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第4部 第2章・煽情
第8回
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8
アサナはどこまでも続く暗闇の中を、あてもなく彷徨い歩いていた。
どこからともなく聞こえてくる声は亡者たちの発する叫び。
悲しみ、苦痛、恨み、怒り――色々な感情の入り混じった叫びは暗闇の中を小さくこだまし、そして静寂の中に消えていく、その繰り返し。
アサナはこの道を何度も何度も行き来する。
亡者を探して見つけだし、ひとりでも多くあちらへ誘う。
それが自分に与えられた役目。
けれど、誰かからそう命じられた記憶はない。
自分はその為にここにいる、ただそれだけのことだ。
己のやるべきことがわかっているから、ただそうしているだけに過ぎない。
身体を失い魂となった存在を、あちらに導く。
それこそがアサナのここに存在する理由なのだ。
星の瞬きひとつない暗澹たる空を見上げてみれば、血塗られたような赤黒い月がぼんやりとその姿を見せていた。
それはまるでそこに空いた大きな穴のようにまん丸く、見るたびにアサナの心をざわつかせた。
アサナは再び視線を前に戻し、歩みを進める。
やがてアサナは目の前にひとりの少女の姿を見つけ出し、小さく吐息を漏らした。
たぶん、妹である玲奈と同じくらいの年齢だろうか。
「アイツのせいだ、アイツのせいだ、アイツのせいだ、アイツのせいだ……」
少女はうわごとのようにそう口にしながら、ただ足元を見つめている。
アサナはそんな少女の肩に、そっと手を置いた。
瞬間、少女が大きく目を見張ってこちらを振り向く。
大きく膨れ上がった右の瞼は完全に右目を隠しており、その鼻は異様な角度で曲がっていた。ぽっかりと開いた口に並ぶ歯は何本も折れており、下顎も大きく歪んでいた。その細い首には強く絞められたような手の形が浮かんでいる。
少女は恐怖に怯えたように一歩あと退り、アサナを見つめた。
アサナはそんな少女に、安心させるように語り掛ける。
「もう、大丈夫。あなたを迎えに来たの」
「あ、あたしを、む、迎えに……?」
「えぇ」とアサナは頷く。「行きましょう、一緒に」
「い、いや――!」
少女は叫び、首を大きく横に振って拒絶した。
「また――またあたしを騙すつもりなんでしょ! 騙してあたしに痛いことするつもりなんでしょ! あの男みたいに! 嘘ついてあたしを利用するつもりなんでしょ! あの女みたいに!」
「いいえ」アサナは小さく首を振り、憐みの眼を少女にやりながら、「そんなに怖がらなくて大丈夫。あちらに行けば、その苦しみも、悲しみも、痛みも、全部消えてなくなるわ」
「……あちらって? あちらってなに? あたし、帰りたいの! 生き返りたいの! そんなわけのわからないところになんて行きたくない!」
「それは、できないわ」
「どうして! あたしが何したって言うの? 何か悪いことした? なんであんな目に遭わなきゃならなかったの? 無理やり犯されて、首を絞められて、殴られて、殺されて! 本当ならあの子が! 相原奈央が殺されるべきだったのに! どうしてあたしが! なんで……どうして……!」
絶叫し泣き崩れる少女に、アサナはゆっくりと歩み寄ると、少女の頭をその胸に優しく抱きしめた。
ただ、それだけだった。それだけしかアサナにはできなかった。
やがて少女はアサナの胸に抱きしめられながら、淡く白く輝きだした。
人の姿を失い、白く輝く光の球となって、アサナの胸の中に吸い込まれていく。
あとにはただ、暗闇の中に佇むアサナだけが立っていた。
アサナの中は、少女の悲しみと苦しみでいっぱいだった。
彼女の無念さに、アサナは静かに涙した。
それから何度目かのため息を漏らし、瞼を閉じる。
