5 / 5
5
しおりを挟む
振り向いた先には美しい男がいた。腰まで伸びた長い金髪に硝子玉を閉じ込めたような綺麗な目。スッキリとした鼻筋に桜色の薄い唇。まるで絵の中から飛び出た王子のような美貌だ。思わず凝視してしまう。そんな不躾な態度にも彼は嫌な顔せず寧ろ花が咲くような笑顔を浮かべた。
「どれを食べようか迷ってるの?」
「あ。えっと、そうです。はい」
初対面の人と話す事が久々で動揺し過ぎていつも以上に吃る。しかし彼は馬鹿にせずその後も普通にゆっくりとした口調で話してくれた。
「僕も初めて来たから何が美味しいか分からないんだ。一緒に見ていい?」
声が出ない代わりに何度も頷く。するとふわりと笑って俺の横からメニュー表を覗いた。
緊張して頭に入らない。無意識にそわそわするし、神々し過ぎて俺のようなゴミが近付くには恐れ多過ぎると思う。もうオムライスとか適当に選んでさっさとこの場から離れよう。しかし、俺が歩き始めると同時に何故か後ろから彼はついてきた。
「何かありましたか?」
「ん?見ちゃダメ?」
「いやっ、ダメじゃないですけど、なななんかあったのかなって」
「可愛いから見たかっただけ」
は?今なんて?
呆然とする俺と一方、彼の後ろからとんでもない程大きな叫び声が聞こえた。それも一人だけじゃなくてかなり多くの生徒が叫んでいる。驚いて少し後退ると腕を掴まれた。
「ここ、煩いね。別で食べよう。おいで」
そのまま彼に引っ張られていく。どうしよう。これじゃ絶対後でビルギットに怒られる。でも逆らう勇気なんて無いし大人しく従うしかない。
喧騒から離れた静かな場所に着くとやっと手を離された。一体何故こんな所に連れてきたのだろう。疑問に思いながらも彼に勧められた席にちょこんと座る。彼が指をパチン!と鳴らすと突如黒服のスーツを身に付けた男が入ってくる。そして彼等は料理を置いてそのまま無言で何事も無かったように消えた。カオスな状況に困惑し呆気に取られていると王子(仮)は俺の横に腰掛けた。
「何が食べたい?」
「へっ、あ、いや、俺の分はお気になさらず」
「食べたいの無かった?なるべく色んなものを用意したんだけど」
まさか俺の為に用意を?そんな訳が無い。だって相手は貴族様だ。平民の食事なんて興味ないだろうし、きっと気まぐれとかその程度だと思う。そう結論付けて遠慮がちに目の前にあるパスタを食べる。やっぱり味がしない。でも残したくないから頑張って飲み込む。
「これも食べて」
「え、そんな」
「一口で良いから」
若干強引にミネストローネの入った器を押し付けられる。仕方なく口にスプーンを入れた。
「美味しい?」
「はい。とても」
「僕も食べようかな」
そして彼は俺の使ったスプーンでミネストローネを掬い口の中に入れてしまった。
えっ、何してんの?他にスプーン無いのか?俺の唾液が付いたスプーンなんてどれだけ汚いだろうか。今すぐ吐き出さないと。
「す、すみません」
「何で謝るの?」
「俺が使ったスプーンなんかで食べさせて申し訳なくて。あ!えっと、食堂から新しいの持ってきましょうか?」
「そんなの要らない」
笑顔がスっと消えて真顔になった。綺麗な顔だが血も通ってない人形のように冷たい顔に少し悪寒を感じた。だがけろりと表情を戻し「美味しいね」と俺に笑いかけた。
よく分からない彼に俺は戸惑いながらも頷いた。彼はそのまま同じスプーンで掬い俺の口元へ持ってくる。
「はい。あーん」
「え」
「食べて」
まさか「あーん」を俺が体験出来るとは思ってもいなかった。相手は男だが。彼女も友人もいない俺に一生無縁のものだと思っていたが、こんな綺麗な人にしてもらう事は今後二度と有り得ないだろう。
恐れ多いが指示に従わないとさっきみたいに怒らせてしまうかもしれないと思い、躊躇いながらもそれを口に含んだ。それを見て彼はもっともっと、とミネストローネ以外も与えようとする。それはまるで飢えた雛鳥にいそいそと手ずから与える親鳥のようだった。
「あ、の、もう大丈夫です」
「まだあるよ」
「いや、お腹いっぱいで」
「もう?胃も小さいの?」
それは俺の体がガリだって遠回しに言ってるんでしょうかね……。
「残念だな。そうだ!デザートは?別腹でしょ?」
「いや、その、俺、もう帰らないと」
「なんで?」
「一緒に食べるはずだった人がいたんですけど、何も言わずに置いてきてしまったので」
帰ったらビルギットはきっと「この俺様を置いてーー」と怒鳴り散らかすに違いない。考えるだけで胃が痛くなってきた。
余程俺の顔が酷かったのか、彼の顔が曇る。そして小さな声が響いた。
「……ビルギット = シェルベリ」
「え?」
「シェルベリ家の彼?噂で聞いてるよ。彼に随分困ったことをされてるって」
全く知らない人にまでそんな噂が広まってるなんて結構ショックだ。これから知らない人と顔を合わせる度にいじめられっ子だって思われてるんだろうな、なんて悲観的に考えてしまうだろう。
ここで、ええそうですよと頷くのも惨めだから俺は曖昧に笑うだけで無言を貫いた。ちっぽけな見栄を張るのは相変わらずだ。
「助けてあげるよ」
彼は莞爾と笑った。
「どれを食べようか迷ってるの?」
「あ。えっと、そうです。はい」
初対面の人と話す事が久々で動揺し過ぎていつも以上に吃る。しかし彼は馬鹿にせずその後も普通にゆっくりとした口調で話してくれた。
「僕も初めて来たから何が美味しいか分からないんだ。一緒に見ていい?」
声が出ない代わりに何度も頷く。するとふわりと笑って俺の横からメニュー表を覗いた。
緊張して頭に入らない。無意識にそわそわするし、神々し過ぎて俺のようなゴミが近付くには恐れ多過ぎると思う。もうオムライスとか適当に選んでさっさとこの場から離れよう。しかし、俺が歩き始めると同時に何故か後ろから彼はついてきた。
「何かありましたか?」
「ん?見ちゃダメ?」
「いやっ、ダメじゃないですけど、なななんかあったのかなって」
「可愛いから見たかっただけ」
は?今なんて?
