上 下
267 / 1,278
第三章  【王国史】

3-98 誤った力

しおりを挟む




「まぁ、それはうちの秘蔵品の一つなんだけどね……」




「ヴァスティーユ!!」




エレーナもこれで会うのは二度目になる。






「また、あなた達?私たちに付きまとうのは、いい加減にしてほしいわね……ホント」






呆れたように手を広げて肩をすくめるヴァスティーユが、自分の名前を呼ぶエレーナに告げる。






「……これは、お前が仕組んだことなのか?」







ステイビルは視線をヴァスティーユに移し、ヴァスティーユがここに来た真意を確かめる。

ヴァスティーユは、ハルナの顔をチラッとみて視線をステイビルに合わせた。






「偶然よ……偶然。たまたま、このドワーフに縁があっただけ。なんだか、私好みないい匂いがしてたからね、声をかけてみたのよ。そしたら力が欲しいっていうじゃない。だから、貸してあげたのよ剣をね」





「ブウムは……こうなる可能性があることを知っていたの?」





怒りの感情を抑えつつ、サナがヴァスティーユに問いかける。
声がした氷の壁の向こうに目線をやり、話しかけられたドワーフに答えを返す。




「えぇ……もちろん伝えたわ。この剣が闇の力を持った剣であることも……ね。そのうえで、彼はこの剣を持つと決めたのよ……アナタのためにね」





「――ヴァスティーユ!!」






明らかにサナを惑わそうとしていると感じ、エレーナが氷の球を浴びせる。





しかし、その攻撃はヴァスティーユの周りで守っている黒い霧に当たり腐食して届くことはなかった。




「ちょっと、行儀が悪いんじゃない?親の顔が見たいわね……ったく。いまは、この娘と話してたでしょ?あんたたちは、そんな卑怯なやり方するのね……」




ヴァスティーユは嫌味がたっぷりと乗った目つきで、エレーナのことをほくそ笑む。




「このぉ……」



エレーナが次の攻撃を加えようとしたその時、アルベルトから止められた。




「よせ、エレーナ!」



「で、でも……!?」




「くっくっくっ……そうそう、おとなしくしてなさい。どうしてもっていうなら後でちゃんと相手してあげるから……ただし、この世から消えてもらうことになるけどね」





「それで、私のため……とはどういうことでしょうか?」





「サナ!?」






その質問を、イナがサナの肩に手をかけて止めようとした。
しかし、サナはヴァスティーユから視線を逸らさず身体をねじりその手を外した。






「聞きたいでしょ?なぜこのドワーフがこうなった理由を」






サナは怒りを必死にこらえながら、ヴァスティーユの姿だけを見つめる。
自分には攻撃をする魔法も技術もない、何かあった場合は殺されるかもしれない。



だが、気持ちで負けてはいけないとヴァスティーユと対峙した。






「……ふん。ま、いいわ。このドワーフはね、力が欲しかったのよ。誰にも負けないような力が……この町はいま二つの派閥があるそうね、町を解放することの賛成派と反対派がね。でも、この町の”長老たち”は自分の意見に賛成してくれなかった。あまつさえ、自分の反対の意見の方に耳を傾けるようになっていた……そう聞いていたわ」



「そうね……間違いではないけど、そう捉えられても仕方がなかった。一方的に相手を従わせるだけじゃだめなの、でなければ大勢の人が不幸になってしまうから」






サナは、意識をなくし黒剣に取り込まれそうになっているブウムの姿を見ながらそうつぶやいた。





「だけど、このドワーフはその方法しか思いつかなかったのよ。暴力という手段しか……ね。そのためには圧倒的な力が欲しかった、自分のライバルにも勝てる力が欲しかったのよ」




「だが、そんなの擬物の力を得たところで……何も変わりはしないんだ。ブウムよ」





デイムが吐き捨てるように、聞超えてはいないであろうブウムに対して言葉を投げかける。






「それで、私のためって……」





サナがもう一度、その言葉の意味を訪ねた。






「あら、本当にわからないの?……この男も可哀想ね、デイムって言ったわね?あなたも……」





その言葉にデイムは、下衆な笑顔でみるヴァスティーユの顔から眼をそむけた。







「この男はね、好きだったのよ。あなたのことが……自分がドワーフをまとめて、あなたの傍に居たかったみたいね。長老と一般市民じゃあね、つり合いなんて取れないでしょ?」








