に引っかかりは覚えない。仮にもし六条夕璃がその二人のどちらかが犯人だと結論に至っていたのならたとえ記憶が消えたとしても何かしら違和感ぐらいは感じそうなものなのだが。

「…………三人目の被疑者か」

 ぽつりと呟いたのははたしてかほるだったか。
 物思いから覚めた夕璃の顔を三人はじっと見ていた。

「…………えっ?」

 三人の表情は三者三葉だった。かほるは無表情のまま、ミカは気まずそうに、蛍はいらただしげに。やがて、三人の間に視線が交錯したが、蛍は小さな鼻息を吐くとともに言った。

「三人目の被疑者、二見若紫むらさきの調査は、ユウリ、お前の担当だ」
「……………………えっ?」

 ―――ホタルは…………今、何を…………言ったんですか?

 夕璃と蛍はしばらく無言で見つめ合っていたが、先に視線を逸らしたのは蛍だった。そして、肺の空気をすべて吐き出すような勢いで大きくため息をついた。
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