358 / 1,278
第三章 【王国史】
3-190 イナの気になること
しおりを挟む数日前の夜から、話し合いは加速度的に進んで行く。
ドワーフは工芸品、武器、防具の製造技術、機械類の情報を提供する。
エルフは自然界や魔術に関する知識を、人間は物資の流通や防衛面や環境整備での人的資源を提供することになった。
それ以外にも、お互いの資源の余剰ができれば随時協力し合うという内容も含まれていた。
それと、事の発端となった水に関する問題についてはドワーフ側への賠償請求は放棄することにした。
当初イナは、それに関して異議を唱えていた。
掛けてしまった迷惑によって、エルフの村、人間の集落……それぞれに問題が生じていたことを聞いていたからだった。
しかし金銭や物資での賠償も、起こした事の大きさから考えて到底賠償できるものではない。
そこは何とか話し合いで、今現在できる範囲の内容にしてもらえたらという気持ちがあった。
その思いは、両種族の代表の言葉に救われることになる。
人間の集落を代表するポッドは、全く責任を追及するということは考えていなかった。
元々自然災害として考えていたし、それを救ってくれたのはステイビルたちだった。
村としては最小限の被害で済んだと思っているし、これからのことを考えれば大きな発展にもつながるため、この件は国の代表であるステイビルに一任するとのことだった。
その言葉に対しステイビルは、特にドワーフに賠償を求めることは考えていないことを告げるとポッドや他の者たちも問題がないと頷いていた。
エルフの代表であるゾンデルも、特にドワーフを責める考えがないことを改めて伝える。
いがみ合ってたことは事実だが、その理由は今となっては判らない。
そして今のドワーフや人間をみれば、手を組んで間違いのない者たちであると判断できる。
それならば、ここで立場の優劣を決めるよりは対等の立場で協力し合った方が、自由で活発な議論がこの先も愉しめるだろうという思いがあった。
イナは、その言葉に最上級の感謝の念を込めてお礼を告げた。
そういうやり取りがおこなわれてから、個人の関係性にも良い流れが見てとれる。
ノイエルとミュイもすっかりイナに懐き、会うときは傍を離れなかった。
最初のうちは、容姿がそっくり……いや、ほぼ一緒なため”サナが二人いる!”と困惑をしていた。
このエルフの村では、双子というものがほとんど誕生しないため珍しい存在だった。
もう一人いることを告げて、二人の目が丸くなっていたのが印象的だった。
始めそんな反応を見せていたノイエルたちも、次第に状況を理解し驚かなくなっていった。
大好きなドワーフのお姉さんが二人もいて、それぞれで取り合いにならなかったのが良かった。
そのうち他の子も遊びに来るようになるとイナとサナの競争が始まり、自分の番がなかなか来なくなったミュイは”早くもう一人も連れてきて!”とせがむようになるまで二人の存在が身近になっていた。
イナもサナを通じてナルメルとも仲良くなり、打ち解けるようになっていた。
イナはサナが他の用事でいないときに、ずっと頭の中で気になっていたことをナルメルに聞いた。
「あのぉ……ナルメルさん?」
「はい、なんでしょうか?」
イナは自分から話しかけたことだが踏ん切りがつかず、お腹の前で左右の人差し指を付けたり離したりしていた。
「――?」
後ろにいたデイムが、イナのことを不思議そうに見ている。
ナルメルは何かあったのかと思い、歩みを止めてもう一度イナに問い掛けた。
「あの……何か気になることでも?」
イナは二三度深呼吸を繰り返し、ようやく心を決めた
「あっ……あのぉ!」
「は、はいっ!?」
イナの決心の強さを表すような声の大きさに、ナルメルもイナにつられて返事の声が大きくなってしまった。
イナは再びゆっくりと息を吸い込み、今まで頭の中で繰り返し練習してきた言葉を発する。
「さ……サナは……サナは毎晩、ブンデルさんと一緒に”寝ている”のでしょうか!?」
「「――え!?」」
イナからの質問の内容を聞いたナルメルとデイムは、一緒のタイミングで驚きの声をあげた。
「ちょ……ちょっとイナ!ナルメルさんに何を聞いているのよ!?」
「あ、サナさん……ちょうど良かった」
返答に困ったナルメルが、本人が来てくれて助かったと安堵の声を漏らす。
イナたちが立ち止まった廊下の角から、用事を終えたサナとブンデルが姿を見せていた。
「だ……だって、一緒に寝てるってことは……あの……その……」
(やっぱり……)
ナルメルはひきつった笑顔で、自分の推測が正しかったと判断した。
ナルメルは、イナはドワーフの代表だとしてもまだ若いため”未経験”だと推測した。
そのため、サナとブンデルが一緒に寝ていることにいろいろと想像を巡らせているのだと判断していた。
イナたちドワーフは生活様式として、眠る時は衣服を着用しない。
割り当てられた部屋も基本一人用に出来ていたため、ベットもダブルサイズのベットが一つだけ用意されていた。
イナたちは、イナがベットに寝てデイムが床やイスの上で眠っていた。
だが、サナたちは”一緒に寝ている”と言っていっていた。
そのことがイナの妄想をずっと掻き立てていたのだった。
「それがどうしたっていうの?そりゃ時々、私の胸を触ってその中で寝て甘えてるときもあるけど……」
「お、おい!?サナぁ!!」
ブンデルは恥ずかしい秘密をばらされて、今までにないくらいに赤面する。
ナルメルとデイムは、そっとブンデルから目を逸らす。
