70 / 247
第1部 第3章 訪問者の影
第9回
しおりを挟む
えっ、と木村が声に出すのと同時に、奈央の右腕に何者かが触れる感触があった。
奈央は大きく叫び、咄嗟にそれを振り解こうと右腕を上げた。その瞬間、見えない何かに手首を掴まれ、木村から強引に引き剥がされる。
「あ、相原さんっ!」
木村は驚きの声を上げ、手を伸ばして奈央の手を掴もうとするも届かない。
まるで操り人形のように見えない何かに持ち上げられた奈央の身体は自由を失い、手足を動かすことすらままならななかった。
「嫌! 離して!」と奈央は叫ぶ。「助けて! 木村くん!」
「奈央!」
木村は床を蹴り、奈央の身体に飛び込もうとして唐突にそれを阻まれた。見えない壁にぶち当たり、「あっ!」と倒れ床の上を転がる。
その間、奈央の身体には蛇のような腕や手が這うように回されていった。それらは明らかに一人や二人のものではなくて、もっと沢山の男の手のようだった。
それらが奈央の顔や腕や胸、腹や尻、太腿、脛、そして股の内を無遠慮に蹂躙せんと蠢いた。
突然、二階の灯りが激しく明滅し、それらの影が浮かび上がる。
「……っ!」
その姿に、二人は絶句した。
まるで腐敗した団子か何かの様に集合体と化したそれらは、下卑た嗤いを浮かべながら、奈央の身体を羽交い締めにしていたのだ。
複数の頭が至る所から飛び出し、手足が伸び、それらが思い思いに蠢きながら、耐え難い臭気を放っていた。
木村はそれを見て慄き、けれど、目に涙を浮かべながら必死に抵抗を試みる奈央の姿に、歯を食いしばった。
「嫌、やめて、やめて……!」
奈央は股の内に侵入し、今まさにその奥を貫こうとする何かの感触に戦慄した。得体の知れない何かに犯される恐怖に絶望した。
木村は腹の底から「わああぁっ!!」と叫び、再びそれらに向かって駆け出す。何とか奈央の身体にしがみつき、その腕や手を引き剥がそうとするも、そのうちの一本の腕が伸び、木村の首を掴みぎりぎりと締め上げた。
木村は必死にその腕を振り払おうと暴れたが、しかし、徐々に身体が持ち上げられ、床から爪先が浮いていく。
その様子を、それらはケラケラと嘲り嗤った。
白目を剥き、涎を垂らし、次第に抵抗する力を失っていく木村の姿を、奈央はただ見ていることしかできない。
「やめて…… やめて…… 死んじゃう、木村くんが死んじゃう…… やめて、やめて……!」
藻掻くことを諦めた木村の手がだらりと垂れた瞬間、奈央は声を限りに絶叫した。
その途端、奈央の叫びに呼応するかのように、家全体が激しく揺れた。まるで地震が起きたかのような大きな揺れに、それらも動揺したのかぴたりと動きを止める。
ぱしんっ、ぱしんっと何かが爆ぜる音が連続して聞こえたかと思うと、次の瞬間、獣のような咆哮が響き渡り、何かに吹き飛ばされたようにそれらはバラバラに弾け飛んだ。
解放された奈央と木村の身体が、どさりと床の上に力無く崩れ落ちる。
やがて地震は収まり、爆ぜる音も咆哮も聞こえなくなった。
何が起こったのか解らないまま頭をもたげれば、バラバラになった黒い影が這うように階下へと逃げ去る様子が目に飛び込んだ。
訳もわからず狼狽し、けれど目の前に倒れる木村を放って置けなくて、奈央は木村の身体を揺すり、「木村くん、木村くん!」と必死に声を上げた。
木村はえずきながら自力で上半身を起こすと、赤い顔で苦しそうに口を開く。
「……だ、大丈夫……奈央は?」
「大丈夫、大丈夫だよ……!」
言って奈央は木村の身体をぎゅっと抱き締めた。木村が生きていること、そして自身の無事を確かめ、涙が溢れた。
「今のは、何……?」
木村の問いに、しかし奈央は首を横に激しく振り、「わからない、わからないの……!」と咽び泣くことしかできなかった。
今まで姿の見えなかったものが突然見えたかと思えば、それは明らかにに異形の存在で、あのようなものが自分を付け狙い、闇の中に潜んでいたのだという事実に奈央は戦慄した。
臭気は今だ二人の周囲に立ちこめていたが、次第にそれも薄くなり、遂には普段と同じ家の匂いに戻っていく。
それでも奈央は木村の身体に抱き付いたまま、しばらくそのまま胸に顔を埋めていた。
木村もそんな奈央を抱きしめたまま、それ以上は何も言わなかった。ただ安寧を求めるように、互いの心臓の音に耳を傾けた。
