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ノックの音が聞こえ、寝台の上にぼんやりと座っていたサウビは慌てて扉を開けた。
「開ける前に誰何しなさい」
ノキエの不機嫌な声は、却って親しさを表しているようだ。
「申し訳ありません。不注意でした」
「謝らなくていい。あんたの安全に関することなのだから、気をつけろと言っているんだ。出られるか?」
返事をして、靴を履く。食事には少し早い時間だと思い、外に出るためにショールを持った。ノキエは少々重そうな袋を持っている。
「頼まれていたものを届けに行くから、つきあってくれ。そのあと食事をしよう」
「取引先に私を連れていくと、また誤解されませんか」
「構わない。却って余計な話をしなくて済む」
外を歩きながら、知っている顔がないかとキョロキョロした。ツゲヌイに繋がる人たちはいないか、森から来た懐かしい顔を早めに見られたら、と通りを進みながら両方を思う。
大きな飾り物屋で、ノキエはランプを納めた。一緒に持っていた文鎮を見せると、それも一緒に売れた。
「次に来るときは、もっと何か持って来ておくれ。ノキエの名前には固定客がついてる」
「それは有難いね。この店ではどんなものが売り易いんだい?」
商売の話がはじまり、サウビは手持ち無沙汰に店の中を見回す。ツゲヌイの店の隣にあったのは、身を飾るものが多かった。この店は家の中を飾るものばかりだ。バザールの中を知らないから、店によって扱うものが違うのだということを、今知った。愛想の良いお内儀さんが、客にお茶をふるまう。そしてお喋りの中で、欲しいものを探っている。すぐに売るばかりではなく、次に繋げているのか。
話が終わってノキエが金を受け取り、店を出た。路地にはあらゆる店が並び、夕方がはじまっているのにあちらこちらが明るい。
「こっちだ」
導かれたのは、布を扱う店だ。
「あんたの妹は、あんたと同じ髪の色をしているのか」
「いいえ。もう少し濃い色、マウニと私の間くらいの色です」
ノキエは店の中をぐるりと見まわし、毛織のショールを掴んだ。
「これがいい。マントも一枚見せてもらおうか」
あっという間に選び取り、大して値切りもせずに支払いを済ます。その買い物の仕方は、まるで野菜でも買うかのようだ。そのまま包みを抱えて店から出ると、次は本屋へ入っていく。そして何冊か選び取り、また支払いをした。本の内容を見たわけではないが、ノキエが読むには少し簡単過ぎる気がした。
「明日の朝、アマベキの奥方と一緒に両親への贈り物を探すといい。この本は、俺が昔読んだ物語だ。弟が楽しめれば良いが」
「私の弟のために、用意してくださったのですか」
「男が喜ぶ読み物は、女と違うだろう? よく働く使用人への労いだ」
こんなことに気がつくくらい、ノキエは優しい環境で育ったのだ。それが突然失われるなんて、想像もしていなかったろう。
小さな食堂で向かい合わせに食事をしているとき、サウビの喉から突然乾いた咳が湧いた。コンコンと軽い咳なので、水を飲むと少しの間治まっている。
「おや、冬の悪魔がサウビを見ているな」
「草原の風が乾いていただけです。嫌なことを言わないで」
軽口が嫌な予感に代わるのは、宿に戻ってからだった。
夜中から続く咳が、口を閉じてもごまかしきれない。何年かぶりに会う人たちに、なんてことだろう。
「両親への贈り物を自分で選ぶのは、諦めろ。用意しておいてくれるように頼んでおく。ひと商売済んだら迎えに来るから、けして外に出てはいけない」
ノキエはそう言い置いて、宿を出て行く。サウビの部屋に残されたのは、弟への本と布屋で買った包みだ。そういえば、このショールとマントは何のために買ったのだろう。イケレの髪の色を聞いていたが、これも贈り物なのだろうか。
ああ、十八の妹はどんな様子になっているのだろう。両親も三年分年をとり、弟が手助けをできるようになったらしい。あれも聞こうこれも話そうと考えると、ここで会うだけなんて時間が足りない。
眠っていることはできず、かと言ってノキエの言いつけに背くわけにもいかず、ただじれじれとノックを待った。
「そろそろ出られるか」
そう声が掛かったときには、サウビはすでに髪を結い終え、ショールを羽織っていた。
アマベキの店に到着してしばらくすると、一組の男女が向かってきた。その姿を認めたサウビが、通りに飛び出して女に飛びつく。
「イケレ! イケレ! ああ、顔を見せてちょうだい。こんなに娘らしくなって、私の可愛いイケレが綺麗になって……!」
「姉さん! やっと会えたわ! 手紙と一緒に私も運んで欲しかったわ、姉さん」
きつく抱き合って喜んでいる最中に、サウビの喉からまた無粋な咳が湧く。イケレに背を擦られながら、夢なのではないかとサウビはまたイケレの顔を見る。
