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第二章  調停者。

今ここにある、『いつか』。

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 表紙を開いた最初のページ、それは『序章』のふた文字から始まる物語。
 くろうさぎさんは何度も読んだであろうその言葉達を静かに読み上げます。

【序章】

 ──その日、僕達は『世界』という存在を知りました。

 この地に暮らす人間とモンスターという異なる二つの種族。それは『世界』の中に存在する二つの種。意図してか、または偶然か、そのいわれを確かめるすべは何処にもなく、ただ一つ確かなことは僕達が生まれて来た瞬間、そこには既に『世界』という存在はあったのでした。

【第一章、始まりの世界】

 ──一度目の世界。

 最初に『世界』は私達に『自由』を与えました。

 生きとし生ける者達にとってそれは与えられて当然の権利。人間、モンスター、世界。『世界』の思い描く理想の世界とはそんな全てが共存する世界、誰もが『自由』を謳歌する世界だったのかもしれません。

 ですが、そんな世界は『自由』の名の下にそこに『争い』という名の怪物を生み出します。
 
 世界の種が『自由』を手にし進んだ先で待ち受けていたのはそれぞれの『自由』を賭けた『争い』でした。人間もモンスターも己れの『正義』を掲げると対立し、たちまち世界の色を紅く染め上げます。それに気づいた『世界』は慌ててあらゆる手段を試みてはみましたが時すでに遅し……

 ……なすすべを失った世界は一度目のやり直しをここに決意します。

 それはその本に記されていた第一章、『世界の始まり』についてのお話でした。。くろうさぎさんは一呼吸置くと続けて第二章、『世界の過ち』の章を読み上げます。

【第二章、世界の過ち】

 ──二週目の世界。

 その世界に『世界』は『自由』ではなく、『平等』を与えました。

 それは世界をやり直すにあたって『世界』が必要だと思った『決まりごと』です。そうしてやり直された世界ではその望み通り『争い』は消えてなくなります。人間もモンスターも皆等しく平等になったこの世界に紡がれたのは『平和』という文字。穏やかな日々が時を刻む世界がそこには実現したのでした。ですが、そんな日々もそう長くは続きませんでした……

 ……きっかけは、そこにあった『違い』です。

 それに最初に気がついたのは一人の『冒険者』でした。モンスター達と戦う『力』を持ったその冒険者は、ある日自分には『力』がある事に気がつきます。

 自分は普通の村人達とは違う。戦うだけの『力』を持っている存在だ。

 そこに明確な『差』があると気がついた冒険者が次に持ったのはそんな『視点』でした。冒険者はその『差』を前提に世界にある『違い』に目を向けるようになります。そして見えてきたのは人間とモンスター、男と女、大人と子供。私とあなた。そこにある絶対的な『違い』達です。分け隔てなく与えられた『平等』の中にあっても覆す事の出来ない『違い』がそこにはあたりまえのように溢れていました。

 すると、そんな冒険者の心の中に芽生えたのはかつてない程の『欲望』です。

 覆すことの出来ない『違い』のあるこの世界において、『平等』とは成立する筈のない答え。奇しくも『平等』は災厄の種となってしまいます。世界の与えた『平等』は『違い』の下で『欲望』となってその花を咲かせます。

 ──そして繰り返される悲劇の歴史。
 
 多少の時間の差はあったにせよ大きな流れの中で例えれば、それは小さな誤差程度の違いでした。再び世界はその色を紅く染め上げると、『世界』は二度目のやり直しを行いました。

 そこまで読むとくろうさぎさんは一度視線を本から外しアナスタシアに目を向けます。

「……それからの世界の歴史は『苦悩』と『暴走』の歴史だったね」

 そんなくろうさぎさんの言葉にアナスタシアも視線を合わせると答えます。

「……三度目の世界に『世界』が与えた『決まりごと』は『人間達の排除』……」
「……そう。そして四度目はその逆『モンスター達の排除』だった……」
「そして、そのどちらも結果としては結局今までと同じ……」
「その対象と場所が変わっただけで大きな流れが変わる事はなかったんだ……」

【第三章、四章、変わらない世界】

 その章に記されていたのはそんな『世界』の『偏ったやり方』でした。人間とモンスターの共存は捨てどちらか片方だけを残すその選択は身を結ぶ事なく、結局『世界』は『やり直し』を繰り返します。

【第五章~……苦悩~崩壊】

 アナスタシアは視線を逸らすとその表情を曇らせ呟きます。

「だから、世界は『苦悩』する……」
「……堂々巡り。『世界』はどうにかしようと考えてはやり直すの繰り返し……」
「そして、その先でついには『世界』はある一つの『決断』をした……」
「……そう。『世界』は世界を『壊す』事を選択したんだ」

 苦悩の末、その果てに辿り着いた『世界』の答えは『崩壊』。この世界は『世界』の意思の下、その存在そのものを消しさる決断を下します。

「……でも、そんな時。そう、僕達は出会ったんだよね」
「ああ。世界樹ユグドラシルの樹の下で私達は出会い、そして『彼女』と出会ったんだ……」
「そう。『彼女』。黒髪の小さな少女『世界』とね」

 そして一人と一匹は語ります。

「……今はもう顔も思い出せない黒髪の少女、『世界』」
「記憶にはないけれど、確かに僕達は彼女と出会っていて……」
「世界の『崩壊』の前に……」
「……彼女とある『約束』を交わした……」
「……次の世界で私達が必ずキミを守ると……」
「うん。キミは世界の違和感を正す『調停者』として……」
「そしてキミは世界を導く『物語の案内人』としてだ」

 それは、この世界にいる誰も知らない一人と一匹だけが知っている真実。この世界は今までに何度も『やり直し』を繰り返し、その度に『世界』は世界に『決まりごと』を決めて来たとういう事実。そんな『世界』とは記憶にない一人の黒髪の少女のことで、一人と一匹は彼女と出会い『約束』を交わした言わば選ばれし者達だったのでした。

 そして、くろうさぎさんは本を静かに閉じるとこう言いました。

「──それが『世界』が僕達に託し賭けた最後の『やり直し』の時間。今の僕達のいるこの世界。異世界1.9の世界だ──」
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