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第三章 【王国史】
3-158 ナンブルとナイール12
しおりを挟むナイールは目を覚ます。
隣には、数時間前にこの世に男性として生まれた我が子が小さな寝息を立てている。
時々四肢を無作為に動かし、この世で与えられた身体を確かめているようにも見えた。
ナイールが体験した、不思議な時間。
この世のようで、この世ではない世界。
身体や感覚もなく、意識だけで存在している世界。
そこで出会った、他の存在から出された条件は簡単なようで今の状況では厳しい内容だった。
だが、それは自分自身の生命にもかかわるという。
そのため、早く元へ向かうように言われていた。
その手にはまっている蒼く輝く銀の指輪を見つめながら、隣の幼い子供の寝息を耳にする。
「――ナイール、起きたのか?」
「あ、ナンブル……」
心配したナンブルが、ナイールの部屋に入ってくる。
ナイールは身体を起こそうとしたが、身体の方々に痛みが走る。
「おい、無理するな……!?」
ナンブルはナイールに駆け寄り、起き上がるのをサポートする。
その行為にナイールは感謝の言葉を伝えた。
「ありがとう……ナンブル」
その言葉に困惑した感情を感じ取ったナンブルは、感じた疑問をナイールに投げ掛けた。
「どうした?何か気になることでも?」
そのことを感じ取ってくれたナンブルの顔を見て、彼は最高のパートナーだと改めて実感した。
「ナンブル……私ね。この村を出ていくの」
「――?どうした、ナイール。最初からそういう予定だったじゃないか。なんでいまさら改めて……」
そのナンブルの言葉をナイールは首を横に振り、話しを途中で制した。
「聞いて、ナンブル……全部は話せないけどわたし、一度死んでいるのよ。だけどいまこうして、生き返ることができたのはある理由があるからなの。そのために私は……今すぐ村を出なければならないの」
その言葉を聞き、ナンブルは返答に困った。
理由は分からないが、この村をすぐに出ていかなければならないという。
しかし、その目は嘘や虚言を言っているわけでは無い。
「……今すぐ……なのか?」
その問いに、ナイールは頷いてみせる。
ナンブルは目を閉じて、じっと黙っている。
「よし、わかった。今すぐ村を出よう、今なら夜の暗闇に紛れて出ることができる」
「ナンブル……」
こんなに不確定な情報だが、ナイールの言葉に理解を示してくれるナンブルに感謝する。
自分の伴侶が、ナンブルであって良かったと改めて感じた。
「ありがとう……ナンブル。この子のことも、お願いできるかしら」
「いや、この子はナルメルに任せようとおもっている。私は、ナイールに付いてくつもりだ」
「ちょっと!?ダメよ!あなたまでいなくなったら……」
「でも初めからそういうつもりだっただろ?この村の発展のために村を出ていく計画だったんじゃないか」
「でもそれは、私だけで……」
「そんなこと言うなよ、ナイール……俺はお前の力になりたいんだ」
ナイールは、素直に嬉しかった。
これから先、どういうことが自分の身に起こるのか?
あの声をかけてきた存在が、ナンブルたちの生活を脅かす者であったら?
そんな不安に一人で立ち向かうことは、今はもうできなくなってしまった。
いや、一人でこの村を出ようとしていたあの時でも、こんな状況になっていたなら一人ではどうにもできなかったかもしれない。
ナンブルという、最愛のパートナーという存在を知ってしまったいまは、一人で何かに立ち向かうことは考えられなかった。
ナイールはそのことを、決して悪くは感じていない。
こうなった運命に感謝をするほどだった。
ナンブルは支度をするといって、しばらくの間離れることになる我が子との時間を大切する様にナイールに告げて部屋を出る。
「そういえば、あなた名前まだだったわね……」
静かに眠る我が子の頭を撫でながら、優しく声を掛ける。
「うーん……どんな名前がいいかしらね。このままいけば、うちの子は村長候補になるはずだけど」
永い間ナイールは腕を組んで、ブツブツと独り言をつぶやきながら浮かんでは消えていく名前の候補を羅列する。
――カチャ
「……どうした、ナイール!どこか痛むのか!?」
ベットの上で子供を抱え蹲っているナイールの姿に、ナンブルは用意した荷物を置いて駆け寄った。
その言葉にハッと気づいたナイールは、上半身を起こしてナンブルに謝った。
「違うのよ、ナイール。この子のね、名前を考えていたの……どんな名前がいいかなって。そうだ、ナンブル。あなた、何かいい名前ある?」
ナンブルは、ナイールが無事なことにホッとした。
ナイールの身体は出産によって傷付いていたが、ヒールの魔法によってその傷は回復しているはず。
だが、自然現象による体力の消耗などについては回復させることができない。
生命力については魔法の効果は得られないため、出産によるダメージが大きすぎたのではないかと心配したのだった。
今のナイールにはそういう心配は見らないが、これから先どのような転機を迎えるのかわからない。
本当はこのタイミングでの出発は反対なのだが、ナイールの真剣な訴えは嘘ではないと信じていた。
「……ねぇ。あなたがこの子に名前を付けてあげて。私とあなたでこの世に迎えて、産んだのは私。名付けるのはあなたっていうのはどう?」
「あぁ。いいな、それも」
素の願いはこの子の生まれた証を、二人で刻みたいというナイール想いだった。
「……”ナイロン”。ナイロンって言う名前はどうだ?」
自分で一人では決められなかった名前を、ナンブルから提案されたことにより納得のいく名前となった。
「ナイロン……素敵な名前ね!よかったわね、”ナイロン”」
母親の腕の中のあたたかな温もりは、ナイロンと名付けられて安らかに眠っていた。
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