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14.情報と宿
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「まず、モンスターの情報をまとめましょう。火の魔法を使うことは聞きましたが、他に心当たりはありませんか?」
高難易度クエスト攻略の基本は情報集めから。
気を締め直したまつりが一同を見渡すが、特にピンとくるものがないらしい彼らは悩ましげに眉を寄せていた。
「皆さん、洞窟に行かれたんですよね? モンスターの姿とか見てないんですか?」
「残念ながら。たしかに攻撃されているのに、攻撃が飛んできた方を見てもその姿は見当たらなかった」
剣を振り回しても、狙いの定まらない攻撃が当たるはずはなく躱される。
姿が見えず、けれど攻撃は四方八方から飛んでくる。
食らわないためにも常に神経を尖らせているから、体力は消費するばかりだったそうだ。
「姿が見えない、っていうのが厄介ですね……そういう特性なのか、魔法なのか……」
「少なくとも、『レッドグリフォン』の書庫にある魔導書にはそういった炎魔法はなかったよ」
けれど、未知の魔法ではないとも言い切れない。
「モンスターって何時頃から棲みついたんですか?」
「さあ……? 俺たちも依頼があったから行っただけで、詳しいことは聞かされていないんだ」
「依頼? どういう依頼ですか?」
悠介の問い返しに、答えたのはリトハルトだった。
「最初は『泣き声がする』だった」
「泣き声?」
「ああ。幼い子供のような泣き声だったらしい。だから迷い込んだ子供が泣いているのかと思ったらしいが、保護に行った人間は火傷を負って這う這うの体で帰ってきた」
そこで初めて、モンスターが棲みついていることが発覚した。
子供の泣き声は、知能の高いモンスターがおびき寄せるために擬態したのだろう。万が一本当に迷い込んだ子供がいたとしても、生存確率は極めて低い。最悪、子供を食らったことで力を蓄えてしまっている可能性すらあった。
だからリトハルトも、精鋭のみを選出して送り出した。もしも本当に子供がいた形跡があったのなら、弔ってやってくれと言付けて。その結果が、現状だ。
苦虫を噛み潰したような顔をする彼に、ギルドメンバーたちも申し訳なさそうに消沈する。
と、不意に、一人が思い出したように声をあげた。
「毛皮……長めの毛皮があった。と、思う。ぶつかったんだ、顔面に。ふかふかしてたから大したダメージにはならなかったけど」
「ということは、モンスターは獣系かもしれないな」
少なくともドラゴン系統ではないことが分かって、少し場の空気が軽くなる。
悠介とまつりも、ワームの時を思い出していたからほっとしていた。二回目はまだしばらく遠慮したい。せめて詠唱破棄ができるようになるまでは。
しかし、相手の正体がいまいち特定できない。
とりあえずは地形の把握や、他に手掛かりがないか情報収集に専念する方向で話をまとめて、悠介たちは療養所を後にした。
今回のクエストが完了するまで、悠介たちは宿をとる。その手配のためだ。
「宿、できるだけ『シルバーホーン』のギルドハウスに近い所がいいと思うんですけど、どこが一番近いですか?」
「そうだな……ああ、裏手の宿はどうだろう。玄関から入るなら大回りだが、勝手口を使えば秒で出入りできる」
宿主にも話を通しておく、と言うリトハルトに、悠介もまつりも迷わず即決した。
