花つける堤に座りて

蒲公英

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花つける堤に座りて

新生活-2

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「お友達、もうできた?」
入学式から先に帰ってきていた母が、私にコーヒーを出しながら言う。
「一日でなんか、友達になれるわけないじゃん」
大人って、子供同士が群れていることを友達って表現する。子供には「友達」と「知らない人」の2種類しかないって思っているみたい。母は、それはそうねぇと頷いた後、自分のコーヒーを持って食卓の向かい側に座った。
「コーヒーなんか、飲んでいいの?」
「一杯くらい飲んでもいいじゃないの、ケチ」
 友達みたいな親子、親戚も友達も私たちをそう評した。私も去年まではそう思っていたけど。

 母の恋人を紹介されたのは、6年生になってからすぐのことだった。母よりも7歳も年下なので、友達のお父さんたちよりも遙かに若くて、イメージが狂う。その前から母はずいぶん綺麗になったし、帰りが遅くなるからと祖母の家で食事することが増えたので、恋人ができたことには気が付いていたんだけど、それで私と母の生活が変わることになるとは思わなかった。私自身が外で新しい友達を増やし、休日に母と過ごす時間が減っていたので、母の外出が増えることは、何でもないことだったのだ。

 母に前島サンを紹介された日、私は警戒心でいっぱいだった。
「手毬ちゃんですか、こんにちは。」
 彼は窮屈そうに膝を折って、私と目線を合わせた。私が知っていた大人の男の人は、親戚のおじさんと学校の先生だけなので、なんだかもの珍しい。
「君のお母さんとお付き合いしてる前島と言います。仲良くしてね」
子供扱いしない口調が気持ちよかったので、前島サンと私は、すぐに仲良くなった。『いとこのお兄さん』くらいの仲の良さだけど。

 前島サンと一緒の時も、母は私と接する時には普段通りにしようとしていた。それでも、時折見える甘えた仕草や拗ねたような口調は、私の知らない母だ。イヤな言い方をすれば、母の顔じゃなくて、女の顔。今まで協力し合って上手に回ってきたと思っていた母との生活は、表面上だけのように思えてしまい、私は母と『友達みたいな接し方』ができなくなった。
 そして、先々月急に結婚が決まった。母のお腹に、新しい命が宿ったから。

 どうしたら子供ができるのかくらい、私だって知ってる。授業にもあったし、友達や本からの知識だってある。母と前島サンがそんなことしてるなんて、想像したくもないけど、やっぱりそうなんだろう。ちょっとじゃなくて、かなり気持ち悪い。そうやって考えると、マンションの部屋割りで母と前島サンの寝室が私の部屋から離れているのは、間取りの都合だけじゃないんじゃないか、なんて余計に気持ちの悪い想像をしてしまう。子供のいる家の中では禁止、とかの法律ができればいいのに。

「てまちゃん、学校どうだった?」
 帰ってくるなり前島サンはケーキの箱を食卓に置いた。入学のお祝いのつもりなんだろうか。母が入浴中なので、味噌汁を温めながら返事をする。
「まず、着替えてこないとお母さんに怒られるよ」
 前島サンは、言わないと背広のまま食卓についてしまう。きっと、ひとりで生活していた時はその場でワイシャツとかを脱いで、そのまま食事していたんだろう。ドラマなんかで見る男の人の一人暮らしは家に帰ってもかっこいいけど、前島サンはパジャマ代わりのダサいジャージだ。そう思ってる私もスウェットの上下。一緒に生活するって、こんな格好を見せ合うことなんだな、と納得しちゃう。

 前島サンがケーキをサーブしてくれたので、3人分の紅茶を入れた。母はツワリが長引いているとかで、私が母の分まで食べた。こんな夜中にケーキなんて食べたら太っちゃう。前島サンが一生懸命気を遣ってくれるので、そんなこと言っちゃいけない気はするんだけど。

 前島サンをどう呼んだら良いのかわからないので、今は「ねえ」とか「あのさ」とかって言う。赤ちゃんが生まれたら、きっとその子は前島サンを「パパ」と呼ぶんだろう。その時、私は前島サンをどう呼ぶのかがわからない。赤ちゃんと一緒にパパって呼べれば、きっとそれが一番いいんだろうけど。私も前島さんになった今、いつまでも母の夫を前島サンと呼ぶのはあまりにも変だ。だけど、母にも前島サンにも、なんて呼んでいいのか相談しにくい。食器を軽く洗って、私は自室に引き上げた。ドアを閉めて、溜息をつく。居間でそんなことをしたら、母が気にするのを知っている。
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