上 下
474 / 1,278
第四章  【ソイランド】

4-20 懇願

しおりを挟む





「――はぁっ?」



ハルナの口出た言葉は、その途中何も引っ掛かることがなく心から出された生じた感情がそのまま音となって表れた。



ユウタはハルナに対し、一緒に逃げようと持ち掛けた。
その言葉は、ハルナにとって何の現実味のない提案だった。



「ちょっ……ちょっと待ってください、ユウタさん!?」

「――え?」



ハルナの反応にユウタは、戸惑いを見せる。

ユウタはある時から、元の世界から来た他の人物にあった際にその二人で逃げようと決めていた。
その日を夢見て、何度も何度も頭の中でこの状況をシミュレーションし、その後の幸せな生活を頭の中で描いてきた。

だが、ユウタの計画のなかで一番の問題点は”必ず良い返事がある”という前提で進められていたことだった。
これから起こる夢のような予定は、全てその条件の元に成り立っていたのだ。



「えっと……ここは……いい返事で……そこから……恰好よく……逃げて」




ユウタは虚ろな目で、独り言をブツブツとつぶやいている。
目の前にいるハルナは、今現在ユウタの意識の中には存在していない。



「……ユウタさん!」



ハルナは、一人で違う自分の空想の世界に入り込んでいると思われたユウタを現実に引き戻した。



「あの……ユウタさん。こういうこと……言っていいかわからないですけど、どうしてこんなに変わってしまったんですか?もしかしてこの世界に来てから何かあったんですか?」




ハルナの言葉に、ユウタは一瞬身体を強張らせじっと下を見つめる。
”何かあった”と判断したハルナは、もう一度優しくユウタに問いかけた。




「この世界で何かあったのですか?良かったら話してくれませんか?」




ユウタは顔をあげて、ハルナの顔を身を見つめる。
その目は、涙が浮かび怯えた動物のような目をしていた。


ハルナはもう一度同じ言葉をユウタに掛けた。
その言葉……感情に心を動かされたのか、ユウタはゆっくりとこの世界に来た時からことを話し始めた。







この世界に来てから、自分の身体に異変がないことに気付く。
ただ、見つけていた黒服は爆風の中にいたことを物語るように、様々な場所が焼け焦げた跡が残っていた。
そこからも、あの爆破の中にいたことは間違いではないと気付いた。
ユウタが気が付いた場所は、ソイランドから少し離れた砂漠地帯の中。

何もない場所で命が助かったのは、たまたまソイランドの警備兵が砂漠地帯の訓練を行っているときに発見されたのが幸運だった。


初めは今までにない事例のため不審者として保護されたが、最終的には問題ないと判断され無事に釈放された。
しかし、行く当てのないユウタは、警備兵として働かせてほしいと願った。
この世界に来た理由……自分は何か使命を負ってこの世界に来たのかもしれないという思いがあった。


だが、その夢は無残にも現実の壁によって打ち砕かれることになる。
当時のユウタの年齢は、三十手前だった。


この世界の警備兵に入る年齢は十代の中頃から後半で入隊する。
その頃から、身体を鍛え技を磨いて行く。
今まで剣を握ったことのないユウタが、警備兵やその下の新人訓練兵にさえ敵うはずがなかった。


自信も無くし行く当てのないユウタは、何とか警備兵において欲しいと懇願し自分のできることを伝えた。
ちょうど隊の調理班に欠員がでているとのことで、本来は兵の業務とかねての役目であったが、調理専門要員として所属することを許された。


ある日、ユウタのいた部隊は魔物の襲撃を受け、この隊は解散することになった。
襲撃を受けた隊は半壊し、上層部は”これでは市民の安全を守ることはできない”と隊を解散し再編することにしたのだった。

その際、ユウタが正規の兵ではないにも関わらず隊の中にいたことを不服に思っている者が少なからずいた。
しかもその隊は、美味しい食事を受けているのも気に入らなかった。
他の隊でも専用の調理師を雇うように上申していたが、予算の関係上でその案が通ることはなかった。
ソイランドの大臣は、無駄な物には金を掛けない主義だった。

