花の下にて、春

蒲公英

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校庭にて

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 大学生活も残り一年の予定で、アルバイトとサークルに明け暮れていた春休みに、金物店を営む父の代わりに出身中学に納品に行った。もう顔を知っている教師はいないから、事務室で納品場所を指示してもらって納品書を置いて来るだけだと言われて、気軽に引き受けた。この辺に置いてねと言われたのは、懐かしい技術科教室だ。

 校庭に向かって大きくとってある窓のカーテンは開いていた。校舎と校庭の間に大きな桜の木があり、外が白く見えるほどの満開だった。荷物を降ろした後、しばらく花を見ていた。
 桜に酔うほど風流な性質じゃないが、この桜を見るたびに入学式を思い出す。着慣れないブレザーはオーバーサイズで、みんな真新しいスニーカーを履いていた。女の子たちがひどく大人びて見えて、知らない場所に来たみたいだった。

 桜を隔てた校庭に、走るサッカー部員たち。ずいぶんと小さくて、僕もあんなに小さかったのかとおかしくなる。あんなふうに僕たちも、ドリブルの練習をしたんだ。
 懐かしくなって、校舎を出たあとしばらく校庭でサッカーの練習を見ていた。

 ふと、他の部員よりも達者なドリブルが目についた。髪が女の子みたいだなと見ていると、その部員がホイッスルを吹く。休憩、と張り上げた声は高くて、よく見ればジャージの形が違う。
 女の先生が新しい顧問なのかと面白くなって、もう少しよく見ようと姿勢を変えたら、校舎を向いた顔と目が合った。

 知ってる。この顔を知っている。いくつかの記憶を重ねようとした瞬間、すごいスピードで向こうから走り寄って来た。

「ヒロト! ヒロトだよね?」
「マツリ?」

 技術科教員の病気休職の臨時代替、そんなことを聞いた気がする。十年ぶりの顔が眩しくて、上手く意味が受け取れなかった。

「ヒロト、就職は?」
「まだ卒業前だ、察してよ」

 小学校の大半を過ごした街へ、マツリは戻ってきていた。
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