11 / 60
11.
しおりを挟む
高遠のメールが毎日になり、茜自体がこれはまずい、とか思うわけである。言わなかったのは故意じゃないが、その後言う機会を逃したのも事実で、五回目に誘われるに至っては、自分が確信犯であると思う。浮気じゃないとか友達だからなんて言い訳するには、誘いがあまりにも頻繁すぎる。訊かれてもいないことをこちらから言い出すのも、何か違う気がする。
そして――ここで当初に感じていた「優越感」がひっかかるわけである。高遠は客観的に見て、かなりモテるタイプの男だ。顔立ちは整っているし、背も高い。少々細身ではあるが、その分足が長く見え、本人もそれを充分理解している。そして、女の子と流暢にお喋りができる。そんな男に声をかけられて、嬉しく思わない女がいれば、出て来い。
茜が既婚者だと告げれば、高遠はもう茜を誘ったりしないだろう。茜自身意識してそこまでの計算をしているわけじゃないが、女は女だ。だから、もう少しだけ。のっぴきならないことになる前に、必ず言うから。同年代の女の子が楽しんでいることを、自分も楽しみたい。男の子の興味を惹いて、可愛いねなんて甘い言葉で煽てられて。無意識のうちにそんな行動を取るのは、茜もまだそんな年頃の証明のようなものだ。
やけに、肩が触れるなと思っていたわけである。カフェのカウンターのスツールは、それなりに間隔が開いているので、本来なら肩はぶつからない。そのうちに、自分の皿に半分残っているタルトを食べろとか言い出した。
これは何か、やっぱり決定的にまずい。
「今晩は何食べる?」
「へ? えっと、エビマヨとニラレバにしようかなあと」
「それなら、中華かな。美味しいところ知ってる?」
高遠は今晩何を(一緒に)食べるかと訊いているわけだと気がつき、茜は慌てた。
「いや、私が作るんだよ? 材料買ってあるし」
ここで高遠も、会話が食い違っていることに気づくのだ。
「おうちのごはん、茜ちゃんが作ってるの?」
「他に作る人はいないもん」
間違いない。秀一は料理をしないし、そうすると茜しか作る人はいない。茜の答えに、高遠は少し考えた顔をした。
「いろいろ大変なんだね。ただ真面目ってことでもないんだ」
両方、間違っている。
あたりが暗くなってきて、高遠は自転車置き場まで送ってきた。駅から人が吐き出される谷間の時間らしく、自転車置き場は人気がない。じゃあね、と踵を返そうとした茜の肩が、ふわりと長い腕で巻き取られた。
えっと思う間もなく寄ってきた顔に面喰って、思わず突き飛ばしたのは条件反射だ。
「な……何?」
「何って、さよならの挨拶」
「私にそんな習慣はない!」
袈裟懸けにしたバッグを握り締め仁王立ちの茜は、うろたえた分だけ声が大きくなった。
「そんなに、未経験なの?」
薄く微笑んで更に寄ろうとする高遠から、じりじりと下がって距離を開けた。
「じゃあ、はじめから言うね。茜ちゃん、つきあってください」
手探りで自転車の鍵をバッグから出す。予測はできていたのに、それが今日だとは思わなかった。もうちょっともうちょっとと、いつまで友達面をしているつもりだったのか。
「無理」
「なんで? 話も合うし、俺は茜ちゃんのこと、はじめっからいいなと思ってたし」
頭を横に振る。
「無理! 無理なの!」
虚を突かれた顔の高遠の横を、茜は自転車を曳いて通り過ぎた。
自転車を走らせはじめると、自己嫌悪の波が襲ってきた。ひどいこと、した。先週飲みに誘われたとき、言えば良かったんだ。じゃなければ、帰り際に別れるとき。毎日メールが来はじめたときに予感はしていたのに、先週アルバイト先に誘いに来たときも、私は何も言わなかった。
だって、楽しかったんだもん。だってだってだって。
私が悪いんだけど。他に責任者なんていないんだけど。
そして――ここで当初に感じていた「優越感」がひっかかるわけである。高遠は客観的に見て、かなりモテるタイプの男だ。顔立ちは整っているし、背も高い。少々細身ではあるが、その分足が長く見え、本人もそれを充分理解している。そして、女の子と流暢にお喋りができる。そんな男に声をかけられて、嬉しく思わない女がいれば、出て来い。