「是非そこでお願いします!」
「では、早速行こうか」
にこりと行儀良く微笑したリトハルトに案内され、大通りを進む。最初は当然だが受付をしなければいけないから、宿の玄関から入った。
「いらっしゃいませー……って、あらまぁ、リトハルトの旦那じゃないか。玄関から来るなんて珍しい」
「やぁ、邪魔するよ。急で悪いが、部屋を貸してくれないか」
「旦那の頼みとあっちゃあ、断れないさね。泊まるのはそっちの二人かい?」
「はい。二階堂悠介と言います。よろしくお願いします」
「佐々木まつりです。お世話になります」
揃って下げられた頭二つに、おやおやと宿主の目が和む。
「こりゃまたご丁寧なこった。よし! あんたたち、何が食べたい? 今日は特別にサービスするよ」
「ちなみに、私の一推しは羊肉の香草焼きだ。ワインにもビールにも合う」
「旦那からは金取るからね」
きっちり釘を刺した宿主に、リトハルトが残念そうに首を竦める。
一連のやり取りは二人の親密さを感じさせはしたけれど、何が何やら悠介たちにはさっぱりだった。
目を白黒とさせる二人に、数度瞬きしたリトハルトが顎を一撫でする。
「そうか、君たちはまだ新人だったな。宿では基本的に食事は出ないのだよ」
「え? じゃあみんな外食するんですか?」
「それか、自分で食材を用意して台所を借りて作るか、だな」
宿によっては食事付きの所もあるらしい。この宿もその一つだそうだ。
へぇー! とどこか実感の湧いていない反応を見せる二人に、リトハルトと宿主が苦笑いする。
「ほら、食べたいものは?」
「じゃあ、羊肉の香草焼き二人前で!」
「三人前だ」
「あっははは! あいよ!」
気風良く笑った宿主に、悠介とまつりも楽しみだとつられて笑った。
「先に荷物置いてくるかい?」
「あ、いえ。嵩張る物もないので大丈夫です」
「じゃあ、先に食堂に行ってな。あ、これ鍵ね。鷹の部屋だよ」
渡された鍵には、名前の通り鷹が彫られた木札が付いていた。それを金色羊の革袋に収納して、リトハルトに連れられて食堂に移動する。
まだ早い時間だからかがらんとしていたが、肉の焼ける堪らない匂いが溢れていた。
きゅるり、と小さな音がして、横を見るとまつりが恥ずかしそうに顔を赤くして俯いていた。
「恥ずかしがることはない。今日の功労者は間違いなくマツリなのだから」
ポーションで回復したとはいえ、魔力を大量消費したことには変わらない。体力もにしろ魔力にしろ、使えば腹が減るのは自然の摂理だ。
料理が来るまで、時間潰しも兼ねて話し合うのは療養所でのこと。まつりの治癒魔法に対しての報酬についてだ。
リトハルト曰く、治癒魔法は初級なら一人当たり大銀貨二枚が相場。八人分だから小金貨八枚だ。日本円で換算するなら一人一万円、八人で八万円。
高いな、と思うのは当たり前のことで、まず日本と違ってこの世界では保険が適用されていない。加えて治癒魔法の使い手が少ないため、相場も相応に高くなってしまうのだ。
理由を聞いて渋々ながらも納得したところで、ランドルフが金額を提示する。
「治療費に大金貨二枚と、ポーション代として小金貨五枚で足りるだろうか?」
「まっておかしい、金額おかしい」
速攻で首を横に振ったまつりの隣で、悠介もこれは酷いと顔を引き攣らせる。
ふむ、とリトハルトは思案げに顎を出た。
「やはり足りないか。大金貨三枚なら足りるか?」
「なんで金額上げるんですか!?」
こんなのっておかしいよ!
