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「っ、はぁ、ここまで来ればもう奴等は追ってこないだろう……」

 息を切らして中庭の方まで来た。焦って来たもののここに逃げてどうすんだという話だが。

 目の前の男の様子を伺う。
俺とは違い、息が全く乱れてない。ただ獲物を狙う肉食動物のように俺を睨んでいる。
こっわ!!勝手に外に連れ出したからそんなに怒ってるの?いやいや、そもそもキスしたコイツが悪いでしょ!

「あ、あのさ。落ち着いて聞いてくれ」

 俯きながらもしどろもどろに言う。

 なんて言えばいいんだろ。取り敢えず、怒る前にコイツが俺にキスしていたという事実を伝えなくてはいけない。
 
「実はさ、お前、毎日寝惚けて彼女と勘違いしてんのか知らないけど、俺にキスしてくんだよ」

 言い終え、ぎゅっと拳を握り締めながら俯いた。

 ど、どう思うんだろう。どんな顔をするんだろう。ポーカーフェイスな熊野がムンクの叫びのような顔をするだろうか。
普段の顔が崩れる様はかなり好奇心を掻き立てられる。そして胸を高鳴らせながら見上げると、予想外の顔をしていた。

「……成程な」

 悔しいような悲しいような、そんな顔をしていた。いつもみたいに眉間に皺を寄せて険しい表情をしているのに何処か瞳が泣きそうに揺れている。
俺の視線を気にしたのか彼は片手で顔を覆ったままため息を吐いた。

 そ、そんなにショックだったのか。
きっとコイツの事だから想像していたキスの相手は超絶可愛い女の子なんだろうな。それがまさか俺なんて、泣きそうな程落ち込むだろう。

「そ、そんなに落ち込むなって!まあ今までの事は無かったことだと思えば」
「無かった事になんてしたくない!」

 急に出された大声に肩が揺れる。そしてそのまま肩を捕まれ、身を熊野の方へ引き寄せられる。彼の熱い吐息が頬に当たった。

「間違えてなんてない。俺はお前が好きなんだ」

 頬が赤い。冬の夜更けの冷たい風のせいだ、そうだと思いたい。だって俺も彼と同じように沸騰しそうな程顔が熱いから。

「はっ、じょ、冗談……」
「冗談でこんな事言うわけないだろう。第一、俺達はもう付き合ってるのかと思ってた」
「はぁ!?」

 とんでもない爆弾を落としてきた。
 熊野が俺を好きってことがもう有り得ないのに付き合ってるつもりでいたなんてとんだ冗談だろう!?こんな冷めたカップルいる?いないよ!

「いやいや、俺達全然話さないし告白とかしてないじゃん!」
「した」
「いつ?」

 すると、彼は照れ臭いのか知らないがまるで花も恥じらう女の子のように頬を赤く染めてポツポツと話した。

「俺が風邪をひいた時、猫宮がお粥作ってくれただろう?その時毎日食べたいって言ったら良いよって返してくれたし」
「ええ、あれが告白!?」

 確かにそんな事はあったが俺はただ単に風邪をひいた熊野を労わっただけだし、その言葉を聞いた時は『お粥毎日食うとか逆に腹壊しそうだな』なんて普通に冗談だと思い込み聞き流していた。

 まさか、貴方の味噌汁を毎日飲みたい的な意味で言われていたとは……。そういうのは味噌汁飲んだ時だけにしてくれよ。
 
「キスも毎日受け入れてくれてたのに、まさか勘違いだなんて」
「え、俺が起きてるって気付いてしてたのかよ!?」
「ああ。最初は寝顔が可愛くてつい抑えられなくて毎日してたが、猫宮が起きてる時も抵抗が無かったから猫宮も嬉しいのかと……」

 そんな、俺が受け入れてると思って舌を入れてきたりしたのか。つまり、コイツが勘違いしてたのではなく俺が勘違いをしてたってこと?
てかコイツ自意識過剰じゃないか!?

「あの、悪いけど俺まさか付き合ってるなんて思わなくてさ、ごめんな」
「いや、俺もはっきり言葉で言わなかったのが悪かった」
 
 と、取り敢えず謝罪は受けたし無事解決だな。
うん。ちょっと急な情報過多で倒れてしまいそうだ。

「えっと、俺は熊野の事そういう目で見てなかったけどさ、これからも熊野とは普通に友人として仲良くしたい。だから普通に話しかけても良い?」

 熊野の気持ちはしっかり受け取った。だけど俺は恋愛対象として見た事がない。そんな仲良くないし性別も同じイケメンだし。でも、普通に悪い奴じゃないしこの同室期間が終わるまでの間は平和に過ごしたい。

 首を傾げて聞くと、熊野はごくりと生唾を飲む。そして顔を紅潮させながら告げた。
 
「分かった。じゃあ俺も頑張る」
「ああ、ありがとう!」
「これから猫宮に意識して貰えるようにもっと積極的になるように努めよう」

 ん?
 え、今コイツなんて?

「猫宮、愛してるよ」

 一瞬思考が止まった俺に甘い言葉と共に唇に口付けを落とした。
 刹那、顔が爆発したみたいに熱くなる。きっと今の俺は顔が真っ赤だ。狼狽えて口をぱくぱくと餌を前にした鯉のように開閉させる。

 一方、熊野は俺の反応を見て些か愕然とするが蕩けるように甘い笑みを浮かべた。

 熊野の大きな手が腰に回り、引き寄せられる。そしてそのまま彼は俺の口を喰らおうとしたが、咄嗟に両手で口を抑えた。

「き、キスはもうしない!!」

 そして俺はその場から脱兎の如く逃げた。

 あー、もう最悪だ!!俺は別に何もしてないのに、こんなに心が掻き乱されるのは全部全部熊野のせいだ。

「こ、これからどんな顔して会えばいいんだよ……」

 大きな溜息と共に零す不安。
 熊野以外の獣にも狙われていることを当の本人は知る由もなかった。


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