茜が既婚者だと告げれば、高遠はもう茜を誘ったりしないだろう。茜自身意識してそこまでの計算をしているわけじゃないが、女は女だ。だから、もう少しだけ。のっぴきならないことになる前に、必ず言うから。同年代の女の子が楽しんでいることを、自分も楽しみたい。男の子の興味を惹いて、可愛いねなんて甘い言葉で煽てられて。無意識のうちにそんな行動を取るのは、茜もまだそんな年頃の証明のようなものだ。
やけに、肩が触れるなと思っていたわけである。カフェのカウンターのスツールは、それなりに間隔が開いているので、本来なら肩はぶつからない。そのうちに、自分の皿に半分残っているタルトを食べろとか言い出した。
これは何か、やっぱり決定的にまずい。
「今晩は何食べる?」
「へ? えっと、エビマヨとニラレバにしようかなあと」
「それなら、中華かな。美味しいところ知ってる?」
高遠は今晩何を(一緒に)食べるかと訊いているわけだと気がつき、茜は慌てた。
「いや、私が作るんだよ? 材料買ってあるし」
ここで高遠も、会話が食い違っていることに気づくのだ。
「おうちのごはん、茜ちゃんが作ってるの?」
「他に作る人はいないもん」
間違いない。秀一は料理をしないし、そうすると茜しか作る人はいない。茜の答えに、高遠は少し考えた顔をした。
「いろいろ大変なんだね。ただ真面目ってことでもないんだ」
両方、間違っている。
あたりが暗くなってきて、高遠は自転車置き場まで送ってきた。駅から人が吐き出される谷間の時間らしく、自転車置き場は人気がない。じゃあね、と踵を返そうとした茜の肩が、ふわりと長い腕で巻き取られた。
えっと思う間もなく寄ってきた顔に面喰って、思わず突き飛ばしたのは条件反射だ。
「な……何?」
「何って、さよならの挨拶」
「私にそんな習慣はない!」
袈裟懸けにしたバッグを握り締め仁王立ちの茜は、うろたえた分だけ声が大きくなった。
「そんなに、未経験なの?」
薄く微笑んで更に寄ろうとする高遠から、じりじりと下がって距離を開けた。
「じゃあ、はじめから言うね。茜ちゃん、つきあってください」
手探りで自転車の鍵をバッグから出す。予測はできていたのに、それが今日だとは思わなかった。もうちょっともうちょっとと、いつまで友達面をしているつもりだったのか。
「無理」
「なんで? 話も合うし、俺は茜ちゃんのこと、はじめっからいいなと思ってたし」
頭を横に振る。
「無理! 無理なの!」
虚を突かれた顔の高遠の横を、茜は自転車を曳いて通り過ぎた。
自転車を走らせはじめると、自己嫌悪の波が襲ってきた。ひどいこと、した。先週飲みに誘われたとき、言えば良かったんだ。じゃなければ、帰り際に別れるとき。毎日メールが来はじめたときに予感はしていたのに、先週アルバイト先に誘いに来たときも、私は何も言わなかった。
だって、楽しかったんだもん。だってだってだって。
私が悪いんだけど。他に責任者なんていないんだけど。
0
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説
夫の告白に衝撃「家を出て行け!」幼馴染と再婚するから子供も置いて出ていけと言われた。
window
恋愛
伯爵家の長男レオナルド・フォックスと公爵令嬢の長女イリス・ミシュランは結婚した。
三人の子供に恵まれて平穏な生活を送っていた。
だがその日、夫のレオナルドの言葉で幸せな家庭は崩れてしまった。
レオナルドは幼馴染のエレナと再婚すると言い妻のイリスに家を出て行くように言う。
イリスは驚くべき告白に動揺したような表情になる。
子供の親権も放棄しろと言われてイリスは戸惑うことばかりでどうすればいいのか分からなくて混乱した。
賞味期限が切れようが、サ終が発表されようが
wannai
BL
賞味期限が切れようが、サ終が発表されようが 〜VR世界の恋人が現実で俺を抱かない気らしいんですが、陰キャに本気の恋させといて逃げ切れると思ってます?〜
VRワールド『LOKI IN HAPPY WORLD』。
プレイヤーネーム・亀吉は、アバターを完璧に亀にしたい。
が、最後の砦である『スキントーン:緑』は対人ゲームモード『コロシアム』の勝利報酬でしか入手できず、苦手ながらプレイする毎日。