テーブルに突っ伏して訴えるまつりに、悠介は少しの気休めにでもなればと優しく背中を撫でさすった。
「えーっと、先程の相場を遥かに上回ってる理由ってありますか?」
「上級治癒魔法やポーションまで使ってもらったのだから、当然だろう」
「……ポーションは、こちらの都合での使用ですが」
「使用させた原因は我々だ。中級だろうが、一本で回復できる魔力消費でないことは適性がない私でも知っている」
たとえ第一線から退こうとも、培った経験や知識は健在だ。
仲間を助けてもらった身で謝礼もまともに払わないなど『シルバーホーン』の名折れ。
引く気配のないリトハルトに、まつりは米神に指を添えた。
「…………リトハルトさん、『融通効かない』とか『頑固者』って言われたことありません?」
「懐かしいな、ランドルフに散々言われたよ」
「だろうな」とは、思ったが口には出さなかった。
悠介たちにとっては、ランドルフも十二分に律儀というか堅い人だ。それでも彼には、所属する誼という体でポーションの在庫処分を受け入れてもらえた。
しかしそのランドルフでさえ物申すほどの頑固者に、どうしたら主張を受け入れてもらえるのだろうか。
「一回こっきりだし、受け取った方が楽じゃない?」
「……二十五万円を?」
「ごめん」
悠介はそっと目を逸らした。
はぁ、とまつりが一つ息を吐く。
「ランドルフさん、お申し出は大変嬉しいのですが、上級魔法もポーションも、私たちの独断で使ったものです。雇用者の了承を得ていない以上、それについての報酬は受け取れません」
「しかし、それで我々が助けられたというのも事実だ。自分たちに益があったのだから、謝礼をしてもおかしくはあるまい」
「多少の"色付け"ならまだしも、度が行き過ぎてます」
何故だろう、まつりとリトハルトの間に火花が散っているような気がする。悠介はそっと椅子の端に身を寄せた。途端、報酬の交渉合戦が開幕した。
「小金貨八枚」
「安すぎる。大金貨二枚と小金貨九枚」
「ポーションは自作だから代金不要です! よって大金貨一枚!」
「仕事には相応の報酬があって然るべきだ。大金貨二枚と小金貨八枚」
声高に叫ぶまつりと、冷静沈着に返すリトハルト。もし他の宿泊客が聞いたとしたら、きっと首を傾げることだろう。温度逆じゃね? と。悠介も心底そう思っている。
と、まつりが勢いよくテーブルを叩き立ち上がった。
「~~っ大金貨二枚と小金貨五枚! それ以上は受け取りません!」
軽く息切れさえして宣言したまつりに、リトハルトが微笑する。自身の魅せ方を知り尽くした笑みだった。
「成立だ。食事の後、ギルドハウスで支払おう」
計画通りと言わんばかりの言葉に、まつりはへなへなとへたり込むように座り直す。
結局、報酬は最初にリトハルトが提示した金額通りとなった。まるでこちらが値切ることを見越したかのような着地点に、観客に徹していた悠介としては見事と言うより他にない。
「リトハルトさんは敵に回したくないなぁ……」
「おや、私もだよ。君たちとは個人的にも是非懇意にしたいからね」
にこりと一見すれば礼儀正しい微笑に、悠介は頬が引き攣ったが隠そうとは思わなかった。
その代わりに「お疲れ様」と突っ伏すまつりの肩を叩いていると、片手で鉄板を三枚、もう片方の手でバケットを持った宿主が来た。
「はい、お待ち遠さん。羊肉の香草焼き、三人前だよ」
「うわぁ、お腹空く~!」
ぱっと体を起こしたまつりの目は輝いていた。
鉄板の上で脂を跳ねさせる肉のいい匂いと、ほのかなハーブの香り。ナイフを入れてみれば柔らかく解れ、切り分けられた。
頬張れば肉とハーブの香りが口いっぱいに広がり、噛めばこんがりとした食感とともにじゅわりと肉汁が溢れ出す。
堪らない。お酒が欲しい。絶対合う。
「~~っ! 悠介くん!」
「はいはい。すみませーん、赤ワインくださーい!」
「あいよー!」
気前のいい返事の後に、デキャンターたっぷりの赤ワインとグラス三つが届けられる。
ガツン! と礼儀も力加減もそこそこにぶつけ合い口に含んだ赤ワインは、肉の旨味やハーブの香りと溶け合って至上の名酒となった。
「幸せの味がするぅ……」
ふにゃりと蕩けるように笑うまつりに、悠介とリトハルトは深く頷いた。