その言葉を聞いて、サナは呆然とする。
足の力が抜けて、膝を床に付けた。


その身体を支えたのは、たまたま近くにいたブンデルだった。








「わたしの……せい?」




「違う……サナのせいじゃない!」








ブンデルは、サナの近くで励まそうとする。
が、ヴァスティーユはさらに楽しそうに追い打ちをかける。




「ブウムも可哀想よね、今まで気付いてもらえないんだからね。結構あなたにアピールしてたみたいだけど、本人が気付いてないなら、それは全くの無意味よね!!」





言い終えたヴァスティーユは、声に出して笑った。
それを聞いている周りの者の気持ちを、小馬鹿にして逆なでするかのように。



だが、サナの耳にはその笑い声も届いていない。
自分のために、ブウムがこんな姿になってしまった。




「……さて、そろそろ魔剣が目覚めそうね」





いままで ジュンテイから吸い取っていたものをヴァスティーユから吸収していたようだ。
実はヴァスティーユはそのことに気付いていて、時間を稼いでいただけだった。





「それじゃ、私はここで帰るわね。後は、この剣に任せるわ……アナタたちがいなくなったらこの剣回収しに来るから、せいぜい頑張ってね」




「待ちなさい!!」





そう言い残してヴァスティーユは姿を消し、意識のないブウムはゆっくりと剣を杖にして身体を起した。









意識のないブウムはゆっくりと剣を杖にして身体を起した。

その表情は険しく、もはや目の前にいるものが敵か味方かの区別や大切な人の判断も付いていない。



サナたちもブウムの名を何度も呼ぶが、戸惑うそぶりすら見せない。





「グルルルル……」




先ほどとは違った様子を見せるブウム、アルベルトのことを警戒しているようにも思える。





「……?」




不思議に思うステイビルは、あることに気付いた。



「アルベルト、その剣少し私に貸してくれないか?」



「あ、はい」





アルベルトは腰に掛けていた剣を外し、鞘に入った状態でステイビルに渡した。






「グワァッ!!」






今度は、ステイビルに対してブウムが牙をむく。





「やっぱり……この剣が。これはジュンテイ殿から頂いた剣だったな」






そいうとステイビルは、再びアルベルトに剣を返した。



「はい、このドワーフの町を訪れた人間が、置いて行った剣だとも聞いています」



アルベルトもすぐに対応できるように、渡された剣を素早く腰に収めた。






再び警戒する剣が移動したことにより、ブウムは緊張が最大に達し今にも襲い掛かろうとしている。


ブウムは低い体勢で剣を身構え、飛び出す準備をしている。






「……来るぞ!」



その声と同時に、ブウムはアルベルトに襲い掛かる。

アルベルトは素早く刀を抜いて、ブウムの突きを刀でいなす。



弱った意識の中、ジュンテイはアルベルトの剣の技量に感心するが今はそれどころではない。
ドワーフの問題のために、人間がその対処をしてくれている。







――ギン!!ギャリ!!カン!!!






ブウムはアルベルトの技術とは反対に、力任せにただ剣を打ち付けるだけの攻撃を繰り返してくる。




しかし、アルベルトは瞬時にしてその方向と速さを感じ取り、どの角度で刀を合わせればいいかを計算し最小限で弾く。


自分の攻撃が全く無意味なものであることを感じたブウムは、苛立ち始め大振りになりその攻撃も単調になり始める。
そして疲労が見え始めたのか、打ち付ける力も徐々に抜けてきている。



そのことをアルベルトは見逃しはしない。




ブウムが振り下ろした剣は、アルベルトによって軌道を変えられ床に突き刺さった。
剣が抜けず、動きが不自由になり戸惑いを見せている。




(――今だ!)



アルベルトは、剣を握る手が床から離れない事をチャンスと思い、その両腕を切り落とそうと刀を振り上げた。




その時……





「――ま、待ってくれ!!」




振り下ろされた刀は、丁度肘関節部の手前で止まった。




「どうしました……デイム殿」





ステイビルが、その声の主に問いかける。







「その手を切り落とすのは、待っていただけませんか?





