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7 貉⑥
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「あらあら? よく知っていらっしゃいますわね? その事件は秘匿中の秘匿のはずなのですが。そうですわ。51名全員が意識不明になる事故が発生しました。原因は脳外科治療に使うパルス機器の異常暴走とみられ、事故当時の施設内には人体が死なないギリギリの電磁パルスで満ちていたそうですわ。もちろん、電子機器は全て焼き付いて記録の参照も不可能」
原因は一切不明。研究の痕跡を消すための処置、あるいは十分な予備知識もないままミザントロープの技術を使ったゆえの暴走、しかし、どれも可能性でしかない。
「それにしても、とんでもない大ごとじゃない。よく騒ぎにならなかったわね」
山本似愛の頃であれば、ワイドショーやネットニュースの恰好の餌食にされていたであろう。自分自身にも当てはまるのでニアはうんざりしたように言った。
「それがならなかったんですわ。なぜなら被害を訴える人がほとんどいなかったのですから」
「ミザントロープ、だったからか…………」
「はい」
施設職員はほとんど身寄りがない人間か、あるいは本人の意思で人間との交流を絶っていた人間で占められていたという。まるで何かしらの意図があったかのように…………。
結局、施設管理者も被害者に含まれていたので加害者は国ということで裁判が進められたという。
「ちょっと待って! ほとんどゼロということは誰かいたというわけ?」
「はい、奇跡的に症状が軽い人間がたった一人だけいました。結局、裁判は原告団の主張が全面的に認められて多額の賠償が認められました。そして、そいつは被害者団体を設立してその賠償金を自由に運用しているというワケですわ」
「それがムジナ?」
「はい、まんまと代表になったアイツは団体の宗教色を強めたうえ施設の収益性も向上。記憶を集めるついでにお金が貰えるのですから、アイツには天国みたい場所なのでしょうね! あー、いまいましいですわ!」
「あはは、経営者としての才能があったワケだ」
今の説明でムジナと「神の貌」の背景はなんとなくわかった。そして、自分を生き返らせた男のこともちょっぴりと。
「でも、そうなると時山さんがデータを盗んだ意味が変わってくるわね…………」
祭具殿と称するデータルームに祭られた情報は本当に記憶データだけなのか?
ミザントロープたちが遺した独自の知識と技術。
13年前の事故の真相。
「そりゃ外部に漏らすわけにはいかんわな」
とはいえ、背景がわかったところで解決には1ミリたりとも近づいていない。そして、時間切れは刻一刻と迫っている。
「あー、こんなときにアキがいてくれればなあ!」
MRグラスは返却されたものの、AKIの使用は禁止されたままだ。ニアにとってはこの上ない助手役(あるいは探偵)だが、ムジナたちにとってそれ以上に厄介な存在となるのは想像に難くない。
「ニアお姉さま、アキというのはお姉さまの”MR恋人”のことですか?」
「恋人じゃなくて友達だから。やめてよ、幽霊に嫉妬するなんて。アンタがどう思おうとアレは私のガイド役、というより保護者みたいなものだから。アキがいなかったらとっくに路頭に迷っていたわよ」
イーの反応が正直怖かったが、真実なのだから仕方がない。しかし、当のイーは後部座席に座って何やら考えているようだった。
「”MR恋人”が保護者、ですか…………」
「???」
どうやら未来世界でもニアとAKIのような事例は珍しいらしい。AIに養育を任せきりというのはやはり人道的にも不味いのだろう。
「―――さて、探せるところは全て探したか」
結果はもちろん推して知るべし。
「お姉さま、このままこの車で逃げませんか? 愛の逃避行ですわ!」
そもそもやる気のない相棒は目をキラキラさせてそう言った。どうしても作品ジャンルを推理ものからアクションに変えたいらしい。
「私、こんなマニュアルの車なんて運転できないわよ」
「わたくしが運転しますわ」
「うそ!? できるの?」
「はい♪ 先日、車体の横に『とうふ店』と書かれた古いパンダカラーのお車を手に入れましたわ。昔は背の低いお車で配送されていたのですねー。鮮度が命だったからでしょうか?」
「それ、絶対違うから」
しかし、よくよく聞いてみるとイーの車は中身を電気モーターに入れ替えた改造車だという。さすがにクラッチ初体験(しかも急な峠道)でカーチェイスをする気にはなれない。そもそも現存のガソリンエンジンは博物館で保管展示されている時代なのである。そんな車を日常的に乗り回している時山の方がよほど変わっているということだろう。
一応、ニアも試したみたが、ものの見事にクラッチ操作を誤ってハンドルに頭をぶつけるハメになった。
「いたーい」
「ですわー」
「ダメね」
「ですわ」
諦めてシートベルトを外そうとしたとき、ふとあるものが目に入った。
「お姉さま、どうしてナビをじっと見つめていらっしゃるのですか?」
「…………まさか、ね」
