薔薇は暁に香る

蒲公英

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 俄かに道が整ってきて、家と家の間隔がそれほど大きくなくなったころ、ライギヒは一軒の家の門をくぐった。贅沢な家ではなく、庭園があるわけでもない。ライギヒは迷わずに家の横にまわり、ロバを繋いでからサウビを伴って玄関を開けて中に呼ばわった。
「マウニ! 到着したよ!」
 奥の部屋から若い娘が、走り出してくる。
「早かったのね、ライギヒ。待ってたわ!」
 ライギヒに抱き着く娘は、ふっくらした頬に赤みが差し、褐色の巻き毛が豊かだ。
「待っていたのは俺じゃなくて、イネハムの焼いた菓子だろう」
「意地悪ね、食いしんぼって言いたいの?」
 ひとしきり挨拶が終わってから、娘はサウビに向いた。
「あなたが私の代わりに家のことをしてくれる人ね? 私はマウニよ、よろしくね」

 家のことをさせるために、自分を買ったというのか。どこの馬の骨ともわからず、ただ目の前で怯えて見せただけの自分を。呆然としたまま、ただ膝を折った。
「兄さんは作業場に籠っているわ。荷物は兄さんが預かったショールだけかしら。お部屋の準備はできているのよ、案内するわ」
 マウニは気さくに笑った。
「荷物は勝手口から入れておくよ。その前に許可証を貰えるかい、マウニ」
「忘れてたわ、ライギヒに商売させないところだった。待っててね、兄さんの部屋に用意してあるはずよ」
 マウニはバタバタと走って行き、数枚の紙を手に戻ってきた。
「そろそろ他の人も来ると思うの。ごめんなさいね、サウビ。疲れているでしょう?」
 買われてきた家で労われるとは。おどおどしたサウビの視線を捉えて、ライギヒは大丈夫だとでも言うように、ゆっくりと頷いた。
「ああライギヒ、お茶が冷めてしまったわ。食堂へ」
 マウニの言葉を遮って、ライギヒが言う。
「どうせ帰りにも寄るんだ、このまま商売してくるよ」
 腰を下ろさないまま、ライギヒは出ていった。入れ違いに何組かの客があり、マウニは紙を渡したり近況の質問をしたりで、忙しくしている。取り残されたサウビは、ここで待っていてと案内された食堂で視線を巡らせていた。
 質素だけれど清潔で、燭台も綺麗に磨かれている。窓に下げられた目隠し布にはドレープもなく、ただひとつの装飾として食器を置いた飾り棚だけがある。

 飾り職人は、自分の家を飾り立てたりしないのだろうか。ツゲヌイの店の隣の飾り物屋には、色とりどりのランプや飾り玉や絵皿、凝った形のフックを取り付けた吊り棚があった。もちろん男や女が身に着ける飾りも扱っていて、とても煌びやかに見えた。そんなものを作る人の家は、こんなにもガランとしているのか。貧しい北の森ですら、食堂には色ガラスのランプくらいあったのに。

「お待たせして、ごめんなさいね」
 食堂に入ってきたマウニが立ったまま茶を喉に流し込み、照れたように笑った。
「お行儀が悪いって言わないでね。すっかり喉が渇いちゃって。お部屋に案内するわ、こっちよ」
 マウニの後に従って家の中を歩くと、日当たりの良い部屋に案内された。てっきり窓のない仕様人部屋だと思っていたサウビは、目を疑う。部屋の隅の椅子に母のショールが掛けられている。
「このお部屋を好きに使ってね。勝手に私の服を持ってきちゃったけど、新しく仕立てるのなら市で布を買ってくるわ」
「いただいてよろしいのなら、着古しでかまいません」
「いやだ、好きなものを着ていいのよ」
 ノキエは自分のことを、どうやってマウニに説明しているのだろう。
「ねえ、そのショールはとても素敵ね。まるで嫁入りのためのショールみたい」
 嫁入りのためのショールだったのだ。そう答えることもできず、サウビは無言で頷いた。
「私ばっかり喋ってるわ、ごめんなさい。私、とってもお喋りなの。私が三人いるみたいだって、兄さんにもよく言われるのよ」
 朗らかなマウニには何の屈託も見えず、サウビの唇の端に、やっと微笑みが浮かんだ。

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