暮井慈の事件簿

藤野

文字の大きさ
上 下
3 / 28
file.1 公立中学殺人事件

2.協力者は女子大生

しおりを挟む

『異常』という言葉の正しい意味を理解している人間は果たしてどの程度いるのだろう。
『いつもと違うこと』、『普通とは違うこと』。
 辞書を引いたなら恐らくこの辺りの解釈が出てくるだろう。

 その言葉の通り、暮井くれいめぐみは異常な女である。母親譲りの日本人離れした顔立ちはエキゾチックだ。
 しかしどんなに見た目が良かろうとも、彼女は結局普通ではない。

「兄さん、またですか」

 そう言えるほど、彼女はこの状況に慣れていた。
 彼女が兄と呼ぶ彼は、本当の兄ではない。正しい間柄を言うなら従兄妹いとこである。一緒に暮らしたことがあるというわけではない。幼少期からの付き合いだということでもない。
 それでも、慈は彼を兄と呼び続けている。

 兄と呼ばれた波野はのゆうという男は、彼女とは対照的に平凡な男である。
 容姿が優れているわけでもなく、勉学に秀でているわけでもない。相対評価として運動が得意としているが、それでも警察の中ではごまんといる程度だ。

「そうは言うがな、慈。俺がこういうことが苦手なのは、お前が一番知っているだろう」

 雑に紙束をセンターテーブルに放り投げる。慈はわざとらしく溜息を吐いてティーカップを脇に置いた。

「ええ、ええ、知っていますとも。兄さんが昔テストで『適当に選べ』といわれて本当に適当に回答したことも、『下線部を英語で書け』といわれて『undar line』と回答したことも、よーくよーく知っていますとも」
「…………んな大昔のことを、いまさら持ち出すんじゃねぇよ」
「あら、ご自分の年をご存知かしら? たった十数年前のことじゃない」
「普通は十数年を『たった』とは言わねぇし、そもそも俺が中一の時、お前は幾つだったと思ってんだ! 三歳だぞ、さ・ん・さ・い!」

 出会ってすらいないだろう! と食ってかかる従兄を煩いと一睨みして、慈はまたティーカップに口をつけた。淹れたてのアールグレイの爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。
 ちらりと視線を移動させた先には先ほど放り投げられた紙束ーー事件の捜査資料があった。

「小さな町の公立中学校で殺人、ねぇ……穏やかではないけれど、今のご時世じゃ別に珍しくもないわね」
「それでも人ひとりが殺されてんだ。何もしないわけにはいかねぇだろう」
「それに否を唱える気は無いけれど、だからと言って一般市民に過ぎない女子大生を頼るっていうのはどうかと思うわよ」

 兄さんも大概普通じゃないわよねぇ、と艶然としてころころ笑う姿は子供のように無邪気でありながらも、悪女とも言うべき雰囲気を醸し出していた。少なくとも、雄にはそう感じられた。

 暮井慈という女は普通ではない。彼女本人は自分を普通・平凡と思い込んでいるのだろうが、普通ではなく、平凡でもなく、異常なのである。
 それを知っているからこそ、雄は事件が起こるたび、一人捜査チームとは別行動してこの従妹のもとを訪れるのだ。

「学生探偵だなんて非常識なモノ、許されるのは作り物の中だけなのよ」

 口ではそう言いながらも、彼女は既に抵抗を諦めていた。
 パラパラと退屈そうに捜査資料を見ているのがその証拠である。
 警察が個人情報を漏洩していいのかという指摘は今更だった。
 この非公式の協力は六年前ーー彼女が高校生だった頃から今日に至るまで続いているのだから。

 そしてその結果こそが、雄の現在の地位なのである。

「刺殺って、ナイフ? 包丁? 学校にありそうなものって、あと何があったかしら……」
「わからん、見つかってないからな。他にあるものっつったら彫刻刀とかだな」

 挙げられたそれらは、しかしどれも反応は出なかったと締め括られる。
 この場合の反応とは刑事ドラマなどでも捜査手段として用いられるルミノール反応のことだ。血色素に反応して青白く発光する現象であり、非常に鋭敏であるため鑑識現場において重宝されている。
 つまり、この時点で校内の備品をした可能性は格段に下がるということになるのだ。

 外部から持ち込んでの犯行となると、現状手の出し様は無いに等しい。
 持ち去られたのだとしてもそれに変わりはなく、犯人の目星すらついていないということは何もわかっていないと同義である。
 それは言い換えれば学校職員全員が容疑者だということであり、最悪学校外の交友関係もひっくるめた全員が容疑者だということでもあった。

「なぁんで、こんな面倒事にばっかり巻き込まれるのかなぁ」

 私自身は至って普通の、何処にでもいる、しがない女子大生なのに。

 ぼやきと言うには大きすぎる慈の独り言を黙殺して、彼はこっそり溜息を吐いた。
 無自覚を罪とするならば、自分は迷わず彼女を現行犯逮捕するのに、という思いを胸に秘めて。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら

風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」 伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。 男の子がほしかったのに生まれたのが私だったという理由で家族から嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。 それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。 何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。 そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。 学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに! これで死なずにすむのでは!? ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ―― あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

愛されなかった公爵令嬢のやり直し

ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。 母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。 婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。 そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。 どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。 死ぬ寸前のセシリアは思う。 「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。 目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。 セシリアは決意する。 「自分の幸せは自分でつかみ取る!」 幸せになるために奔走するセシリア。 だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。 小説家になろう様にも投稿しています。 タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】ヒロインであれば何をしても許される……わけがないでしょう

凛 伊緒
恋愛
シルディンス王国・王太子の婚約者である侯爵令嬢のセスアは、伯爵令嬢であるルーシアにとある名で呼ばれていた。 『悪役令嬢』……と。 セスアの婚約者である王太子に擦り寄り、次々と無礼を働くルーシア。 セスアはついに我慢出来なくなり、反撃に出る。 しかし予想外の事態が…? ざまぁ&ハッピーエンドです。

コブ付き女サヨナラと婚約破棄された占い聖女ですが、唐突に現れた一途王子に溺愛されて結果オーライです!

松ノ木るな
恋愛
 ある城下町で、聖女リィナは占い師を生業としながら、捨て子だった娘ルゥと穏やかに暮らしていた。  ある時、傲慢な国の第ニ王子に、聖女の物珍しさから妻になれと召し上げられ、その半年後、子持ちを理由に婚約破棄、王宮から追放される。  追放? いや、解放だ。やったー! といった頃。  自室で見知らぬ男がルゥと積み木遊びをしている……。  変質者!? 泥棒!? でもよく見ると、その男、とっても上質な衣裳に身を包む、とってもステキな青年だったのです。そんな男性が口をひらけば「結婚しよう!」?? ……私はあなたが分かりません!

ナイフとフォーク

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
習作です。

下剋上を始めます。これは私の復讐のお話

ハルイロ
恋愛
「ごめんね。きみとこのままではいられない。」そう言われて私は大好きな婚約者に捨てられた。  アルト子爵家の一人娘のリルメリアはその天才的な魔法の才能で幼少期から魔道具の開発に携わってきた。 彼女は優しい両親の下、様々な出会いを経て幸せな学生時代を過ごす。 しかし、行方不明だった元王女の子が見つかり、今までの生活は一変。 愛する婚約者は彼女から離れ、お姫様を選んだ。 「それなら私も貴方はいらない。」 リルメリアは圧倒的な才能と財力を駆使してこの世界の頂点「聖女」になることを決意する。 「待っていなさい。私が復讐を完遂するその日まで。」 頑張り屋の天才少女が濃いキャラ達に囲まれながら、ただひたすら上を目指すお話。   *他視点あり 二部構成です。 一部は幼少期編でほのぼのと進みます 二部は復讐編、本編です。

処理中です...