自分たちは贅沢な暮らしをしていることに対し、市民や一部の兵からは不満が出ていた。
だが、それに対してどうにかしようとしている者は当時にはいなかった。

若い頃のブロードはユウタの隊で調理班として働いていたため、この時にユウタから調理に関する技術を教わっていた。
ブロードもブロードは正規の兵であったため残ることはできたが、隊のやり方が気に食わないため兵を除隊しラヴィーネに行くことにした。



ユウタは、この世界で生きていく理由を無くし廃墟の中で弱っていたが、チェイルに助けられた。




「それ以降、助けられたお礼として料理のことを教えながらここで一緒に暮らしているんだ……」


「……それは、大変でしたね」



”自分がもしフウカと契約できなくて、あの森でエレーナと出会えなかったとしたら……”


夜になると何度もこの考えで不安に支配され、眠れない夜を過ごしてきた。
今でも度々、思い出すこともある。

ハルナが感じたその不安を、ユウタはこの世界でその身で過ごしてきた。
ユウタに対して申し訳ない気持ちが浮かんでくるが、ハルナにはどうすることもできない。

そんなハルナに対して、ユウタはもう一度お願いをする。




「ハルナさん……頼む、俺と一緒に逃げてほしい!」












しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~

深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。 ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。 それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?! (追記.2018.06.24) 物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。 もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。 (追記2018.07.02) お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。 どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。 (追記2018.07.24) お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。 今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。 ちなみに不審者は通り越しました。 (追記2018.07.26) 完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。 お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ

如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白? 「え~…大丈夫?」 …大丈夫じゃないです というかあなた誰? 「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」 …合…コン 私の死因…神様の合コン… …かない 「てことで…好きな所に転生していいよ!!」 好きな所…転生 じゃ異世界で 「異世界ってそんな子供みたいな…」 子供だし 小2 「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」 よろです 魔法使えるところがいいな 「更に注文!?」 …神様のせいで死んだのに… 「あぁ!!分かりました!!」 やたね 「君…結構策士だな」 そう? 作戦とかは楽しいけど… 「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」 …あそこ? 「…うん。君ならやれるよ。頑張って」 …んな他人事みたいな… 「あ。爵位は結構高めだからね」 しゃくい…? 「じゃ!!」 え? ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!

この称号、削除しますよ!?いいですね!!

布浦 りぃん
ファンタジー
元財閥の一人娘だった神無月 英(あずさ)。今は、親戚からも疎まれ孤独な企業研究員・27歳だ。  ある日、帰宅途中に聖女召喚に巻き込まれて異世界へ。人間不信と警戒心から、さっさとその場から逃走。実は、彼女も聖女だった!なんてことはなく、称号の部分に記されていたのは、この世界では異端の『森羅万象の魔女(チート)』―――なんて、よくある異世界巻き込まれ奇譚。  注意:悪役令嬢もダンジョンも冒険者ギルド登録も出てきません!その上、60話くらいまで戦闘シーンはほとんどありません! *不定期更新。話数が進むたびに、文字数激増中。 *R15指定は、戦闘・暴力シーン有ゆえの保険に。

転生先ではゆっくりと生きたい

ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。 事故で死んだ明彦が出会ったのは…… 転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた 小説家になろうでも連載中です。 なろうの方が話数が多いです。 https://ncode.syosetu.com/n8964gh/

もふもふ精霊騎士団のトリマーになりました

深凪雪花
ファンタジー
 トリマーとして働く貧乏伯爵令嬢レジーナは、ある日仕事をクビになる。意気消沈して帰宅すると、しかし精霊騎士である兄のクリフから精霊騎士団の専属トリマーにならないかという誘いの手紙が届いていて、引き受けることに。  レジーナが配属されたのは、八つある隊のうちの八虹隊という五人が所属する隊。しかし、八虹隊というのは実はまだ精霊と契約を結べずにいる、いわゆる落ちこぼれ精霊騎士が集められた隊で……?  個性豊かな仲間に囲まれながら送る日常のお話。

処理中です...