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11.出向:リュカスの町
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早いもので、悠介とまつりが異世界交番に赴任してからもう一月が過ぎた。冒険者ランクはDになり、『生産』のスキルも『調理』『調合』ともに無事20にレベルアップした。
これで中級ポーション作成も作れるようになったはずだが、あまりに余った下級ポーション消費のため、まだ試せてはいない。
『調理』についてはこれといった変化は実感できていない。
ただし、これは毎日自炊しているから変化に気付きにくいだけのようだ。先日手料理をお裾分けしたバルディオ曰く「料理店を出したら連日行列ができるレベルの味」になっているらしい。
何かのレシピが解放されるわけでなく、味が向上するスキルだったことが判明した。
そうして、手探りながらもステータスアップに地域への貢献にと勤しんできた悠介とまつりに、ランドルフがそうだと思い出したように声をかけた。
「お前ら、今度よそのギルドの助っ人に行ってみないか?」
「よその、ですか……?」
「おう。リュカスの町から相談が来ててな。人手が足りないって話だからモンスター退治が素材の大量収集なんだろうが、お前らならどっちも慣れてるし楽勝だろう?」
どうだ? とランドルフはあくまで悠介たちの意思を尊重する姿勢を見せてくれるけれど、彼は腹芸は得意ではないらしい。引き受けてくれと懇願するような目が、じっと二人を見つめていた。
「まあ、いいですよ。ランドルフさんにはいつもお世話になっていますし」
「おお! そうかそうか、受けてくれるのか!」
厳つい顔を、ご褒美をもらった子供のように輝かせてランドルフが笑う。よかった、助かったと本心を零す彼に、悠介とまつりはくしょうしながら聞かなかったふりをした。
「それで、何ていうギルドのお手伝いなんですか?」
「『シルバーホーン』だ。そこのギルマスが、俺が王都で冒険者してた時によく組んでた奴でな。俺は斧をよく使ったが、あいつは弓の名手だったんだ」
懐かしむように細められたランドルフの目には、きっと当時の思い出が映し出されているのだろう。良い関係だったのだと傍目から見てもわかる表情をしていた。
「頑張ってきますね」
なんとなく優しい気持ちになりながら改めて言った悠介に、ランドルフは頼むぜ! と安心しきった笑みを浮かべていた。
クベーニュ村から伸びる道を進んだ先、一つ目の町がリュカスの町だ。活気がある、とは言い難いが、クベーニュ村より人口が多い分、建物も多い。そういえば、着任早々に遭遇した土蛇(ワーム)の素材も、この町で売ったと誰かが言っていた。
日本では町や村を囲う壁はないことが多いのだが、この世界ではモンスターの侵入を防ぐため、白亜の壁が一周しているのが一般的らしい。
その壁を抜けたすぐそばには宿や、冒険者たちの集うギルドハウスが立ち並んでいる。万が一、外壁を突破された時の備えも兼ねているらしい。
モンスターの存在が身近であることの証明でもあった。
「さすが、村とは違ってギルドハウスが大きいね」
「その分、ガラの悪そうな人も多いけど……」
職質したくなるよね、と呟いたまつりに、否定はしない、と悠介は苦笑いした。
(まさか、ランドルフさんの山賊的な風貌を上回る人がいるとは思わなかったもんね……)
遠い目をする悠介の視線の先には、明らかに堅気とは思えない風貌の人々が、いかにもな笑みを浮かべて屯している。『情報収集』でステータスを確認してみると、すべてギルドに所属する冒険者たちだった。
悠介たちが言えたことではないが、まだレベルも高くなく、当然冒険者ランクも低い。魔法属性を持っている者はちらほらいるが、スキルを保持しているものは一見した中にはいなかった。
それでも、悠介たちと違ってそれなりの装備を整えている彼らは、悠介たちよりもよっぽど冒険者らしかった。
「手伝いのクエストってモンスターの討伐だったよね? ギルドハウスに向かう前に武器の調達しといたほうがいいかなぁ」
「モノや品質によるけど、見ておいて損はないでしょうね。値段の相場とかも気になるし」
「商店街は、たしか居住区の手前って言ってたね」
情報源はランドルフだ。
クエストでもないのに冒険者がギルドハウスを長く離れるのは、防衛の面でよろしくない。
そのため、冒険者にも一般市民にも利用しやすい配置になっているのだ。
ギルドハウスの犇く通りを二、三本抜けた大通りから、商店街は始まる。多くの店が軒を連ねるそこでは、商人たちが声をあげ、客の目を引こうと互いに張り合っていた。
その賑やかさを聞きながら、悠介たちは店の看板を眺めていく。
食材や衣料品など、生活必需品を扱う店が多いが、カフェや酒場といった飲食店も少なくない。
その中の一つを見て、まつりが足を止めた。
「ねえ悠介くん、ちょっとあの店覗いていかない?」
「うん? へえ、魔法道具か……いいね、そうしよう」
進路変更に迷いはなかった。
カランと鳴るドアベルの音ともに店に入ると、「いらっしゃい」と店員のやる気のない声に迎えられる。
小太りのその男は、見るなら見ろとでも言うように手元の新聞から目を動かさなかった。
だから二人も、勝手に店内に目を走らせる。
「へえ、武器も置いてるのね」
店の壁には、ずらりと武器が飾られていた。『情報収集』によると、防錆や耐久性向上の魔法がかけられているらしい。
値札がないから売値はわからないが、何にしても長くは使えないだろう、と悠介とまつりで意見が一致した。
「こっちは……小物だね」
店の中央、腰あたりまでしかない棚だと思っていたものはショーケースだった。
武器と同じく防錆や刃こぼれ防止の加工をされた包丁や、軽量化の魔法がかけられた鍋。小粒だが、魔石と札に書かれた色とりどりの輝石もそこにはあった。
けれど、何よりも悠介の目を引いたのは、柔らかな金色にも、明るい薄茶色にも見える革の小袋だった。
「あ、まつりさん、これ便利じゃない?」
「どれどれ? ……へえ」
金色羊の革袋
耐久性D+
魔法付与:収納魔法
柔らかく肌触りが良い
やや破れにくい
最大五十品目の収納が可能
「うん、間違いなく“買い”だね」
「だよね!」
品目でカウントされるのが特にいい。個数でカウントされていたら財布にもならなかったけれど、これなら硬貨も薬草も入れ放題。ポーションの収納場所にも困らないから作り放題にもなる。
いいもの見つけた! と喜ぶ悠介の顔は自慢げでもあった。
悠介たちの会話に聞き耳を立てていたらしい店員は、悠介たちに購入の意思あり、と判断したようだ。やけに深い笑みを貼り付けてカウンターから出てきた。
「お客さん方、いかがです、何かお気に召したものはございましたか」
「ええ、この金色羊の革袋が欲しいんですけど……」
「これはこれは、お美しいだけでなくお目まで高いとは! 出かける時にはこれ一つあればいい、当店オススメのお品なんですよ~」
「おいくらですか?」
「なんと大金貨三枚ぽっきり! どうです、お買い得でしょう?」
同意を求める店員の笑顔には圧があった。是が非でも売ってみせるという魂胆が見え見えだった。
しかし、二人が動じることはない。
むしろ悠介はけろっとした顔で返した。
「じゃあ二枚ください」
「………………は?」
たっぷり三秒の間があいた。間だけではない。店員の口もぽっかりと開いた。
「にっ、二枚、ですか……? あ、あぁ、割賦を組むということですね?」
「いえ、一括で。いいよね、まつりさん」
「ええ。次はいつ来られるかわからないし」
「いいい、一括ぅ……!?」
正気を疑うような声で聞き返す店員の神経は、きっとまともだろう。
ポーチ二枚で大金貨六枚、六十万円。悠介もまつりも、日本でならまず間違いなく即決しない買い物だ。……日本でなら。
しかし、ここは日本ではない。悠介たちには土大蛇の素材を売って得た大金貨が九十枚以上残っている。
本気なのか冗談なのかと見極めを試みる店員に、まつりが財布がわりの巾着袋から硬貨を取り出し、見えやすいようにショーケースの上に置いた。
代金そのまま、大金貨六枚。
「~~~~~~~~っっ!!」
店員は声にならない悲鳴をあげた。ただその唇を、しっかり「ありがとうございます」と動かしていた根性は、さすが商人と褒めるべきところだろう。
店員は餌を求める鯉のようにぱくぱくと口を動かしながら、震える手で仔山羊皮のポーチを差し出す。その掌に大金貨六枚を乗せてやれば、彼はいよいよ卒倒しそうになった。
がくがくと震える店員をよそに、悠介とまつりは自分の荷物を金色羊の革袋に入れていく。
そして、すっかり軽くなった荷物に爽快感溢れる顔で店を出た悠介たちを、店員は全身全霊の最敬礼で見送ったのだった。
これで中級ポーション作成も作れるようになったはずだが、あまりに余った下級ポーション消費のため、まだ試せてはいない。
『調理』についてはこれといった変化は実感できていない。
ただし、これは毎日自炊しているから変化に気付きにくいだけのようだ。先日手料理をお裾分けしたバルディオ曰く「料理店を出したら連日行列ができるレベルの味」になっているらしい。
何かのレシピが解放されるわけでなく、味が向上するスキルだったことが判明した。
そうして、手探りながらもステータスアップに地域への貢献にと勤しんできた悠介とまつりに、ランドルフがそうだと思い出したように声をかけた。
「お前ら、今度よそのギルドの助っ人に行ってみないか?」
「よその、ですか……?」
「おう。リュカスの町から相談が来ててな。人手が足りないって話だからモンスター退治が素材の大量収集なんだろうが、お前らならどっちも慣れてるし楽勝だろう?」
どうだ? とランドルフはあくまで悠介たちの意思を尊重する姿勢を見せてくれるけれど、彼は腹芸は得意ではないらしい。引き受けてくれと懇願するような目が、じっと二人を見つめていた。
「まあ、いいですよ。ランドルフさんにはいつもお世話になっていますし」
「おお! そうかそうか、受けてくれるのか!」
厳つい顔を、ご褒美をもらった子供のように輝かせてランドルフが笑う。よかった、助かったと本心を零す彼に、悠介とまつりはくしょうしながら聞かなかったふりをした。
「それで、何ていうギルドのお手伝いなんですか?」
「『シルバーホーン』だ。そこのギルマスが、俺が王都で冒険者してた時によく組んでた奴でな。俺は斧をよく使ったが、あいつは弓の名手だったんだ」
懐かしむように細められたランドルフの目には、きっと当時の思い出が映し出されているのだろう。良い関係だったのだと傍目から見てもわかる表情をしていた。
「頑張ってきますね」
なんとなく優しい気持ちになりながら改めて言った悠介に、ランドルフは頼むぜ! と安心しきった笑みを浮かべていた。
クベーニュ村から伸びる道を進んだ先、一つ目の町がリュカスの町だ。活気がある、とは言い難いが、クベーニュ村より人口が多い分、建物も多い。そういえば、着任早々に遭遇した土蛇(ワーム)の素材も、この町で売ったと誰かが言っていた。
日本では町や村を囲う壁はないことが多いのだが、この世界ではモンスターの侵入を防ぐため、白亜の壁が一周しているのが一般的らしい。
その壁を抜けたすぐそばには宿や、冒険者たちの集うギルドハウスが立ち並んでいる。万が一、外壁を突破された時の備えも兼ねているらしい。
モンスターの存在が身近であることの証明でもあった。
「さすが、村とは違ってギルドハウスが大きいね」
「その分、ガラの悪そうな人も多いけど……」
職質したくなるよね、と呟いたまつりに、否定はしない、と悠介は苦笑いした。
(まさか、ランドルフさんの山賊的な風貌を上回る人がいるとは思わなかったもんね……)
遠い目をする悠介の視線の先には、明らかに堅気とは思えない風貌の人々が、いかにもな笑みを浮かべて屯している。『情報収集』でステータスを確認してみると、すべてギルドに所属する冒険者たちだった。
悠介たちが言えたことではないが、まだレベルも高くなく、当然冒険者ランクも低い。魔法属性を持っている者はちらほらいるが、スキルを保持しているものは一見した中にはいなかった。
それでも、悠介たちと違ってそれなりの装備を整えている彼らは、悠介たちよりもよっぽど冒険者らしかった。
「手伝いのクエストってモンスターの討伐だったよね? ギルドハウスに向かう前に武器の調達しといたほうがいいかなぁ」
「モノや品質によるけど、見ておいて損はないでしょうね。値段の相場とかも気になるし」
「商店街は、たしか居住区の手前って言ってたね」
情報源はランドルフだ。
クエストでもないのに冒険者がギルドハウスを長く離れるのは、防衛の面でよろしくない。
そのため、冒険者にも一般市民にも利用しやすい配置になっているのだ。
ギルドハウスの犇く通りを二、三本抜けた大通りから、商店街は始まる。多くの店が軒を連ねるそこでは、商人たちが声をあげ、客の目を引こうと互いに張り合っていた。
その賑やかさを聞きながら、悠介たちは店の看板を眺めていく。
食材や衣料品など、生活必需品を扱う店が多いが、カフェや酒場といった飲食店も少なくない。
その中の一つを見て、まつりが足を止めた。
「ねえ悠介くん、ちょっとあの店覗いていかない?」
「うん? へえ、魔法道具か……いいね、そうしよう」
進路変更に迷いはなかった。
カランと鳴るドアベルの音ともに店に入ると、「いらっしゃい」と店員のやる気のない声に迎えられる。
小太りのその男は、見るなら見ろとでも言うように手元の新聞から目を動かさなかった。
だから二人も、勝手に店内に目を走らせる。
「へえ、武器も置いてるのね」
店の壁には、ずらりと武器が飾られていた。『情報収集』によると、防錆や耐久性向上の魔法がかけられているらしい。
値札がないから売値はわからないが、何にしても長くは使えないだろう、と悠介とまつりで意見が一致した。
「こっちは……小物だね」
店の中央、腰あたりまでしかない棚だと思っていたものはショーケースだった。
武器と同じく防錆や刃こぼれ防止の加工をされた包丁や、軽量化の魔法がかけられた鍋。小粒だが、魔石と札に書かれた色とりどりの輝石もそこにはあった。
けれど、何よりも悠介の目を引いたのは、柔らかな金色にも、明るい薄茶色にも見える革の小袋だった。
「あ、まつりさん、これ便利じゃない?」
「どれどれ? ……へえ」
金色羊の革袋
耐久性D+
魔法付与:収納魔法
柔らかく肌触りが良い
やや破れにくい
最大五十品目の収納が可能
「うん、間違いなく“買い”だね」
「だよね!」
品目でカウントされるのが特にいい。個数でカウントされていたら財布にもならなかったけれど、これなら硬貨も薬草も入れ放題。ポーションの収納場所にも困らないから作り放題にもなる。
いいもの見つけた! と喜ぶ悠介の顔は自慢げでもあった。
悠介たちの会話に聞き耳を立てていたらしい店員は、悠介たちに購入の意思あり、と判断したようだ。やけに深い笑みを貼り付けてカウンターから出てきた。
「お客さん方、いかがです、何かお気に召したものはございましたか」
「ええ、この金色羊の革袋が欲しいんですけど……」
「これはこれは、お美しいだけでなくお目まで高いとは! 出かける時にはこれ一つあればいい、当店オススメのお品なんですよ~」
「おいくらですか?」
「なんと大金貨三枚ぽっきり! どうです、お買い得でしょう?」
同意を求める店員の笑顔には圧があった。是が非でも売ってみせるという魂胆が見え見えだった。
しかし、二人が動じることはない。
むしろ悠介はけろっとした顔で返した。
「じゃあ二枚ください」
「………………は?」
たっぷり三秒の間があいた。間だけではない。店員の口もぽっかりと開いた。
「にっ、二枚、ですか……? あ、あぁ、割賦を組むということですね?」
「いえ、一括で。いいよね、まつりさん」
「ええ。次はいつ来られるかわからないし」
「いいい、一括ぅ……!?」
正気を疑うような声で聞き返す店員の神経は、きっとまともだろう。
ポーチ二枚で大金貨六枚、六十万円。悠介もまつりも、日本でならまず間違いなく即決しない買い物だ。……日本でなら。
しかし、ここは日本ではない。悠介たちには土大蛇の素材を売って得た大金貨が九十枚以上残っている。
本気なのか冗談なのかと見極めを試みる店員に、まつりが財布がわりの巾着袋から硬貨を取り出し、見えやすいようにショーケースの上に置いた。
代金そのまま、大金貨六枚。
「~~~~~~~~っっ!!」
店員は声にならない悲鳴をあげた。ただその唇を、しっかり「ありがとうございます」と動かしていた根性は、さすが商人と褒めるべきところだろう。
店員は餌を求める鯉のようにぱくぱくと口を動かしながら、震える手で仔山羊皮のポーチを差し出す。その掌に大金貨六枚を乗せてやれば、彼はいよいよ卒倒しそうになった。
がくがくと震える店員をよそに、悠介とまつりは自分の荷物を金色羊の革袋に入れていく。
そして、すっかり軽くなった荷物に爽快感溢れる顔で店を出た悠介たちを、店員は全身全霊の最敬礼で見送ったのだった。
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※誤字脱字、設定ゆるめですが温かい目で見守って頂ければ幸いです。
※プロット完成済み。
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