流星

蒲公英

文字の大きさ
上 下
6 / 10

約束

しおりを挟む
 期末考査で、田中は学年トップだったらしい。僕については、言いたくない。学校から配られた、順位の記載されたペーパーに自分で親の確認印を押し、個人控え分は千切って学校のトイレに流してしまった、とだけ言っておく。これは通知表をもらった後にバレて、親と大喧嘩をする材料になるのだが、また別の話である。
 とりあえず、彼女は目標に向かって着々と準備を進めていて、休み時間に読んでいる本すら、芥川龍之介や太宰治のような国語の試験に使われやすい小説になっていた。その間に僕がしていたことは、田中の表情を窺い彼女を綺麗だと思っていることと、400mのタイムが伸びなければ長距離に転向しろと陸上部の顧問に言われて不貞腐れたことくらいで、相変わらず自分にできることが何か、なんて考えもしなかった。
 成績が良いヤツは生まれ持って頭が良く、足の速いヤツは努力しなくても足が速い。だから、僕に向いている何かがあるのだろう、と考えていただけだ。努力とか根性なんて言葉は自分とは違う世界の話で、すべては生まれ持った才能に左右され、平凡な両親から与えられる平凡な日常は、うんざりするほど長い一生の間ずっと続く気になっていた。平凡を続けることにも努力が必要だと思うこともなかった。
 
 もう2月も終る日、今日も田中には出合わなかった、と歩く道で背中から声をかけられた。
「また、散歩? 飽きない?」
 白いコートが早足で近付いてくると、僕の鼓動は早くなった。田中は僕の胸の双眼鏡を指差し、あ、それ? と聞いた。首から外して渡すと、双眼鏡を目にあて、頤を持ち上げながら手慣れた様子でピントのダイヤルを調節した。
「そんなに倍率は高くないんだね。」
 ダメ、ここじゃ他の光が入っちゃう、と言いながら田中が僕に双眼鏡を戻すまでの僅かな間で、僕は彼女の細い首から視線を引き剝がすのに大変な苦労をしなくてはならなかった。
「川まで行けば、見えるよ。」
 ここで、この前はごめん、一緒に行こう、とはとても言えない。
「また怒られたら帰り道が怖いから、やだ。」
 田中は笑いながら言ったが、もう詫びる機会なんて、とうに逃しているのだ。
「変質者がいたらどうしようって思ってたんだよ、あの時。」
 僕の失策は、邪魔者扱いしたことだけではなかったのか。怖いの意味は性別によって違うものなのだと、はじめて気がついた。
「もう、怒らない。使わせてやるよ、天気がいい日に。」
 僕の声は、僕にだけわかる程度に上擦っていた。

 8時までに家に帰れば怒られない、と言う田中と待ち合わせたのは、その週の土曜日だった。出掛ける前に、僕はとてもそわそわと落ち着かなかったらしい。母に、女の子と一緒なら帰りは送りなさいよ、と声をかけられた時は思わず絶句した。親は一体、どこまで子供の行動を読んでいるんだろう。やはり後になって聞いた話だが、受け答えが上の空だった上に、珍しく鏡を覗きこんでいたそうである。8時には帰ると言う言葉もキーポイントだったと言っていた。そう言えば、帰宅時間を家に言っておく習慣はなかった。大人を甘く見てはいけない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

処理中です...