呆然とする俺と一方、彼の後ろからとんでもない程大きな叫び声が聞こえた。それも一人だけじゃなくてかなり多くの生徒が叫んでいる。驚いて少し後退ると腕を掴まれた。
「ここ、煩いね。別で食べよう。おいで」
そのまま彼に引っ張られていく。どうしよう。これじゃ絶対後でビルギットに怒られる。でも逆らう勇気なんて無いし大人しく従うしかない。
喧騒から離れた静かな場所に着くとやっと手を離された。一体何故こんな所に連れてきたのだろう。疑問に思いながらも彼に勧められた席にちょこんと座る。彼が指をパチン!と鳴らすと突如黒服のスーツを身に付けた男が入ってくる。そして彼等は料理を置いてそのまま無言で何事も無かったように消えた。カオスな状況に困惑し呆気に取られていると王子(仮)は俺の横に腰掛けた。
「何が食べたい?」
「へっ、あ、いや、俺の分はお気になさらず」
「食べたいの無かった?なるべく色んなものを用意したんだけど」
まさか俺の為に用意を?そんな訳が無い。だって相手は貴族様だ。平民の食事なんて興味ないだろうし、きっと気まぐれとかその程度だと思う。そう結論付けて遠慮がちに目の前にあるパスタを食べる。やっぱり味がしない。でも残したくないから頑張って飲み込む。
「これも食べて」
「え、そんな」
「一口で良いから」
若干強引にミネストローネの入った器を押し付けられる。仕方なく口にスプーンを入れた。
「美味しい?」
「はい。とても」
「僕も食べようかな」
そして彼は俺の使ったスプーンでミネストローネを掬い口の中に入れてしまった。
えっ、何してんの?他にスプーン無いのか?俺の唾液が付いたスプーンなんてどれだけ汚いだろうか。今すぐ吐き出さないと。
「す、すみません」
「何で謝るの?」
「俺が使ったスプーンなんかで食べさせて申し訳なくて。あ!えっと、食堂から新しいの持ってきましょうか?」
「そんなの要らない」
笑顔がスっと消えて真顔になった。綺麗な顔だが血も通ってない人形のように冷たい顔に少し悪寒を感じた。だがけろりと表情を戻し「美味しいね」と俺に笑いかけた。
よく分からない彼に俺は戸惑いながらも頷いた。彼はそのまま同じスプーンで掬い俺の口元へ持ってくる。
「はい。あーん」
「え」
「食べて」
まさか「あーん」を俺が体験出来るとは思ってもいなかった。相手は男だが。彼女も友人もいない俺に一生無縁のものだと思っていたが、こんな綺麗な人にしてもらう事は今後二度と有り得ないだろう。
恐れ多いが指示に従わないとさっきみたいに怒らせてしまうかもしれないと思い、躊躇いながらもそれを口に含んだ。それを見て彼はもっともっと、とミネストローネ以外も与えようとする。それはまるで飢えた雛鳥にいそいそと手ずから与える親鳥のようだった。
「あ、の、もう大丈夫です」
「まだあるよ」
「いや、お腹いっぱいで」
「もう?胃も小さいの?」
それは俺の体がガリだって遠回しに言ってるんでしょうかね……。
「残念だな。そうだ!デザートは?別腹でしょ?」
「いや、その、俺、もう帰らないと」
「なんで?」
「一緒に食べるはずだった人がいたんですけど、何も言わずに置いてきてしまったので」
帰ったらビルギットはきっと「この俺様を置いてーー」と怒鳴り散らかすに違いない。考えるだけで胃が痛くなってきた。
余程俺の顔が酷かったのか、彼の顔が曇る。そして小さな声が響いた。
「……ビルギット = シェルベリ」
「え?」
「シェルベリ家の彼?噂で聞いてるよ。彼に随分困ったことをされてるって」
全く知らない人にまでそんな噂が広まってるなんて結構ショックだ。これから知らない人と顔を合わせる度にいじめられっ子だって思われてるんだろうな、なんて悲観的に考えてしまうだろう。
ここで、ええそうですよと頷くのも惨めだから俺は曖昧に笑うだけで無言を貫いた。ちっぽけな見栄を張るのは相変わらずだ。
「助けてあげるよ」
彼は莞爾と笑った。
31
お気に入りに追加
78
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
【完結・短編】game
七瀬おむ
BL
仕事に忙殺される社会人がゲーム実況で救われる話。
