花つける堤に座りて

蒲公英

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花つける堤に座りて

新生活-3

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 朝、長橋さんと待ち合わせて学校に行った。今日は学校内のオリエンテーションだけの予定だから、帰りは早い。
「聡美って呼んでくれる? 手毬って呼ぶから」
 長橋さんは聡美に変わる。私も前島さんと呼ばれるより手毬と呼ばれたほうが嬉しい。
「手毬、部活決まってる?」
 この中学校は、全員部活動に参加の規則がある。聡美は少年野球をやっていたので、ソフトボール部に決めているそうだ。私はスポーツは得意じゃない。
「美術部とか文芸部とかあるのかな」
「え? 暗っ! 文化部はよくわかんないや」
 文化部って暗いのかと、ちょっとがっかりする。

 道々少しずつ合流していって、学校につく頃には10人くらいで一緒に歩いた。聡美は人気者らしく、常に誰かが聡美に話しかけてる。誰と誰が同じクラスだとか、好きな男の子がどのクラスだとか、そんなこと。
 私がどこから引っ越してきたのかも聞かれたので、答えた。ただ、母が結婚したからだとは言わなかった。隠したわけじゃないんだけど、何か聞かれそうでイヤ。

 学校内のオリエンテーションには図書室の紹介もあった。古い学校なので蔵書も古そうだけれど、司書の先生がちゃんといるし、校庭に向いた出窓がステキだ。部活動の説明会もあった。文化部で私が入れそうなのは、美術部か華道部しかない。運動の盛んな学校らしい。とりあえず、仮入部って期間に決めればいいらしいから、保留。暗いと言われたことがひっかかって、憂鬱になった。相談する相手がいないって、結構しんどい。

 帰宅してから、母が用意して行ってくれた昼食をとった後、本屋に行くことにする。待ち合わせて遊ぶような友達はまだいないし、テレビ見るのも飽きた。学校の図書室、早くカード作ってくれるといいんだけど。ジュニアコーナーの本をチェックしていたら、後ろから声をかけられた。
「同じクラスだよね?前島さんだっけ?」
 顔は見覚えがあるんだけど、名前を覚えていなくて答えられない。
「私、相田って言うの。相田みゆき」
 名乗ってくれると、とても助かる。
「前島さんは何を買いに来たの?私はこれ」

 彼女が手にとった本は、私がもう読み終えたものだった。
「私、それ持ってるから貸そうか?」
「ううん、シリーズで全部買いたいから」
 本の趣味が合いそうだね、と言い合って公園で一緒にジュースを飲んだ。ふたり目の話し相手ができた。

 買った本を読んでいたら、珍しく母よりも先に前島サンが帰宅した。
「あれ? 麻子さん、まだ帰ってきてないの?」
 麻子っていうのは、母の名前だ。
「じゃ、僕が夕飯の支度しよう。てまちゃん、手伝ってくれる?」
 着替えてキッチンに立った前島サンは、ものすごく不器用だった。
「今まで、ごはんどうしてたの?」
「コンビニとかお弁当屋さんとか? 外食もしてたし。てまちゃん、上手だね」
 私が包丁を使い、前島サンが洗い物担当になった。

 今までも母と一緒にキッチンに立ったことはあるけど、窮屈だと思ったことはない。前島サンと一緒だと、なんだか動きにくい。母よりも大きい身体で、母よりも太い腕。ダサいジャージを膝までめくり上げてるから、すね毛のたくさん生えてる足が見える。
 男の人の足って、汚い。そう思ったら、一緒に料理するのが嫌になった。
「私、自分の部屋にいるから、お母さんが帰ってきたら呼んで」
 前島サンは何か言いたそうだったけど、私は部屋に入ってしまった。悪いこと、したのかな。

 前島サンが結婚したかったのは母だけで、私は必要のない附録だ。母だって、もしかしたら前島サンとふたりだけの方が幸せかもしれない。手毬がイヤだったら結婚なんかしない、と言った母だけど、生まれてくる赤ちゃんからパパを取り上げる権利は、私にはない。

 前島サンは、良い人だ。私を邪魔だなんて思っていないのは、わかってる。でも、私が見えないところで、母と前島サンは私の知らない言葉を話しているのだろう。私がいなければ、この家のいろいろな所で交わされる筈の会話。たとえば夕食のリクエストを、私ではなく前島サンから出すみたいなこと。母が私を大切に思ってくれてることも、ちゃんとわかってる。
 今まで私の母だけだった人が、誰かの奥さんになったり、他の人の母になったりすることに、納得するための時間が足りない。
 時間だけなんだろうか。

「てまちゃん、麻子さんが帰ってきたから、ごはんにしよう」
 前島サンは、盛り付けも下手だった。
「徹君が作ってくれたの? ありがとう」
 母が子供に言うみたいに大仰に礼を言っているのを聞きながら、私は茶碗の用意を始めた。

 徹君、か。新婚さんなんだね、若干難アリだけど。
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