けれど、勝率を意識しすぎるあまり他プレイヤーから嫌われるプレイばかりしてしまい、ゲーム内掲示板では悪評を書かれている。
どうにかプレイスキルを上げる方法はないものかと悩んでいたある日、頼めば対人戦の稽古をつけてくれるギルドがある、と噂で聞く。
しかしそのギルド『欲の虜』は、初めてコロシアムでチーム戦をプレイした亀吉を、「お前、いるだけ邪魔だな」と味方なのに鈍器でキルしてきたプレイヤーが所属するギルドだった。
※ なろう(ムーンライト)でも並行掲載してます
死に役はごめんなので好きにさせてもらいます
橋本彩里(Ayari)
恋愛
フェリシアは幼馴染で婚約者のデュークのことが好きで健気に尽くしてきた。
前世の記憶が蘇り、物語冒頭で死ぬ役目の主人公たちのただの盛り上げ要員であると知ったフェリシアは、死んでたまるかと物語のヒーロー枠であるデュークへの恋心を捨てることを決意する。
愛を返されない、いつか違う人とくっつく予定の婚約者なんてごめんだ。しかも自分は死に役。
フェリシアはデューク中心の生活をやめ、なんなら婚約破棄を目指して自分のために好きなことをしようと決める。
どうせ何をしていても気にしないだろうとデュークと距離を置こうとするが……
お付き合いいただけたら幸いです。
たくさんのいいね、エール、感想、誤字報告をありがとうございます!
大柄武人の理想のあの娘
矢崎未紗
恋愛
男性の中でもひときわ大柄な武人のヴィリアムは、その巨躯ゆえに恐れられて女性とはまったく縁がない。そんなヴィリアムの理想のタイプは自分と正反対の「小柄で華奢で小動物のようにちょこまかと動く愛らしい女性」。そんな人物がいるわけないと思っていたヴィリアムだが、ある日隣国で理想通りの小柄な女性ノエラと出逢う。悲しいこともあったけれど無事にノエラを嫁にできたヴィリアムは、これでもかとノエラを甘とろえっちにかわいがって幸せに生きました――というお話。(タイトルの「あの娘」は「あのこ」と読みます) 全8話で完結済/読了目安時間149分/性描写は全体の約28%
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
死ぬために向かった隣国で一途な王弟に溺愛されています
まえばる蒔乃
恋愛
「死んでこい。お前はもう用済みだ」
男子しか魔術師になれないハイゼン王国に生まれたアスリアは、実家の別邸に閉じ込められ、規格外の魔力を父の出世の為に消費され続けていた。18歳になったとき、最後に与えられた使命は自爆攻撃だった。
結局アスリアは自爆に失敗し、そのまま隣国で解呪のため氷漬けにさせられる。
長い眠りから目を覚ましたアスリアの前に現れたのは、美しい金髪の王弟殿下レイナードだった。
「新たな人生をあなたに捧げます。結婚してください、僕の憧れの人」
彼はアスリアに何か恩があるらしく、敵国テロリストだったアスリアを大切に扱う。
アスリアはまだ知らない。氷漬けで10年の時が経ち、故郷はもう滅びていること。
――そして彼がかつてアスリアが保護していた、人攫いに遭った少年だということに。
<生きる意味を見失った令嬢×年齢逆転の王弟殿下×囲い込み愛>
なつのよるに弐 叢雨のあと
まへばらよし
恋愛
現代日本とよく似ているけれど少し異なる世界観での、和風パラノーマル恋愛小説です。
特殊なお見合い制度が残っている、とある地域のお話。
職場で仲のいい同僚がお見合いで幸せな恋愛をしているのを、間近で見ていた菊野椎奈(きくのしいな)の元へ、見合いの話がやってきた。同僚のような恋をしたいと、椎奈は気合いを入れてお見合いに臨む。相手は正しい見合いの手順を踏まない、なかなか破天荒な男性であったが、椎奈は彼に惹かれていく。
見合い相手の男と連日会いながら、彼と結婚したいと椎奈は望むようになったが、ふとしたことから彼の生業を知ってしまう。それは椎奈にとって、最も忌避したいことだった。
※こちらは「なつのよるに」関連作です。「なつのよるに」は現在同人誌として販売中につき、アルファポリス様のサイトでは非公開にしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる