上 下
9 / 18

お側に置いてくれますか?

しおりを挟む
 次の日、俺はアミィと一緒に高天崎市で一番大きいメンテナンスセンターへと来ていた。メンテナンスセンターの中では、様々な種類のアンドロイドが行き来している。

 もちろん、俺と同じようにアンドロイドの主人の姿もちらほら見える。正直なところ、人間とアンドロイドはパッと見では違いが解らないもんだから、その景色は人間の病院と全く変わらない。

 不可抗力とはいえ、さすがに昨日のアミィはやりすぎた。今後もこの様なことがあるようだと、俺の管理責任が問われかねない。アンドロイドの不始末は、持ち主が責を負うよう法にしっかり定められているからだ。

 アミィを担当の係員に預け、部屋の前の長椅子に腰かけて天井を仰ぎながらしばらくボーッとしていた。

「何もなければいいんだけどな……」

 いや、ここまで来て何もないわけはないんだけど、口にしないと不安で押し潰されそうになるもんだからつい口走ってしまった。

 しばらくすると、自動ドアか開く音と共に部屋の中から係員が出てきた。その様子はあくまで事務的、俺の不安は加速する。

「響さん、こちらへ」

 俺は部屋の中に案内され、そこで担当の整備士から絶望的な説明を受ける。

「どうやら人格プログラムにバグが発生しているようですね。性格が攻撃的になり、日常生活に支障が出るということは稀にあることなのですよ。こういったケースの場合は複雑な人格プログラムの一部分だけの修正は非常に困難なのが現状です。私達としては取り返しがつかないことが起きる前に初期化する事をお勧めします」

 初期化。

 馬鹿な。

「そんな! 何とかなりませんか!?」

「難しいですね、まぁ幸いまだ購入されてから間もないようですし、こういった決断は早いほうがいいと思いますよ。何かあってからでは遅いですからね」

 野郎、好き勝手いいやがる。殴りかかりたい気持ちだけど、整備士の言うことも最もだ。何かあってからでは遅いという意見は俺には看破できない。

「解りました……もう少し考えさせてください」

 俺は沈痛な気持ちで顔を伏せながら部屋から出た。部屋の前ではきれいにクリーニングされたアミィが待っていた。

「どうでしたか? ご主人様」

 アミィは俺のもとに駆け寄って、こちらの様子を伺う。その目は俺の答えを待ちわびて不安そうにしていた。

「いや、どこも悪くないってさ」

 俺は無理やり作り笑いを浮かべながら、アミィに嘘をついた。そこまでしてでも、アミィが心配することだけは避けたかった。

「そうでしたか……それならよかったです」

 アミィの表情は、いくぶんか安心したようにも見えたけど、いつもの笑顔からしたら程遠かった。

「それじゃあ、帰ろうか、アミィ」

「はい、ご主人様」

 俺達はそのまま二人並んで家路についた。その足取りは重く、部屋に着くまで俺とアミィは、ほとんど会話を交わすことは無かった。

 ………

 夕飯を終え、俺は明日の仕事に向けて早めに休もうとした。しかし、アミィが俺に何か話したい事があるようだった。

「ご主人様」

 いつもの笑顔はない。アミィはただ無表情で見つめている。俺はそのただならぬ気配に背筋を正して、アミィに向き合う。

「今日の先生のお話なんですけど……ダメ、だったんですよね?」

 どうやらアミィには隠しきれなかったようだ。俺は今日整備士に説明された内容をアミィに伝えた。

 それを聞いたアミィは俺の方を真っ直ぐ見て言った。その目は、俺の目を捕らえて離さなかった。

「私、大丈夫ですよ。短い間でしたけど、私、幸せでした」

 俺は黙ってアミィの話を聞く。俺を見るアミィの瞳が見開かれ、次第に、俺を優しく慈しむような目に変わっていく。

「次にご主人様とお会いする時も、お慕い申し上げますから。だから、泣かないでください、ご主人様」

「え……?」

 俺の頬を、涙が伝う。そして、アミィは俺に言った。

「今日まで、私に良くしてくれて、本当にありがとうございました! またお会い出来る日を楽しみにしてますから! さよならは言いません! だって、私は、いつまでも、何があっても、ご主人様のメイドですから! 大丈夫ですよ! ご主人様!」

 アミィの顔はとびっきりの笑顔を浮かべていた。俺を悲しませないように、気張って、無理して。そんなアミィのいじらしい姿を見た俺の自制心は、限界だった。

「アミィ!!」

 俺はアミィを抱き締める。そして、俺は恥も外聞もなく泣き叫びながらアミィを抱き締める手に力を込めた。

「嫌だ! 俺は離したくない! 離すもんか! アミィは俺の家族だ! 絶対に、どこにも行かせない! だから、アミィが我慢することなんか何もないんだ!」
 
 そうだ、アミィは俺の家族だ、もう二度とたまるものか! 俺の叫びに、アミィの目からも涙が伝う。やっぱりアミィは我慢していたんだ。

「ご主人様……嬉しいです……何もできない……お役に立てない……それどころか、私が側にいるだけで迷惑をかけるかもしれない……そんな私でも……お側に置いてくれますか?」

 俺はアミィの言葉に何度も頷いた。アミィはアンドロイド、アミィが感じているこの気持ちはプログラムされた作り物、そんなことは解っている。それでも、俺は失うことが恐い、恐いんだ。

「あぁ……! あぁ……! いつまでも、俺の側に居てくれ……! 居て欲しいんだ……! アミィ……!」

 そうさ、法が何だ、責任が何だ、何だってしてやるさ。大丈夫、何かいい解決法があるはずだ。次の日、俺は仕事を休み、何かいい方法が無いか死に物狂いで探し続けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件

フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。 寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。 プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い? そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない! スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。

お兄ちゃんは今日からいもうと!

沼米 さくら
ライト文芸
 大倉京介、十八歳、高卒。女子小学生始めました。  親の再婚で新しくできた妹。けれど、彼女のせいで僕は、体はそのまま、他者から「女子小学生」と認識されるようになってしまった。  トイレに行けないからおもらししちゃったり、おむつをさせられたり、友達を作ったり。  身の回りで少しずつ不可思議な出来事が巻き起こっていくなか、僕は少女に染まっていく。  果たして男に戻る日はやってくるのだろうか。  強制女児女装万歳。  毎週木曜と日曜更新です。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

処理中です...