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四話
しおりを挟む「……やっぱりそうだったか。沼尾丸はこっちに来い」
勘助が沼尾丸の手を取って、引っ張る。
「そ、そんな……じゃ、じゃあ大病の親がいるというのもまさか」
沼尾丸が引きずられながら聞くと、りんは首を横に振った。
「ううん。刀のことでは確かに嘘をついたけど……でも大病の親がいるのは本当さ! 信じてくれ!」
りんは涙を流しながら、そう叫んだ。
「大病の親、ね? そもそもお前はなぜ河童の力を要する?」
沼尾丸と違ってりんが旅をしている訳を知らない勘助が聞く。
「あたしは河童が持つという妙薬を探しているのさ」
「河童の妙薬……俺も聞いたことがあるけど、作り話じゃなかったのか」
勘助も妙薬について知っている、その噂の出所も気になったが今はあまり関係無いことだ。
「は、はい。妙薬というのはあります。そ、それは確かなことです」
「しかし……なんで妙薬を手に入れるのに刀を盗む必要があったんだよ?」
勘助が冷たい目でりんを見つめる。それは沼尾丸も気になることだった。りんが口を開く。
「仕方がないだろう! 妙薬を持っている河童が何を望むかなんてわからないけど、ただでもらえるとは思っていない!
だから、盗んだあの刀を金に変えてそれに備えようと思っていたんだ……」
刀の持ち主には少し気の毒かもしれないが、沼尾丸はほっとする。
(た、旅のお方は、ただ親のために必死だっただけなんだ……)
しばらく沼尾丸と二人は黙り込んだままだった。川原にりんのすすり泣く声が響く。やがて、
「お前に大病の親がいるのは本当なのだろうな」
勘助が困ったような顔をして言った。
「だけど、そのやり方は間違っているだろう? 盗んだ刀で手に入れた薬でお前の親は喜ぶと思うのか?」
「そ、それはおらも思います……か、刀の持ち主の方も……今頃は困っているかもしれません」
沼尾丸と勘助はりんを見つめる。しばらくするとりんが口を開いた。
「そうだね……あたしは親の病を治すことしか考えてなかったみたいだ。刀の持ち主にもあんた達にも酷いことをしてしまった」
りんはそう言うと勘助と沼尾丸に向かって頭を下げた。
「あたしは……一体これからどうしたらいいんだろう」
しばらく皆黙り込んでいたが、勘助が口を開いた。
「刀は俺が預かって、持ち主がいるだろう入山村まで持っていく。あんたはこの地から去ってくれ」
「な、それは……妙薬のことを諦めろってことかい?」
「ああ、そうするなら、今ここで見たことは誰にも言わない。また一からちゃんとしたやり方で……親の病を治す術を探せばいいじゃないか」
「で、でもそれじゃあ間に合わないんじゃ……」
沼尾丸が口を挟む。
「そうだね。あたしは旅に出てからもうずいぶん経つんだ……」
「だけど、あんたの親が大病だという証拠はない。おら達は一度あんたに騙されている」
勘助が言うと、りんはなにか言いたそうな顔で沼尾丸の方を見た。沼尾丸はりんが「ありがとう」と言ってくれた時のことを思い出す。あれはきっと嘘ではないはずだ。
「……お、おらは旅のお方を信じている! だから、おらは旅のお方を妙薬を持つ河童のところへ連れていく!」
気づくと沼尾丸はそう口走っていた。
「沼尾丸はお人好しが過ぎる! 少しは疑うということを覚えないと、いつか身を滅ぼすぞ!」
勘助が沼尾丸の菅笠のあご紐をつかみながら叫んだ。びくりとするがらそれでも諦めるつもりはなかった。
「お、おらのことを止めるつもりなら!
か、勘助さんのあの依頼は……う、受けません!」
「昔からの仲の俺より、旅の女のことを信じるのか!」
気づけば沼尾丸と勘助は軽く言い争いになっていた。
「ち、違います! おらは勘助さんも旅のお方のことをどっちも信じている!」
沼尾丸が叫びながら、りんの方を見るが、
「って、あれ? 旅のお方は?」
先程目の前にいたはずの彼女はそこにいなかった。
辺りを見渡すと、りんは沼尾へ続く坂を後ろ歩きでするりするりと登ろうとしていた。
「おい、お前! どこに行くつもりだ!」
勘助が叫ぶのを合図にりんは身を翻して走り出した。
「やっぱり全て嘘だったのか! 刀だけでも手に入れるつもりだな!」
(そ、そんなはずは……きっと何かの間違いだ)
そう思った時、勘助が沼尾丸の両脇に手を入れると高く抱き上げた。
「か、勘助さん?!」
「沼尾丸! 俺はあの盗人の女を追う! お前は川の中で隠れていろ!」
勘助が腰を捻ると、沼尾丸を須川へ向かって放り投げた。
「うあ!」
沼尾丸の体は須川の川面に勢いよく叩きつけられる。
(お、おらは一体どうしたら……!)
沼尾丸は泳ぎもせずに流され続けながら考える。
勘助はりんを追いかけて、彼女より先に例の刀を手にするつもりなのだろうか。
もしかすると……先に刀を手にした者が、もう一人を斬るのだろうかと思うと沼尾丸は身震いをした。
(か、勘助さんはおらに隠れろって言ったけど、そんなのは駄目だ……! ど、どうにかして二人のことを止めないと)
だけど、沼尾丸はどうすればいいかわからなかった。
沼尾丸は戦い方を知らない。
父の降跡丸は、おそらく他の河童より穏やかであるように沼尾丸を作ったのだ。
沼尾丸は河童ならできて当たり前の尻子玉を抜き方すらわからない。
沼尾丸にできるのは、木から膳椀を作って、人々に貸し出すことだけだ。
(おらは椀貸しの河童…………)
その時、沼尾丸の頭の中に一つの考えが浮かんだ。
「そ、そうだっ!」
沼尾丸は川の流れに身を任せるのをやめて、ねぐらのある竜宮渕の方へと泳ぎ始めた。
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