「開ける前に誰何しなさい」
ノキエの不機嫌な声は、却って親しさを表しているようだ。
「申し訳ありません。不注意でした」
「謝らなくていい。あんたの安全に関することなのだから、気をつけろと言っているんだ。出られるか?」
返事をして、靴を履く。食事には少し早い時間だと思い、外に出るためにショールを持った。ノキエは少々重そうな袋を持っている。
「頼まれていたものを届けに行くから、つきあってくれ。そのあと食事をしよう」
「取引先に私を連れていくと、また誤解されませんか」
「構わない。却って余計な話をしなくて済む」
外を歩きながら、知っている顔がないかとキョロキョロした。ツゲヌイに繋がる人たちはいないか、森から来た懐かしい顔を早めに見られたら、と通りを進みながら両方を思う。
大きな飾り物屋で、ノキエはランプを納めた。一緒に持っていた文鎮を見せると、それも一緒に売れた。
「次に来るときは、もっと何か持って来ておくれ。ノキエの名前には固定客がついてる」
「それは有難いね。この店ではどんなものが売り易いんだい?」
商売の話がはじまり、サウビは手持ち無沙汰に店の中を見回す。ツゲヌイの店の隣にあったのは、身を飾るものが多かった。この店は家の中を飾るものばかりだ。バザールの中を知らないから、店によって扱うものが違うのだということを、今知った。愛想の良いお内儀さんが、客にお茶をふるまう。そしてお喋りの中で、欲しいものを探っている。すぐに売るばかりではなく、次に繋げているのか。
話が終わってノキエが金を受け取り、店を出た。路地にはあらゆる店が並び、夕方がはじまっているのにあちらこちらが明るい。
「こっちだ」
導かれたのは、布を扱う店だ。
「あんたの妹は、あんたと同じ髪の色をしているのか」
「いいえ。もう少し濃い色、マウニと私の間くらいの色です」
ノキエは店の中をぐるりと見まわし、毛織のショールを掴んだ。
「これがいい。マントも一枚見せてもらおうか」
あっという間に選び取り、大して値切りもせずに支払いを済ます。その買い物の仕方は、まるで野菜でも買うかのようだ。そのまま包みを抱えて店から出ると、次は本屋へ入っていく。そして何冊か選び取り、また支払いをした。本の内容を見たわけではないが、ノキエが読むには少し簡単過ぎる気がした。
「明日の朝、アマベキの奥方と一緒に両親への贈り物を探すといい。この本は、俺が昔読んだ物語だ。弟が楽しめれば良いが」
「私の弟のために、用意してくださったのですか」
「男が喜ぶ読み物は、女と違うだろう? よく働く使用人への労いだ」
こんなことに気がつくくらい、ノキエは優しい環境で育ったのだ。それが突然失われるなんて、想像もしていなかったろう。
小さな食堂で向かい合わせに食事をしているとき、サウビの喉から突然乾いた咳が湧いた。コンコンと軽い咳なので、水を飲むと少しの間治まっている。
「おや、冬の悪魔がサウビを見ているな」
「草原の風が乾いていただけです。嫌なことを言わないで」
軽口が嫌な予感に代わるのは、宿に戻ってからだった。
夜中から続く咳が、口を閉じてもごまかしきれない。何年かぶりに会う人たちに、なんてことだろう。
「両親への贈り物を自分で選ぶのは、諦めろ。用意しておいてくれるように頼んでおく。ひと商売済んだら迎えに来るから、けして外に出てはいけない」
ノキエはそう言い置いて、宿を出て行く。サウビの部屋に残されたのは、弟への本と布屋で買った包みだ。そういえば、このショールとマントは何のために買ったのだろう。イケレの髪の色を聞いていたが、これも贈り物なのだろうか。
ああ、十八の妹はどんな様子になっているのだろう。両親も三年分年をとり、弟が手助けをできるようになったらしい。あれも聞こうこれも話そうと考えると、ここで会うだけなんて時間が足りない。
眠っていることはできず、かと言ってノキエの言いつけに背くわけにもいかず、ただじれじれとノックを待った。
「そろそろ出られるか」
そう声が掛かったときには、サウビはすでに髪を結い終え、ショールを羽織っていた。
アマベキの店に到着してしばらくすると、一組の男女が向かってきた。その姿を認めたサウビが、通りに飛び出して女に飛びつく。
「イケレ! イケレ! ああ、顔を見せてちょうだい。こんなに娘らしくなって、私の可愛いイケレが綺麗になって……!」
「姉さん! やっと会えたわ! 手紙と一緒に私も運んで欲しかったわ、姉さん」
きつく抱き合って喜んでいる最中に、サウビの喉からまた無粋な咳が湧く。イケレに背を擦られながら、夢なのではないかとサウビはまたイケレの顔を見る。
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