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第3部 第2章・魂の存在

第6回

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 薄い雲が空を覆い、時折太陽が顔を覗かせていた午前中とは打って変わり、放課後に近づくにつれて再び雲はその厚みを増していった。じめりとした空気が戻り、時折強く吹く風が雨の到来を予見させる。雨の降る前に帰宅しようと、急いで自転車を漕ぐ生徒たちが次々に駐輪場から出ていくなか、徒歩で帰宅する生徒たちの歩みも心なし速く、玲奈と桜もまた他の生徒たち同様、何となく気が急くように歩いていた。

「今日は災難だったね、玲奈」

「……うん」

 歩きながら、桜は心配そうに玲奈の顔を覗き込んでくると、
「もう、大丈夫?」
 眉を寄せながらそう訊ねてきた。

 玲奈は「一応ね」と頷いて、
「けど、やっぱりちょっと不安。またアレが出てくるんじゃないかって思うと、何だか胸がざわざわしてくるの」

「なら、私がさすってあげようか? 胸」

「遠慮しておきます」

 玲奈は即答し、両手で胸を掻き抱くように隠してやる。

「なんだよぉ、変なことしないからさぁ、安心しなよぉ」

 すでにその言い方からして信用ならないし、桜の考えていることなどお見通しだった。

 もちろん、本当にそんなことをする気なんてないことも含めて。

 桜はアハハッと笑ったあと、
「でも、まぁ、本当に気を付けてよね。玲奈、ぼうっとしてること多いから狙われちゃうんだよ。隙だらけだもん。あの変態男といい、黒い影といい、ホント、胸が大きいのも考えものだよねぇ。アイツら絶対、玲奈のおっぱい目当てだよ。私は無くてよかったよ」

 真っ平だもん、と言いながら自虐的に胸を張ってみせる桜に、玲奈はどう返せばいいのか毎度のように困ってしまう。

 とりあえず曖昧な笑みで返してから、
「――たぶん、大丈夫だと思う。コトラもいるし」

 すると通学鞄にぶら下がっていたコトラが、
「はい、任せてください」
 と返事した。

 桜はそんなコトラに訝しむような視線を向け、嘲るような口元で、
「ホントに大丈夫? あの変態男のときも、今日の黒い影のときも、あんた役に立たなかったじゃない」

「そ、それはたまたまです! あの幽体は生霊だったから気づけなかっただけですし、黒い影のときはタカトラ様の命で別の場所にいたからで……!」

「あぁ、はいはい! そうだよね、たまたまだよねぇ」

 ケラケラ笑う桜に、玲奈はムッとしながら、
「もう、コトラをイジメないでって言ってるでしょ、桜」

「え~? だって可愛いからさぁ? ねぇ? コトラ」

「ねぇ、と言われても嬉しくないです。からかわないでください!」

 コトラの抗議に、桜は小さく肩を竦めて、
「はいはい、わかりました。ごめんね、コトラ。からかったりして」そう言ってコトラの頭を軽く撫でてから、「けど、本当に玲奈のこと、守ってあげてよね」

「……もちろんです」コトラも神妙な面持ちで、「タカトラ様からも、しばらくは玲奈さんから離れないように仰せつかっております。何があろうと、必ず玲奈さんを守ってみせます!」

 ふんすと鼻を鳴らし、改めて決意を示すコトラに、
「いいね、その意気。私もできる限り、手伝うからさ」
 言って桜は、その顔の前でぐっと拳を握ってみせた。

 その姿が結奈と何となく重なって見えて、玲奈は思わずくすりと笑んだ。

 桜なら、きっと私と違って、結奈言うところの“気合いパンチ”ができてしまうのだろう。

 桜には普段、霊は視えていないはずだけれど、その気迫でたびたび霊を散らしてきたその姿に、玲奈は心から感心している。これまでの数年間、玲奈は幾度となく桜に気圧されて消えていく霊たちを目にしてきた。その力に、何度も助けられてきた。

 そう、あの時――アワイに囚われ、彷徨っていたときに助け出してくれたのも、桜だったのだから。

 あの日、桜の家をあとにした玲奈を心配して家まで送ろうと追いかけてきてくれた桜によって、玲奈とコトラは無事にアワイから抜け出すことができたのだ。

 どうやって、ということはない。ただ桜と合流した、それだけでアワイから現世に戻ることができたのである。

 理由は判らない。玲奈と同様、桜も一度“あちら”に意識を飛ばされたからかも知れないと結奈は予想していたけれど、結局のところ、実際どうなのか、なんて調べる方法すらないのだから、わかるはずもない。

 真相は藪の中、ならぬ闇の中、である。

 玲奈はそんな桜に、微笑みを浮かべながら、
「頼りにしてるよ、桜」

「任せなさい。あたしとコトラ、二人そろえば怖いものなしよ」

 ニッと笑った桜の表情に、玲奈は確かな心強さを感じるのだった。
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