胸に手を当て、瞼を開き、次なる亡者を救うために、いま再び歩き出した。
アサナはどこまでも続く暗闇の中を、あてもなく彷徨い歩いていた。
どこからともなく聞こえてくる声は亡者たちの発する叫び。
悲しみ、苦痛、恨み、怒り――色々な感情の入り混じった叫びは暗闇の中を小さくこだまし、そして静寂の中に消えていく、その繰り返し。
アサナはこの道を何度も何度も行き来する。
亡者を探して見つけだし、ひとりでも多くあちらへ誘う。
それが自分に与えられた役目。
けれど、誰かからそう命じられた記憶はない。
自分はその為にここにいる、ただそれだけのことだ。
己のやるべきことがわかっているから、ただそうしているだけに過ぎない。
身体を失い魂となった存在を、あちらに導く。
それこそがアサナのここに存在する理由なのだ。
星の瞬きひとつない暗澹たる空を見上げてみれば、血塗られたような赤黒い月がぼんやりとその姿を見せていた。
それはまるでそこに空いた大きな穴のようにまん丸く、見るたびにアサナの心をざわつかせた。
アサナは再び視線を前に戻し、歩みを進める。
やがてアサナは目の前にひとりの少女の姿を見つけ出し、小さく吐息を漏らした。
たぶん、妹である玲奈と同じくらいの年齢だろうか。
「アイツのせいだ、アイツのせいだ、アイツのせいだ、アイツのせいだ……」
少女はうわごとのようにそう口にしながら、ただ足元を見つめている。
アサナはそんな少女の肩に、そっと手を置いた。
瞬間、少女が大きく目を見張ってこちらを振り向く。
大きく膨れ上がった右の瞼は完全に右目を隠しており、その鼻は異様な角度で曲がっていた。ぽっかりと開いた口に並ぶ歯は何本も折れており、下顎も大きく歪んでいた。その細い首には強く絞められたような手の形が浮かんでいる。
少女は恐怖に怯えたように一歩あと退り、アサナを見つめた。
アサナはそんな少女に、安心させるように語り掛ける。
「もう、大丈夫。あなたを迎えに来たの」
「あ、あたしを、む、迎えに……?」
「えぇ」とアサナは頷く。「行きましょう、一緒に」
「い、いや――!」
少女は叫び、首を大きく横に振って拒絶した。
「また――またあたしを騙すつもりなんでしょ! 騙してあたしに痛いことするつもりなんでしょ! あの男みたいに! 嘘ついてあたしを利用するつもりなんでしょ! あの女みたいに!」
「いいえ」アサナは小さく首を振り、憐みの眼を少女にやりながら、「そんなに怖がらなくて大丈夫。あちらに行けば、その苦しみも、悲しみも、痛みも、全部消えてなくなるわ」
「……あちらって? あちらってなに? あたし、帰りたいの! 生き返りたいの! そんなわけのわからないところになんて行きたくない!」
「それは、できないわ」
「どうして! あたしが何したって言うの? 何か悪いことした? なんであんな目に遭わなきゃならなかったの? 無理やり犯されて、首を絞められて、殴られて、殺されて! 本当ならあの子が! 相原奈央が殺されるべきだったのに! どうしてあたしが! なんで……どうして……!」
絶叫し泣き崩れる少女に、アサナはゆっくりと歩み寄ると、少女の頭をその胸に優しく抱きしめた。
ただ、それだけだった。それだけしかアサナにはできなかった。
やがて少女はアサナの胸に抱きしめられながら、淡く白く輝きだした。
人の姿を失い、白く輝く光の球となって、アサナの胸の中に吸い込まれていく。
あとにはただ、暗闇の中に佇むアサナだけが立っていた。
アサナの中は、少女の悲しみと苦しみでいっぱいだった。
彼女の無念さに、アサナは静かに涙した。
それから何度目かのため息を漏らし、瞼を閉じる。
胸に手を当て、瞼を開き、次なる亡者を救うために、いま再び歩き出した。
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