薔薇は暁に香る

蒲公英

文字の大きさ
上 下
78 / 107

78.

しおりを挟む
 私も部屋を整えることを手伝う言い張り、マウニは一緒にライギヒの荷車に乗り込んだ。
「サウビがどんなところを宛がわれるのか、ちゃんと見たいもの。もしも下働き小屋みたいなところなら、連れて帰ってくるんだから」
 唇を尖らせて主張するマウニを、ギヌクは苦笑いで許した。下に扱うなんてノキエが許すわけはなく、まして今回はじめる商売はサウビの存在がとても大きく作用するのだ。ただ寂しがって別れを惜しむマウニが、少しでも納得できるようにとの心遣いがある。
 戸締りを済ませて、あとはギヌクに頭を下げた。しばらく留守しても大丈夫なように片付けたつもりだけれど、ときどき風を通してくださいと頼んだあとに、自分の家ではないのにと自嘲した。短い期間に、自分はこの家にどれだけ依存してしまったのだろう。

 アマベキの店の近くに借りたという小さな店は、狭い階段が屋根裏に通じており、小さいながらも湯を使える場所まであった。小さなストーブで煮炊きもでき、ひとりで住むのならば不自由はなさそうだ。バザールでは村とは違って、パンや焼き菓子は買うことができる。
 窓に布をかけ表に花を飾ることからはじめる商売の支度は、アマベキの奥さん主導で行われることになっている。小さな子供を抱えた彼女は、嬉しそうにサウビを迎えた。
「よく来てくれたわ。とても働き者だとノキエもギヌクも保証してくれているし、北の森としっかり話が通じるなんて、本当に有難いことよ」
 はにかんだ顔で微笑むサウビの前に立ち、マウニが宣言する。
「私の大切なお友達なのよ、ニヨカイ。こき使ったら承知しないわ」
「あら、怖い。連れて帰られないように、大切にしなくては」
 そこでサウビが笑う。
「マウニにわからないように、こっそりとこき使ってください」
 バザールに暮らす人と、冗談が交わせるとは思っていなかった。虐げられることと哀れまれることしか記憶にないバザールの住民たちは、本当はどんな顔をしているのだろう。

 一緒に眠るのだと一晩泊まったマウニが、アマベキの家に泊まったライギヒに連れられて帰ったあと、サウビは寝台に腰掛けて部屋を見回した。自分しかいない場所は頼りなく、考えてみればひとりで生活したことなど、なかったのだ。けれどツゲヌイの下で絶望していたときに、身を売るのか行き倒れるのかと自分を諫めていたのが、まったく嘘のように平和だ。もしかするとあの頃に逃げ出しても、自分が考えていたよりも遥かにマシな生活ができていたのかも知れない。あんなに怖かったひとりの生活が、大した心配もなくはじまってしまった。
 もちろん幸運なめぐりあわせはあって、自分だけで逃げ出しても夜の街に立っていたかも知れない。今は考えても仕方のないことだ。サウビはこうして、バザールに居を決めてしまったのだから。

 慌ただしく職人が出入りして、店の入り口に飾りタイルが張られたり棚が作られたりしていく。子供を連れたアマベキの奥さん、つまりニヨカイと一緒にそれを確認し、窓布の色を決めて飾り付けるのは楽しかった。家具職人が運び込んだ椅子の形すら、サウビの好みが反映されるのは嬉しい。これから次々に咲くという花を買い求め、店の入り口を飾る。忙しく過ごす昼の時間は充実し、自分が必要とされている喜びがある。
 そして自分だけの食卓を整える夜がやってくる。バザールは暗くなるまで人が動いている。狭い部屋に不似合いな明るいランプで、自分のためだけのスープを作り、買ってきたパンを浸すのだ。向かい側にノキエはいない。夕暮れの残る庭が見える窓もない。匙を持つ手が止まると、そのまま飲み下すことができなくなってしまう。自分を励まし食事を終えると、また部屋の中をぐるりと見回して肩を落とす。
 北の森から、ずいぶん遠い所へ来てしまった。ノキエの家にいたときに抱いた郷愁とは別の、溜息を吐くような感情だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

連れ子が中学生に成長して胸が膨らむ・・・1人での快感にも目覚て恥ずかしそうにベッドの上で寝る

マッキーの世界
大衆娯楽
連れ子が成長し、中学生になった。 思春期ということもあり、反抗的な態度をとられる。 だが、そんな反抗的な表情も妙に俺の心を捉えて離さない。 「ああ、抱きたい・・・」

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

処理中です...