トクソウ最前線

蒲公英

文字の大きさ
上 下
35 / 54

雑談は無意味じゃない

しおりを挟む
 出社した竹田さんはまっすぐに副社長のデスクに行き、しばらくふたりで会議室に籠っていた。そして今度は舘岡中担当の管理さんと打ち合わせをはじめる。通った見積の工事日を打ち合わせているのだ。
 学校で工事を行うのは、結構規制がある。校舎内では授業中に音の出る作業はできないし、校庭も体育館も武道場もプールも、体育の授業予定があればそっちが優先だ。部活動があるので放課後も難しいし、夜間や週末は管理責任者、つまり副校長が公休である。
 いくら本職だと
言っても竹田さんひとりの工事では手が足りないので、外部の人をひとり頼まなくてはならず、あれこれすり合わせが必要だ。体育館に入れるのは何曜日の何時間目なのか、工事が一日で終わらなかった場合に工具を置いておく場所はあるのか、学校側からの立ち合いは必要か。学校側の都合とこちらの希望を入れて、適した日を学校に申請する。

 ぶっちゃけ竹田さんだけの仕事で他のメンバーは関係ないので、本日の仕事の割り当てを勝手に決めはじめる。時期が時期なので、外仕事と水回りがメインになる。
「早々にプールの清掃が来てるね」
「あの中学校、水泳部が強いんじゃなかったっけ。もう部活で使うんじゃないの?」
 菊池さんと片岡さんが話している中に、由美さんが入る。
「私たちのころは一年生が掃除してましたよ。プール掃除って楽しかったよね、和香ちゃん」
 名を呼んで話に巻き込むのは、多分由美さんの気遣いだ。
「私、プール掃除したことないんです。水張って綺麗になってるのしか知らない」
「なんというジェネレーションギャップ! ってことは、学校外周の掃き掃除とか」
「それは年に二回のボランティア清掃で」
 うわっと由美さんが声を出す。
「ゆとり教育の軟弱者が!」
「それは和香ちゃんが決めたんじゃないでしょ。それに由美ちゃんだって、職員室とか校長室の掃除はしなかったんじゃない?」
 植田さんの言葉に、片岡さんと菊池さんは頷き、和香と由美さんが驚く。
「俺らのころはね、職員室も教官室も生徒が掃除したの。煙草臭くってイヤだったねえ。朝の部活も、先生が来る前に勝手にやってたし」

 いろいろな年代がいるって、いろいろな知識があるってことでもある。雑談を自分に関係ない事だとスルーしていると、竹田さんのお父さんの件みたいに、自分だけが知らないって事態になる。今話しているのは由美さんと植田さんでも、片岡さんと菊池さんは一緒に聞いている。コミュニケーションっていうのはそういうことなのだ。話の内容をすべて覚えている必要はない。受け入れた知識を自分の中でカスタムして、取り出しやすくしておけば良いだけ。

 サツキの花が終わったから剪定に行くと言う植田さんに、一緒に図書館に連れていってもらう。植田さんみたいに木の形を綺麗に整えることは難しくても、どれくらい深く切って良いものかは覚えておいて損じゃない。
 菊池さんや片岡さんみたいに、自在に工具は使えない。由美さんみたいに汚れを落とすプロじゃないし、竹田さんみたいに機動力もなく、植田さんみたいに外仕事は任せとけっていうんでもない。どの部分をとっても、和香が秀でている個所はない。
 そうしたら、好きなことだけでも上手になろう。ジタバタしているうちに、和香が得意とする方向が見えてくるだろう。幸いなことに、ここにはそれぞれ得意分野が違う人たちがいるのだ。そして日常清掃や日常管理っていうのは、本当に日常で使うテクニックだ。覚えて熟練すれば、生涯無駄になる部分はない。
 副社長は、和香の特技はやる気とバイタリティだと言ってくれた。生かすか殺すかは、和香次第。植田さんが切り落とした細かい枝を袋に入れながら、和香の目は植田さんの刈込む鋏の動きを見ていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

思い出を売った女

志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。 それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。 浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。 浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。 全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。 ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。 あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。 R15は保険です 他サイトでも公開しています 表紙は写真ACより引用しました

ターゲットは旦那様

ガイア
ライト文芸
プロの殺し屋の千草は、ターゲットの男を殺しに岐阜に向かった。 岐阜に住んでいる母親には、ちゃんとした会社で働いていると嘘をついていたが、その母親が最近病院で仲良くなった人の息子とお見合いをしてほしいという。 そのお見合い相手がまさかのターゲット。千草はターゲットの懐に入り込むためにお見合いを承諾するが、ターゲットの男はどうやらかなりの変わり者っぽくて……? 「母ちゃんを安心させるために結婚するフリしくれ」 なんでターゲットと同棲しないといけないのよ……。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【完結】一夜の関係を結んだ相手の正体はスパダリヤクザでした~甘い執着で離してくれません!~

中山紡希
恋愛
ある出来事をキッカケに出会った容姿端麗な男の魅力に抗えず、一夜の関係を結んだ萌音。 翌朝目を覚ますと「俺の嫁になれ」と言い寄られる。 けれど、その上半身には昨晩は気付かなかった刺青が彫られていて……。 「久我組の若頭だ」 一夜の関係を結んだ相手は……ヤクザでした。 ※R18 ※性的描写ありますのでご注意ください

雨音

宮ノ上りよ
ライト文芸
夫を亡くし息子とふたり肩を寄せ合って生きていた祐子を日々支え力づけてくれたのは、息子と同い年の隣家の一人娘とその父・宏の存在だった。子ども達の成長と共に親ふたりの関係も少しずつ変化して、そして…。 ※時代設定は1980年代後半~90年代後半(最終のエピソードのみ2010年代)です。現代と異なる点が多々あります。(学校週六日制等)

私と継母の極めて平凡な日常

当麻月菜
ライト文芸
ある日突然、父が再婚した。そして再婚後、たった三ヶ月で失踪した。 残されたのは私、橋坂由依(高校二年生)と、継母の琴子さん(32歳のキャリアウーマン)の二人。 「ああ、この人も出て行くんだろうな。私にどれだけ自分が不幸かをぶちまけて」 そう思って覚悟もしたけれど、彼女は出て行かなかった。 そうして始まった継母と私の二人だけの日々は、とても淡々としていながら酷く穏やかで、極めて平凡なものでした。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...