芙蓉の宴

蒲公英

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結実した種は芽吹けど 2

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「あなたの人生が続いてもらわなくては、困るんですよ。僕は最初のときから、あなたを覆っている気鬱を取り払って欲しいと思っていた。あなたは若くて健康で、綺麗なんです。そしてもっと綺麗になることができる。それを見るのが楽しみだったんです」
 自分が口から出した言葉が、すでに過去形だということに気がつく。大丈夫だ、私の方向はぶれていない。彼女が納得しようがしまいが、私から線引きをするより外ない。
「私はそんなに強くありません。先生にもっと寄り添って、先生と言葉を交わして」
「いつまで可能かは、わからないのですよ」
 彼女は小さく息を飲んだ。私もこれを言うつもりは、なかったのだ。
「諦めているわけではないと、先に言っておきます。だから必要な治療は受けますし、仕事だってします。まだ書きたいものがあり、見ておきたいものもあるんです」
 そう言って彼女の横から起き上がり、ベッドのヘッドボードに寄りかかった。

「可能性の問題です。ここから先、僕の完全治癒は難しい。身体の中に小さな爆弾をいくつも抱えて、それが着火しないようにするだけなんです。そして考えたくないことですが、数年後に着火していない可能性は、十パーセントにも満たない。僕はそれに怯えて、オロオロハラハラするでしょう。そんな僕を見て、あなたが心を傷めないはずがない。だからこれ以上、近くならないほうが良いのです。あなただけではなく、苦痛を強いている僕も不幸になる。そんなのはごめんだ」
 最後の言葉だけ、我にもなく強くなった。
「心配してはいけませんか。痛みに寄り添いたいと思っては」
 なおも言い募る彼女に、これ以上強い言葉は使いたくない。
「僕の痛みは、僕のものにだけしておきたいんです。僕は欲張りなので、自分のものを他人に分け与えたくない」
 彼女はしばらく仰臥したまま、何か言葉を探していた。そして起き上がり、私と向かい合うように座り直した。
「先生は、私がこれからどうすれば良いとお考えですか」
 これについてのイメージは、私の中にある。
「僕とあなたの関係を、梅を観に行った前に戻すだけです。もうあなたを脅かす男は大人しくなったのだし、ゆっくり習い事を楽しんだり話題の本を読んだり、もともとあなたが時間を割いていたことがあるでしょう。それにほら、昔馴染の人に仕事を手伝ってくれと言われたんでしょう? きっと忙しくなりますよ」
 そうやって何もない日々を平穏に、微笑んで生きてくれることこそが私の望みなのだから。

「電話したら、受けてくださいますか」
「今まで通りです。受けられないことが多々あります。メールの返信も、遅いです」
「どうしても会いたくなったら、どうしたら良いのですか」
「呼んでください。ただ僕は、厄介な病気の他に毎日の勤めがあって、しかも文章を捻り出す仕事もあります。ですから、それほど多くの時間はありません」
 目をぎゅっと閉じ、唇を噛んで下を向く彼女を見ていた。うっかりとその肩に手を伸ばし、本当はまだ同じ時間を過ごしたいのだと言いたくなる。こんな表情をしていても、彼女は綺麗だと思った。
「治療の甲斐あって、先生の身体から悪い細胞が消えたら」
 声が潤んでいることに、気がつかないふりをした。
「そうしたら、あなたにこんな話をしたことを後悔して、地団太踏んで悔しがります。今更遅い、ざまあみろと笑ってください。それから闘病記でも書きましょうか」
 上目づかいで私の顔を睨んでいた彼女は、ふと視線を外した。窓の外は、そろそろ日が落ちる時間の色になっていた。

「先に出てください。僕がチェックアウトして帰ります」
 彼女の目が、問うように動く。
「見送られるより、見送るほうが寂しいものです。僕はもう少しこの部屋で休憩してから帰ります」
 私の言葉に、彼女は大きく顔を歪めた。
「そうやって、先生は先回りして私の感情を決めてしまう。それが優しさだと、知ってはいました」
 けれど泣き出すことはせずに、彼女はバッグを持って会釈し、部屋から出て行った。

 ヘッドボードに寄りかかったまま、しばらく暮れていく街を見ていた。そして頭に手をやり、ニット帽の位置を直す。おそらくこれで、正しいのだ。
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