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chapter 3 「もしもワタシがイケメンたちのリーダーだったら...」 part 2

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 絶対零度の声音でそう言い放つと少年たちは一瞬ひどく傷ついた顔をしたが、すぐにスラップスティックコメディの背景音よろしくゲラゲラ笑い始めた。

「今日のユウリはツッコミがキレキッレだなー」
「さすがは僕らの生徒会長! ボケにツッコミに変幻自在だー!」

 ―――なんなんですか……この人たちは…………。

 昼休みは終始このような調子でグダグダのまま終わった。結局、彼らが仕事をすることは1秒たりともなかった。それどころか話題にすらならない。どうやら少年たちの頭の中からは「生徒会」や「運営」といった概念はきれいさっぱり消失しているらしい。
 夕璃が食後に飲んだコーヒーは殊更苦かった…………。

 
 放課後。
 夕璃が沈鬱な表情で生徒会室に入ると“4C”の面子バカメンが既に顔を揃えていたので心底驚いた。夕璃の世界ではかほるはマネージャーの運転する車に早々に乗り込み、蛍も渋谷にある自身の会社にタクシーで“出社”する。そして、驚くべきことにミカでさえも学校が終わるとどこかにふらりと消えてしまうのだ。この多忙さこそが夕璃が生徒会に誘ったときに鼻で笑われた大きな要因なのだが、“こちら”の世界の彼らは缶コーヒー片手に呑気に雑談に興じていた。

「オリックスはなんで毎年あんなに弱いのかなー。ドラフトは即戦力の社会人で一貫しているし、補強もちゃんとしている。育成力だって悪くないのに」
「他が異次元なんだよ。金満と育成力と勢いがそれぞれ突出しているチームが毎年覇を競っているんだ。オリはそういう意味では普通すぎる。セリーグだったら十年で軽く二回は優勝しているな」
「オリックス、いい選手がいっぱいいるからもっと人気出てほしいなあ」

 どうやら野球の話をしているらしい。

 ―――男の人は本当に好きですねえ。

 夕璃も幼い頃に父に連れられて東京ドームに行ったことがあったが、何が面白いのかさっぱりわからなかった。
 …………さてと。少年たちの話題はいつまでも枯れることなく、今は夏の甲子園について話している。それを右から左に流すと夕璃はマックブックを起動した。幸いにしてIDとパスワードは夕璃の知っているものと同じだった。
 元の世界に戻るために残された時間は一日半しか残っていないのに雑務―――しかも、自分の世界(もの)ではない―――が気になるとは。我ながら馬鹿なことをしているとは思う。しかし、事実気持ち悪いのだから仕方がない。精神的安定のためだと夕璃は呑み込んだ。
 起動すると出荷状態と見紛うばかりの閑散とした画面が映し出されたので眩暈を覚えた。こいつらはどれだけ仕事をしていないんだ―――!? 予算の執行は? 文化祭の準備の進行状況は? やっていないでは済まされないタスクリストが次々に頭に浮かび、夕璃は叫びたくなった。震える手でマウスを動かすがやはりそれらしきファイルは見当たらない。

「―――ちょっ……えっ?」

 「ちょっと何なの、コレ」と言いかけた口が止まる。真っ新なデスクトップ画面の隅に見慣れないアイコンがあった。いや、似たものを見たことがある。蛍の作った「GATE」だ。クリックすると「AOI」のロゴとともに「GATE WORK CLOUD 」と表示された。そして、内蔵カメラが網膜認証を行うとたちどころに起動が終了する。その時間は二秒に満たない。

「…………ウソ」

 そこには生徒会に関するありとあらゆるファイルが存在した。夕璃がここ数日をかけて作成していたもの、あるいはこれから手をつけようと思っていたものも完成した状態で置かれている。その中には来年の卒業式や次回の生徒会選挙なども含まれ、また白蘭学院のデータが―――どこから探し出してきたものか想像もつかないような類のものまで―――ライブラリ化されていた。
 まるで魔法を見せられているような気分だった。未来の自分が作ったものを過去の自分が覗きみている。そんな錯覚を夕璃を覚えた。

「―――さてとバカ話はここまでにして、そろそろお仕事の時間にしますか」
「そうだね」

 ハッとして顔を上げると蛍たちが夕璃を見ていた。表情は特に変わってはいない。メイド服やプロ野球の話をするときと同じように少年たちは“仕事”を始めようとしていた。

「…………各部活の予算の執行状況は?」

 絞り出すようにして吐き出した夕璃の言葉を「スタート」の意と認識したのだろう。蛍は眉一つ上げずに左手を上げると印を結ぶようにして空中に線図(パターン)を描いた。

「REA、会議ミーティングモード」

 限界ギリギリまで出力向上フルチユーンされた5G回線が各部位に接続し神経回路を形成すると生徒会室の空中に「機械仕掛けの幻霊ファントム」が作り出される。

「生徒会の業務状況は?」
全て問題ありませんノープロブレム。全ての要素は予想範囲内に収まっています。いかなるイレギュラーも発生を確認できません。ファイルとして出力しますか?」
「―――だ、そうだ。生徒会長殿」