美形×平凡/ヤンデレ感あり/社会人
<あらすじ>
社会人の高井 直樹(たかい なおき)は、仕事に忙殺され、疲れ切った日々を過ごしていた。そんなとき、ハイスペックイケメンの友人である篠原 大和(しのはら やまと)に2人組のゲーム実況者として一緒にやらないかと誘われる。直樹は仕事のかたわら、ゲーム実況を大和と共にやっていくことに楽しさを見出していくが……。
片桐くんはただの幼馴染
ベポ田
BL
俺とアイツは同小同中ってだけなので、そのチョコは直接片桐くんに渡してあげてください。
藤白侑希
バレー部。眠そうな地味顔。知らないうちに部屋に置かれていた水槽にいつの間にか住み着いていた亀が、気付いたらいなくなっていた。
右成夕陽
バレー部。精悍な顔つきの黒髪美形。特に親しくない人の水筒から無断で茶を飲む。
片桐秀司
バスケ部。爽やかな風が吹く黒髪美形。部活生の9割は黒髪か坊主。
佐伯浩平
こーくん。キリッとした塩顔。藤白のジュニアからの先輩。藤白を先輩離れさせようと努力していたが、ちゃんと高校まで追ってきて涙ぐんだ。
可愛い男の子が実はタチだった件について。
桜子あんこ
BL
イケメンで女にモテる男、裕也(ゆうや)と可愛くて男にモテる、凛(りん)が付き合い始め、裕也は自分が抱く側かと思っていた。
可愛いS攻め×快楽に弱い男前受け
それはきっと、気の迷い。
葉津緒
BL
王道転入生に親友扱いされている、気弱な平凡脇役くんが主人公。嫌われ後、総狙われ?
主人公→睦実(ムツミ)
王道転入生→珠紀(タマキ)
全寮制王道学園/美形×平凡/コメディ?
王道学園なのに、王道じゃない!!
主食は、blです。
BL
今作品の主人公、レイは6歳の時に自身の前世が、陰キャの腐男子だったことを思い出す。
レイは、自身のいる世界が前世、ハマりにハマっていた『転校生は愛され優等生.ᐟ.ᐟ』の世界だと気付き、腐男子として、美形×転校生のBのLを見て楽しもうと思っていたが…
周りが幼馴染をヤンデレという(どこが?)
ヨミ
BL
幼馴染 隙杉 天利 (すきすぎ あまり)はヤンデレだが主人公 花畑 水華(はなばた すいか)は全く気づかない所か溺愛されていることにも気付かずに
ただ友達だとしか思われていないと思い込んで悩んでいる超天然鈍感男子
天利に恋愛として好きになって欲しいと頑張るが全然効いていないと思っている。
可愛い(綺麗?)系男子でモテるが天利が男女問わず牽制してるためモテない所か自分が普通以下の顔だと思っている
天利は時折アピールする水華に対して好きすぎて理性の糸が切れそうになるが、なんとか保ち普段から好きすぎで悶え苦しんでいる。
水華はアピールしてるつもりでも普段の天然の部分でそれ以上のことをしているので何しても天然故の行動だと思われてる。
イケメンで物凄くモテるが水華に初めては全て捧げると内心勝手に誓っているが水華としかやりたいと思わないので、どんなに迫られようと見向きもしない、少し女嫌いで女子や興味、どうでもいい人物に対してはすごく冷たい、水華命の水華LOVEで水華のお願いなら何でも叶えようとする
好きになって貰えるよう努力すると同時に好き好きアピールしているが気づかれず何年も続けている内に気づくとヤンデレとかしていた
自分でもヤンデレだと気づいているが治すつもりは微塵も無い
そんな2人の両片思い、もう付き合ってんじゃないのと思うような、じれ焦れイチャラブな恋物語
転生したら、ラスボス様が俺の婚約者だった!!
ミクリ21
BL
前世で、プレイしたことのあるRPGによく似た世界に転生したジオルド。
ゲームだったとしたら、ジオルドは所謂モブである。
ジオルドの婚約者は、このゲームのラスボスのシルビアだ。
笑顔で迫るヤンデレラスボスに、いろんな意味でドキドキしているよ。
「ジオルド、浮気したら………相手を拷問してから殺しちゃうぞ☆」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
つ、続きをお恵みください!
感想ありがとうございます!
思い付いたら書く予定ですので暫しお待ちくださいませ……!!🙇♀️🙏