「あ、私用事があったんだ……それじゃあ、イナさんサナさん、またあとで」
「あー……イナ様、私も確か用事ができたんでした」
空気を呼んでナルメルとデイムは、この場をそっと立ち去っていく。
廊下にはイナとサナの口げんかが響き渡り、ブンデルは両手で顔を隠しその場にうずくまっていた。
0
お気に入りに追加
370
あなたにおすすめの小説
転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~
深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。
ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。
それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?!
(追記.2018.06.24)
物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。
もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。
(追記2018.07.02)
お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。
どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。
(追記2018.07.24)
お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。
今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。
ちなみに不審者は通り越しました。
(追記2018.07.26)
完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。
お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです
ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。
女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。
前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る!
そんな変わった公爵令嬢の物語。
アルファポリスOnly
2019/4/21 完結しました。
沢山のお気に入り、本当に感謝します。
7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。
2021年9月。
ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。
10月、再び完結に戻します。
御声援御愛読ありがとうございました。
転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ
如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白?
「え~…大丈夫?」
…大丈夫じゃないです
というかあなた誰?
「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」
…合…コン
私の死因…神様の合コン…
…かない
「てことで…好きな所に転生していいよ!!」
好きな所…転生
じゃ異世界で
「異世界ってそんな子供みたいな…」
子供だし
小2
「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」
よろです
魔法使えるところがいいな
「更に注文!?」
…神様のせいで死んだのに…
「あぁ!!分かりました!!」
やたね
「君…結構策士だな」
そう?
作戦とかは楽しいけど…
「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」
…あそこ?
「…うん。君ならやれるよ。頑張って」
…んな他人事みたいな…
「あ。爵位は結構高めだからね」
しゃくい…?
「じゃ!!」
え?
ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!
この称号、削除しますよ!?いいですね!!
布浦 りぃん
ファンタジー
元財閥の一人娘だった神無月 英(あずさ)。今は、親戚からも疎まれ孤独な企業研究員・27歳だ。
ある日、帰宅途中に聖女召喚に巻き込まれて異世界へ。人間不信と警戒心から、さっさとその場から逃走。実は、彼女も聖女だった!なんてことはなく、称号の部分に記されていたのは、この世界では異端の『森羅万象の魔女(チート)』―――なんて、よくある異世界巻き込まれ奇譚。
注意:悪役令嬢もダンジョンも冒険者ギルド登録も出てきません!その上、60話くらいまで戦闘シーンはほとんどありません!
*不定期更新。話数が進むたびに、文字数激増中。
*R15指定は、戦闘・暴力シーン有ゆえの保険に。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる