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大切な私の妹 イケレ
森にはもう雪が降りましたか。
今年は薪が足りているかしら。
毛織物は充分にありますか。
大きなことはできませんが、私もできる限りの力になりたい。
ラツカがこちらに来たとき、本屋で何冊も本を見比べて困っていました。
僅かなお金を私が差し出すと、もっとたくさんの本を選び、ますます困った顔がおかしかった。
彼も大人になっていくのですね。
森からたくさんの布やリボンが持ち込まれたので、店は大変です。
ですが北の森の山繭の人気は高く、こちらに在庫があることを知って、こっそり仕入れに来た商人がありました。
もちろん織り手への支払いは減らさないように、こちらの金額を飲ませましたとも。
森との価格の交渉で決裂した商人たちは不満そうですが、客が求めるものを用意できなくて、結局この店に買いに来たのです。
私の雇い主は、先見の明に鼻を高くしています。
ここまで書いて、サウビはペンを置いた。本当はもっと大切なことがある気がするのだが、それが何なのかよくわからないのだ。顔を見て話したいと思っても、きっと顔を見れば話の内容など忘れてしまうような気がする。ニヨカイとアマベキは親切だし、ときどき訪れる草原の村の人たちは何かと気にかけてくれる。それなのに、話し相手がいないと感じることがあるのは、何故なのか。
寒くなると、父さんの腰が痛むのではないでしょうか。
いつもの膏薬と一緒に、薬屋がよく効くと言っていた貼薬を送ります。
そうそう。先日見えたお客様が、知り合いの嫁入りのショールが見事だったので同じ人の作品を、と母さんの織物を買われていきました。
私の雇い主たちが言っていた通り、火の村と同じように客が作り手を選ぶようになるのかも知れません。
イケレがスミレを刺繍したリボンは、火の村から届いたスミレの髪飾りと一緒に売れましたよ。
姉として、とても誇らしいです。
私も負けずに布を商って、もっと森が豊かになるように祈りましょう。
父さんと母さんとラツカ、それにキズミにもよろしくお伝えください。
布を畳み過ぎて指先が痛い姉 サウビ
ラツカとキズミが森へ帰ったあと、俄かにニヨカイの店は忙しくなった。少し前に訪れた北の森の出だという夫人は、サウビが考えていたよりもずっと大店の内儀だったようだ。その家で嫁取りの宴が催されたあとに、娘にも同じような支度をしたいと何人もの客が訪れた。多くはバザールの中の古い商店の家族ではなく、余所の場所からバザールに居を構えた人々だ。親の代から使っている店を持たず、新しがりで腰の軽い若い住民たちには、ニヨカイの店は魅力的に映るらしかった。
頼まれた商品を届けるために訪れた家で、サウビは部屋に招かれた。
「娘が夢中になっている、青い服のサウビというのは、あなたね?」
サウビに椅子を勧めながら、その家の婦人が言う。
「おかげで娘は、似合いもしない青い服ばかり着たがるのよ。乳色の肌と黄金の髪がなければ似合わないと、言っておかなくては」
婦人の前に布を広げると、嬉しそうに手触りを確認する。
「娘は今、勤めに出ているのよ。私は歩くのが不自由なものだから、わざわざ来ていただいて申し訳ないわ」
勤めを持っていることは知っていたから、てっきりサウビのようにバザールの中に家族を持たない娘かと思っていた。
「ひとり娘なもので、家を継ぐための勉強をしてもらわなくてはならないの。家の仕事を手伝うだけでは、人を使えるようにならないもの」
「良い婿を選んで、入ってもらうのではないのですか」
娘しか持たない家には婿が入り、その家を盛り立てるのが普通だ。
「私たちの育ててきた娘が、この家の当主になるのよ。婿はもちろん取るけれど、あくまでも当主は娘だわ。財産を得たあとに女を邪魔にする男が多いのは、知っているでしょう?」
財産らしいものは山羊しかない森では、思いつきもしないような話だった。
数枚の布を商い、サウビはその家を辞した。人の営みは人の数だけあり、ものごとに対する価値は一通りではない。当たり前だと思っていたことが、どんどん当たり前でなくなっていく。サウビの狭くて頑なだった世界の外には、知らないことが山のようにある。
ラツカのためだけでなく、自分のためにも書き留めておこう。今日は人を使うためには人に使われることを覚えなくてはならない、と学んだ。他には何を? 何を見て、何を学ぶ?
