最後の女

蒲公英

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 高遠のメールが毎日になり、茜自体がこれはまずい、とか思うわけである。言わなかったのは故意じゃないが、その後言う機会を逃したのも事実で、五回目に誘われるに至っては、自分が確信犯であると思う。浮気じゃないとか友達だからなんて言い訳するには、誘いがあまりにも頻繁すぎる。訊かれてもいないことをこちらから言い出すのも、何か違う気がする。
 そして――ここで当初に感じていた「優越感」がひっかかるわけである。高遠は客観的に見て、かなりモテるタイプの男だ。顔立ちは整っているし、背も高い。少々細身ではあるが、その分足が長く見え、本人もそれを充分理解している。そして、女の子と流暢にお喋りができる。そんな男に声をかけられて、嬉しく思わない女がいれば、出て来い。

 茜が既婚者だと告げれば、高遠はもう茜を誘ったりしないだろう。茜自身意識してそこまでの計算をしているわけじゃないが、女は女だ。だから、もう少しだけ。のっぴきならないことになる前に、必ず言うから。同年代の女の子が楽しんでいることを、自分も楽しみたい。男の子の興味を惹いて、可愛いねなんて甘い言葉で煽てられて。無意識のうちにそんな行動を取るのは、茜もまだそんな年頃の証明のようなものだ。

 やけに、肩が触れるなと思っていたわけである。カフェのカウンターのスツールは、それなりに間隔が開いているので、本来なら肩はぶつからない。そのうちに、自分の皿に半分残っているタルトを食べろとか言い出した。
 これは何か、やっぱり決定的にまずい。
「今晩は何食べる?」
「へ? えっと、エビマヨとニラレバにしようかなあと」
「それなら、中華かな。美味しいところ知ってる?」
 高遠は今晩何を(一緒に)食べるかと訊いているわけだと気がつき、茜は慌てた。
「いや、私が作るんだよ? 材料買ってあるし」
 ここで高遠も、会話が食い違っていることに気づくのだ。
「おうちのごはん、茜ちゃんが作ってるの?」
「他に作る人はいないもん」
 間違いない。秀一は料理をしないし、そうすると茜しか作る人はいない。茜の答えに、高遠は少し考えた顔をした。
「いろいろ大変なんだね。ただ真面目ってことでもないんだ」
 両方、間違っている。

 あたりが暗くなってきて、高遠は自転車置き場まで送ってきた。駅から人が吐き出される谷間の時間らしく、自転車置き場は人気がない。じゃあね、と踵を返そうとした茜の肩が、ふわりと長い腕で巻き取られた。
 えっと思う間もなく寄ってきた顔に面喰って、思わず突き飛ばしたのは条件反射だ。
「な……何?」
「何って、さよならの挨拶」
「私にそんな習慣はない!」
 袈裟懸けにしたバッグを握り締め仁王立ちの茜は、うろたえた分だけ声が大きくなった。
「そんなに、未経験なの?」
 薄く微笑んで更に寄ろうとする高遠から、じりじりと下がって距離を開けた。
「じゃあ、はじめから言うね。茜ちゃん、つきあってください」
 手探りで自転車の鍵をバッグから出す。予測はできていたのに、それが今日だとは思わなかった。もうちょっともうちょっとと、いつまで友達面をしているつもりだったのか。
「無理」
「なんで? 話も合うし、俺は茜ちゃんのこと、はじめっからいいなと思ってたし」
 頭を横に振る。
「無理! 無理なの!」
 虚を突かれた顔の高遠の横を、茜は自転車を曳いて通り過ぎた。

 自転車を走らせはじめると、自己嫌悪の波が襲ってきた。ひどいこと、した。先週飲みに誘われたとき、言えば良かったんだ。じゃなければ、帰り際に別れるとき。毎日メールが来はじめたときに予感はしていたのに、先週アルバイト先に誘いに来たときも、私は何も言わなかった。
 だって、楽しかったんだもん。だってだってだって。
 私が悪いんだけど。他に責任者なんていないんだけど。
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