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第三章 【王国史】
3-229 東の王国33
しおりを挟む『ば……バカな……おれ……は、ま……おかあ……さ……』
トライアの身体、霧のように溶けて消えていく。
完全にその身体が消える前に、自分をこの世に存在することを許してくれた母親の姿が思い浮かぶ。
――トライアの記憶は、母親から身体を与えられた時から始まる
母親は、俺に期待をかけてくれていた。
だから、いつも一緒にいた長女よりも俺のことを可愛がってくれていた。
ある日、母親はそろそろ人間の村の生活を見て来いと言った。
始めのうちは、自分の力を試すために小さな集落を潰して回っていった。
やがてその遊びにも飽き、それを母親に告げると次は中から不幸にしていくことを提案された。
これから人間は更に人が集まり、村や町を形成していくという。
人は外部から襲われないため、戦う術を見つけていく。
そうなれば、我々の脅威になる可能性もある……
その時母親は、”精霊使い”なる存在の話をする。
その者たちが、一番自分たちの存在を脅かすものとなると言った。
精霊使いがこの世に存在してしまうと村や町よりも大きな”国”を創り上げる。
だから、早め潰すことと、精霊使いが生まれたことを監視するために人の営みの中で監視するように言われた。
いつ頃出てくるのかと聞いてみたが、何でも知っている母親は”それは知らない”と一言だけ。
その代わり、上手く精霊使いを処理ができればずっと母親の傍にいても良いと言われ、渋々その命令をトライアは受けた。
トライアは人の姿をしているため、人間の社会の中に入り込むことは容易だった。
この時代にはない程の容姿につられ、女性がトライアの世話を進んで行ってくれる。
次第にトライアは、村の中でも付け込みやすい女性を嗅ぎ分けることが得意となった。
特に裕福な家や権力のある家のものを対象にしていった。
そして、女性と交わり精気を吸い取っていく。
長い年月をかけ、ようやくこの村で探し求めていた気配を感じる。
――”精霊使い”の気配
明らかにその者は、普通の者とは違っていた。
近付こうとしたが、相手は双子でどちらも常に行動を共にしており、入り込む隙がない。
トライアは、精霊使いの精気を味わうことを諦め、その友人の女性に目標を変えた。
だが、結局は目的を果たすことができなかった。
トライアはいま、その存在をこの世から離れようとしている。
そこで思い浮かぶのは、自分の存在理由だった。
(まさか……精霊使いに倒させるために!?)
一人でひたすらその存在が誕生するのを待ち、いまここにその存在を確認した。
本当に母親にとって危険な人物であれば、姉のヴァスティーユもここに来るべきだ。
なぜ自分にそんなことをさせたのかはわからないが、いま思うことは母親にとっては”自分の存在はどうでもよかった”ということ。
(おかあ……な……ぜ)
その思いを最後に、トライアの意識はこの世界から消滅した。
トライアを倒したあと、輝いていた剣と盾の光は収まっていく。
「ふぅ……」
エンテリアは、トライアが消滅したことを確認し軽く息を抜いた。
力が抜け地面で大の字となり、目をつぶり仰向けで横になるブランビートに声がかかる。
「……あのぉ、大丈夫ですか?」
「えぇ……大丈……わっ!?」
目を開けた視界に、ブランビートの身体が飛び跳ねる。
セイラが、至近距離でブランビートの頭頂部のから覗き込んでいた。
「え?……どうかしました!?」
ブランビートは身体を起こし、顔と耳が拍動し赤く染まっていることを自覚する。
耳には先ほど走り抜けたあとの心臓よりも、早いペースで拍動する音が聞こえてくる。
「いや……あの……大丈夫です」
後ろ頭を掻きながら、何とか落ち着こうとするブランビートの手をセイラは両手で取って胸の前で当てる。
ブランビートの手に、柔らかい感触が伝わってくる。
「こちらこそありがとうございます……あの時、手を引いてくれていなかったら……本当に助かり……え、ブランビートさん!?」
「……え?」
ブランビートの鼻から、赤い血が流れ落ちる。
セイラは手にした布でその血を拭い、ブランビートに急いで横になるように指示しする。
セイラは、その頭を自分の膝の上に乗せた。
セイラは精霊の水の力で布を濡らして鼻に付いた血を何度か拭い、冷たい水を絞り最後に目と鼻に当たるように冷やした。
「どうですか?冷たくないですか?」
「いえ、丁度良くて気持ちがいいです」
ブランビートは、頭に当たるセイラの感触と顔に当てられた濡れた布の冷たさに心地よさを覚える。
「……血が止まるまでこのままじっとしてていいですからね」
「……は、はい」
セイラはブランビートの頭を優しく撫でて、せっかく与えられたの幸せな時間を堪能することにした。
それを見たエンテリアとエイミは、二人を邪魔しない様にトライアだった灰を埋めていく作業を続ける。
穴を開けることも埋めることも、エイミの力をもってすればたやすいことだった。
それによって灰は距離を開けて、別々の穴に入れて埋めていく。
その上に小さな石を置き、墓標のようにした。
それを終えた頃、ようやく山の向こうが赤く染まり始め日が昇り出した。
ブランビートは、柔らかい感触とセイラのいい匂いに包まれながら軽く眠っていた。
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