流星

蒲公英

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僕が今、できること

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「お菊が転校するらしいぞ。」
 田中と同じ小学校だった友達が、そう言ったのは星を見に行った日から、一週間も経っていなかった。
「俺の母ちゃんが、お菊の母ちゃんから聞いたんだって。」
 ガン、と頭を殴られたような衝撃音が聞こえた。田中はあの時、今度は、と言った筈だ。田中の祖母が病気になり、田中の母は実家に帰ることにしたらしい。友達の声を、頭上の斜め上から降ってくる別の音のように聞きながら、別のことを考えていた。
 僕は田中のことが好きだったのか。

 次の週には、田中が転校することが教室中に知れ渡り、女子は田中の席に集まりがちになって、会話の内容は、僕の席にも漏れ聞こえた。
 引越し先は県内だがずいぶん遠いので、母親の仕事先が変わるらしいことや祖母の家は古い農家のようなつくりで夜が怖いことなどを淡々と説明している。教室で目立たない田中に積極的に声を掛ける男子はいないので、僕は 女子の話の内容を聞き逃さないように、注意深く耳を傾けるしかなかった。
 受験は? うん、行きたいとこ、少し近くなるんだ。そっか、さゆり頭いいもんね。
 いつ引越し? 春休み中。その前にクラスの人たちで集まろうよ。

 最後に田中を見たのは、三月ももう終わりの、桜がほころびかけた公園だった。クラス有志の「お別れ会」は控えめな田中にふさわしい控えめな会で、春の強い風の中にビニールシートが飛ばされる騒動を除けば、ただの雑談に終始するものだった。
 田中から少し離れたところに立ち、僕は田中を目で追っていた。連絡先を聞くこともなく言葉を交わすことすらなく、別れを告げることもせずに。
 夕方に散会した後、僕はひとりで堤防に向かった。
 ここで、並んで星を見ていたのに。もう、顔を盗み見ることもできないのか。自分が哀れに思えてきた頃、田中の横顔が浮かんだ。
 だから今、できることをする。
 田中の会いたい人は、田中の前にはもう現れない。死んでしまったから。どうしようもなくても、自分が何かしなくてはならないのだとしたら。

 僕が今、できることは何だろう。

 曇った星の見えない空を見上げて、僕は考え始めた。
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