思い出したようにバケットの被せ布を外すと、まだほんのりと温かいパンが六つ。そのうちの一つを半分に千切り肉を一切れ乗せてかじりつくと、小麦の風味も相まっていっそう美味しい。
体が求めるままに食べ進め、飲み進めていると、どちらもあっという間になくなった。
「もうお腹いっぱい」
「同じく。でもこれで明日も頑張れるよ」
今なら無詠唱で魔法使えそう、と言う裕介に、「わかる」とまつりも頷きながら笑った。
「あ、そうだ。今晩、というかこちらに滞在している間、ギルドハウスのキッチンや書庫をお借りできませんか?」
悠介の問いかけに、リトハルトが数度瞬きする。
「もちろん、構わないが……今晩も?」
「はい。ポーションのストックを増やしておこうと思いまして」
念のためとポーションはいくつか持ってきていたが、中級ポーションはこれまで使ったことがないのでもう手持ちがないのだ。悠介もまつりも魔力量は多い方だが、洞窟でどの程度の魔法を使うかわからない以上、作っておいて損はないだろう。
「あ、材料ってこの辺りでも採れるかな?」
「買った方がいいんじゃない? 明日に備えて体力温存しなきゃ」
「え、まつりさんも採集に出る気? 許さないからね、ちゃんと休んでよ」
「出ないけど。だから買いに行こうって言ってるんでしょ」
「ならばよし。作るの、やっぱ中級多めの方がいいかなぁ」
「量産しやすいのは下級だけど、飲み過ぎてお腹タポタポになるのも嫌だもんねぇ」
まるで献立でも話し合っているようだ。
もしそうだったらどれだけ気が楽だっただろうかと、リトハルトは頭の奥の冷静な部分でそう思った。それと同時に、久しく顔を合わせていない元相棒の心労を慮る。
常識的な非常識ほどタチの悪いものはない。
(今度顔を合わせたら、愚痴でも聞いてやるか……)
その時には酒である程度正気を飛ばしておこうと心に留めて、リトハルトは溜息をごとワインを飲み込んだ。
高難易度クエスト攻略の基本は情報集めから。
気を締め直したまつりが一同を見渡すが、特にピンとくるものがないらしい彼らは悩ましげに眉を寄せていた。
「皆さん、洞窟に行かれたんですよね? モンスターの姿とか見てないんですか?」
「残念ながら。たしかに攻撃されているのに、攻撃が飛んできた方を見てもその姿は見当たらなかった」
剣を振り回しても、狙いの定まらない攻撃が当たるはずはなく躱される。
姿が見えず、けれど攻撃は四方八方から飛んでくる。
食らわないためにも常に神経を尖らせているから、体力は消費するばかりだったそうだ。
「姿が見えない、っていうのが厄介ですね……そういう特性なのか、魔法なのか……」
「少なくとも、『レッドグリフォン』の書庫にある魔導書にはそういった炎魔法はなかったよ」
けれど、未知の魔法ではないとも言い切れない。
「モンスターって何時頃から棲みついたんですか?」
「さあ……? 俺たちも依頼があったから行っただけで、詳しいことは聞かされていないんだ」
「依頼? どういう依頼ですか?」
悠介の問い返しに、答えたのはリトハルトだった。
「最初は『泣き声がする』だった」
「泣き声?」
「ああ。幼い子供のような泣き声だったらしい。だから迷い込んだ子供が泣いているのかと思ったらしいが、保護に行った人間は火傷を負って這う這うの体で帰ってきた」
そこで初めて、モンスターが棲みついていることが発覚した。
子供の泣き声は、知能の高いモンスターがおびき寄せるために擬態したのだろう。万が一本当に迷い込んだ子供がいたとしても、生存確率は極めて低い。最悪、子供を食らったことで力を蓄えてしまっている可能性すらあった。
だからリトハルトも、精鋭のみを選出して送り出した。もしも本当に子供がいた形跡があったのなら、弔ってやってくれと言付けて。その結果が、現状だ。
苦虫を噛み潰したような顔をする彼に、ギルドメンバーたちも申し訳なさそうに消沈する。
と、不意に、一人が思い出したように声をあげた。
「毛皮……長めの毛皮があった。と、思う。ぶつかったんだ、顔面に。ふかふかしてたから大したダメージにはならなかったけど」
「ということは、モンスターは獣系かもしれないな」
少なくともドラゴン系統ではないことが分かって、少し場の空気が軽くなる。
悠介とまつりも、ワームの時を思い出していたからほっとしていた。二回目はまだしばらく遠慮したい。せめて詠唱破棄ができるようになるまでは。
しかし、相手の正体がいまいち特定できない。
とりあえずは地形の把握や、他に手掛かりがないか情報収集に専念する方向で話をまとめて、悠介たちは療養所を後にした。
今回のクエストが完了するまで、悠介たちは宿をとる。その手配のためだ。
「宿、できるだけ『シルバーホーン』のギルドハウスに近い所がいいと思うんですけど、どこが一番近いですか?」
「そうだな……ああ、裏手の宿はどうだろう。玄関から入るなら大回りだが、勝手口を使えば秒で出入りできる」
宿主にも話を通しておく、と言うリトハルトに、悠介もまつりも迷わず即決した。
「是非そこでお願いします!」
「では、早速行こうか」
にこりと行儀良く微笑したリトハルトに案内され、大通りを進む。最初は当然だが受付をしなければいけないから、宿の玄関から入った。
「いらっしゃいませー……って、あらまぁ、リトハルトの旦那じゃないか。玄関から来るなんて珍しい」
「やぁ、邪魔するよ。急で悪いが、部屋を貸してくれないか」
「旦那の頼みとあっちゃあ、断れないさね。泊まるのはそっちの二人かい?」
「はい。二階堂悠介と言います。よろしくお願いします」
「佐々木まつりです。お世話になります」
揃って下げられた頭二つに、おやおやと宿主の目が和む。
「こりゃまたご丁寧なこった。よし! あんたたち、何が食べたい? 今日は特別にサービスするよ」
「ちなみに、私の一推しは羊肉の香草焼きだ。ワインにもビールにも合う」
「旦那からは金取るからね」
きっちり釘を刺した宿主に、リトハルトが残念そうに首を竦める。
一連のやり取りは二人の親密さを感じさせはしたけれど、何が何やら悠介たちにはさっぱりだった。
目を白黒とさせる二人に、数度瞬きしたリトハルトが顎を一撫でする。
「そうか、君たちはまだ新人だったな。宿では基本的に食事は出ないのだよ」
「え? じゃあみんな外食するんですか?」
「それか、自分で食材を用意して台所を借りて作るか、だな」
宿によっては食事付きの所もあるらしい。この宿もその一つだそうだ。
へぇー! とどこか実感の湧いていない反応を見せる二人に、リトハルトと宿主が苦笑いする。
「ほら、食べたいものは?」
「じゃあ、羊肉の香草焼き二人前で!」
「三人前だ」
「あっははは! あいよ!」
気風良く笑った宿主に、悠介とまつりも楽しみだとつられて笑った。
「先に荷物置いてくるかい?」
「あ、いえ。嵩張る物もないので大丈夫です」
「じゃあ、先に食堂に行ってな。あ、これ鍵ね。鷹の部屋だよ」
渡された鍵には、名前の通り鷹が彫られた木札が付いていた。それを金色羊の革袋に収納して、リトハルトに連れられて食堂に移動する。
まだ早い時間だからかがらんとしていたが、肉の焼ける堪らない匂いが溢れていた。
きゅるり、と小さな音がして、横を見るとまつりが恥ずかしそうに顔を赤くして俯いていた。
「恥ずかしがることはない。今日の功労者は間違いなくマツリなのだから」
ポーションで回復したとはいえ、魔力を大量消費したことには変わらない。体力もにしろ魔力にしろ、使えば腹が減るのは自然の摂理だ。
料理が来るまで、時間潰しも兼ねて話し合うのは療養所でのこと。まつりの治癒魔法に対しての報酬についてだ。
リトハルト曰く、治癒魔法は初級なら一人当たり大銀貨二枚が相場。八人分だから小金貨八枚だ。日本円で換算するなら一人一万円、八人で八万円。
高いな、と思うのは当たり前のことで、まず日本と違ってこの世界では保険が適用されていない。加えて治癒魔法の使い手が少ないため、相場も相応に高くなってしまうのだ。
理由を聞いて渋々ながらも納得したところで、ランドルフが金額を提示する。
「治療費に大金貨二枚と、ポーション代として小金貨五枚で足りるだろうか?」
「まっておかしい、金額おかしい」
速攻で首を横に振ったまつりの隣で、悠介もこれは酷いと顔を引き攣らせる。
ふむ、とリトハルトは思案げに顎を出た。
「やはり足りないか。大金貨三枚なら足りるか?」
「なんで金額上げるんですか!?」
こんなのっておかしいよ!
テーブルに突っ伏して訴えるまつりに、悠介は少しの気休めにでもなればと優しく背中を撫でさすった。
「えーっと、先程の相場を遥かに上回ってる理由ってありますか?」
「上級治癒魔法やポーションまで使ってもらったのだから、当然だろう」
「……ポーションは、こちらの都合での使用ですが」
「使用させた原因は我々だ。中級だろうが、一本で回復できる魔力消費でないことは適性がない私でも知っている」
たとえ第一線から退こうとも、培った経験や知識は健在だ。
仲間を助けてもらった身で謝礼もまともに払わないなど『シルバーホーン』の名折れ。
引く気配のないリトハルトに、まつりは米神に指を添えた。
「…………リトハルトさん、『融通効かない』とか『頑固者』って言われたことありません?」
「懐かしいな、ランドルフに散々言われたよ」
「だろうな」とは、思ったが口には出さなかった。
悠介たちにとっては、ランドルフも十二分に律儀というか堅い人だ。それでも彼には、所属する誼という体でポーションの在庫処分を受け入れてもらえた。
しかしそのランドルフでさえ物申すほどの頑固者に、どうしたら主張を受け入れてもらえるのだろうか。
「一回こっきりだし、受け取った方が楽じゃない?」
「……二十五万円を?」
「ごめん」
悠介はそっと目を逸らした。
はぁ、とまつりが一つ息を吐く。
「ランドルフさん、お申し出は大変嬉しいのですが、上級魔法もポーションも、私たちの独断で使ったものです。雇用者の了承を得ていない以上、それについての報酬は受け取れません」
「しかし、それで我々が助けられたというのも事実だ。自分たちに益があったのだから、謝礼をしてもおかしくはあるまい」
「多少の"色付け"ならまだしも、度が行き過ぎてます」
何故だろう、まつりとリトハルトの間に火花が散っているような気がする。悠介はそっと椅子の端に身を寄せた。途端、報酬の交渉合戦が開幕した。
「小金貨八枚」
「安すぎる。大金貨二枚と小金貨九枚」
「ポーションは自作だから代金不要です! よって大金貨一枚!」
「仕事には相応の報酬があって然るべきだ。大金貨二枚と小金貨八枚」
声高に叫ぶまつりと、冷静沈着に返すリトハルト。もし他の宿泊客が聞いたとしたら、きっと首を傾げることだろう。温度逆じゃね? と。悠介も心底そう思っている。
と、まつりが勢いよくテーブルを叩き立ち上がった。
「~~っ大金貨二枚と小金貨五枚! それ以上は受け取りません!」
軽く息切れさえして宣言したまつりに、リトハルトが微笑する。自身の魅せ方を知り尽くした笑みだった。
「成立だ。食事の後、ギルドハウスで支払おう」
計画通りと言わんばかりの言葉に、まつりはへなへなとへたり込むように座り直す。
結局、報酬は最初にリトハルトが提示した金額通りとなった。まるでこちらが値切ることを見越したかのような着地点に、観客に徹していた悠介としては見事と言うより他にない。
「リトハルトさんは敵に回したくないなぁ……」
「おや、私もだよ。君たちとは個人的にも是非懇意にしたいからね」
にこりと一見すれば礼儀正しい微笑に、悠介は頬が引き攣ったが隠そうとは思わなかった。
その代わりに「お疲れ様」と突っ伏すまつりの肩を叩いていると、片手で鉄板を三枚、もう片方の手でバケットを持った宿主が来た。
「はい、お待ち遠さん。羊肉の香草焼き、三人前だよ」
「うわぁ、お腹空く~!」
ぱっと体を起こしたまつりの目は輝いていた。
鉄板の上で脂を跳ねさせる肉のいい匂いと、ほのかなハーブの香り。ナイフを入れてみれば柔らかく解れ、切り分けられた。
頬張れば肉とハーブの香りが口いっぱいに広がり、噛めばこんがりとした食感とともにじゅわりと肉汁が溢れ出す。
堪らない。お酒が欲しい。絶対合う。
「~~っ! 悠介くん!」
「はいはい。すみませーん、赤ワインくださーい!」
「あいよー!」
気前のいい返事の後に、デキャンターたっぷりの赤ワインとグラス三つが届けられる。
ガツン! と礼儀も力加減もそこそこにぶつけ合い口に含んだ赤ワインは、肉の旨味やハーブの香りと溶け合って至上の名酒となった。
「幸せの味がするぅ……」
ふにゃりと蕩けるように笑うまつりに、悠介とリトハルトは深く頷いた。
思い出したようにバケットの被せ布を外すと、まだほんのりと温かいパンが六つ。そのうちの一つを半分に千切り肉を一切れ乗せてかじりつくと、小麦の風味も相まっていっそう美味しい。
体が求めるままに食べ進め、飲み進めていると、どちらもあっという間になくなった。
「もうお腹いっぱい」
「同じく。でもこれで明日も頑張れるよ」
今なら無詠唱で魔法使えそう、と言う裕介に、「わかる」とまつりも頷きながら笑った。
「あ、そうだ。今晩、というかこちらに滞在している間、ギルドハウスのキッチンや書庫をお借りできませんか?」
悠介の問いかけに、リトハルトが数度瞬きする。
「もちろん、構わないが……今晩も?」
「はい。ポーションのストックを増やしておこうと思いまして」
念のためとポーションはいくつか持ってきていたが、中級ポーションはこれまで使ったことがないのでもう手持ちがないのだ。悠介もまつりも魔力量は多い方だが、洞窟でどの程度の魔法を使うかわからない以上、作っておいて損はないだろう。
「あ、材料ってこの辺りでも採れるかな?」
「買った方がいいんじゃない? 明日に備えて体力温存しなきゃ」
「え、まつりさんも採集に出る気? 許さないからね、ちゃんと休んでよ」
「出ないけど。だから買いに行こうって言ってるんでしょ」
「ならばよし。作るの、やっぱ中級多めの方がいいかなぁ」
「量産しやすいのは下級だけど、飲み過ぎてお腹タポタポになるのも嫌だもんねぇ」
まるで献立でも話し合っているようだ。
もしそうだったらどれだけ気が楽だっただろうかと、リトハルトは頭の奥の冷静な部分でそう思った。それと同時に、久しく顔を合わせていない元相棒の心労を慮る。
常識的な非常識ほどタチの悪いものはない。
(今度顔を合わせたら、愚痴でも聞いてやるか……)
その時には酒である程度正気を飛ばしておこうと心に留めて、リトハルトは溜息をごとワインを飲み込んだ。
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◆◇◆◇◆◇
誤字・脱字等のご指摘・感想・お気に入り・しおり等をくださると、作者が喜びます。
100話以内で終わらせる予定ですが、分かりません。あくまで予定です。
更新は、夕方から夜、もしくは朝七時ごろが多いと思います。割と忙しいので。
また、更新は亀ではなくカタツムリレベルのトロさですので、ご承知おきください。
更新停止なども長期の期間に渡ってあることもありますが、お許しください。
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無名の三流テイマーは王都のはずれでのんびり暮らす~でも、国家の要職に就く弟子たちがなぜか頼ってきます~
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こうして、無名のテイマー・バーツは慕ってくれる可愛い弟子や懐いている神獣たちとともにさまざまな国家絡みのトラブルを解決していき、気づけば国家の重要ポストの候補にまで名を連ねるが、当人は「勘弁してくれ」と困惑気味。そんなバーツは今日も王都のはずれにある運河のほとりに建てられた小屋を拠点に畑をしたり釣りをしたり、今日ものんびり暮らしつつ、弟子たちからの依頼をこなすのだった。
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