サウビの足取りは軽く、ハシバミ色の瞳には光が宿っている。その表情は、森からバザールに到着したときのそれだった。
どうしても感情の抑制が難しい日は、数時間店を離れる許可を得られるのが有難い。早足で石畳を歩き、呼びかけられても聞こえないふりをして知らない通りを闇雲に進む。疲れれば道の端に座って、歩く人たちを眺めた。眺めているうちに、ふと誰かの会話が耳に入るようになる。ああ他人の声が聞こえるようになったと、自分に言い聞かせながら店に戻る。店に戻る途中に街を見回せば、まだサウビの知らない営みがある。この中は幸福な人ばかりではあるまい。虐げられる女や子供、金繰りに悩む男、騙されて嘆く老人、そんなものがいるだろう。
森にはもう雪が降りましたか。
今年は薪が足りているかしら。
毛織物は充分にありますか。
大きなことはできませんが、私もできる限りの力になりたい。
ラツカがこちらに来たとき、本屋で何冊も本を見比べて困っていました。
僅かなお金を私が差し出すと、もっとたくさんの本を選び、ますます困った顔がおかしかった。
彼も大人になっていくのですね。
森からたくさんの布やリボンが持ち込まれたので、店は大変です。
ですが北の森の山繭の人気は高く、こちらに在庫があることを知って、こっそり仕入れに来た商人がありました。
もちろん織り手への支払いは減らさないように、こちらの金額を飲ませましたとも。
森との価格の交渉で決裂した商人たちは不満そうですが、客が求めるものを用意できなくて、結局この店に買いに来たのです。
私の雇い主は、先見の明に鼻を高くしています。
ここまで書いて、サウビはペンを置いた。本当はもっと大切なことがある気がするのだが、それが何なのかよくわからないのだ。顔を見て話したいと思っても、きっと顔を見れば話の内容など忘れてしまうような気がする。ニヨカイとアマベキは親切だし、ときどき訪れる草原の村の人たちは何かと気にかけてくれる。それなのに、話し相手がいないと感じることがあるのは、何故なのか。
寒くなると、父さんの腰が痛むのではないでしょうか。
いつもの膏薬と一緒に、薬屋がよく効くと言っていた貼薬を送ります。
そうそう。先日見えたお客様が、知り合いの嫁入りのショールが見事だったので同じ人の作品を、と母さんの織物を買われていきました。
私の雇い主たちが言っていた通り、火の村と同じように客が作り手を選ぶようになるのかも知れません。
イケレがスミレを刺繍したリボンは、火の村から届いたスミレの髪飾りと一緒に売れましたよ。
姉として、とても誇らしいです。
私も負けずに布を商って、もっと森が豊かになるように祈りましょう。
父さんと母さんとラツカ、それにキズミにもよろしくお伝えください。
布を畳み過ぎて指先が痛い姉 サウビ
ラツカとキズミが森へ帰ったあと、俄かにニヨカイの店は忙しくなった。少し前に訪れた北の森の出だという夫人は、サウビが考えていたよりもずっと大店の内儀だったようだ。その家で嫁取りの宴が催されたあとに、娘にも同じような支度をしたいと何人もの客が訪れた。多くはバザールの中の古い商店の家族ではなく、余所の場所からバザールに居を構えた人々だ。親の代から使っている店を持たず、新しがりで腰の軽い若い住民たちには、ニヨカイの店は魅力的に映るらしかった。
頼まれた商品を届けるために訪れた家で、サウビは部屋に招かれた。
「娘が夢中になっている、青い服のサウビというのは、あなたね?」
サウビに椅子を勧めながら、その家の婦人が言う。
「おかげで娘は、似合いもしない青い服ばかり着たがるのよ。乳色の肌と黄金の髪がなければ似合わないと、言っておかなくては」
婦人の前に布を広げると、嬉しそうに手触りを確認する。
「娘は今、勤めに出ているのよ。私は歩くのが不自由なものだから、わざわざ来ていただいて申し訳ないわ」
勤めを持っていることは知っていたから、てっきりサウビのようにバザールの中に家族を持たない娘かと思っていた。
「ひとり娘なもので、家を継ぐための勉強をしてもらわなくてはならないの。家の仕事を手伝うだけでは、人を使えるようにならないもの」
「良い婿を選んで、入ってもらうのではないのですか」
娘しか持たない家には婿が入り、その家を盛り立てるのが普通だ。
「私たちの育ててきた娘が、この家の当主になるのよ。婿はもちろん取るけれど、あくまでも当主は娘だわ。財産を得たあとに女を邪魔にする男が多いのは、知っているでしょう?」
財産らしいものは山羊しかない森では、思いつきもしないような話だった。
数枚の布を商い、サウビはその家を辞した。人の営みは人の数だけあり、ものごとに対する価値は一通りではない。当たり前だと思っていたことが、どんどん当たり前でなくなっていく。サウビの狭くて頑なだった世界の外には、知らないことが山のようにある。
ラツカのためだけでなく、自分のためにも書き留めておこう。今日は人を使うためには人に使われることを覚えなくてはならない、と学んだ。他には何を? 何を見て、何を学ぶ?
サウビの足取りは軽く、ハシバミ色の瞳には光が宿っている。その表情は、森からバザールに到着したときのそれだった。
どうしても感情の抑制が難しい日は、数時間店を離れる許可を得られるのが有難い。早足で石畳を歩き、呼びかけられても聞こえないふりをして知らない通りを闇雲に進む。疲れれば道の端に座って、歩く人たちを眺めた。眺めているうちに、ふと誰かの会話が耳に入るようになる。ああ他人の声が聞こえるようになったと、自分に言い聞かせながら店に戻る。店に戻る途中に街を見回せば、まだサウビの知らない営みがある。この中は幸福な人ばかりではあるまい。虐げられる女や子供、金繰りに悩む男、騙されて嘆く老人、そんなものがいるだろう。
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