液晶パネルに指を伸ばして操作してみる。ナビとしての機能はとっくに期限切れを起こしているらしく、現在地を示す△は山の真ん中にぽつんと点滅していた。
「…………あった」
スライドした液晶の裏の、カードスロットにSDカードが一枚差し込まれていた…………。
原因は一切不明。研究の痕跡を消すための処置、あるいは十分な予備知識もないままミザントロープの技術を使ったゆえの暴走、しかし、どれも可能性でしかない。
「それにしても、とんでもない大ごとじゃない。よく騒ぎにならなかったわね」
山本似愛の頃であれば、ワイドショーやネットニュースの恰好の餌食にされていたであろう。自分自身にも当てはまるのでニアはうんざりしたように言った。
「それがならなかったんですわ。なぜなら被害を訴える人がほとんどいなかったのですから」
「ミザントロープ、だったからか…………」
「はい」
施設職員はほとんど身寄りがない人間か、あるいは本人の意思で人間との交流を絶っていた人間で占められていたという。まるで何かしらの意図があったかのように…………。
結局、施設管理者も被害者に含まれていたので加害者は国ということで裁判が進められたという。
「ちょっと待って! ほとんどゼロということは誰かいたというわけ?」
「はい、奇跡的に症状が軽い人間がたった一人だけいました。結局、裁判は原告団の主張が全面的に認められて多額の賠償が認められました。そして、そいつは被害者団体を設立してその賠償金を自由に運用しているというワケですわ」
「それがムジナ?」
「はい、まんまと代表になったアイツは団体の宗教色を強めたうえ施設の収益性も向上。記憶を集めるついでにお金が貰えるのですから、アイツには天国みたい場所なのでしょうね! あー、いまいましいですわ!」
「あはは、経営者としての才能があったワケだ」
今の説明でムジナと「神の貌」の背景はなんとなくわかった。そして、自分を生き返らせた男のこともちょっぴりと。
「でも、そうなると時山さんがデータを盗んだ意味が変わってくるわね…………」
祭具殿と称するデータルームに祭られた情報は本当に記憶データだけなのか?
ミザントロープたちが遺した独自の知識と技術。
13年前の事故の真相。
「そりゃ外部に漏らすわけにはいかんわな」
とはいえ、背景がわかったところで解決には1ミリたりとも近づいていない。そして、時間切れは刻一刻と迫っている。
「あー、こんなときにアキがいてくれればなあ!」
MRグラスは返却されたものの、AKIの使用は禁止されたままだ。ニアにとってはこの上ない助手役(あるいは探偵)だが、ムジナたちにとってそれ以上に厄介な存在となるのは想像に難くない。
「ニアお姉さま、アキというのはお姉さまの”MR恋人”のことですか?」
「恋人じゃなくて友達だから。やめてよ、幽霊に嫉妬するなんて。アンタがどう思おうとアレは私のガイド役、というより保護者みたいなものだから。アキがいなかったらとっくに路頭に迷っていたわよ」
イーの反応が正直怖かったが、真実なのだから仕方がない。しかし、当のイーは後部座席に座って何やら考えているようだった。
「”MR恋人”が保護者、ですか…………」
「???」
どうやら未来世界でもニアとAKIのような事例は珍しいらしい。AIに養育を任せきりというのはやはり人道的にも不味いのだろう。
「―――さて、探せるところは全て探したか」
結果はもちろん推して知るべし。
「お姉さま、このままこの車で逃げませんか? 愛の逃避行ですわ!」
そもそもやる気のない相棒は目をキラキラさせてそう言った。どうしても作品ジャンルを推理ものからアクションに変えたいらしい。
「私、こんなマニュアルの車なんて運転できないわよ」
「わたくしが運転しますわ」
「うそ!? できるの?」
「はい♪ 先日、車体の横に『とうふ店』と書かれた古いパンダカラーのお車を手に入れましたわ。昔は背の低いお車で配送されていたのですねー。鮮度が命だったからでしょうか?」
「それ、絶対違うから」
しかし、よくよく聞いてみるとイーの車は中身を電気モーターに入れ替えた改造車だという。さすがにクラッチ初体験(しかも急な峠道)でカーチェイスをする気にはなれない。そもそも現存のガソリンエンジンは博物館で保管展示されている時代なのである。そんな車を日常的に乗り回している時山の方がよほど変わっているということだろう。
一応、ニアも試したみたが、ものの見事にクラッチ操作を誤ってハンドルに頭をぶつけるハメになった。
「いたーい」
「ですわー」
「ダメね」
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諦めてシートベルトを外そうとしたとき、ふとあるものが目に入った。
「お姉さま、どうしてナビをじっと見つめていらっしゃるのですか?」
「…………まさか、ね」
液晶パネルに指を伸ばして操作してみる。ナビとしての機能はとっくに期限切れを起こしているらしく、現在地を示す△は山の真ん中にぽつんと点滅していた。
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