「それは、どうしてですか?」






「もし……もし、ブウムが助かる方法があるのなら、腕を切り落とされてしまっては生きていくことが難しくなります。他の方法は……ありませんでしょうか」




ブウムの言葉に、イナたちも頷く。



とはいえ、凶暴化してしまったブウムを止めるにはこれ以上のチャンスはない。





ステイビルはとにかく、このチャンスを逃さない様にエレーナにはまり込んだ剣の床を凍らせてもらった。
闇の力による浸食で氷は解けていくが、その上から更に凍らせることにより時間を稼ぐことができた。






「それで……何かいい方法はあるのですか?」





ステイビルは、デイムに対して質問をした。

しかし、その答えが返ってくることはなさそうだった。






「始めの頃、凶暴化したブウムはこの刀に何かを感じていましたね?」




そう告げたのはアルベルトだった。




「……もしかして、その刀に怯えているんじゃないか?」






ジュンテイが、気付いたことを口にする。



ブウムはもともと、黒剣の魔力によって魔物となってしまった。
この行動は全て、剣の意思による行動ではないかと推測した。





「……この刀も、もとはと言えばどこからか来た人間が使っていたものだった。何かの不思議な力を持っていても不思議じゃない」


「それで、この”刀”はどのような力が……?」


「いやそこまでは……な。今までずっと、誰の手にも渡しておらんかったからな。だが、あの変わってしまったブウムの反応から、そう思っただけさ。魔物もどちらかといえば知性は低く野生の動物に近い存在だからな、本能のままに生きているのだろう。強い者に従い、弱い者には蹂躪し、敵は排除する」


「それをこの刀に感じ取った……と?」








ジュンテイは、ステイビルの言葉に言葉なく頷く。


アルベルトはその話しを聞き、刀を目の前の高さに持っていき、刃に描かれた特徴的な波の模様を眺める。





「……もうダメ。時間切れよ!」






――バン!!



「ギシャァアアアア!!!」





エレーナがそう叫ぶと、黒剣を抑えていた氷が弾け飛んだ。


魔物と化したブウムは、体力を回復させ復活した様子だ。




「す、すみません。あなた方にとってはせっかく好機だった状況を」



デイムが、アルベルトに詫びる。






「いや……あなた方の仲間を想う気持ち、わかります。それと、何とかブウムさんの身体の傷付けぬように努力いたします」




「うん、さすがアル!!私も協力するわ」


「わ、私もお手伝いします!」




「……それじゃ、第二試合といくか。相手がお待ちかねだ」




そういうと、ハルナたちは再び黒剣と対峙した。












しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~

深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。 ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。 それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?! (追記.2018.06.24) 物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。 もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。 (追記2018.07.02) お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。 どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。 (追記2018.07.24) お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。 今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。 ちなみに不審者は通り越しました。 (追記2018.07.26) 完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。 お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ

如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白? 「え~…大丈夫?」 …大丈夫じゃないです というかあなた誰? 「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」 …合…コン 私の死因…神様の合コン… …かない 「てことで…好きな所に転生していいよ!!」 好きな所…転生 じゃ異世界で 「異世界ってそんな子供みたいな…」 子供だし 小2 「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」 よろです 魔法使えるところがいいな 「更に注文!?」 …神様のせいで死んだのに… 「あぁ!!分かりました!!」 やたね 「君…結構策士だな」 そう? 作戦とかは楽しいけど… 「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」 …あそこ? 「…うん。君ならやれるよ。頑張って」 …んな他人事みたいな… 「あ。爵位は結構高めだからね」 しゃくい…? 「じゃ!!」 え? ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

この称号、削除しますよ!?いいですね!!

布浦 りぃん
ファンタジー
元財閥の一人娘だった神無月 英(あずさ)。今は、親戚からも疎まれ孤独な企業研究員・27歳だ。  ある日、帰宅途中に聖女召喚に巻き込まれて異世界へ。人間不信と警戒心から、さっさとその場から逃走。実は、彼女も聖女だった!なんてことはなく、称号の部分に記されていたのは、この世界では異端の『森羅万象の魔女(チート)』―――なんて、よくある異世界巻き込まれ奇譚。  注意:悪役令嬢もダンジョンも冒険者ギルド登録も出てきません!その上、60話くらいまで戦闘シーンはほとんどありません! *不定期更新。話数が進むたびに、文字数激増中。 *R15指定は、戦闘・暴力シーン有ゆえの保険に。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

転生先ではゆっくりと生きたい

ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。 事故で死んだ明彦が出会ったのは…… 転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた 小説家になろうでも連載中です。 なろうの方が話数が多いです。 https://ncode.syosetu.com/n8964gh/

処理中です...