奈央は大きく叫び、咄嗟にそれを振り解こうと右腕を上げた。その瞬間、見えない何かに手首を掴まれ、木村から強引に引き剥がされる。
「あ、相原さんっ!」
木村は驚きの声を上げ、手を伸ばして奈央の手を掴もうとするも届かない。
まるで操り人形のように見えない何かに持ち上げられた奈央の身体は自由を失い、手足を動かすことすらままならななかった。
「嫌! 離して!」と奈央は叫ぶ。「助けて! 木村くん!」
「奈央!」
木村は床を蹴り、奈央の身体に飛び込もうとして唐突にそれを阻まれた。見えない壁にぶち当たり、「あっ!」と倒れ床の上を転がる。
その間、奈央の身体には蛇のような腕や手が這うように回されていった。それらは明らかに一人や二人のものではなくて、もっと沢山の男の手のようだった。
それらが奈央の顔や腕や胸、腹や尻、太腿、脛、そして股の内を無遠慮に蹂躙せんと蠢いた。
突然、二階の灯りが激しく明滅し、それらの影が浮かび上がる。
「……っ!」
その姿に、二人は絶句した。
まるで腐敗した団子か何かの様に集合体と化したそれらは、下卑た嗤いを浮かべながら、奈央の身体を羽交い締めにしていたのだ。
複数の頭が至る所から飛び出し、手足が伸び、それらが思い思いに蠢きながら、耐え難い臭気を放っていた。
木村はそれを見て慄き、けれど、目に涙を浮かべながら必死に抵抗を試みる奈央の姿に、歯を食いしばった。
「嫌、やめて、やめて……!」
奈央は股の内に侵入し、今まさにその奥を貫こうとする何かの感触に戦慄した。得体の知れない何かに犯される恐怖に絶望した。
木村は腹の底から「わああぁっ!!」と叫び、再びそれらに向かって駆け出す。何とか奈央の身体にしがみつき、その腕や手を引き剥がそうとするも、そのうちの一本の腕が伸び、木村の首を掴みぎりぎりと締め上げた。
木村は必死にその腕を振り払おうと暴れたが、しかし、徐々に身体が持ち上げられ、床から爪先が浮いていく。
その様子を、それらはケラケラと嘲り嗤った。
白目を剥き、涎を垂らし、次第に抵抗する力を失っていく木村の姿を、奈央はただ見ていることしかできない。
「やめて…… やめて…… 死んじゃう、木村くんが死んじゃう…… やめて、やめて……!」
藻掻くことを諦めた木村の手がだらりと垂れた瞬間、奈央は声を限りに絶叫した。
その途端、奈央の叫びに呼応するかのように、家全体が激しく揺れた。まるで地震が起きたかのような大きな揺れに、それらも動揺したのかぴたりと動きを止める。
ぱしんっ、ぱしんっと何かが爆ぜる音が連続して聞こえたかと思うと、次の瞬間、獣のような咆哮が響き渡り、何かに吹き飛ばされたようにそれらはバラバラに弾け飛んだ。
解放された奈央と木村の身体が、どさりと床の上に力無く崩れ落ちる。
やがて地震は収まり、爆ぜる音も咆哮も聞こえなくなった。
何が起こったのか解らないまま頭をもたげれば、バラバラになった黒い影が這うように階下へと逃げ去る様子が目に飛び込んだ。
訳もわからず狼狽し、けれど目の前に倒れる木村を放って置けなくて、奈央は木村の身体を揺すり、「木村くん、木村くん!」と必死に声を上げた。
木村はえずきながら自力で上半身を起こすと、赤い顔で苦しそうに口を開く。
「……だ、大丈夫……奈央は?」
「大丈夫、大丈夫だよ……!」
言って奈央は木村の身体をぎゅっと抱き締めた。木村が生きていること、そして自身の無事を確かめ、涙が溢れた。
「今のは、何……?」
木村の問いに、しかし奈央は首を横に激しく振り、「わからない、わからないの……!」と咽び泣くことしかできなかった。
今まで姿の見えなかったものが突然見えたかと思えば、それは明らかにに異形の存在で、あのようなものが自分を付け狙い、闇の中に潜んでいたのだという事実に奈央は戦慄した。
臭気は今だ二人の周囲に立ちこめていたが、次第にそれも薄くなり、遂には普段と同じ家の匂いに戻っていく。
それでも奈央は木村の身体に抱き付いたまま、しばらくそのまま胸に顔を埋めていた。
木村もそんな奈央を抱きしめたまま、それ以上は何も言わなかった。ただ安寧を求めるように、互いの心臓の音に耳を傾けた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる