暮井慈の事件簿

藤野

文字の大きさ
上 下
11 / 28
file.2 資産家の死

1.上条家の遺産

しおりを挟む
「先月、おばあちゃんが亡くなったの」

 紡には親兄弟がいない。彼女が小学生に上がるよりも前に、事故に巻き込まれたのだ。
 父には兄と妹が一人ずついたが、二人とはそりが合わず、家を出てから疎遠状況だったらしい。
 母には兄弟はおらず、どちらかの家に引き取られることになりそうだったところを、そうはさせまいと祖母が名乗りを上げたのだそうだ。

 紡の祖母は、女傑と称するに相応しい人だった。
 夫を早くに亡くし、女手一つで子育てのみならず、歴史あるお家を取り込もうとする奸賊を牽制し、護りきってみせた。
 情の厚い人だった。けれど患部とあらば、たとえ身内であろうと冷徹に切り捨てることを選ぶことも躊躇ためらわなかった。そんな人だった。

「さっきの人達がその叔父さんと叔母さんなんだけど、……まあ、あの通りでさ。私が生まれるよりも前に絶縁を言い渡されたんだって」
「ふぅん。大きなお家も大変なのねぇ」

 慈は他人事のように相槌を打った。
 多少の興味をそそられなくもないが、紡との交友に関係ない以上は些事でしかない。

 紡は苦笑した。
 きらり、身動ぎとともにペンダントが揺れる。
 それは祖母の生前に譲り受けた物らしい。宝石かガラスかは不明だが、宝石だとしてもイミテーションだろうと言っていた。
 ケースとして渡された木箱はかなり古めかしかったらしい。けれど、それでも紡は大好きな祖母がくれたものだからと箱共々大切に扱っていた。

「おばあちゃん、遺言で私を遺産の相続人にしてたの。叔父さんたちも、昔に戸籍から外されてるから」

 あの二人が葬式に参列した時、家族の情故のことだと思っていた。仲違いしていても、親子なのだから、と。
 しかし、そんな期待も呆気なく潰えた。二人が参列したのは、遺産のためだったのだから。

「それから、毎日あんな風なの。私が大学にいる間にも何度もうちに来てるらしくて……まさか大学まで押しかけてくるとは思ってなかったけど」
「多少なりとも常識があれば、しないのが普通だものね」
「あはは……はっきり言うね」

 笑いはするものの、その声に明るさはない。草臥くたびれたそれに、慈は痛ましげな目を向けた。

 聞けば、遺産相続人は確かに紡が指名されているが、それは全てが機関に預けられているわけではない。大半は彼女の家ーーというよりは邸ーーの何処かに隠されているらしい。
 鍵は渡してある、とも遺言にあったそうだが、それらしい物に心当たりはない。
 めぼしい場所もまた然り、と打つ手なし。
 彼女の憔悴も無理はない。

「これからどうするつもりなの? あの様子じゃ、諦めるつもりなんて毛頭ないわよ」
「だよね……。正直、うちに帰るのもちょっと怖いんだ……」

 物憂げに溜息を吐く友人に、それもそうだろうと深く頷く。
 慈の目から見ても、彼らが法を遵守するようには思えなかった。
 かと言って、何もできずに引き下がるほど、慈は慎ましい性質たちでもない。
 瞬時に組み立てた一計に、彼女は瑞々しい唇に弧を描かせた。いかにも楽しそうに目を細めて。

 そして、紡は改めて思い知らされた。この友人の異常性を。

「ねえ紡。私に、一つ考えがあるのだけれど」

 艶やかに、凄絶に。おぞましいほど美しい笑みを形作る友人に、彼女は言い知れない畏怖を感じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。 無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。 彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。 ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。 居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。 こんな旦那様、いりません! 誰か、私の旦那様を貰って下さい……。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

処理中です...