 明度を落とした室内にメイド服を着た美少女が忽然と現れていた。無論、幽霊や魔術の類ではない。少し注意すれば少女を中心に三方向に設置された小型プロジェクタによって作られたホログラム像だということがすぐわかる。

「相変わらず趣味だねえ。自分たちの生活を形づくるGATEが“この子”を作るための試作品プロトタイプの集合体と知ったら1億人のユーザーどう思うだろうなあ」

 ミカがそう言うと蛍は心底理解に苦しむといった顔をした。

「おまえは何を言っているんだ? 交換日記の延長のつまらんSNSより美少女型人工人形オートマタの方がはるかに浪漫を感じるだろ? むしろ俺に感謝してほしいぐらいだ」
「まあ…………僕はわかるけどさ。それにしても今日もREAちゃんは可愛いね。ホタルが創造主だということを危うく忘れそうになるよ…………」
「おう。今日のメイド服は会心の出来だぞ。REAの人工知能がGATEユーザーの動画と写真を分析して自動作成したオブジェクトに俺のちょっとした好みが加わった自信作だ!」

 どうやら蛍が昼休みにいつになく真剣な顔でPCに張りついていたのはこのAR少女の衣装を作るためだったらしい。夕璃はほとんど使ったことはないとはいえ、自分がアップロードしたデータがこんな風に流用されていると思うと戦慄を覚えた。

 ―――元の世界に戻ったらすぐにアンインストールしましょう、絶対に。

「俺の夢はすべてのデバイスを美少女型にすることだ!」
「そこはせめて『ドラ〇もん』にしとこうよ…………」

 蛍とミカがなおも擬人型デバイスの是非について話していたが、夕璃の耳には入っていなかった。自分と若紫がこの半年間やってきたことはこの男子たちの雑談の合間にやっていたものに劣っていた―――。その事実が夕璃の心の中に黒い染みを作るとたちまちひどく苦いものに変わっていく。
 実際、蛍の作ったシステムは完全無欠だった。
 生徒・教職員があらゆる手段でアクセスでき(なんとFAXにも対応している!)、入力は簡便かつ最低限(それでもわからないことはどんな些細なことでも「REA」が懇切丁寧に教えてくれる)。集められた入力情報はシステムAIが瞬く間に処理し、生きたデータとなって生徒会の運用を支える。故に生徒会の人間は事務仕事から解放され、アイデアを考え出すことに専念することができるのである。そして、それはアイドルの現場であろうと渋谷のオフィスであろうと、アイデアが浮かんだ瞬間に「REA」に話しておけば次のミーティングでそれは企画案として用意されているのだ。
 自分と若紫がやってきたことは何だったのだろう? 夕璃の脳裏に生徒会に入ってからの半年間がよぎる。楽しいことばかりだった、とはとても言えない。苦い記憶もあれば、窓の外が真っ暗になっても帰れなかったこともたくさんある。

 ―――私は…………。

「ユウリ、生徒会のことはこれでいいな?」
「…………はい。これで…………問題はありません」

 きっと彼らにとっては生徒会とはその程度のものなのだろう。それぞれが本業に行く前のちょっとした休憩のついでぐらいのもの…………。

「そう。学院の表側は今日もノープロブレムだ。しかし、裏側はそうじゃない。現在進行形で状況は加速度的に悪化している」

 そのとき生徒会室の空気が確実に変わった。少年たちの声から巫山戯ふざけの色が消え、ピンと張り詰めたものに変わっていく。

「―――これより『ノーネーム事件』の会議を始める」

 …………「ノーネーム」、ですって?

 腰を浮かしかけた夕璃を蛍は目顔で制した。

「REA、事件の最新状況を報告」
了解レディ。先日の不正アクセスを元に逆探知を試みましたが、すべて失敗しました。被疑者はロシア・北朝鮮・コロンビア他2051か所に高度に暗号化されたネットワークを分散しており、またそれらは最長で13時間、最短で40秒で発生と消滅を繰り返しています。アクセスの解析は1241時間で終了する予定です」
―――っBoom! それでは遅い。俺たちが辿り着く頃には犯人の目的は完遂している」

 夕璃は蛍たちの会話を聞きつつも密かにキーボードを入力していた。そして、入力を受けつけたREAは夕璃にだけ見えるように「ノーネーム事件」の概要を出力した。

「…………っ!?」

 ディスプレイの光に照らされた瞳が大きく見開かれたのを他の三人は気づいただろうか? 夕璃はマウスを握る右手に左手をそっと重ねると震えるのを必死で抑えた。
 夕璃と夕里の二つの世界において「ノーネーム」というキーワードを共通とする事件はその本質において大きく異なっていた。
 夕璃の世界では内部ネットワークを利用した個人情報の漏洩が事件の核であったが、夕里の世界においてはそのネットワークは「GATE」に放逐されてしまっている。本来は事件そのものが起きようがない、そのはずだった。
 しかし、「ノーネーム」は変わらず存在し続けていた。誰でも閲覧可能な外部ネットワークに場所を移し、公開される情報もより先鋭的でよりスキャンダラスなものへ。そして、

 ―――暴露された生徒のうち既に二人が自殺未遂―――
 
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