蝶々ロング!

蒲公英

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エピローグだと思われるもの

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 作業服売場の四月は、不思議に客が多い。新入社員がひとりかふたりの小さな会社が、入社後何日か様子を見てから作業服を作ったり、入社前にアバウトに安全靴と作業着と指示された新人が、自分の装備と他の社員の装備を見比べて慌てて買い直しに来たりする。

 在庫がなければ取り寄せ、社名を刺繍するのなら糸の色を確認し、安全靴は規格の制限があるのか確認し、溶接作業なら化繊ではいけないとか手袋の素材とか、普段よりも確認事項が増える。

 そして早々に入荷しはじめる新商品たち。展示会で買い付けたものが、続々と入荷し始める。まだ羽織物の必要な時期に遮熱だ遮光だ、インサレーションがどうのって商品のダンボールが来てしまう。けれど商品を飾って見せておかなくては在庫を入れているって認識はしてもらえないし、無いと思われてしまうといざシーズンインのときに客が来ない。

 こんなに買ってしまって今月の予算は大丈夫だろうかと、冷や汗をかきながら美優は品出しをする。それでも自分で選んだ商品をもう一度見るのは楽しいし、どんな人が買うんだろうと想像すると嬉しくなる。

 そうしているうちに今度は展示会を行わないメーカーの営業が、新商品を持って訪れる。もう棚にいっぱいの手袋や安全靴は、どれを扱い中止にして新商品と入れ替えるのか、売れ行きを見ながら検討しなくてはならない。スペースには限りがあるのだから、無制限に商品を増やしたりすることはできない。

 それは美優のセンスと采配に掛かっている。売上が上り調子な売り場には、店長だって余計な口出しはできない。

「そんなに注文して、売り先はちゃんと考えてるの? ちゃんと責任とってよ」

 せいぜいそんな嫌味を言われるくらいで、ここは経営者の身内の強みかも知れないが、それ以上の説教はなかった。四月がバタバタしているのは階下も同じだろうし、中年の店員たちも少しずつ動きがあって、売上が安定してきた作業服売場に口を出す暇がないのかも知れない、

 伊佐治のメイン商品はあくまでも工具であり、作業服はそのついでに扱うような位置づけだが、美優は最近気がついたことがある。宣伝をしているわけではないから、おそらく口コミなのだろう。

 一階の客と二階の客で、微妙に客層が違う。一階の客は相変わらず二階をついでに見回していくのだが、明らかに二階にだけまっすぐに来て、作業着や安全靴のみを購入していく客が増えた。そういう客は、ファッションに一言ある人が多い。

 ブランドだけでなく、トータルでコーディネートしてベルトやインナーまで選ぶ。こういうものが欲しいと主張して、見つからなければカタログから選び、取り寄せて質感を確認してから買いたいと言う。つまり、店員が常駐していなければ対応できない客である。

 この人たち、私のお客さんなんだ。伊佐治の中だけど、私の売り場目当てで来てる。

 何も考えずに始めたアルバイトで、ぶすったれたり辞めようと思ったり、売り買いのバランスがわからなかったり客に喧嘩を売られてみたり。バタバタと経ってしまった一年で、はじめて自分の成果が見えた気がした。

 まだ誇れるほど実績は上がってない。一号店にやっと追いついてきたかなって程度だ。けれど確実に言えるのは、一年前の売り場じゃない。自分が作った売り場で、自分の売上を上げているってことだ。


 土曜日の午後。親子連れや夫婦連れがぼちぼち来店する時間帯に、よく知っている顔が訪れた。

「よ、みー。新人に何か見繕いに来た」

 オレンジ色の髪の後ろで、見知らぬ男が少し頭を下げた。

「安全靴と作業着でいいの? 超超?」

「チョウチョウ? えっと、ニッカです」

 鉄が笑う。

「俺らが穿いてんの、ニッカじゃねえけど。平ズボンでもいいよ、とりあえず一式支給するって親父が言うから」

「ヒラズボンってなんですか」

 しばらく社内で資材整理をさせていたとかで、まだ職人たちとのやりとりは薄いと言う。これから現場に出るときに、自分のスタイルを気に入ってくれると良いな、と美優は思う。

 鳶はスタイル、なんて気取っていた鉄だって、仕事の顔はあくまでも真摯なのだから。

「じゃ、ご説明しますね。気に入ったものがあれば、試着してください」

 ハンガーラックを背に美優が言い、新人の後ろに立った鉄が新商品のカタログを手に取った。


 いらっしゃいませ! ここは伊佐治の作業服売場です。担当は私、相沢美優にお任せください。できる限りのお買い物のお手伝いをさせていただきます。


                                                                              fin.
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