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chapter 1 「もしもワタシが冴えない男子の姿で目が覚めたら...」 part 3

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 ようやく怒りの熱が引くと今度は冷静にその理由を考え始めていた。六条夕璃という少女はどこまでも真っ直ぐな心を持つ少女である。顎に手を当ててしきりに考え込む夕璃を若紫はしばらく眺めていたが、やがてフッと小さく笑った。

「―――それはアイツらが大馬鹿野郎だからだよ!」
「えっ!? 若紫、急にどうしたんですか!? ちょっ―――、くすぐったいです!」

 若紫は戸惑う夕璃の背中に両腕を絡ませるとぎゅっと抱きしめた。それから猫がじゃれつくように夕璃の肩や首筋やうなじにすりすりと顔をこすりつけるのだった。

「…………なんか夕璃が愛おしくなっちゃって、さ」 
「暑苦しいです。早く離れてください」
「イヤです。生徒会長にスキンシップするのは副会長の特権なのです。あー、柔らかくて気持ちええー。夕璃はまだまだ成長期だねー」

 副会長のセクハラ行為に今すぐ大声を出そうかと思ったが、夕璃は夕璃で若紫の絹のような黒髪や硝子細工の如き華奢な肉体を肌で堪能しているのでおあいこである。

「…………ごめん。変なこと言っちゃったね。やっぱり夕璃は夕璃のままでいい」
「…………私は今のままでいいとは思いませんけど」
「相変わらず真面目だねー。ま、そゆうとこが私は好きなんだけど。あーあ、ほんとアイツらみんな馬鹿だよ、私が男だったら絶対に夕璃と付き合うんだけどなー」
「若紫…………」
「それにチョロそうだし、お金持ってそうだし」
「ごめんなさい、殴っていいですか?」
「あはは」

 いつまでも笑い続ける若紫を押し出すようにして生徒会室を出る。時計の針は□□時を既にまわっていた。さっさと施錠して急いで鍵を返しに行かなくては。


「―――若紫。お手数ですが、鍵を返しに行ってもらえませんか?」

 カードキーを受け取ると若紫は怪訝な顔をした。

「あれ? 夕璃は帰らないの?」
「ちょっと用事というか、気になることがありまして…………」

 夕璃が二の句を継ぐ前に若紫はピンときたようだった。この辺はさすがに付き合いがそれなりに長いだけのことはある。

「もしか□て『ノーネーム』に関係した□する?」

 首肯する。
 「ノーネーム」というのは近頃学校を騒がしているメール事件のことだ。
 白蘭学院では生徒全員に大型のタブレット端末が支給されている。通常のネット接続の他に学内専用の内部ネットワークが常時接続されており、これによって生徒や教師の間で簡単かつ安全に情報の共有が可能になっている。
 しかし、半年ほど前からその内部ネットワークを通じて大量のスパムメールが学院内の全生徒に届くようになった。メールには生徒のゴシップ情報がほんの些細なもの(掃除をサボった、ゴミをゴミ箱に捨てなかったなど)から非常に反響の強いもの(複数の異性と交際している、親の会社の不祥事とか)までありとあらゆる裏情報が記載されていた。
 無論、学校がそれを黙認するはずはなく、著名なセキュリティ企業に調査を依頼しているが、現在のところ主だった成果は出ていない。

「あんなの、ほっとけば□□のに。真面目に学生やっていれば実害なんてないじゃない?」
「そんなわけにはいきません! たとえ学院が平和になっ□としても告げ口や密告で実現したものに意味はありま□ん! それに…………ノーネームの犯人が生徒会…………私だという噂だってあります」
「…………まあ、そうな□よね」

 実際のところノーネームの情報は意図はどうあれ生徒会の活動に資すること大であった。ノーネームが提供した情報には部活の不正会計や校内のいじめ情報などもあり、それらをもとに生徒会が介入した事案はいくつもある。もちろん介入の際は正規の方法で裏はとるが。

「だからか。今日はいつも以上に陰気臭い顔でPCを睨んで□るなーとは思ってはいたんだわ」
「その言い方は引っかか□ますが、その通りです。おかけで□までノーネームの正体に近づくヒントのようなものに気がつけました。おそらくノーネームの□□□□は□□の□にあります」

 ―――っ!?

「マジか。ということは□□は□□□という□□だね」

 ―――頭が…………痛い…………。

「□い。□□ら、行っ□確□□□□ようと思□□□す」
「□□、危□□っ□! ノ□□□ムの□□□いる□□は□□□□も犯罪□□! 下手に首□□□ま□□□う□□□っ□! 大人□□□任□□□!」
「大□夫□□よ。本□□□ょ□と気に□□□□□□確かめ□□□□□□ら」

 輪郭が急速にぼやけていく記憶の中で夕璃と若紫がなおも押し問答を続けている。ついには一緒についていこうとする若紫から逃げるように夕璃は廊下を駆け出していた。
 いつもならむしろ若紫に協力を仰ぐべきところをそのときはなぜ頑なに拒んだのだろう?
 はっきりとした理由があったはずなのに今はまるでわからない。
 ただ―――明らかに心配でたまらなそうな若紫の顔だけが焼き付いて離れない。
 ―――若紫、ごめんなさい。

 それからの記憶は断片的なものだった。

 血潮のような真っ赤な夕暮れ

 静まり切った廊下   重い足取り   失望

 凶器が描く銀色の残像   人間の持つ底知れぬ悪意 

    
 あかくて あたたかい わたしの血
 

 だれか、だれか…………たすけて…………
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