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第三章  【王国史】

3-286 二つの闇

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ハルナたちは洞窟を後にして、山を下り始めた。
帰り道は下りで探索もする必要がないため、登ってくるよりもその道程は容易に進んでいった。

最初の目的地であるエルフの村には日が完全に落ちる前に到着する事ができた。
ハルナたちはエルフの村で一晩明かして、翌日マーホンが待っている元の村にむかって出発した。
ナンブルはエルフの村での仕事があるため残ることになり、代わりにブンデルとサナはそのままステイビルたちに付いてくることになった。


朝日が昇り、山間を吹く風もまだ穏やかな時間。
ハルナたちは山間を通り抜けて、村に向かって歩き出した。

太陽が頭の真上を通り過ぎる頃、そんなに時間が経っていないが懐かしい景色が見えてきた。

遠くからは大量の書類を腕に抱えたマーホンが、嬉しそうに小走りで姿を見つけたハルナたちの傍に近寄ってくる。


「おかえりなさいませ、ハルナ様!それで……いかがでしたか?」


マーホンが落ち着いた様子で、ハルナに話しかけてくる。
そこには”万が一失敗した場合”の事態を考慮した発言であることが伺える。


「マーホンさん、ただいま!無事に終わりました」


「……それでは!よかったです、加護を受けることができたのですね!?」




「うーん……そのことなんですけど、私だけダメだったんですよぉ」



ハルナは後ろ頭を掻きながら、軽い気持ちで結果を伝えた。


――バサッ


マーホンは、ショックのあまりに手に持っていた書類を地面に落としてしまう。

「え!?……うそ……ハルナ様が……そん……な」



マーホン体から力が抜け落ち、立っていることもできなくなって座り込んでしまう。



「ちょ……ちょっと、マーホンさん!しっかり!?」


ハルナは座り込んだマーホンの腕を抱え、身体を起そうとする。
それを見ていたエレーナも、反対側の腕を抱えるため手を貸した。



「すみません……あまりにもショックだったため……こんなみっともない姿を」



時間が経ち、次第にマーホンも落ち着きを取り戻した。


マーホン自身はハルナが加護を頂けないはずがないと信じ切っていた。
これまでの旅やこの世界に来たときの話から、この世界から愛され、自分とこの世界を良い方向に導いてくれる存在だと信じていた。

そんなハルナが、大精霊の加護を受けることができないはずはない、自分が信じ全てを預けようとする人物が、こんなところで躓くはずはない……が、ハルナの口から聞こえた結果はマーホンにとっては残酷な結果だった。

マーホンも自分の立場上”打たれ強い”性格だと思っていたが、こんなにも脆いものだと自分自身で驚いた。




「マーホンよ……その気持ちは判らないでもないが、そんなに落ち込むようなことでもない」


「ステイビル王子……このことが”落ち込むようなことではない”ですって!?」

「まぁ、待て。関係者を……いや、マーホンだけ来てくれ。今までの経緯を説明しよう」



そういうと、ステイビルはこの村で滞在していた屋敷に向かい、マーホンはステイビルの後を付いて行った。

長テーブルが置かれた広い部屋に、一同は集まった。
だが、このメンバーの中で事情を知らないのはマーホンだけだった。

秘密保持でメイドもこの場には入れていないため、全員のお茶の用意をソフィーネが行っている。
その間にも、ステイビルはマーホンに今までのことの顛末を話して聞かせた。

マーホンは国の経済として、外すことのできない人物。
そのため国家機密でもある王選に関しても包み隠さず話すことにしていた。
これは、村に帰る道中に全員で一致した意見だった。
モイスも、これに関しては問題がないとの認識を示していた。


そして、一通り話し終えて僅かな沈黙の時間が流れていく。
マーホンにはそんなにも驚いた様子は見えないが、嬉しそうな表情でもない。

「……マーホンさん」


ハルナが心配そうに、マーホンに声を掛けた。


「え?あ、はい。大丈夫です……少し頭の中を整理しておりましたので」


「マーホン、我々は落ち着いたら一旦王国に戻る。この件について、王にも報告をせなければならないからな……マーホンはどうするのだ?」



マーホンは少しだけ乱れた髪の毛を整え、うっすら浮いた汗を布で拭う。
一通りの支度をし、心を整えてからステイビルの質問に答えた。

「それでは、私もご一緒させて頂きましょう。この村とエルフとドワーフの村の状況を王国にご報告をせねばならないでしょうから。その他にも用事もありますので……」


そうして、マーホンは翌日ハルナたちと一緒に王国に戻ることが決まった。






『む……消されたな』


「あのレッサーデーモンが……ですか?」


『そうだ……これも、あの”トカゲ”の能力だろうよ』



薄暗い影の中、二つの影が言葉を交わす。
その間には同等ではなく、ハッキリとした上下関係があることが言葉使いから伺える。



『それで、あの女はどうだ?怪しいところはないか?』


「はい。監視させていますが、ヴァスティーユとヴェスティーユを使い神々の居場所を探させているようです」


『そうか……あの女、ワシの能力を与えてはいるが何をするか分からん。引き続き注意しておけ』

「はっ」


頭を下げたダークエルフは、再び自分が与えられた任務に戻っていった。
そこに残された大きな影は、背中の羽を一つ羽ばたかせた。














「お母様、どうやらあのハルナっていう娘、あのモイスっていうトカゲと接触したみたいよ」

「そしてその時から、あのトカゲの存在がグラキース山から消えているようです」



お母様と呼ばれた人物は、ヴェスティーユとヴァスティーユの言葉に反応を見せず背中を向けたまま自分の爪をカリカリとかじっている。

いつまでも母親からの言葉を待つ二人だったが、今回も期待している方が誤りだと悟った。
ヴァスティーユはヴェスティーユの肩に手を置いて、部屋を出るように促す。


――カ……チャ


扉が閉まる乾いた音が聞こえ、かじっていた爪を口元から離した。



懐から焦げ目の付いた切れ端を一つ取り出し、それを眺めて一言つぶやいた。


「……ハルナ」







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